39:そして彼らは夢を見る(後)
いつもより長めです
前回のお話
ケィフトから原因不明の現象の調査依頼を受け
とある海洋惑星の照射予定の熱光照射衛星へと向かう
そこで調査を開始すると彼等は意識を奪われ
気づくと何故か浜辺に立っていた
ガートライトは説明の前にまず全員を整列させることにする。
人とAI、そして部署ごとと男女別にだ。
もちろん彼等も軍人であるので、その並びは整然としており一矢も乱れることはなかった。人の方は。
だが本来であれば何の問題もなく行えることが、突然肉体というものを持ち出来なくなっていたようだった。
少しばかり戸惑っているジョナサンズを余所に、ガートライトは彼らの前に立って全体を眺め見る。
その両脇にはアレィナとヴィニオが当たり前のように付き従っている。
そんないつもと違う状況に若干戸惑いつつも、一種の方向性をガートライトは感じていた。
男どーでもいいんだな。と。
男性陣―――これはクルーもジョナサンズも画一的というか、その誰もが同じ水着を穿いていたのであった。
ガートライトをはじめ、男性全員が土煙色の膝丈のサーフパンツというものだ。
そして女性陣の水着といえば、全てのクルーとジョナサンズのものの水着はそれぞれ各人異なる水着であったのだ。
アレィナと同様の水着でも、色や形などのバリエーションが多岐に渡っており、同じものが1つとしてなかったのである。
この情熱はどこから来るのやらと、ガートライトは自分を棚に上げて少しばかり呆れつつも、ふぅと息を吐いて立ち並ぶ全員に向かって説明を始めた。
「えー、俺たちは調査にあたることになった作業員と同様の事態になっていると思われる。原因はさすがに俺にも分からない。まさしく″夢”としか言いようがないしな」
ガートライトは視線を左右に巡らし景色を捉えながら、これからの行動について指示を与える。
「なので、まずはここを調査しようと思う。行動としては浜辺に沿って左右から探索をする。船務部と航海部がこっち、機関部と索敵通信部はこっちから。ジョナサンズも担当部署のものと一緒に行って欲しい。
『『『『了解』』』』
とりあえずクルーとジョナサンズを半分づつに分けて行動させることにガートライトは決める。
「艦長、そっちはどうするんですか?」
槍のジョナサンズが林を指さして訊ねてくる。
「こっちは浜辺の探索を終えてからだな。丸腰じゃ心許ないし、例の人型の魚の話もあるしな」
「了解」
槍がガートライトの答えを聞いて敬礼を返す。これはこれで新鮮だなぁなどとガートライトは思った。
「何か事態に変化があったら直ちに引き返すこと。これ厳命な。もちろんクルーもジョナサンズもだ」
「了解」
アレクスとバイルソンをそれぞれ指揮者に指名すると、各人が左右に別れて移動を開始する。
「よっこらしょっと。俺達はしばらく待機だな」
クルーが立ち去った後、ガートライトはそう言って腰を下ろし砂浜で胡坐をかく。
「ガート。″夢”って言ってたけど、本当なの?」
「はい。″夢”と言うにはあまりにも現実的すぎます。しかも現在の私は情報の交換が不可能になっています」
「いや、それこそが″夢”って証左になるんじゃないのか?」
どうやら肉体を持った?ヴィニオはAIとしての能力を使えなくなっているようだった。その事が少しだけ気になったガートライトがヴィニオへと訊ねる。
「現在の状態で他に不具合はあるのか?」
ガートライトの問いに、ヴィニオは身体をあちこちと触りながら確認していく。2つの丘がたゆゆンと揺れる。
隣から「ぐむぅ」という声が発されれるのを耳にしながら、ガートライトはヴィニオの姿を見て半目になる。さすがにどんな反応をしていいのか、ちょっとばかり困ってしまった。いやいや。
おそらく電脳空間内での姿をベースにしているのだろうが、さすがにあれほどの業物は設定していなかったとガートライトは記憶している。
であるならば、″誰か”の希望、いや願望がこの中で反映されているのではないかと、ガートライトはそんな推測してみる。
「データのやり取りができない事を除けば、特に以上は見受けられませんね。それとは別に何とも言えない不安定な感じがします」
ヴィニオがガートライトに答えながらも、呟くように言葉を紡ぐ。
「不安定?」
たしかに2本足で歩く人間は不安定この上ない。まして現実に即しているとは言え、電脳空間も現実ではない。
だがヴィニオが語った不安定とは、それとは別の事項であった。
「データのやり取りが出来ないこの単独の状態というのは、あまり経験しが事がないので不安定を感じました」
「なる程、そういう事か」
ヴィニオの言葉にガートライトは納得をする。
AIであるヴィニオであればこその言であろうと。
常に世界と繋がっていたところから、その繋がりを断たれたような感覚に身を置いたことで“不安定”と言う言葉で表したのだろうと。
「まぁしばらく辛抱してくれ。ずっとこの状態じゃないと思うしな」
「え?何か分かったの、ガート?」
アレィナがガートライトの言葉に身を乗り出し訊ねてくる。その動きで、たゆンと揺れる。
「ガーティ、本当ですか?」
アレィナに対抗するかのように、ヴィニオも身を乗り出し訊いてくる。たゆゆンと揺れる。
なんだぁ?この状況は………と思いながら、ガートライトはズリズリと後ろに下がりながら説明をしようとしたところで、後ろから声を掛けられる。
「艦長〜」
「うおぅ!?へぁあっ?」
その声に驚き声を上げながらガートライトが後ろを振り向くと、木々の間からエルクレイドがやって来るのが目に入って来た。
ガートライトとヴィニオとアレィナは立ち上がり、エルクレイドと向き合う。
「林は大丈夫なのか?」
「はい。問題ないですね。静かなもんです。それより来てもらえますか」
「了解。行こうか」
こうして林の中をエルクレイドについて5分ほど進むと木々が疎らになり、ガートライト達は呆れ混じりに感嘆の声を上げる。
「これは………」
「なんとまぁ………」
「はーやれやれだなぁ」
空と海以外何もなかった先ほどの浜辺と違い、ちょうど反対側であろうこちら側は様々なものが揃っているのがいるのが目に入ってくる。いや揃い過ぎと言ってもいい。
浜辺から桟橋が海へと伸びており、その先には開放的な建物が海面に浮かぶように建てられていた。
建物の脇にはさらに桟橋が横に伸びていて、幾台もの1人乗り用の水上機操船やボートのような奇妙な形のもの(バナナとか細長いものなど)がところ狭しと係留されていた。
扉のない建物の中には、一抱えもあるだろう色とりどりの浮き輪が背の高さ程まで積まれており、他にも似たようなものが山と置かれていた。
「ん〜、海の家だったっけかな?」
「海の家。ですか?」
「それって、何なの?」
ガートライトの呟きに反応して、ヴィニオが首を傾げアレィナが眉を顰めて聞き返してくる。
今は言い方が変わっていたんだろうか、海洋惑星の平民であれば分かるだろうかなとガートライトは思ったが、よくよく考えてみると、これはPictvの話だった。ちょっと意識がごちゃ混ぜになっているようだ。
「海の家ってのは―――」
海洋惑星のリゾート地に短期のアルバイトで入った7人の男女の恋模様を描いた作品だ。
タイトルが“7人男女海岸物語”といい、“ナナシス”の愛称で親しまれている。
この中で舞台となるのが、7人がアルバイトで働く海の家というものだ。
目の前の建物を眺めながらガートライトが軽く説明すると、エルクレイドが何故か喰いついてきた。
是非見せてくださいと言って来たので、ガートライトは喜んでそれに応じる。
そうして反対側の浜辺に到着すると、クルーとジョナサンズ達がすでに整列してガートライト達を待っていた。
そしてガートライトは彼等の前に立ち、これからの予定を指示する。
「えー………特に周囲に危険はなさそうなので、これから状況確認を兼ねた実地調査を行う。建物や機器の安全確認の後、各人海に入るなり、そこにある道具を使うなりして調査して欲しい。以上」
『『『『了解!!』』』』
コレまでの付き合いからガートライトの言葉の行間を読んだクルー達は、それぞれに散らばって調査を始める。
幾人かが海へと入って行き、幾人かは建物へと向かって行った。
ガートライト達も指示の後、桟橋を渡り建物へと向かう。
「というか、徹底してるなぁ、こりゃ………」
建物も桟橋も昔の建築方法で建てられたもののようで、全てのものが木で作られていたのだ。
「確かに木製の建造物って見たことないわね」
「そうですね。酔狂な貴族か、辺境の惑星なんかではありますけどね」
浜辺側の入口から建物に入ると、中にはいかにもな料理のメニューやチープなお土産らしきキーホルダーやアクセサリー等が壁に飾られている。
奥の方には食事を取れるようにテーブルと椅子が設置してある。
それを物色しているクルーも何人かいたりして、細長い三角形の飾り布を見て唸っていたりする。誰が買うんだ?海が好きって書かれたやつを。
ガートライト達が反対側の出入口を通り抜けるとそこには広々としたコテージがあり、その端側には幾つもの寝転がれるタイプのデッキチェアとパラソルが立てられ一列に並んでいたのだった。
「ほう、これは中々な」
「休む気満々ね………ガート」
ガートライトが顎を擦りデッキチェアを眺めていると、アレィナが突っ込みを掛ける。
周囲の景色や雰囲気も相まって若干気分も緩んでいるようで、アレィナもがカートライトを名前で呼んでしまっていた。
どの道″夢”の中なのだからとやかく言う必要もないし、むしろその方が気が楽なのでガートライトは何も言わずに済ませる。
「ヴィニオさん。よかったら自分と調査に行きませんか?」
ここまで一緒に移動したいたエルクレイドが、後ろからヴィニオの腰と手を携えるようにエスコートをしながら誘っていた。なんとも如才ない。
ヴィニオがその対応に戸惑いながらも、すぐに落ち着きを取り戻し小声でエルクレイドへと何事かを呟く。
「あっ!俺、ちょおっと水上機操船に乗って海上を調査してきますんで、これで失礼します!」
するとヴィニオの呟きにぴくりと身体を震わせたエルクレイドが、態度を豹変させて言い訳めいたことを言いながら水上機操船のある桟橋へと走って行った。
その姿を見送りながら、ガートライトはヴィニオへと訊ねる。
「何を言ったんだ?いったい」
「内緒です」
右人差し指を口元に当ててヴィニオがウィンクをする。
どのこのPictvのヒロインのなのやら。
そのヴィニオの仕草にどう反応して良いものか困ってしまうガートライトであった。
それはそれとして、何はともかくという事でガートライトは海と浜辺が見ることが出来るデッキチェアーへと腰を掛けて身体を預けて横にとなる。
「はー………、こりゃいいな。これも実地調査の1つだしな。うんうん」
デッキチェアの感触を確かめながらガートライトが感想を漏らし、言い訳にもならない建前を口にする。
「あっ、そうだっ」
「「?」」
アレィナが何かを思いついたように建物の中へと戻って行く。
一体何を思いついたのやらと、ガートライトは建物の方を見やりつつ周囲を見渡す。
それぞれがガートライトの意を汲んだように、言葉通りに行動を始めていた。
1人は海というものにその感触を確認するように、その手に海水を掬い海水を掬いを繰り返していたり、機関士長のバイルソンは、海そっちのけで水上機操船を分解して構造を部下と共に調べていたりする。
エルクレイドは水上機操船を操縦して、数人の女性クルーを乗せたバナナの形のボートを牽引して海上を走らせていた。時折歓声が聞こえてくる。
そしてアレクスは浜辺でどこから手に入れたのかスコップやらバケツを使って側に女性を侍らせて砂像を作っていた。
レイリンは見かけないが、多分何かやってるんだろう。うん。
特に環境に馴染んでいるのが、ジョナサンズであるのがなんとも興味深くあった。
彼等彼女等は現時点で自身にある記憶を駆使して現状に対処する術を用いて行動していたのだ。
すなわち海という対象に関して自身が何を出来るのか、もしくは自身が何をやりたいのかを明確に判断して行動へと移しているようだった。(主にPictvの影響だと思われる)
そんな様子を見てガートライトはつい緩く笑みを浮かべてしまう。
人でもAIでも認識と意識の中ではどちらも似たようなモノなのだなと、しみじみと感じてしまうガートライトだった。
そんな事をつらつらと考えていると、アレィナが何かを抱えながら戻って来た。身長ほどあるタオルと何かの容器だ。
「ガート!私日焼けをするの嫌なので、サンオイルを塗って下さいっ!」
「あ?」
「なるほど、その手で来ましたか。では」
ガートライトが一瞬思考停止になり、何かを理解したヴィニオがそそくさと建物へと行ってしまう。
「では、ガート!お願いしますねっ!」
アレィナがガートライトの隣のデッキチェアーにタオルを敷いてうつ伏せになり、トップスの紐を解き背中を露わにしてガートライトへと指示をしてくる。
「ガート、お願いします」
頬を少し赤く染めながらにっこりと笑みを湛えた視線が、ガートライトへと突き刺さってくる。
ガートライトは諦め気味に受け取ったサンオイルのキャップを開けて、その液体を手の平へと垂らしていった。
ヒヤリとした冷たさと、トロリとした感触が手の平へと広がってくる。
夢であれば五感は半分近くがスポイルさせると何かの論文で読んだことがあるが、どう見てもこれは現実と全くと言っていい程違いを感じることが出来ない。
一体どういう原理でこのような事が可能となるのやらと、アレィナを前にしてちょっとだけ現実逃避を試みるも、それもアレィナの呼び掛けにより一瞬で終わってしまう。
「ガート?」
「は、はいっっ、ただ今っ!」
「確か“伝説のサンスケ~NORISUKE~”では手でオイルを馴染ませ温かくしてから肌へと塗り込んでいく………だったな」
ガートライトは自分に言い聞かせるように小声で確認しながら呟くと、意を決してアレィナの背中へと手を触れる。
ちなみに″伝説のサンスケ~NORiSUKE~”はもちろんPitcvの一つで、平民の背中流しから女王陛下のサンスケまで上り詰める一人の男の話だ。
その中でNORiSUKEが侯爵令嬢ヘーリアの身体をサンオイルで癒す回があったのを、ガートライトは応用しようとしているのである。
「ん、………はぁ」
アレィナがなんとも艶めかしい声を漏らしてくる。
身体とデッキチェアに挟まれたボリューミーなものが何気に主張をして来ている。ぐふっとガートライトが心の中で思わず呻く。
それを堪えつつ、両手を前後に滑らせてオイルと塗り込んでいくガートライト。
指を広げ筋肉を揉み込むようにオイルを丁寧に刷り込んでいく。
「あ、ふ………んんっ」
「…………」
のんびりと休むつもりだったのが、何故かこんな目にあっているがなんとも疑問な話だ。
背中以外に触れないように慎重に手を動かしていく。
そのたびにアレィナが艶めいた声を漏らしていた。
ガートライトはこの状況に流されるままに“NORISUKE”の動きをトレースするように手を動かす。
その動きはオイルを塗ると同時に指圧によるマッサージとなって、アレィナの身体へと響くこととなる。
ガートライトは我知らず、そのマッサージによってアレィナに声を上げさせていたのだ。
ちなみにNORISUKEはその時侯爵令嬢へ小声で囁くのだ。『“ここがえ〜のんか?ここがえ〜のんか?それともここかの〜”』と。
「ガーティ。私にもお願いしますね」
ぐはっ!背後から何かがひたひたと迫って来た。な、なんじゃこの状況は?
ガートライトが首だけで後ろを振り向くと、ヴィニオが今まで見た事のない笑顔でガートライトを見ていた。
「く、あっ、な、何言って、んです、か、………今は、私が、んんっ………」
これこれ、公衆の面前でなんて声をあげてるんですか?アレィナさん!
