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6:副長 アレィナ・エリクトリナル

少し桃色成分ありです ご注意を

 

 その名前を見て聞いた時、アレィナはあり得ないと思った。彼が帝国軍などにいるはずがない。たった半年の付き合いだったけれど、その手の思想には懐疑的だったからだ。

 軍隊というものの価値観とか存在意義だとか。だから、同姓同名の人間だと思っていたのだ。

  

 けれど、いま目の前にいる人物は紛れもなくガートライト。ガートライト・グギリアだった。

 私を捨てていなくなった男。

 懐かしさよりも怒りが身体中を駆け巡る。なんでなんでなんで――――――アレィナに何も告げずにいなくなった。思わず彼のことを睨みつけてしまう。あ、いけない。アレィナは彼の副官になる人間なのだ、こんな風に感情的になってはいけない。落ち着かなければ。

 それに人はアレィナをこう呼んでいる。


 仮面人形マスクドール――――――と。


 周囲の人間が自分の事を何と言おうととくに気にはしていない。どちらかといえばそんな別称を蔑みや蔑視とともにひけらかし話す人間ほど本人に跳ね返っている事に気付いていない愚か者だと公言しているものである。

 そもそもアレィナが軍に入ったのは、家庭の事情に起因している。

 アレィナには2人の兄がいたが、その2人とも軍に入ることを嫌がりそれぞれ別の道へと進んでしまったのだ。

 1番上の兄が商売を始め成功を収めて経済的に家を助け、下の兄が音楽の才能を発揮して家の名声を高めていた。

 もともと軍閥出身の我が家の家系ゆえ軍人を出さぬ訳にはいかなかったので、アレィナにお鉢が回ってきたのである。

 

 本人としては、地方の役所か蔵本図書管理官を目指していたのだが、その目論見は泡と消えたのである。

 幼年学校最終学年の時でもあり、さまざまな個人的な事情もあり結局帝国軍士官学校へ進むことになった。もちろん抵抗はしたのだが、父母の説得と上の兄の趣味物のプレゼント攻勢、果ては下の兄の土下座とあっては、もう本人にしてみれば進退窮まるといってところだ。

 

 アレィナにしても、こうなったらやってやろうと腰を据えて帝国軍士官学校へ入校すると、まずは座学の為の帝国法と帝国軍法例関係と他条例諸法を再度勉強しなおすことにする。

 アレィナはそれらを真綿が水を吸収するように己のものへとしていった。


 特に実例集に関してはそれが顕著で、アレィナの行動規範になったのだが、逆に実技に関しては平均点を上回ることは少なかった。せいぜい格闘技が少しだけ良かったぐらいだ。

 座学では上位を占めることがあり、容姿も整って出るところが出て引っ込んでいるスタイルは言い寄る男も少なくなかった。

 その全てをアレィナは冷たい視線のみで跳ね除ける。


 その時つけられた名前が―――――――コールドアイズ――――――――


 その眼で睨まれた人間はたちまち凍りつくように動きを止めたことからつけられたという。


 かといって社交的でないかと言われればそんなことも無く、女性士官や先輩達とも人当たり良く付き合いをしていたので大抵の人間は、振られた人間の腹いせだと認識していた訳である。

 アレィナのコールドアイズが発揮され始めたのは士官学校を卒業した配置された部署に行った時からだ。

 帝都にある第3戦闘事態時に利用される、備蓄食料および消耗品を管理保管する部署へと配属され勤め始めると、その管理の杜撰さに口をあんぐりと開けるばかりだった。

 

 士官学校を卒業した時点で少尉という階級を与えられたアレィナは、十数人いる(上官含む)職員を尻目に深く静かに改革を始めてしまった。

 そのことにより勤務していた職員全てが処分されてしまったという。怒った上官がアリィナを問い詰めると、その冷たい視線とともに発せられた舌禍は辛辣を極め彼らを黙らせてしまった。

 ちなみに配属された部署では必ず何人かが処分対象として出ていた。その時から影で処刑人――――――エクスキューショナーと呼ばれ恐れられたいた。2つ名の多いアレィナであった。

 

 そして幾つかの任地を経て配属されたのが、この第35開発試験場であった。アレィナはただ真面目に職務を遂行していただけと思っているが、波風を立てることを厭わず頑ななその姿勢は、彼等からハミ出してしまったのである。



 アレィナとしては、こんな性格の人間になってしまったのは偏に目の前にいるこの男が元凶だと認識している。絶対に間違いなく。

 アレィナがガートライトとであったのは幼年学校の9が年次の時だ。その頃はあまり人付き合いというものが好きでなかったアレィナはよく校内のデータライブラリールームに篭っていた。

 そんなある日、アレィナがいつもの様にデータライブラリールームへ赴くと奥の方で1人の少年がホロウィンドウをいくつも表示して、データを閲覧していた。

 

 その時は気にも留めず後姿だけをちらとみて通り過ぎただけだった。そんなすれ違うだけのアレィナ達であったが、その日2人は知己を得ることになる。

 その日もアレィナはデータライブラリールームで探し物をしていた。蔵書目録にはあるのに肝心のデータがどこを探しても見当たらないのだ。堪らず声を漏らしてしまうほどに。


「ないないない。一体何所にあるのよ!これ!!」


 思わず口に付いた言葉に声を聞きつけた彼が声を掛けて来た。


「ん、何?何か探してるの?」


 その声に驚きつつ何でも無いと追い返そうとすると、マルチウィンドウの蔵書記録を見て、ああと1人納得する。


「そいつはデータ化されてないんだよ。こっちにあるよ」


 榛色の瞳が奥の方を指差し微笑む。思わず何故かドキリとアレィナの心臓がひとつ跳ね上がる。え?何!?今の。

 彼に案内されて奥の方へと付いて行くと、そこには4段立ての棚の中に紙で出来た何かが整然と並んでいた。


「これは……?」

「本だよ。知らない?手に取って読むものだよ」


 手を使う?データで見るものじゃないの?そんな風にアレィナが思考に耽っていると、彼が本?をひとつ取り出してアレィナに渡してくる。仕方なく手に取るとその重さに少し驚き慌てて力を込める。

 左に綴じられたそれを右手でめくる。ドキドキと鼓動が早く脈打つ。

 これが本、これが本!

 アレィナは夢中で文字列を読みページをめくる。データではない、現実の質感に引きこまれていく。


「まぁ、100年以上の前のものだからあまり状態は良くないと思うけどって………聞いてないか」


 ガートライトのそんな言葉も聞こえず、アレィナは夢中にってほんのページをめくり続けた。

 その日からガートライトとの距離を徐々に縮めていくことになる。様々なことを教え教えられながら、アレィナは異性としてガートライトを意識していく。

 

 そして9学年時の最後の月にアレィナはガートライトに勇気を振り絞って告白をする。アレィナの想いを理解していなかったガートライトへストレートに話した結果である。

 はにかんで応えたくれたガートライトの笑顔をアレィナは憶えている。

 2人が付き合いだしてから、アレィナは人付き合いも増え友人も出来るようになった。穏やかで静かだった今までの生活が慌ただしくも充実したものになっていった。

 

 

 そして10学年時に進級したこの連休のある日、アレィナはガートライトが住んでるという邸に来ていた。

 この帝星は公転が370日、自転が23時間とご先祖様が脱出した故郷の惑星と似た形態であり、地軸も少しずれているせいか四季も存在している。今は春の日射しが優しく邸を照らしている。

 その邸の一室に2人はいくつも表示されたホロウィンドウを睨むように流し見ていた。


「なんか“ペットのモフモフを極める”とか“愛情こめこめ愛妻弁当”とか訳分かんないんだけど、ガート」

「まー300年以上前のロストデータだから趣味の部類じゃないのかな」

「趣味ねぇ〜」

『データホリックのあなたとはさすがに違いますわね』


 ヴィニオの嫌味がちくりとアレィナに突き刺さる。


「い、今はいろいろやってますぅっ」

『そうですね。周りを気にせずガーティとイチャイチャしてるのはよく目にしますね』

「ぐっ………」


ぐぅの音しか出せずにアレィナが口篭もると、ガートライトがフォローするかのように一言添える。


「えーいーじゃんか、俺なんかこー言うの初めてだもん楽しくてしょーが無いんだもん」


 フォローとも何とも言えない言葉にヴィニオは聞こえざまに溜め息をつき、アレィナはだらしなく口元をふにゃりと緩める。

 ちなみに2人が何をやっているのかと言うと、データライブラリールームに入り浸っている2人を見て、管理教師に2人がルームの整理を命じられたおり、奥の方から発見されたデータメモリーカードの解凍と中身の確認および解析を自主的かってにやっていたのである。

 

 かなりの圧縮率で詰められたデータは既存の機器では解凍も出来ず、ハードもかなり古い物であったので、ジャンクショップをあちこち歩き回り見つけた読取装置リーダーとヴィニオの能力で超圧縮されたデータを表示出来る様に解凍して現代の言語へと変換していた。

 そのキーコードもメモリーカードに添付されてはいたが、1枚もメモリーカードにどれだけ圧縮されていたのか、1%の解凍率で現在読むことの出来るデータは2000件を超えていた。それらのデータを確認しながらデータベースへと登録しているところだった。

 

、 マルチタスクで展開させたホロウィンドウを見ながら2人は黙々と作業をしていた。時にはいちゃいちゃしながら。もしヴィニオが人間だったらあまりの甘さに吐き出していたであろう。

 そんな作業中にガートライトが1つのデータ群を調べだす。


「どうしたの?ガート」

「どうやら動画データが隠蔽されてるらしい。もしかしてPictvかも」


 アレィナはガートライトの肩に顎をのせながら、ガートライトが調べているデータを除き見る。以前からイラストが動くムービーを集めていたのは知っているが、アレィナには何がいいのかさっぱり分からない。ガートライトがパスワードを解析して入力すると次々と動画データが表示されてきた。


〝私と冥土の藍のメモリー”


「だっさ」


アレィナの言葉にガートライトも「たしかにな」と頷き、適当に選んだデータタグを展開させる。


「Pictvじゃないな………」


 ガートライトが呟き肩を落とすのを、アレィナはPictvバカと心の中だけで罵る。

 そのデータ群はいわゆる人肌が大量に出てくる動画で、それぞれのデータタグは別々の人間であったり2人、3人と絡んだ映像ばかりであった。

 ホロウィンドウに目が釘付けになったアレィナは動悸が激しくなってくる。映像の空気に当てられて周りがピンク色に染まっていく気がした。


『ああっっ………』


 冥土の声に息を荒げると、肩越しのガートライトと目が合う。互いの息が少しばかり荒くなり唇が近付いて行く。キスは何度も交わしていたが、今日のは特に甘く感じるとアレィナは思った。感情の赴くままに唇を這わせ舌を絡める。

 息と声が漏れ、どくんどくんと鼓動が激しくなってくる。ちゅるっと唇が離れる。


「はふっ………」


 床に押し倒され、さらに唇を這わせようと顔を近付けようとして互いがピタリと停止する。


『生物がサカるのは至極当然のことです。しばらく私はスリープしていますので、お2人で堪能して下さい』


 普段であれば中断されて気まずくなるところだが、保護者ヴィニオの許可を貰ってますます燃え上がってしまう。

 全ての衣服を脱ぎ散らし、アレィナはガートライトと身体を重ねる。

 痛いのはイヤだなぁーと思っていたが痛みはそれ程でもなく、快楽の大波が身体中を揉みくちゃにしていった。溺欲に耽溺に。食事やもろもろを除いて3日間アレィナとガートライトは睦み合いを続けたのだった。アレィナが特に覚えているのはフリル付きのストッキングを履いた時のガートライトの鼻息が荒くなりムニャムニャが激しくなった事だ

 その後ヴィニオには散々にけなされた。


『あなた達はサルですか!〇〇を覚えたサルですか!!いくら何でも酷すぎですよあなた達!!』


 ヴィニオに正座させられ説教されてしまった。

 結局休日の間ムニャムニャしまくった2人は、メモリカードを静かにデータライブラリールームへしまったのだった。(なんせメモリーの8割がその手の動画だったので見る気にならなくなったのだ。)

 

 その後の1ヶ月はアレィナにとって夢のような時間であった。

 学校の中でサージボールの範囲外のひと気の無いところでムニャムニャしたり、本を読んだり、ムニャムニャしたり、周囲の人間が甘ったるい何かを口に含んだような顔をするほどバカップルぶりであった。


 しかし、その蜜月は終わりを迎える。ガートライトが遠出をすると言って出掛けた翌日、教室に入るといつもいるはずのガートライトはいなかった。

 教師に聞くと子爵家の人間がやってきて家庭の事情で他惑星へ移動することになったとの話だった。

 アレィナに何も告げすに………。教師にどこに行ったか尋ねてもこちらではどこに行ったか迄は分からないと言う始末。

  

 1週間、そして2週間が経ってもガートライトから連絡は全く無かった。

 ひと月が過ぎた頃には、自分がガートライトに捨てられてしまったと認識してしまった。

 その時、アレィナは諦めてしまった。彼はもう2度と自分の前に現れないのだ。優しく抱きしめてくれる腕も無いのだと。


 ならば全て断ち切ってしまおう。


 端末にある全てのデータフォルダからガートライトの全部を消し去り、自分のアドレスも変更してしまった。情け容赦なく全部。潔くて頑なだった。

 そしてアレィナは翌年、傷心のまま軍士官学校へと入校したのである。


 目の前の人物は、少年の頃の面影はなく微かに、ん?そうかなといった雰囲気が感じられるだけであったが、アレィナは彼がガートライト・グギリアだと確信し認識していた。

 クルーの挨拶が終わり執務室に2人になった時、お茶を入れようとしたガートライトを呼び止め振り向かせると「何で10年間なんの連絡もしなかったのよ――――――っ」と声を上げその腹へ拳を振り下ろす。



 閉ざしたはずの想いが吹き出し、いまだ収まらない胸中を駆け巡る様々な感情を振り払う様に―――――――――





(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます

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