42:捜索するも絡まれる
おそくなりましたm(_ _)m
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします (ー「ー)ゝ
前回のお話
中継都市に入った試作第1号戦艦
そこで予定のない検疫官が艦のハッチを全開放
そして海賊3人は艦を出て都市へと向かう。
キャプテン・スタァジングァは帰還する。
ガートライトがうんうん唸りながら報告書作成をしていると、突然室内のドアがなんの前触れもなく開かれる。
「何だ?」
艦の入退出に関しては、その安全性の上から開く前にそれを知らせる為のピピッという短いSEが鳴るようになっている。
そして現在この艦の搭乗ハッチや隔壁は、クルー以外が入ることの無いようロックがかけられていた。はずだ。
考えられるのは、検疫時の共通コードによる艦船開放だが、例の熱光照射衛星からの帰途で全員の検疫を行っており、この都市での検疫は不要であると通達が為されているはずだった。
「ドア、隔壁及び搭乗ハッチを緊急閉鎖。状況を報告」
「了解!」
すぐに対応策としてガートライトはハッチの閉鎖と状況の把握を指示する。
それにアレィナが即座に応え行動を開始。すぐにドアが閉じられホロウィンドウが艦内と艦外の状況を映し出す。
「どうなってんだ?なんで検疫官が来てる?」
搭乗ハッチの前で今まさに中に入ろうしていた検疫官が、閉じられたハッチに戸惑っている姿が映っていた。
すぐに手元の受話器を手に取り、中継都市の入出港管理局検疫部署へと繋ぐ。いや、管理局長へだ。
『なんだ?緊急以外は連絡するなと言っているだろう』
ホロウィンドウが立ち上がり音声のみと表示されると、壮年男性の声が返事をする。その後方では女性のくぐもった声が微かに聞こえる。
職務中に何をやっているのやらと、ガートライトは呆れつつ本題に入る。
「緊急なんですよ。こちらは帝国軍開発局第35開発試験場所属試作第1号戦艦艦長グギリア大佐だ。なぜ不要と通達されているのに、検疫が行われているのか返答願いたい。軍参謀本部とザーレンヴァイス公爵家に貴公は含むところでもあるのだろうか?」
『なっ!ちょ、ちょっとお待ち下さい!!おい!検疫の通達はどうなってる!?』
『はっ、はい!お待ち下さい!ただ今ッ………』
ホロウィンドウの向こうで何かドタバタし始める。ちと、脅し過ぎがとも思ったが緊急事態だ。
「ガート!“お客さん”がっ!」
艦内の状況を確認していたアレィナが顔を蒼白にして声を上げる。
“お客さん”がいなくなったことを。
だよなー……。そう、この状況を考えれてみればそうなるはなと。ガートライトは肩を落とし溜め息を漏らす。
『申し訳ありませんっ!一部の検疫官が勝手にやってしまっていました。すぐに戻します!申し訳ありませんっっ!!』
謝って済む問題ではないのだが、とガートライトは心中で唸りながらこの件は向こうへと丸投げする。
「では、検疫官についてはそちらに任せます。これ以上の干渉は無きように願います」
『リょ、了解しました!では失礼しますっ!』
なるべく平坦な口調で相手へと返し、ガートライトはこの件を一旦終わらせる事にする。
この後その検疫官がどうなろうと知ったこっちゃない。
それよりも優先すべきことがあるからだ。
「ヴィニオ」
『すみません、遅くなりました』
ガートライトの呼びかけに、すぐにヴィニオが応じる。
何やら閉鎖空間で何やらやっていたせいで、この状況だったんだろうと推測はできるものの、やはりもう少し警戒はしておくべきだったとガートライトは後悔する。
『現在都市メインCPに潜入して捜索中です。おそらく商業地区に向かったと思われます
「それは何人だ?」
ガートライトはとりあえず人数の確認をしておく。3人共がいなくなっている以上当たり前のことであるのだが。
『2名です。現在帝室から“その人物”は当艦には乗っていないものであると通達が来ました』
ヴィニオの言葉通り試作第1号戦艦の共通通信にメールの着信が入ってきた音が鳴り、ホロウィンドウを出すとそこにはそのような文言が書かれているのを確認後、すぐに消去されてしまった。
「帰られたということか」
「そのようですね………はぁ」
ある意味厄介事が1つ減って安堵したというところだろう。アレィナの心底ほっとしたという表情を見ながら、ガートライトはこれからの行動指針を決めることにする。
「アレクス、レイリン、エルクレイドは艦にいるかな?」
とりあえず3人に頼むことにしようと、ガートライトは彼らの所在を確認する。バイルソンに関しては(事が成し遂げられるまでは)流石に指示する訳には行かない。
『ハドリアストン少尉及びアーエンデルト少尉は自室からこちらに向かっています。ターンジブル中尉は外出してますね』
ヴィニオのの返答と同時に、アレクス、レイリンが操艦室へと入って来た。
「艦長、何かありましたか?」
「うんうん」
アレクスが落ち着いた声音で問いかけて来て、レイリンがそれに相槌を打つ。
「非常事態が発生した。剣と槍にいた“お客さん”2名が外に出ちまった。2人には悪いが見つけ出して連れ戻して欲しい。」
脱走とか連行という言葉を用いず、なるべく穏便にという意味を込めガートライトは指示を出す。
「?了解。えーと、2名ですか?艦長」
人数が少ないことを疑問に思ったアレクスが確認の意味で訊ねるも、その問いにガートライトはあっさりと首肯する。
「ああ、2名だ。アイナクラィナ・ムハマンディとダルクヴェル・ベントのな」
「了解。直ちに行動に移ります」
「了解」
アレクスとレイリンが敬礼と返事を返し、中継都市へと移動を開始する。
気分としてはガートライトも捜索に加わりたいのだが、頭がうろつくというもの外聞がよろしくない。
いや、それをやってしまうと、逆に混乱を来すことが目に見えてしまうというものだ。
そもそもガートライト自身、油断があり過ぎていた。いくら人里にようやく辿り着いたと安堵したと言っても、ある程度の警戒は必要だった。
もちろんあちこちと帝国中を巡っているいるガートライトは、検疫の事についても充分把握と認識はしていたにも拘わらずこの体たらくなのだ。
正直数時間前の自分自身をどやしつけたい気分だった。自身の判断の甘さを。
自身が動けぬことに忸怩たる思いを隠し、状況把握に務めることに専念する。そう!専念する。
気晴らしに都市に行きたいという訳ではない。
そんな不謹慎なことを考えつつ、上にあがると言うのは不自由であるのだなぁ………と思いつつ、ガートライトはキャプテンシートへと寄りかかるのだった。
これはガートライトばかりが責められるものではない。
そもそも皇家が介入した時点でその予測はつけられるものなのだが、現状に追われているガートライトには現在その事への思考が行き着いていなかった。
それだけ熱光照射衛星での出来事はガートライトにとって衝撃的であったのだ。
そしてそれはヴィニオを始めとするAI達も同様である。
結局その空隙を突かれてしまったという話だ。
偶然の産物とも言える。
もしこの検疫が為されていなければ、もっと直截的な行動に出られていたと考えれば、まだマシと言えるものだった。
まるで蜘蛛の巣に囚われた小虫のようだと、未だ回らぬ頭を振りながら思う。正直言えば面倒だ。
これも宮仕えの務めと半ば諦めつつ、気持ちを引き締め改めて捜索の指揮を取ることにする。やれやれ。
まぁ、今は状況把握に努めるだけなのだが。
□
アレクスはガートライトの指示の下、目立たぬように移動しようとした。そう、移動しようとしたのだ。
だがアレクス自身引き起こしたことにより、多くの女性士官の耳目を集めていることで、艦を出ようとしたところであっさりと見つけられてしまう。もしくは監視されていたか?
「士長♪どちらへ行かれるのですか?」
「………えー…‥ちょっと都市へ―――かな?」
疑問形なのはやむを得ないだろう。
脱走した人間のことに関しては口外する訳にもいかないわけで、そうなると言葉に詰まるものも仕方ない。
下手に扱い方を間違えると、明後日の方向に行ってしまう女性の要因をアレクスは知悉しているので、波風を立てぬ凪を装い実行しなければならない。
「あ、あのっ!ご一緒してもよろしいでしょうかっ!!」
現在、艦のタイムスケジュールは完全休息状態だ。
だから個人個人がどう過ごそうが自由なのだが………。
これはアレクス自身の、まぁ責任といえなくもない。
鬱々としていた気持ちをガートライトによって開放されたことにより、本来の探究心の塊へと変えたその身がもたらしたものだったからだ。
人間関係とは難しいものだ。つかず離れずをどうにか調整しつつバランスを取るものであると認識するアレクスは、その彼女の想いになんと応えればいいのか判断することが現在困難だったのだ。
ガートライトの任を受けていなければあっさりと頷きもするのだが、いかんせん現在はそのような状況ではない。
どうすればいいのかと寸の間懊悩してると、そこへまた2人の女性士官がやって来て最初に同行を申し出た女性士官へと詰め寄る。
「准尉!あなた何を1人で抜け駆けしてるんです!
「全く、ちょっとあざといですよ?これって」
「ぐむ………。いえ、たまたまお会いしましたので、せっかくの休養日ですからと思ったまでです。他意はございません」
2人の責め句に少しばかりタジタジとしながら、そんな弁解を女性士官がする。
そこに通信が入ってきて、アレクスはすかさず2.5Dグラスをかけて通信内容を受け取る。
「商業施設域か………」
微かに口に漏らしたその言葉を彼女ら3人は耳聡く聞き入る。
「少尉、せっかくです。ここの商業施設に行ってみませんか?ぜひ!お供させて下さい!」
「「でししたら、私達も!」」
詰め寄ってくる3人に少しばかり押され気味になりつつ、内心で溜め息を吐きながらアレクスは応じることにする。
あまり外へと漏らす内容ではないことでもあるし、案外カモフラージュになるのではないかという考えからだ。
よもや、更に人が増えることになろうとは思いもよらずに。
レイリンは1人、ジョナサンズが探り出した場所へと向かっていた。
中継都市とは言ってもその規模は帝星の副都市並みの人口を抱えているので、数多くの施設が点在していた。
その中でも商業地区を越えた先にある官庁街へと到着する。
正確に言えばレイリンは1人ではなく、2.5Dグラスにはジョナサンズの1人とレイテが映し出されていて、その2人に案内をしてもらっていた。
「ここが、図書施設かや?」
レイリンが見上げるその建物は、他の建物と比べてもかなりの大きさだった。
『はい。最新の映像に“お客さん1”の姿が確認されております。現在館内を精査しております』
傍らで静かに佇むレイテがレイリンの言葉に対し説明をする。
でもここでもメイド姿なんだ。とレイリンはつい思ってしまう。
もう1人のジョナサンズの女性は、パーカーにミニスカという出で立ちで(あくまでレイリンの飲めで視覚されたもの)周囲をキョロキョロと見回していたりする。
「………ほだ、入ってみっペが」
『少尉、訛りが出てます』
「………んぐ、気を、つけます」
つい油断をしてしまうと言葉が戻ってしまう。レイリンは改めて気を引き締めて図書施設に入ろうとすると、目の前に人が現れ行く手を遮られてしまう。
レイリンが訝しみながらそちらに視線を向ける。
「失礼、お嬢さん。よろしかったらお茶でもいかがですか?」
年の頃は20代前半、上質な衣服を纏った品の良さげな青年の姿がそこにあった。
『あら、まぁ』
『やりますね、少尉』
レイリンはこの状況に少しだけ戸惑う。
ナンパされちまったダよ。あたし。
□
ダルクヴェルは図書施設の中の一室で、久々に活字と情報を堪能していた。
都市に入ってまず共同通信端末のある施設へと向かい、規定の料金を支払い部下たちへの通信を試みる。
映像等を入れると馬鹿高くなる通信料も文字情報のみであれば1/100程で済む。
駅にある拠点のナンバーを入力し、しばし待つ。
現在の技術でも、このタイムラグばかりはいかんともし難いもので、1分程の時をおいてレスポンスが返って来る。
相手はダルくヴェルの側近ともいべき人物で、文字であるにもかかわらずその心情が表れるようなものであった。
とりあえず海賊としての仕事は一時中止し、それぞれが行動するように指示を出す。
自分はこのまま逃げる訳にも行かないということを伝え言い含め通信を終える。
なんかあいつ等こっちに来そうな勢いだったなと、そんな感想を胸に通信施設を出て次の目的地を目指す。
ダルクヴェルはPictvも好きなのだが、文章を読むのも好きだ。
それは小説から雑文に至るまで、ありとあらゆるものを読み込む人間であった。
それは最新の知識を求めるが故の衝動でもある。
その図書施設というか都市民の憩いの場といったほうがいい場所で、1つの端末に陣取り最近のありとあらゆる情報を集めて、それをじっくりと眺め読んでいく。
そして今まで起こった事あった事を見ながら、思わずふほぉうと息を吐き出す。
うむ、やはり閉ざされた空間というのはよろしくない。
まぁそれでも囚われてしまったダルクヴェルがそんなことを言う資格もないし言う気もない。
食い物もそしてPictvもダルくヴェルにとってはそれなりに満足の行くものだったからだ。
なのであの艦から逃げ出すつもりは端からない。
扉が開いたんで、せっかくだからと外へ出たという話なだけだ。
どの道奴等の事だから、自分はすぐに見つけられ連れ戻されるだろうと予測を立てながら、ダルクヴェルは再び活字へと埋没していった。