サンオイルを塗りこみながら、内心で突っ込みをするも返しようがない言葉を返しようのない状況でガートライトは手を動かすのみだ。こうして背中全体を塗り終えたところで再び後ろから声が来る。
「ガーティ?」
おぅふっ!ヴィニオからの視線が背中へと突き刺さってくる。
「アレィナ、これで終わりな」
「え、ちょ、はんっ」
背後のデッキチェアでうつ伏せで待っているヴィニオへ、手渡されたサンオイルをさっきと同様に手に馴染ませてから露わになっているヴィニオの背中へと塗り込んでいくガートライト。
手に吸い付くような肌が、ガートライトに何とも言えない感情を呼び起こさせる。
肌ツヤツヤのすべすべとは、恐るべしだ。
「はぁん、んん、これ、………は……ん、」
こちらもまたガートライトがオイルを塗り込むと、なんとも艶々しい声を出して来た。
えええ………。俺、こんなキャラじゃないんだけどなぁと諦め気味に思いつつ周囲を軽く見てみると、何故かこちら注目している者達が目に入ってきた。
視線がすごく痛い。………さすがにガートライトもこの状況に居た堪れなくなってきたので、ヴィニオの背中部分を塗り終えたことで手を上げて終了を宣言する。
「終わりで〜す」
「ガート、下の方もお願いします」
「ガーティ。足の方も是非お願いします」
アレィナとヴィニオが顔を赤らめて更なる要求をしてくるが、これ以上の辱めはご勘弁とその要求を跳ね除けるガートライト。
「そこは自分で塗れるだろ?はい、おしまいおしまい」
「「え〜〜〜〜っっ!」」
2人が同時に不満の声を上げるものの、ガートライトが視線で周囲の様子を促すとそれを察した2人はしぶしぶとオイルを足へと塗り始める。
そのことに安堵の息を吐き、ガートライトはヴィニオの隣のデッキチェアに横になり寛ぎ始めた。
こちらの様子を窺っていた視線もなくなり、やがて周囲に喧騒が戻って来る。
「艦長。お飲み物をどうぞ」
そこへレイテがトレイに飲み物の入ったグラスを載せてやって来た。
「ああ、ありがとう。レイテはここでも給仕か?」
サイドテーブルに飲み物を置くレイテに、礼を言いながら通常業務の彼女に話を聞く。
「そうですね。特にやる事もありませんでしたので、ちょうど食堂での給仕が終わりましたのでこちらに」
「ん?食堂で何かやってたのか?」
「はい。レイリン少尉と他の方々が大食い競争をやっていました。全てレイリン少尉が勝利しております」
へぇ〜、腹ぺこキャラだったんだな、レイリンって。とガートライトは改めてレイリンを思い浮かべるも、そのような印象はなかったと思うのだ。
「あの娘、かなりの大食いよ。よく見かけるし」
ガートライトの心中を解して、アレィナが補足するかのように話して来る。
「え、そうなの?」
「そうですね。金曜日には1人で5杯はお替わりしてましたから」
基本ガートライトは金曜日は厨房に入り浸っているので、食堂内の様子は分からなかったのだ。
以外なレイリンの一面の話を聞きつつも、ガートライトは気になった事をレイテに訊ねる。
「ところでどこからそれを見つけたんだ?」
そう、レイテは銀色の水着の上に真っ白なエプロンを身に着けていたのだ。
胸元から腰辺りまで覆ったその姿は、一瞬見ただけでは勘違いを起こしそうな感覚を受けてしまう。
「はい。食堂の更衣室に置いてありましたので、僭越でしたが使わせていただきました。如何でしょうか?」
そしてレイテはクルリとその場で一回転する。
ひらりとフリルが舞い、エプロンが翻る。銀がキラリと映える。
どこかで微かにパシャシャと音が聞こえた。
「あー、似合ってるかな?うん」
その音を耳にしながら、レイテを見つつガートライトは答える。
「ありがとうございます。では」
レイテはガートライトの言葉にエプロンを摘み一礼して去って行った。
アレィナとヴィニオは、不思議そうに首を回して周囲を見回している。2人も何かに気付いたようだった。まぁ大した事ではないと、ガートライトは飲み物を口にして寛ぐことにする。
注意して耳を澄ませてみると、あちこちでパシャシャとある音が聞こえてくるのが分かる。そして時折でゅふふという呟き声も。
「ガート、そう言えばさっきこの現象の原因が何かとかって言ってたわよね?」
「そうですね。確か林の中でそのような事を言ってました」
アレィナが周囲を気にしつつ起き上がりガートライトの方へと向きながら訊ねると、それを隠すようにヴィニオも身体を起こしガートライトへと訊ねて来る。身体を動かすたびたゆゆゆンと揺れる。
ガートライトはなんとも複雑な気分でそれを見ながら、そしてふいと目を逸らしてから答える。
「原因はさすがに分からんけど、起因なら何となくそうかなと推測したという話だよ。ほら、あそことあそこ、後あそこだな」
ガートライトが女性クルーとジョナサンズたちがキャッキャウフフと戯れているところから指を移動させて、それぞれ場所を指さしていく。
「あれは………男性クルー、ですね」
「光ってるのって、………カメラ?今時?って何人もいるのっ!?」
ヴィニオが掌を目の上に翳しながら指差された場所を眺めて呟き、アレィナも同様に首を傾げながら疑問を口にする。
“夢”ならではの現象と言えるよなぁと、ガートライトはグラスをあおり中身を飲み干してからそれが何者かを口にする。
「多分、あいつ機関部のロバッド・ギャヴァスだと思うぞ」
「「ええっ!?」」
2人はもう1度先程の場所を目を眇め見るものの、カメラのレンズの反射光のためか誰かがいるということしか判別できなかった。
「!認識障害?………そんな事があり得るんでしょうか………」
ヴィニオは唖然とした表情で、そちらを見ている。
「ってか何であんたがそんな事分かんのよっ!ガートっ!」
ヴィニオの向こう側からアレィナがキレた様子で問い質してくる。それに対してガートライトはあっさりと答えを出す。
「あいつの趣味って水着女子を撮影する事だからさ。いわゆる水着女子撮影者って奴だな」
通称GGと言われる彼等は、主に海洋惑星のリゾート地に出没する。
水着で波や海と戯れる女子を撮影するのを使命としている者達だ。
そしてその女子の一瞬の時間を切り取るのを至上の喜びと感じているらしい。
ガートライトも以前GGらしき人物と知り合った時、そんな事を言われた記憶がある。
ガートライトの言に2人は時間が止まったかのように動きを止める。
ふむ、理解の及ばない事態になると人間って一瞬行動も思考も停止するんだなぁと、2人を見ながらガートライトは思ったのだった。
□
ロバッドはひたすらシャッターを切る。パシャパシャと美しく可憐な被写体に向かって、その持てる技術を遺憾なく発揮して。
これはこれは、なんと素晴らしく幸福なものなのだろうか。
ここもあそこもそしてあちらも。理想の、いや!理想以上の素材達が目の前に広がっている。
これを撮らずしてGGを名乗ることは不遜であろう。
そして己の意のまま、その情動の欲するままに撮る撮る撮る撮る撮る!
ああ………なんと、なんと!それは至上の歓びであろうか。
上から下から何の不都合も起こること無く美目麗しき女性の素晴らしき姿態を、この目と愛機へと収めていくのだ。でゅふふ。
いかん。つい歓びの声が漏れてしまった。どうもこの口癖はあまり人に好まれて―――嫌われているようなので、普段は気を付けているんだが、興奮と共につい漏れ出てしまっていたようだ。
だが2度とこのような好機に見えることはないだろうと、己の本能が囁くのを理解しているので、今はひたすらその被写体を焼き付けることに腐心する。
青い空、蒼い海、そこで戯れる素晴らしき被写体達。
だが分かってはいたのだが、それでも終わりは訪れる。
ああ………。その音を耳にしてロバッドはこの夢を見せてくれた存在に感謝を表す。
ありがとう!あなたのお陰でこのような素晴らしい物を撮ることが出来たのだと!
あと少しとロバッドは思いながらも、やがて“夢”は終わりを向ける。
ズォオオオ………という何かを吸い込むような音を聞いて、それを理解した。
ロバッドは決意する。例えこれが“夢”という現実ではない事であったとしても、この情景を必ず残しておこうと。
そしてロバッドは更に魂を込めてシャッターを切っていく。
□
それは突然に起こった。ズォオオオ………という音と共に注意喚起を発する何者かの声が響いてきたのだ。
『“これより当施設に於ける空気排出作業を行います。当該施設にいる人員は直ちにノーマルスーツの着用を行ってください。繰り返しお知らせします――――”』
平坦な女性の声が空の上で響き渡るのを、ガートライトは耳にする。
おそらくこれでこの“夢”は終わるのだろうと少しばかり残念に思いつつ、現実への帰還に少しだけ安堵をする。
視界が一瞬白へと覆われると、ガートライトはすぐに自分が艦の自席に座っているのを認識する。
ガートライトは本当に“夢”が終わったことを理解して安堵の息をはぁああ〜と吐き漏らす。
正直あの状態はガートライトにとって中々にストレスを抱え込むことになっていたのだ。
「ガ、艦長!これは?」
アレィナが我に返ってガートライトへと訊ねて来る。
ガートライトとしても推測の域を出ないものの、まぁこれぐらいなら言ってもいいだろうと口にする。
「おそらく、あの中にいた何かが排出されたことで、戻ったんじゃないかと思ってる。何かはさすがに俺にも分からんけどな」
ガートライトはすかさず時刻を確認する。
アレから大体90分程が過ぎていることが分かった。
すなわち空気の排出行程によって排除されたものが原因となるとガートライトは推測する。
その事によりガートライトはどう報告すれば波風立てず済むのかを考える。が、あまり良い考えは思い浮かばず、つい溜め息を漏らしてしまう。
操艦室を見回すと、困惑しているクルーがほとんどだ。
当たり前と言えばそうなのだが、何よりこの状態でいるのは望ましくないと思ったガートライトは、手をパンパンと叩き普段出すことのない声を上げ指示を出す。
ガートライトもそれなりに動揺していたのだ。
「はいはいっ!まずは調査隊は至急艦に帰還。全クルーは体調の確認と問題なければ、さっき起こった、もしくは経験したことや感じたこと、どんな些細なことでもいいので報告書を描いて提出してくれ。あとジョナサンズは自身のログの欠如の有無を確認して報告。これよりクルー及びジョナサンズには2時間の休憩を与える。以上!」
ガートライト自身もそれほど余裕など無いのだが、それを押し殺しともかく現状指示できるものはとしようと口にする。
やがて体調に問題なしと調査隊及び各部署から返事が返ってくる。
医療班からの精神と体調の診察をしたいという旨も了承する。
そしてガートライトとアレィナを残しクルーが退出していく。
そうしてガートライトはシートに身体を預けて目を閉じる。さすがに許容量オーバーで疲れてしまったのだった。
だが、それを許す事が出来ない存在もいた。
「ちょっ!ガ、艦長!どういうことです、これってっ!?」
『そうです。認識に齟齬があります。説明を求めますっ!』
アレィナはおろかヴィニオまでもがそんな事を言ってきた。
ガートライト自身も文献を読み込んだだけなので、必ずしもそうだという結論にはない。だがそれを言わなままというのも心情的によろしくないと感じ、ガートライトは正直に話を始める。
「まず言っておくが、これは他にもある1つの可能性ってやつの話だからな。それを踏まえて聞いてくれ」
ガートライトがそう言うと、神妙な表情でアレィナが頷きを返す。
息を吐きながらガートライトは渋々と話を始める。
「ところで人類以外の知的生命体がいるという話。どう思う?」
唐突にガートライトがそんな話を始めるので、アレィナは戸惑いつつも答える。
「………それは、現在は否定されてる話よね。帝国内では」
断定らしくもない発言をアレィナがしてくる。
常識は常識として、だがガートライトが絡むとそれも明後日の方向へと行くのを理解しているアレィナの言葉でもある。
「もちろん、それは俺も知ってるさ。まぁだからオレの妄想と捉えてくれてもいいさ」
