その七 ハーレムを創ろう!
ラノベにありがちな展開、ハーレム。これに夢を見る男は、所謂『オタク』の中に少なからぬ数居るのではないでしょうか?
ですが、これに現実的な視座からスポットライトを当ててみると、色々見えてくるものもあるのです。
【商業的な意味での、ハーレムの必要性】
ライトノベルの多くは、複数のヒロインを抱えます。これには幾つかの商業的な意味があります。
たとえば、顧客の囲い込み。
「ツンデレ」好きも「幼馴染」好きも「金髪縦ロール」好きも「委員長」好きも、皆取り込める。「当番回」と称してそのヒロインにスポットライトを当てた巻を用意しておけば、そのヒロイン好きの読者は大喜び。その巻に本筋に大きな影響を与えるイベントがあれば、他のヒロインが好きでも読まないということはないでしょう。
ただ、最終章近くで一人のヒロインを選べない(選んでしまうと選ばれなかったヒロインが「敗者」になる)から、ヒロインたちの女の戦いは決着がつかないままで終わってしまうのは、まぁ仕方がないでしょう。
この場合の「ヒロイン」たちは、作中に二巻を割いて詳説されることになる。
最初は、登場のシーン。「チョロイン」(出会ってすぐ主人公に惚れるヒロイン)にならないように、出会ってから主人公と良好な関係を築く為に、幾つかのイベントを超える必要があるでしょう。
もう一つは、当番回。テンプレに終わらない、そのキャラの掘り下げの為のプロット。
ほらこうすると、尺も稼げるじゃないですか。
【現実的な意味での、ハーレムの必要性】
イスラム圏は4人まで奥さんを持つことが出来ると謂われています。
けど、それには厳しいルールがあることを知る者は、意外に多くはないようです。
イスラムのハーレム、その成り立ちは戦災未亡人の保護にあると謂われています。その為、複数の「妻」に差別や格差を設けることは禁じられているのだとか。そして、複数の妻を同等に扱い、全員を保護することが出来る経済力を持っている。それがハーレムを構成する前提条件なのです。
一方、王族が複数の妃を娶ることもまた珍しくありません。
これは、「婚姻」という形で婚家と姻戚関係を結び、それを以て同盟を成立させるという目的が一つ(娘の夫の家を滅ぼすことは出来ても、孫の家を滅ぼすことは難しいでしょう)。
もう一つは、継嗣を確保する為。人間の女性の妊娠期間は一般に「十月十日」と言われていますが、中世以前の出産環境を考えると、王侯貴族と雖も乳幼児死亡率は低くないでしょう。また母体が産褥により死亡または妊娠出来ない体になることも良くある話(中世の女性の死因のトップはペストですが、第二位が産褥死)。それがなくとも一般に、女性は生涯で5人も産めば、もう限界でしょう。
単純な確率計算で、男の子が生まれる確率は二分の一。そして死産率と乳幼児死亡率を合すれば4割(一般家庭での乳幼児死亡率は6割に届く、というデータもある)と仮定すれば、スペアも含めて3人の王子を産む為には、お妃さまは10人の子供を出産する必要があるでしょう。
そう考えれば、安全策を採ってお妃さまは2~3人は必要、ということになります。そして産褥死の可能性を考慮すると、4~5人のお妃さまがいないと安心出来ないということになります。これが後宮の意味なのです。
【サバンナでの、ハーレムの意味】
サバンナで、ライオンは複数の雌を侍らせハーレムを創る。
ハーレムを創れない負け組のライオンは、一人寂しく生き、そして寂しく死んでいく。
ハーレムの王である雄ライオンは、侍らせる雌たちを守る代償に、雌たちの為に獲物を狩ってきて、且つ雌たちの求めに応じてその子種を提供しなければならない。
……あれ? 王様、一方的に搾取されてない?