「はぐっ!んふぅ〜〜うんまっ!」
アイナクラィナ・ムハマンディは、出店で買ったクレープを食んでその美味さに頬を綻ばせる。
拘束された艦の中での食事は物凄く美味かった。だが時にはチープでジャンクなものを食べたくなるものなのだ。
そもそもアイナクラィナは孤児で、養護施設の前に置かれていたらしい。
もちろん赤子であったアイナクラィナにそんな記憶はない。
ただ育ての親からそう聞かされたというだけの話だ。
生きるという事を考えれば、アイナクラィナにとっては些細なことであった。
養護施設の中では全てが戦いだったのだ。
それは食べることしかり、遊ぶことしかり。
自我という認識を得た頃からその容姿が際立っていたアイナクラィナは、たびたび標的となった。
加害者には大したことではなくとも、アイナクラィナにとってそれは容認できないものだった。
だからこそ、それを打破する為に力を求めた。
まぁそれはいい。過去はともかく現在の話だ。
力を求めたのは、ただそれが必要だったから。でも今はそれが楽しい。
あの人形と魂削るような戦いは、他では得られぬものだから。
だから、艦にはもうしばらくいてもいいかなぁ、などと考えにふけつつも今はこの状況を楽しむのだ。
色々と買い漁りながらアイナクラィナは、両手に荷物を抱えて歩道を進んで行った。
□
「ん?あれ?」
アレクスは通りの反対側に、一瞬気になる人物を見かける。
送られた資料にあった人物だと思ったのだった。
「少尉、これだけ美女がいるのに、他所の人間に視線を移すなんて、酷くないですか?」
「あ、いや………」
何故か5人に増えた女性士官と共に商業施設に赴いたアレクス達は、あちらこちら(アレクスは人探しをしながら)を巡っていたところ、件の人物を見かけたのだった。
だがそれを1人の女性士官に遮られてしまう。
詳しい事情を話せないアレクスは、つい口籠ってしまった。
少しばかり情報の確認を怠った事をアレクスは後悔する。いや、まだ今なら艦長へと確認と許可を得れば問題ないのではないか?
アレクスはそう思い端末を取り出しガートライトへと連絡しようとした時、自分の名を呼ぶ女性の声が耳に入ってきた。
「あら?アレクスじゃない、久し振り。ねぇ、元気してた?」
よもやこんな所で出会うとは…………。
アレクスは目を大きく瞠り、その女性を見やる。
その女性は、アレクスを破綻へと導いた原因そのものだった。
□
「なんか俺、呪われてるんだろうか………」
レイリンとアレクスの様子を、ホロウィンドウに表示された街頭カメラと端末からの映像を眺めながら、ガ-トライトはついと呟きを漏らす。
「どちらかというと呪われてるのは、あの2人ではないかと………」
アレィナも隣に陣取りつつ、その映像を見て感想を口に載せる。
そして呪いなどと前時代的な物言いをするガートライトを、宥めるように言葉を紡ぐ。
「レイリンはともかくハドリアソトン少尉は半分以上自業自得でしょうし、火遊びの結果自身に火の粉が飛び移ったというところでしょう」
2人の位置の特定は出来ている。
あとは連れ戻すだけという段階で躓いているという話だった。
「しばらく様子見しかなかな?」
「はい、それがよろしいと思います」
「連絡はしとこうか」
「了解」
2人――――ダルクヴェルとアイナクラィナの紐付きが適ったところで、とりあえず様子を窺うことにするガートライト達であった。
ただどう見てもこの都市を離脱する素振りを見せることもなく、この都市の中を満喫しているようだった。
「これって収拾つくのかね?」
『つけますよ。いいですね、皆さん』
『『『『了解!任せてください!』』』』
ガートライトの呟きに、ヴィニオが真摯に答える。
彼女自身、あの時以来の失態ではある。(事の重要性はともかく)
そして指揮官の如くジョナサンズへと声をかけると、全員が首肯するように返事を返した。
最悪ジョナサンズ搭載のモートロイドを動員して連れ戻せばいいかと思い立ち、ガートライトはホロウィンドウの映像へと意識を向けた。
□
アレクスはその女性が誰だったのか、寸の間思い出せないでいた。
だがこちらを蔑むその瞳を見て、あぁと記憶を浮かべ上がらせる。
「よくまぁそんな小太りに構っていられますね、あなた達。女性としての誇りはないんですの?しかも、その男は―――」
20代後半から30代前半の中肉中背の女性。
蒼に染めたショートボブ。そしてヘイゼルの瞳がアレクスを睨め付けるように嘲笑うように語りだす。
当時のアレクスの女性関係というのは結構激しくあった。最長3ヶ月最短で1日というものである。
もちろん互いの相性というものもあり、感覚でいいと思っても実情を知るとというのもままある。
そんな関係を持つ中、彼女こそがアレクスの技術を寝物語の中で探り、その後破綻に追い込んだ1人であった。
当時笑顔混じりで近づいてきた時は少しばかり訝しんだものの、フリーだったアレクスは来る者拒まずで受け入れたのだった。
そしてその後は陰鬱な生活を余儀無くされた訳だ。
今となってはいい思い出と言ってもいいのかもしれないと、アレクスは思う。
目の前の女性(名前忘れた)が雄弁にアレクスの技術の欠陥をさも己が発見した口振りで語るのを、アレクスと女性士官達は呆れながら見ていた。
そしてアレクスの傍らにいた1人の女性士官が首を傾げながら、その女性へと聞き返す。
「ねぇ、あなた。その認識が的外れだって自覚してる?それとも最近発表された論文を読んでないのかしら?でもあなた研究職の人間よね?」
第35開発試験場で研修職でもある女性士官は、日々最新の研究論文を確認することを怠らない。
どちらかと言えば研究員というよりは技術員という立場であったと、アレクスは記憶している。
彼女も共同開発者の1人だ。
よってアレクスの研究で昇格したかもしれない。
「え?」
「ああ、あの技術って完全に息を吹き返したもんね。うちのか、………ゲフン、ゲフン。上司が見つけた物質で」
隣の同僚らしき女性士官も頷きを返している。
そこに2.5Dグラスに地図情報と対象者の位置が表示される。そして女性士官達への情報開示の許可も。
対象者はここより少し離れた場所にいるようだが、追えない訳でもない。
アレクスは取り繕うように、あっと声を上げて件の女性へと申し訳無さげに断りを入れる。
「えーと、済まないが用事があるのでこれで失礼するよ。えーと、なんとかさん。では」
そう言いながらアレクスはその場を後にして目的の場所へと向かう。女性士官達は何故かクスクスと笑い合っていた。
そしてすぐにそこから女性の声で罵声が響いたのだが、アレクスは特に気づくこともなく歩いて行ったのだった。
『この人すんごいですねぇ。婦女暴行、結婚詐欺、強盗強姦とかしても罪に問われないんですよ。ひゃ〜びっくりですぅ』
ジョナサンズがどこぞから引き出して来たデータを目の前で披露しながら感心の声を出す。
………レイリンも少しばかりは期待したのだ。自分に声をかけてくる男性がいるかもしれないんではないかと。
もちろん本人に自覚はないのだが、容姿もそれなりに整い出るところは出て引っ込むところはという我儘ボディを持つレイリンは、実のところ周囲の若い男達の注目を浴びていた。
だが声をかけなかったのは、彼女の内に秘められている暴力の圧力を感じていたからに過ぎない。
だがそれを覆す強者が現れた。(ただ単に見た目に目が行き気づかなかったのだが)
レイリンを褒めそやす言葉を耳にしながら、どうすればいいのかと周囲を見回すものの、みな遠巻きに様子を窺うばかりであった。
何も答えずぼーっとしているレイリンにしびれを切らし、青年は手を掴み行動を開始する。
「では、あなたに相応しい衣装と装飾品を見繕いましょう!……あれ?」
レイリンへと伸ばした手は空を掴み、青年は前のめりとなる。
「あっ!くっ!なんでっ!!」
動いているように見えないのに、何度も何度も青年の手はレイリンを捉えることができず、空を掴むばかりである。
「くっ!おっ前ぇええ〜〜〜っっ!」
ついに焦れた青年が強硬手段に出ようとしたところに、レイリンへと声が掛けられる。
「少………レイ!遅くなった」
「タ………える、待った」
たまたま居合わせたエルクレイドが演技をして、それに便乗するようにレイリンが話を合わせて答える。
「な、何だ貴様はっ!今は私が彼女と話をしているのだ!とっとと去ねっ!」
エルクレイドへ向けて、先程とは打って変わって態度と口調をガラリと変えた青年が言いのける。
「ん?今言ったじゃないか。俺達は待ち合わせをしてたんだよ。そちらこそとっとと去ってくれないかな?」
エルクレイドが犬でも追い払うように手を振ると、青年は激昂して叫び出した。
「貴様っ!私を誰だと思っている。栄えある帝国貴族、プルゥティアム伯爵家第1子息ロイオンである。平民の分際で、私に逆らうとどうなるか分かっているのかっ!?」
「?」
そんな家名の伯家はあっただろうか?
