5:第35開発試験場へ到着
正直“微妙”とガートライトは思った。船体から突き出た腕には関節もなく、そして拳部分を見てもただのハンマーとしかいいようの無いものである。
「これで格闘なんて出来るもんなんだろうか………」
ガートライトの呟きにヴィニオが精査した資料を元に予測を述べる。
『船体との付け根部分は稼動するようですので、おそらく振り回して叩き付けたりするのではないでしょうか』
「なるほどね。ま、何事もやってみなくちゃ始まらないし、アイツも何か考えてこうなったんだろうから大丈夫だろ、きっと」
『思考放棄ですか?ガーティ。ある意味冒険者ですが、命がかかる事も考慮したほうがいいですよ』
ヴィ二オの言では相当危なげな船みたいではあるが、ガートライトはあまり心配していなかった。
「たぶんだけどさ。この機密部分がエネルギー機関だと思うんだ。そんでそれがこの船のカギを握ってるんだと思うわけよ」
ヴィニオが調べ切れなかった部分は、ネットワークに繋がっていないスタンドアローンの機器かもしくは文書でやり取りされてる場合がほとんどだ。
『なるほど、データ不足ということですね。ガーティは悪運が強いので、大丈夫でしょうけど』
確率やデータでは割り切れない何かが世界にはたくさん存在している事を理解しているヴィニオはそう締め括る。
そんな事を話している間にPictvもエンディングを迎えていた。
『やっと完成っスね!親方』
『後ろは見ねぇっ!次の仕事が待ってるぞっ!!』
『へいっっ!』
完成した建物を背に宇宙艇が正面に迫ってフェードアウト。
エンドクレジットの後。もうひとつのテロップが現れる。
“彼等の仕事の痕跡は何処か後に今も残されている”。
そしてエンドマーク。
ああ、やっぱ面白いなぁーとガートライトは感嘆の息をはぁと吐く。流して見ててもいいものはいいのだ。
『まもなく第35開発試験場に到着します。搭乗員は到着準備を開始してください』
パイロットのアナウンスに慌てて女性士官がキャビンを出て行く。目頭を拭きながら通り過ぎたその目には涙が滲んでいたようだ。
「あれ?あの話って泣く要素ってあったかな……」
『人それぞれということではないですか?』
「ふーん」
やがて艇内備え付けのメインカメラからホロウィンドウへ開発試験場の全景が表示される。
そこは全長15km全幅7km、高さ5kmの巨大な小惑星の中身を繰り抜いて造り上げたものだった。
「大したもんだな。こんなのがあと30個以上あるのか」
『いえ、正確には13個と2/3と言ったところでしょうか。開発途中で実験失敗による消失や、何者かによる破壊工作により失くなっております』
裏を返して見てみれば、派閥抗争であったり、貴族間の争い合いの結果によるものとヴィニオは語っていた。
「オレの領域外であるならば気にはしないが、ここって大丈夫なん?」
ガートライトは自分達に被害が及ばなければどうでもいいと本来思っているが、先程のヴィニオとザーレンヴァッハとの話を聞いていると、キナ臭い感んじがするので確認する。
『そうですね。この開発試験場には3つの派閥があります』
ヴィニオのあっさりとした物言いに、少しばかり不安を感じるガートライトをよそにヴィニオは続きを話す。
『まずは、ザーレンバッハ様を筆頭にした所長派、以前から在籍している平民達の平民派。そして副所長であるカレングル子爵の副所長派と言ったといころですね』
何だかややこしい所に来たもんだとガートライトは溜め息をひとつ吐く。以前の職場の何と素晴らしかったことか。
連絡艇が小惑星の繰り抜かれた発着場へ滑るように入って行く。優秀なkパイロットのようだ。ホロウィンドから外の様子を見てガートライトは感心する。
『派閥はありますが、今のところ何があるというわけではないようですよ。ガーティは色々覚えなくてはいけないことがあるのです。そちらの方を優先なさったほうがよろしいですよ』
「だよねぇー」
連絡艇が固定アームにロックされ乗降用チューブが連絡艇の搭乗口に連結されてプシュと空気が圧縮される音がする。やがてガゴンと扉が開かれる音。
『お疲れ様でした。当連絡艇は第35開発試験場に到着いたしました』
ホロモニターから男性が到着の旨を知らせる。彼がこの連絡艇のパイロットなのだろう。
「それじゃ、新しい職場へ行くとしますか」
身嗜みを整えてガートライトは立ち上がりデッキへ向かうことにする。荷物はモートロイドが後で持って来てくれるらしい。
ガートライトが軍礼帽を被り乗降用チューブに移ろうとした時、先程の女性士官が声を掛けてきた。
「あ、あの、先程はありがとうございました。………それで…」
なにか言いづらそうに口ごもるが意を決してガートライトに話し始める。
「他にもあのようなムービーがあれば、見せて頂くことは出来ますでしょうか?」
上目遣いで聞いてくる女性士官に内心“よっしゃ!”と拳をグッと握りながらガートライトが返答する。
「ええ、色々ありますよ。タワーのアドレスを教えていただければ後で送っておきますよ」
「ぜ、ぜひお願いしますっ!」
女性士官の端末から送られてきたデータを確認し、互いに敬礼してガートライトは乗降用チューブを通り過ぎていく。
チューブの出口にはザーレンヴァッハを始めこの開発試験所の幹部と思しき人間が数名並んでいた。
「ようこそ第35開発試験場へ。私が所長のザーレンヴァッハ技術大佐だ」
しれっとすまし顔で初めてであるかのように敬礼するザーレンヴァッハ。次にザーレンヴァッハの右後ろにいた20代前半の碧眼で金髪を肩まで伸ばした男性が挨拶をする。
「私は副所長のカレングル少佐である。以後よろしく頼む」
笑顔で敬礼をするが、目が笑ってない。どちらかというと侮蔑混じりの表情といったところか。そしてザーレンヴァッハの左後ろにいる短躯のくすんだ短めの銀髪の壮年男性が敬礼をして挨拶してきた。
「自分は、この第35開発試験場の施設管理をしておりますオリバグル少尉であります。よろしくお願いいたします」
どちらとも言えない表情でガートライトと向き合っている。きっとどうでもいいのだろう。まぁ俺もどうでもいいしな。とガートライト思考を停止する。
その後それぞれの副官が名前と挨拶を終えたので、ガートライトも敬礼を返す。
「本日付けでこちらに配属されましたガートライト・グギリアです。何卒宜しくお願いします」
自分の階級がよく解らなくなっていたので、ガートライトは名前だけで紹介を済ませる。
「後日、貴君の歓迎会を開きたいと思っている。本日は解散とする」
「解散」
ガートライトに歓迎の事を説明してから後ろを振り向き解散を告げると、副所長が復唱し各々が搭乗口から去っていった。
ガートライトはその様子を見て安堵の息を吐く。
「いきなり勢揃いしてるから焦ったぞ、ザーレンヴァッハ」
「まぁ、こういうのは形式上必要ではあるからな。勘弁しろ」
手をヒラヒラさせながらそういうザーレンバッハ。さっき迄の威厳はもう雲散してしまっている。
「今日は休んで貰っていいんで宿舎の方へ案内させる」
そうザーレンヴァッハは言うと副官に命じてこの場から去っていった。何とも慌ただしい紹介だ。
発着ゲートを出て通路を進んでいくと、大きな広間へと抜け出る。
今は定期運行の連絡艇の時間では無いらしく人もまばらだ。そんな中を通り過ぎ広間の出入口を出ると―――――目の前には街並みが出現していた。
「………………」
あんぐりと口を開けるガートライト。正式名称こそ開発試験研究所と銘打っているわけで、研究施設がただ併設されているのだと思っていたが、ザーレンヴァッハの副官がクスリと笑いこちらを見ている。
「初めて見る方は皆さんそんな顔をされます」
人の良さそうな30位の黒髪を整えた男性がそんな風に話す。こちらに警戒心はなさそうなのでガートライトとしても気を使わなくて済みそうなので安心する。
そこへソーシャルポーターが滑るように目の前で停車する。それに乗り込み副官が行き先を告げるとソーシャルポーターは静かに走りだす。
副官がこの開発試験場の事を簡単に説明してくれる。
「ここは小惑星の内部を全長6kmのメインストリートと右側が研究区画と開発区画、左側には居住区画と資材、倉庫区画となっています」
ソーシャルポーターが5分ほど走り、メインストリートを曲がり奥へと進んだ所で停車する。
「こちらが中尉殿の宿舎となります。荷物はこちらの方で運び終えております」
そこには庭付き平屋の一戸建てがでんと建っていた。
「………えーと、ここ?」
「はい。士官の方は皆この様な一戸建てに居住しております」
「そう……」
「では、明朝お迎えに参ります。今日はこれにて失礼します」
「あ……どうも」
副官はソーシャルポーターに乗り込んで行ってしまった。何とも気疲れしてしまったなとガートライトは息を吐く。
『ガーティ、宿舎の片付けは私とモートロイドで行います。あなたは食事を取って明日に備えて下さい』
宿舎の中に入ると、玄関脇に待機していた3台のモートロイドが稼働して作業を始めだす。なるほど。こんな所は人いらずで楽チンだなぁとガートライトは独りごちる。
生活に必要なものは予め用意してくれてるらしいので、キッチンへ行き冷蔵庫を開けてみる。
冷蔵庫の中には様々な食料がそれなりの数入っている。ザーレンヴァッハには気を遣わせてしまっただろうかとガートライトは中を検めながら思っていると、ヴィニオが声を掛けてくる。
『宿舎内のマネージシステムを掌握しました。盗聴、盗撮、危険物の無効化を終了しました』
盗聴、盗撮は分かるが危険物ってなんだ?怖いじゃないの。ガートライトが眉を顰めて周囲を見回す。
『危険物と言っても睡眠ガス発生装置の類ですから、そこまで気にすることは無いですよ。ちなみに食料関係も全て問題ありませんので安心して召し上がって下さい』
渦中の人間になることをまるで気付きもしないガートライトは肩を落としつつ、冷凍庫からパスタとピッツァのレトルトを取り出し、解凍機へとかけ出来上がったそれらを黙々と食べる。繊細なのか図太いのか、そこら辺の性格は相変わらずだとヴィニオは思った。
その間もモートロイドが荷物を整理のためにあちらこちらうろついている。
「明日はクルーとの顔合わせもあるし、一足先に休ませてもらうよ。後はよろしくヴィニオ』
最後のひと欠片を口に入れてヴィニオに告げる。
『はい。承りましたガーティ。寝る前にシャワー浴びてくださいね』
「明日ねー」
『……………』
翌日、ザーレンヴァッハの副官の案内で執務室へ赴くとガートライトの部下となる5人が整列して待っていた。
部下を待たせた事に慌てたガートライトだったが、その中に強い視線をこちらに向ける女性士官がいた。いや、睨みつけている。間違いなく。
『あら、そういえば………』
ヴィニオが小声で妙に納得した声を上げるが、ガートライトはついぞ記憶にない人物だった。誰だっけ?
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます