7.喪失した記憶(もの)身体に刻まれた記憶(もの)
ガートライトがあてがわれた執務室に5人の男女が並んでガートライトと相対している。
副長 アレィナ・エリクトリナル少尉
航海士長 エルクレイド・ターンジブル中尉
船務士長 アレスク・ハドリアストン少尉
機関士長 バイルソン・ヘリウオーズ技術准尉
索敵通信士長 レイリン・アーエンデルド少尉
副長アレィナ・エリクトリナル少尉はガートライトと同年代かその下くらいだろうか。長い三つ編みをひとつ束ねて左肩から前に垂らしている。今どき珍しく黒フレームのグラスモニターをかけている。
軍服を押し上げるような胸元につい視線が向きそうになるのを何とか抑える。なんか睨んでるし……。と冷や汗がガートライトの背中に冷や汗がたらりと流れる。会ったことは………無い筈だと思うのだが、冷たい視線が身体に突き刺さってくる。
朝ここに来てからすぐの顔合わせなので、資料を確認して無かったのが仇になったか。見た感じはとても優秀そうだ。ヴィニオが何も言わないのも珍しい。
航海士長エルクレイド・ターンジブル中尉。彼もガートライトと同年代か少し上か。180cmを越えた身長で細マッチョといわれる細身の身体で引き締まった筋肉をしてるのが見て取れる。金髪を後ろへ撫で付け、ひと房だけ前髪として垂らしている。甘いマスクの垂れ目顔に妙に愛嬌がある藍色の目で興味津々といった顔でガートライトを見ている。
船務士長アレスク・ハドリアストン少尉。20代前半の少し小太りの青年だ。きれいに切り揃えた茶髪は量も多くサラサラとしている。髪の薄さに悩んでる人が見ればハンカチを噛みながら悔しがりそうだ。つぶらな目がガートライトをぼやっと見ている。何を考えてるのか見た目だけではさっぱり分からない。
機関士長バイルソン・ヘリウオーズ技術准尉。40代前半の中肉中背の坊主頭なのに明るい藍色の立派なもみ上げと顎鬚を持っている男性だ。
この開発試験場でも生え抜きの人間で、親方とか監督とか言われそうな雰囲気をかもし出している。筋肉の詰まったその肉体で殴られたなら1発で死んでしまうだろう。ただクリクリっとした目が面白そうにこちらを伺っている。
そして最後が索敵通信士長レイリン・アーエンデルド少尉。ぼやんと眠そうな表情を見せるどう見ても10代半ばとしか見えない女性だ。しかも小柄であるが身体は引き締まっており。しなやかな肉食獣を髣髴とさせる。とても索敵と通信が得意な様には見えない。よく言えば肉体派。悪く言えば脳筋タイプと見て取れる。
ひとりは憮然と、ひとりはニヤニヤと、ひとりはどうでもいい様に、ひとりは見定めるように、ひとりはぼんやりとガートライトを見ている。
まー突然艦長が事務職上がりと言われればこんな風にもなるのかも知れないとガートライトは特に気する風でもなく5人に話しかける。
「現在、乗艦する艦船は改修中であるので、各自これ迄の執務に従事して貰いたい。あ、後で懇親会を行うので近いうちに連絡するのでよろしく」
席に着きながら立ってる5人に話をしている己をかえり見てなんか偉そうだなぁとガートライトは思いながらそう締めくくる。敬礼をしながら退室する5人のうちの1人エリクトリナル少尉を呼び止める。
「エリクトリナル少尉。少しだけ残って貰えるだろうか。話がある」
こちらを振り向きギロリと睨む彼女が立ち止まりガートライトの方へと戻ってくる。ガートライトも席を立ち応接用のソファへと誘導する。
「あっ、そっちのソファに座って貰えます?いまコーヒー入れますんで、紅茶の方がいいですかね?」
いそいそとドリンクサーバーへ向かいプラカップを2つ出して飲み物を入れようとした時。
「ガート」
その声にガートライトが振り向くと(どこか懐かしい気が……)と目の前に彼女が立っており、その拳がガートライトの鳩尾へと吸い込まれる。
ドグッ!!ギリグリリッ!!
ガートライトがその衝撃に身体をくの字に折り、さらに抉り込まれた拳に目の前がチカチカ光り、何かパチッと映像が映り出す。あれ?以前にもこんな事があった様な………。いつだ?
どうにか倒れるのを堪えたガートライトへ二の太刀が襲い掛かろうとした時、ガートライトの胸元から声が聞こえ彼女の行動を制止する。
『お待ちなさい。アレィナ』
ピタリと止められた拳にガートライトは胸を撫で下ろし姿勢を正す。
「突然何をするんだ君は!」
いきなり殴り付けてきた彼女に文句を言うと、沸点が低いのかまた拳を握りしめ振るいかざそうとする。
『10年経ってもその沸点の低さは治らないのですね。呆れます』
ぐっと眉間にシワを寄せて睨みつけるアレィナ。ガートライトが言った訳じゃないのじ理不尽だと思いつつヴィニオに質問をする。
「ヴィニオ、彼女を知ってるのか?」
「なっ!ええっ!?」
ガートライトの言葉に焦った様子のアレィナが変な声を上げる。
『ええ、知ってますよ。10年前あなたの記憶が失われた時間のことですよガーティ』
アレィナがクピリと喉を鳴らし、表情を青くする。そこにガートライトが反駁してくる。
「でもあの頃知り合った人間はその後連絡をとって知己を得たはずだろ?」
そうしたことで抜け落ちた記憶はある程度埋められた筈なのだ。
『それがこの女はどうしてか連絡手段を全て破棄した上で痕跡を消してしまったのです。私の修復が出来た時には、追跡も何も出来ない状態だったのです』
溜め息を吐くようにヴィニオがそう答えてきた。そりゃ知らなくてもしょうがないかとガートライトは納得したが、アレィナは彼等が何を言ってるのかさっぱり理解できなかった。いや、理解したくなかった。
ヴィニオはアレィナに宣告をするようにこう告げる。
『ガーティは15の時の記憶が1年分失われているのです』
アレィナはその言葉にただ呆然として立ち尽くす。
あたしの事を憶えてない?あたしの事を知らない?あの事もあんな思い出も!
アレィナが力なく床へと膝をつく。
「何にも憶えてない………。ふふ、ふふふ…………」
その様子を見て自分の記憶がないことに少しだけ罪悪感をガートライトはもつがヴィニオは容赦がなかった。
『ガーティがそんな風に思うことはありませんよ。この女は2ヶ月の期間も我慢出来ずに己が捨てられたと勘違いして全ての縁を自分で断ったのですから』
あまりにも正中線を貫く図星を射され腕を折り項垂れるアレィナ。
「あううう………」
ヴィニオとアレィナのやりとりを横目にガートライトは先程の続きをやり直す。ドリンクサーバーからコーヒーを2つ注ぎ、ソファの前のテーブルへとコトリと置く。
『えー、多分オレが悪いんだろうからゴメンな。今迄の事はともかくこれからいろいろお世話になると思うからさ、ソファに座ってこれからの話をしないか?」
アレィナが項垂れた状態からこちらを上目遣いで見てくる。涙目だ。
「本当に憶えて無いの?」
「うん」
「まったく?」
「うん」
「全然?」
「全然」
とどめを刺されたように項垂れた体勢から涙をポロポロこぼし出す。ガートライトは正直いたたまれない。
「とりあえずそっちに座って話をしよう。ヴィニオに当時の事を説明して貰うからさ」
それを聞いてアレィナはすっくと立ち上がりスタスタと歩きソファへと座り、テーブルをベシベシと叩いて説明を求める。
「お願いします。説明して下さい」
胸ポケットからデバイスを取り出しテーブルに置いてヴィニオへ説明するように頼む。
「ヴィニオ頼む」
「分かりましたガーティ。その前にセキュリティーを強化します』
ウィンドウが起ち上がり音声、カメラ、電波、電磁波など全てのパラメーターがこの室内からシャットアウトされる。ガートライトなどはここまでやる必要あんの?と思う程である。
『さて、まずはあの日あなたと別れた後からの話を致しましょう。と言っても大した内容ではありませんけど』
一旦間をおくヴィニオ。その間にコーヒーを口につけるガートライト。味は悪くない。半分程を飲んでいく。そしてヴィニオが話し始める。
『あの日ガーティはご両親と共に宇宙港へ向かう為、ソーシャルモービルに乗っていたのです』
宇宙港は帝都より50km程離れた南に位置し、帝星軌道上にある宇宙ステーションへの乗り入れが行われている。そして帝都と宇宙港を結ぶ専用道路がこの2つを繋いでいる。
『この都港往還道路を走行中にそれは起こりました。その時迄、私の知覚範囲内では何の異常も見受けられませんでしたが、ガーティ達の乗ったソーシャルモービルは【破壊】されました。いま分析してみれば、恐らくレーザー兵器の類のものだったのではないかと推測しますが、何の痕跡も残ってはいませんのでそれ以上の分析は出来ませんでした』
「それはガート達が襲われたってこと?」
「分かりません。ただ事故でないことは確かでしょう。しかし実際は事故として処理されました』
アレィナは顔を青褪めつつ気になった事をヴィニオに聞いてくるが、ヴィニオは現実にあったことを説明する。
『そしてガーティのご両親はその事で命を失い、ガーティもまた重症を負い8ヶ月ほどの療養を余儀なくされました』
「8ヶ月っ!そんなっ………」
アレィナがヴィニオの言葉に色を無くしガートライトを仰ぎ見る。その本人はむず痒そうに頬を指で掻く。
『かくいう私も本体であるデバイスを破壊されて2ヶ月程をかけてデータタワーやアステロイドメモリーホルンに保存していたサブメモリーを発掘、集積して自己回復に努めました』
アレィナが口をあんぐり開けて二の句を告げずにいる。
『したがって、あなたの知っているヴィニオ(わたし)とはまた別のヴィニオ(わたし)でありますが、私自身のメモリーは全て引き継がれておりますので気にしないでください。ある方々の尽力によりガーティは治療を受けて襲撃より8ヵ月後に意識を取り戻しました。けれど傷を受けてからの1年間の記憶が失われてしまったのです』
「ええっ!?」
アレィナはヴィニオのその言葉に奇声を上げる。ガートライトを見てアレィナはまた同じ事を問い質す。
「じゃ、じゃあ私の事は、アレィナ・エリクトリナルの事は全く記憶に無いってこと?私と出会った事もその後の事も!!?」
「あー……悪い。あの頃の事は全く憶えてないんだ。幼年学校の14年次の辺りから記憶がさっぱり欠けてる感じがするのは分かるんだが……」
申し訳なさそうにガートライトがアレィナに詫びる。
『詫びる必要などありませんよガーティ。この女はさっきも言ったとおりひと月も待てずに全てのことを無かった事にしたのです。せめて周りの友人にでも聞けば連絡も取れたのですが、それすらも拒否して士官学校へ行ってしまったのですから』
己の頑なだった行動を指摘され、その後の行動まで非難されてガクリと肩を落とし俯くアレィナ。しかし、何かに気付いたようにピクリと肩を揺らし顔を上げる。
「ヴィ・ニ・オ・さ・ん?何故そこまで私の過去を知ってるんですか?」
『………ええ、今回の事がありましたので全てのクルーの調査をしましたから当然です』
「っちがうでしょっ!あんたあの時からあたしの事知ってたんでしょっ!知ってて無視したのよねっ!!」
『………何の事でしょう。当時の私はデータロストの回復の為そんな事をしてるヒマはありませんでした』
「くわぁあああ――――――――っっ!!」
アレィナとヴィニオの噛み付き合いを側で見ていたガートライトはなんか仲いいなぁと思いながら、彼女となら仲良くやっていけるんじゃなかろうかと安堵しつつ冷めたコーヒーを口にする。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます