44:捜索するも絡まれる 3
前回のお話し
絡まれていたアレクス達はアイナクラィナに助けられ
これ幸いと行動を共にする
エルクレイドとレイリンも下層階にて未知の料理に舌鼓を打ち
追っ手を躱しその場を後にする。
そして皆が闘技場へと向かう
ガートライトはその映像が映し出されたホロウィンドウを真剣な眼差しで凝視していた。
一見なんの変哲もない食事処の風景なのだが、その出された料理はアレィナが見たこともないものであった。
「もはやこんな所で喪失料理に出会えるとは………。レイテ!フィルソナ!しっかりデータを記録しておいてくれ。ヴィニオはこの店の食材の仕入れ状況を1年前からチェックしてくれ」
『『『了解』』』
そしてガートライトの指示はすぐさま実行に移される。
新たに表示されるホロウィンドウには、次々とデータがスクロールされていく。
「ガ、艦長………?一体、なんの話なんですか?」
アレィナはそのいつになく真剣な様子のガートライトへ恐る恐ると訊ねる。
そもそも脱走者を探し出すことが現在の最優先事項であるのにもかかわらず、エルクレイドとレイリンが食事を始めてしまった。
たしかに昼時とはゆえに食事をするなとは言わないが、もう少しだけ創作に力を入れてもバチは当たらないと思わくもないアレィナだ。
そして店内を映し出したホロウィンドウを見て、ガートライトは唖然とした表情を見せた訳だ。
「………ああ、悪い悪い。あの店で出されてる料理ってのは本来だったら“存在し”ないものなんだ」
「?在りえない?」
料理に在りえないものなんてあるんだろうか?そんな表情を見せるアレィナにガートライとは説明する。
「帝国興国前、大脱出時代に船団は分かたれただろう。まぁ要は追い出されたんだが、その時に奴等の文化文明をあらかた処分したんだ」
「あらら………」
「それは文献はゆうに及ばず、衣服、作法、名前そして料理もな」
これは当時の船団首脳陣の苦肉の策であった。追い出された形となった人々への怒りや遣る瀬無い思いを昇華させる為に。
そしてそれは一部の彼らと袂を分かたれた同胞との決別の証という一面もあった。
ガートライトの言葉に得心を得たアレィナは言葉を漏らす。
「それで喪失料理ですか」
「そう!それがこんな中継都市の場末の店にあるとか驚くしかないだろ!?」
「と言うかそんな料理作って大丈夫なのっ!」
要は排除されるべきものであるのなら、もし場末とはいえそんなものが存在しては不味いのではないかとアレィナは問い質す。
「あー大丈夫大丈夫。そもそも建国以前の話だし、形骸化してるから。名前も当時と違ってるしな」
ガートライトは軽い口調でそう言うと、嬉々として送られてくる情報を精査していく。
まぁ普段この手の事に関して慎重なガートライトがそう言うのなら問題ないかと思い直し、それにしても本業もこれくらい真面目に取り組めばよかろうにと、思わないでもないアレィナであった。
□
ダルクヴェルは下層部の隘路をホロウィンドウを表示させながら進む。
活字を追うことに夢中になり食事を摂ることを忘れていた為、腹を満たしたいと施設を出る。
追手が来ることもなく、これならばと思い適当な店へ入ろうと周囲を見やる。
その時そういえば都市伝説というか友達の友達の話という眉唾な、帝国では食することのない料理を出す店がこの都市にあるらしいというまことしやかな与太話を思い出した。
端末から情報を探し出し、ダルクヴェルはそれを見つける。
場所はこの都市の下層部にあると書かれていた。
これもいい機会と思い、ダルクヴェルはさっそく向かうことにする。
図書施設の前で何やら揉めているのを横目に、ダルクヴェルは足を進めた。
くちた腹を叩きながら、ダルクヴェルは満たされた顔をして店を出る。
追放しせし輩で作られていたと思われるその料理はなんともダルくヴェルの舌に合った。
もし腹具合がよければ、他にも注文したい程に。
だが満腹となった時点で、それは諦める。人生とは程々少しの刺激を旨とするダルクヴェルにとって、それは当然の選択である。
その店で耳にしたのが、この階層にあるらしい闘技場の存在だ。
どうも裏社会の人間が絡んでいると察したダルクヴェルは、口元を緩めながらその場所へと向かうことにする。