エルクレイドは首を傾げレイリンを見ると、当の本人は2.5Dグラスをトントンと叩いてこちらを見ている。
「ああ………」
すかさず胸ポケットに入れていた2.5Dグラスをかけるとジョナサンズとレイテの2人が現れ、現在の状況を説明を始めるとエルクレイドはすぐ対応に入った。
まずはこの男からだと、エルクレイドは青年に向き直り対峙する。
「私も帝国貴族に籍を持つのだが、そのような伯家は耳にしたことがない。どちらの在か教えていただいても?」
「なっ!?貴族?はっ!そのような姿の貴族がいるわけ無いだろうがっ!」
エルクレイドの言葉に一瞬驚きを表すも、その格好を見て嘲る視線を見せて反論する。
たしかにキッチリとスーツを身にまとう青年―――ロイオンと比べればエルクレイドの着ているものはラフすぎるものではあるが、それだけで判断するというものあまりにも拙速すぎるとレイリンは感じた。
この間に完全に情報を把握したエルクレイドは、それに対処すべく行動を開始する。
こいつの相手などしてる暇がないからだ。
「では私達は所用があるのでこれで失礼する。今までは見逃されていても、我々に手を出すと大変なことになるますよ」
エルクレイドは青年にそう言い捨てて、レイリンと共にその場を立ち去る。
「あっ!待てぇっ!お前らっ!」
こうしてエルクレイドとレイリンは、人の波の間を縫うように移動して行き逃げおおせる。
「ちっ!見てろよ。僕を馬鹿にしてタダで済むと思うなよっ!」
レイオンは端末を手に呟き、いずこかへと連絡をし始める。
目標の現在位置をガートライトから受け取ったエルクレイドとレイリンは、そのまま目標へ向かって移動していく。
何故か目標は先程の図書施設から、何気に寂れた場所へと移動していた。
「中尉、頼みます」
「ん?君は相手しないのかい?」
周囲の男達を見ながら、レイリンはエルクレイドにお願いをする。
荒事にはレイリンの方が適役と思っていたエルクレイドは首を傾げ訊ねた
「あの《・・》程度の相手だと、手加減しにくいので………」
「ああ、そういう事か」
それなりの手練か素人かで相手するのが難しいのかと、エルクレイドは理解する。おそらく後者であろう彼等では下手をすると人死も出かねない。(暴徒鎮圧用の装備があるならばともかく)
特に近頃はモートロイド相手の対戦により、力加減が出来なくなっていた。
「ならハンデ戦という事で、指1本で相手をするのはどうかな?」
エルクレイドは人差し指で額を叩く仕種を見せて提案する。さすがにあの人数相手取るのは面倒だからだ。
「なる程。では、そうします」
エルクレイドの提案に、レイリンは目を見開き納得したように指をワキワキさせて頷き同意した。
目標を追い人の少なくなった場所に来た時、エルクレイドとレイリンを取り囲み男達が襲い掛かって来た。
だがその十数人いた男達は、現在額を押さえて蹲り、または股間を押さえて悶絶していたのだった。
「なる程。デコピン、いいですね」
「いやぁ~!久々だけど、結構やれるな、急所蹴り」
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