だがガートライトは確信していた。あのロバッドを包み込んだあの靄が今回の原因なのであろうと。
「もし知的生命体がロバッドを取り込んだとしても、どうやって私達に同じ“夢”を見せられるんです?調査隊の人間ならともかく、離れてる私達に類が及ぶのが解せませんが?」
そうアレィナの言う通り、通常であればそのような話は有り得ない。
だが可能性というものと消去法で考えると、ガートライトには1つの結論に至るのだ。
「離れてはいるが繋がってはいたよな?俺達は」
「まさか………全周波通信の事ですか?」
『ですがそのような形跡はありませんよ。ガーティ』
ガートライトの推測をスパッとヴィニオが否定してくるが、ガートライトは気にすることもなく話を続ける。
「だけど俺はそう考えてる。そうすると色々納得できるんだがな、俺としちゃな」
未知とか謎とかは大好きガートライトではあるが、自身に振りかかることにはやはり空恐ろしいものがあった。
そんな訳で自身の考えつくままに理論武装を施してみたのだった。
「そもそも俺達とコンタクトを取れるものが、知的生命体という訳じゃない。生命自身がそれと理解していることが重要なんだ。そしてそいつは人類の事を知っている。これが肝要になる」
「私達を知る?………っ!それは私達の在りようという事ですか!?まさかっ!」
ガートライトの推論にあり得ないという顔をしながらアレィナが聞いてくる。
「だから言ったろ、妄想だって。正規の報告書には異常なしって出すから問題ないだろうしな」
当然というか、さも当たり前のようにそんな事をガートライトはのたまう。
そうなのだ。アレィナもその事は理解していた。こんな話、誰が信じて真に受けるのかと。
「了解。報告書はこちらで作っておきます。艦長は―――」
「ああ、ケィフトに送るのはこっちで作っとくよ。頼む」
「了解」
ガートライトに頼まれることに喜びを胸に秘めつつ、アレィナは作業に入る。所詮自分もちょろい人間なのだと。そんな自覚を持ちつつもそれが嫌ではないアレィナであった。
□
「でゅふふ、でゅふふ、でゅふ〜。素っ晴っらしい〜〜〜」
ロバッド・ギャヴァスは自室の専用端末に陣取り描画ソフトを駆使して、さっきまで撮影していたものを絵へと再現していた。
“夢”であれば手元には何も残るはずもない。だが自身の記憶にはしっかりと焼き付けている。
次々と描かれるそれは、寸分の狂いもなく白いカンバスへと描かれていく。
それはもはや絵ではなく、写真として記されていった。
幾つものホロウィンドウがロバッドの部屋に着々と表示される。
そこにはヴィニオやアレィナの、本人にとってははしたないと思われるものも描かれていた。
ロバッドはこの事について、何者かは分からぬモノに最大限の感謝をする。
このような至福の時を下さった存在へと。
ロバッドは幾百枚という撮影された、素晴らしき一瞬のキラメキを描いて描いていったのであった。
□
こうして試作第1号戦艦は熱光照射衛星から調査隊を回収し、事態の調査を終了してエイディアルス航路へと戻り一路第35開発試験場へと移動を始める。
そしてこの熱光照射衛星はその後なんの問題なく稼働することとなる。そして作業従事者に何かが起こることはなかったのであった。
また″夢”を体験したヴィニオとジョナサンズ達は、その後とある計画を開始する。
それは艦内のジョナサンズ達全員参加の上、ヴィニオ主導で着々と進んで行った。
アレクス・ハドリアトンを巻き込みながら、自身の肉体を現実へともたらす為に。
□
それはとてもまんぞくした。
いきなり外へとほおり出されてしまっものの、とくに何の感慨を持つこともなかった。
それはそれにとってはいつものことだからだ。
先日の大量ではあったがさほどよくもないものと比べ、今回はなんと甘美なものであったことか。
つぎに味わえるのはいつになるかは分からないが、これを反芻すればいくらでも堪能できるであろう。
感情をパルスで得たそれは、宙空間を満足そうに漂いながら何処かへと流れて行った。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうございます!(T△T)ゞ
夏、終わっちったOrz