社会悪というものは往々にしてあるとダルクヴェルも理解してるものの、それでも赦してはならぬものもあると思っている。
ならば少しぐらい嫌がらせでもしてやろうと考えたとしても、それはダルクヴェルにとっての必然であった。
そうちょっとしたイタズラ心だ。
まぁ海賊をやっていたお前が言うなという話でもあるが。
アイナクラィナが助けた人間達はなんともちぐはぐとした印象であった。
小太りの青年に、それを取り巻く女達。
特に何か目を惹くこともない青年に何かと気を配る女たち。………どこがいいのやらと思わずにはいられない。
だが、どこかに魅力的なところがある人間というのは多々いるものであると、アイナクラィナも経験上理解している。
理解はしても納得は出来ないという話なだけだ。
絡まれているところを見てつい助けてしまったもの、なんともおかしな連中だ。
しかも何故か自分―――アイナクラィナに付いて来ると言ってきたのには驚きを隠せない。
始め追手かと思いったものの、こんな軍人がいる訳無いと否定する。
まぁ荷物持ちが出来たと思いばいいやと考えて同行を認めた。
この程度の人数なら自分には大した脅威にもならないし、何かあっても守れるという自負があった。
ただし1人?1体?を除いて。
まぁそいつはここにいる筈がないので問題ない。
それよりもアイナクラィナの興味は闘技場にあったのだ。
ウィンドウショッピングの中で耳にしたその場所。
端末でちょいと調べると、あっさりと場所が分かった。
“闘技場”そんな言葉を耳にしただけで、なんとも胸が湧き立ち心燃えつい惹き寄せられてしまったのだ。
そんな中この連中を拾ってしまった訳なのだが、まぁ害もなければいいだろうとも思う。
海賊時代の経験で人となりを見極めるというものを、アイナクラィナもそれなりに持ち合わせていたのだ。
まぁ元々の人間性というものもあるだろうが、よもや自分を囚えていた側の人間とは思ってもいなかったアイナクラィナであった。
ガートライトの対策が功を奏した結果ではある。
□
アイナクラィナを先頭にアレクス達は細い路地を進み闘技場があるという場所へと到着する。
入り口はなんの変哲もない倉庫の出入り口であり、その両脇に守衛のように厳つい男が2人こちらを睥睨するように立っている。
アレクスもこれが耳に挟んだ裏社会というのを初めて目にし、少しだけワクワクと心が沸き立つのを感じる。
アイナクラィナがすすっと男達に近づくと、一瞬にして男達が倒れ込む。
「ほら、こいつら縛ってくれる?」
どこからか出したワイヤークリップをアレクス達へと放り、男達の懐を漁り出す。
どうやら入り口の鍵を探してるようだ。
「ないな〜、どっこにあるん?」そう言いながら、アイナクラィナは口元を尖らせる。
アレクスは小声で側にいるジョナサンズに指示をして扉を開けさせる。
ピッという電子音の後にカチャリという鍵が開く音がする。
アイナクラィナは特に疑問に思うことなく、「ラッキ」と言いながらアレクス達が拘束した男と共に中へと入って行く。
やれやれと少しばかりの不安を感じながらも、アレクス達はアイナクラィナの後へと続く。
入口横にある部屋へと男達を放り込み いくつかの隔壁を通り抜け通路を進んでいくと、守衛が3人と見ただけで頑丈そうな扉の前に到着する。
「何だ?お前らっ――――ぐっ」
「なっ、がはっ」
「きん、げへっ」
こちらに気付いた3人が行動を起こす前に、アイナクラィナはあっさりと無力化してしまう。
そしてまたしても懐を弄り始める。きっといつもこんな事をやってるんだろうなぁと、アレクスは想像する。
アレクスはジョナサンズに指示して、その厳重そうな扉を開けてもらう。
相当な対策をされている筈の扉はジョナサンズによって鼻歌交じりに開けられる。
「あ、開いた。らっき」
アイナクラィナが脳天気にそんな事を言って扉へと入っていく。
「あれってノーキンって言うんですよね」
「ほんと。ノーキン」
「レイリィとおなじですね」
艦長に毒されているせいか、Pictvで言ってた言葉を使って女性士官達がアイナクラィナを揶揄する。まぁその通りだなぁとアレクスも思ったのだが。
そして扉を抜けるとその様相は先程の通路と一変する。
多くの人間の欲望と狂気に駆られる声に、アレクス達は少しばかり腰を引きつつそのまま歩を進める。