雌視点で見ると。王様のことを好きになり、好いてもらい、ハーレムに招かれる。すると、衣食住全てを王様が面倒みてくれる上に、優秀な(自分が惚れるほどの相手だ。優秀で無い筈がない)その子種を貰うことが出来、即ち優秀なDNAを継いだ子を産むことが出来るのだ。その為なら、他の雌たちと(多少の諍いはあれど)仲良くし、秩序を守り、共に王を愛することくらいなんでもないでしょう。
以前読んだ、ある女性作家さんのエッセイで、これこそがハーレムの本質だと喝破していました。一夫多妻は女尊男卑の世界であり、一夫一婦制こそが男尊女卑の世界だ、と。
そしてその観点からラノベのハーレムを見直すと。
顔形、ではなく先天的な才能、でもなく、意思と努力、そして天運で困難を切り開くヒーロー。この資質が自分の子に受け継がれたら、最高でしょう。
その為に恋愛を楽しみ、性愛に鳴き、恋敵と諍い、そして時が来たら子を産む。それが出来るのなら、Only oneが最高だけど、自分が選ばれないくらいなら。「選ばれないから」とそれ以下の男で妥協したら、子供の素質が劣ってしまう。ならOne of themで彼のDNAを貰える立場の方がよっぽど良い。これが、サバンナハーレムの本質です。
【奴隷ヒロインで構成される、ハーレムの意味】
異世界ラノベでよくみられるこれですが、既述の【サバンナハーレム】の例を踏まえて考えると、より面白くなります。
ラノベのハーレム展開は、女性読者視点では「女を物として見ている」と大変不評です。そして奴隷ハーレムはその最たるものでしょう。まともな恋愛の出来ないヒキオタニートが、カネで買える女(それも百戦錬磨の娼婦じゃなく、ちょっと優しくすれば規格外の好待遇と喜ばれるような奴隷女)を集めてハーレムを作る。
けど、一方でその奴隷女の視点でそのハーレムを見ると?
奴隷にとってやるべきことは、他の買い主だったとしても同じです。日中は主人の虚栄心を満たす為の飾りとなり、夜は閨の奉仕。日夜の仕事の為に自分を磨くこと。当然主人は自分以外の奴隷も持つでしょうけど、奴隷同士が諍いをしていたら気分を害して売られてしまう。だから奴隷同士仲良くしよう。
何も変わらないんです。
にもかかわらず、この主人は無駄に甘いから、こっちが「ご主人様だからではなく、貴男だから愛しているんです」(この台詞は、知り合いの娼婦から聞いた。こう囁くと、大抵の客はサービスしてくれるのだそうだ)とでも囁けば、遺産の相続人にさえ指定してくれるかもしれない。
……「チョロイン」ならぬ「チョーロー」(言い間違えると「ソーロー」)、なんですよ。奴隷女にとっての奴隷ハーレムの主というのは。
【まとめ】
ラノベのヒロインは、「墜される為に存在する」ギャルゲのヒロインの如く簡単に墜ちる。あまりにもちょろ過ぎて、「チョロイン」などともいわれてしまう。
けど、これら「女の本能」の部分を考えると。
「チョロイン」って、強かな計算を無意識に行ったうえで、表面では「チョロイン」を演じているのかもしれません。
昔、「男を手玉に取ることが出来るのが、イイ女」と書かれたエッセイを読んだことがあります。ならチョロインを演じ、他のハーレム娘たちと良好な関係を築けるその少女は、間違いなく「イイ女」でしょう(「善い女」や「佳い女」とは断じて言えないでしょうが)。
一方「女の我儘を受け止めることが出来るのが、好い男」ともいわれます。なら。
女が打算で近付き、本能でチョロインを演じ、演技で恋愛をしていても。それを受け止め手玉に「取られて」あげることが出来るのが、「好い男」なのでしょうね。もっとも、無限定で女の我儘を認めたら、ただのATMになり下がるのでしょうが。
男が手綱を握り、それに気付かせることなくその範囲内で女の我儘を許す。
もしかしたら、それが最も良好な男女の関係かも知れません。
だとしたら、その関係を複数の女性との間に築こうとするのであれば。
……少なくとも筆者の甲斐性では、無理でしょうね。
(3,263文字:2016/07/03初稿)