そこはひと目見ただけながら、アレクスにはなんともアレだと言う印象を与えた。
とても中継都市にあるものには思えぬ場所で、それを見やる人間達が狂気と熱気を発してそれ等をひたすら応援していた。
その視線の先にある場所は、以前艦長に見せられたPictvの舞台によく似ていた。
「あれって“神装少女隊アルガノ”だったかな………」
アレクスが小さく呟いたのを耳にした女性士官の1人が、あっ、そうだと手を叩き説明を始める。
「そうです!私も艦長に見せられたのを思い出しました。確かコロッセウムでしたよね。人と人や人と獣が戦う場所」
すると他の女性士官もうんうんとそれに同意するように頷きを返す。
どんだけ布教をしてるんだ?艦長は。
少しばかり呆れつつも、アレクスは改めて周囲を見渡していく。
直径50mほどの円形の広場で、そこから透明な壁を隔て階段状に客席が設置されている。席は5席ごとに通路がありそれが3つ。そしてアレクスの位置から左右に出入り口があるのが見て取れる。
そしてその中央では2人の男達が剣と盾を手にして戦いを繰り広げていた。
「なるほど、闘技場ね………まぁ、なんとも」
思わず悪趣味なと口から出そうになるのを、アレクスは抑える。
流石にこの場で口にするのは憚れる。
他の5人も同様のようで、皆が顔を顰めている。
「ほらほら、まだ賭けられるみたいだよ」
アイナクラィナがホロウィンドウを出して、何やら話しかけてきた。
それを聞いたアレクスもプライベート端末を取り出して操作をする。(すでにあちら側のプロテクトはジョナサンズによって解除されている)
ホロウィンドウが表示されその画面に見慣れぬアイコンがあり、それを選ぶとこの闘技場の情報が表示される。
戦いの映像と対戦の情報、そして賭けの倍率等がづららと流れていた。
「うわ〜〜………。ひきますね、これぇ………」
「ちょっと、もう少し寄ってよ。見えない〜」
「自分の端末使ってくださいよ〜」
そこに女性士官達がアレクスの側に寄ってきてホロウィンドウを見始める。正直近過ぎの上、背中に思いっきり当てないで欲しいんだが、とアレクスは少しばかりの抗議の気持ちを押し込め、しばし耐えることにする。
ただアレクスとしては解せないこともある。彼女達とは仕事以外で交流したことが皆無だったのである。
いや、待て………仕事ではあったが、アレは9割以上遊びに近かった気がする。
そう。あの熱光照射衛星での、ガートライトが推測した全員が同時に同じ情景の夢を見た時のことだけは、アレクスの範疇を超えていた。
その海洋惑星での情景と女性士官達のその姿に、アレクスもはっちゃけてしまったのはまぁ―――どうしようもないと言い訳するしかなかった。
そしてその結果がこれであった。
まぁその内アレスクの本性を知れば離れて行くだろうと考え直し改めて意識を画面へと向けた。
現在その円形の広場では、2人の上半身裸の男達が武器を振り回し戦っていた。
それを見てアレクスは思う。こういうのは好きじゃないなと。
□
「ねぇ、こんなのって認められるの?」
曲がったことや不正というものが許せない気質のアレィナが、眉間に皺を寄せて誰にともなく呟く。
裏社会に関しては、どのみち見過ごすしかない存在だとガートライトは認識してるものの、人によっては忌避する人間はいるだろうなとも思う。
「あーうん、必要悪ってやつ?アレと同じだよ。潰しても潰しても涌いて出てくるあのむ「ストップ!」」
ガートライトの言葉をアレィナが途中で差し止める。
アレと言われてしまえば、アレィナとしても何の文句も言えない。
アレとは大脱出行から存在しているもので、ありとあらゆる(一部研究者を除く)嫌悪すべき存在だった。
カササーと足音が聞こえると背筋の震える人間の多いこと。
「まぁ帝国貴族院でもある程度の監視を行ってるし、万が一が出てくれば見過ごしはしないさ」
ガートライトはアレィナを安心させるように言葉を紡ぐ。
そして闘技場の様子をホロウィンドウで見ながらガートライトは別の事を考えていた。
絶対あの店に行かなくてはと。であるなら、とっととこの騒動は終わらせないといけない。
ガートライトはジョナサンズとレイテに指示した店内の様子を、小さくしたホロウィンドウで確認しながら決意する。
絶対あそこに行く!ラ・ウメーとギョザーを食うんだ!
そんなガートライトの姿に、アレィナははぁと溜め息を吐く。これ程分かりやすい人間もいないだろうと。
□
ドア前にいた警備の男を昏倒させて室内に入り、ダルクヴェルは中の物色をしていた。
この手の裏社会の人間であるのなら、必ず後ろ暗く人前に出せないような仕事をしているはずで、してないなどとは全く全然考えていなかった。
確かにダルクヴェル達も非合法かつ曲がったことをしていた自覚はあるものの、ものには限度というものがあって、奴等の仕事は到底看過し得るものではなかったのだ。
ただ単にこういう貴族が嫌いという話でもあったが。だからこそ確たる証拠を探しているのだ。
「ちぃ………流石に書類はねえか。となると………」
そう、でっかい机に置かれた端末を見て嘆息する。
キャプテン・スタァジングァのところと違って、俺はあんまり得意じゃないのだ。電脳の類は。
下手にいじると警報が出るおそれがある為、おいそれと端末に触れるわけにも行かず、ダルクヴェルは腕を組み端末を睨みつける。
「はいはい。おっさん、もういいだろ。戻らないか?」
「っ!?」
警戒はしていた。ドアにもロックをかけていた。………はずだ。
だが、ダルクヴェルの前には1人の青年がこちらを見て問い掛けて来た。
………今頃来るとは、少しばかり計算外であった。いや油断だったという事か。だがタイミングが悪い。
「すまん!もう少しだけ待ってくれ!」
「?」
ぱっと手を前に出し押し留めるような格好を取ると、ダルクヴェルは端末を起動させる。
時間はない。出来るだけ短時間で調べ上げなければならない。
意を決して取り掛かろうとした時、ダルクヴェルは初手から躓いてしまう。
「ちっ、やっぱパスワードがいるか………」
その上、指紋認証と網膜認証まで必要であった。
ダルクヴェルが何とも懊悩としてると、青年が誰かへと声をかける。
「レイテ。そのおっさんのサポ頼む」
『了解。ただちに』
その声がダルクヴェルの耳に入ったと思ったら、端末のホロウィンドウが認証解除され次々とダルクヴェルが求めたデータが表示されていった。
□
中継都市の中では一種異様な状況となっていた。
ロイオンの命令でプルゥティアム一家の若い衆達が上中下層問わず、若い女性を探し始めたからだ。
その乱暴な方法に都市治安維持局が出動し、一部のハネっ返りは関係のない少女を拉致しようとして拘束される。
「俺達ぁ、伯爵様の従僕なんだぜ!手を出すとどうなるか分かってんだろうなっ!」と言う恫喝を局員へとした。してしまった。
そんな事(伯爵自身ならともかく)で治安維持局が阿る筈もなく、その事はたまたまこの中継都市に来ていたある人物の耳に入って来た。
彼等は調取室へと乗り込んで来て、有無を言わせず自分達の船へと連行し取り調べを始める。
「さぁて。その伯爵様について話して貰おうか。あぁ、否認も黙秘も私には通用しないので、そのつもりで」
当初尊大であった彼等ハネっ返り共も、すぐに恐怖を味わいその態度を改めることになる。
それはプルゥティアム伯爵家の崩壊への序曲でもあった。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます!感謝です! (T△T)ゞ




