表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/55

36:索敵通信士長 レイリン・アーエンデルト

前回のお話

 

海賊達が襲って来た!(予定通りに)

仕込みが巧く行き3つの海賊団はあっさり捕縛

何故か海賊団のリーダー達が同行することに


ケィフトめ〜………(ガートライト談)

 


 サーイスの拠点駅よりそのままエイディアルス航路を試作第1号戦艦は進みイースタを通過、現在はノウイスへと向かっているところである。

 もちろん海賊団のリーダー達と共にだ。

 どういう理由かはクルーには知らされておらず、ただ上からの指示と言われているだけであった。

 レイリンにとってはどちらかと言えば渡りに船と言ったところであるが。 


 3交替勤務を終えたレイリンは、格闘ルームの脇にあるロッカー室に入り自身の装備(アーツスーツ)を淀みなく身に着けていく。

 前任地でのいつもの習慣ことなので、頭を使うこともなく身体が覚え身に浸み込んでいる行動だ。

 いや込まされたと言った方がいいか。

 レイリンは軍において大半の時間をそこで過ごしていたからだ。

 

 機動宙航連兵大隊――――通称マァシナリーゼホーンズに。

 

 

 

 

 そもそも近代では軍そのものの必要性が疑問視されていた。

 無駄な予算と人員。そして大規模になる戦艦の建造費。

 それは貴族の多くを少しだけ辟易させるくらいには圧迫していた。

 御前会議でも何度かそのような意見も漏れ出ることもあった。

 

 だが皇帝はその意を撥ね除ける。文字通りに。

 貴族達の思惑とは別に、皇族にとって帝国軍という組織ものは必要不可欠なものだったからにほかならない。

 国というものは大きくなれば成る程、その内におりと歪みが溜まるというものだ。

 その内部をじわじわと侵食し食い潰していく。反発であり反感である。

 

 それを抑える為に存在しう()るのが軍というものである。

 その功績により爵位を得た貴族に対してその義務を生じさせる。

 それが貴族に対するある種の防波堤という役割を担っていた。

 一族の一員を軍に入れることにより反抗の意志を削ぎ、または事前にその情報を得られるように。

 

 互いが互いを監視し合うという、ある意味皮肉めいたこの状態が帝国の平和を維持していると言ってもいいのかも知れない。

 そしてそれが貴族としての務めであると言える。

 それこそが無条件に帝国というものに従属するという証ということでもあった。

 もちろん来たるべき大禍に対する備えという意味合いもある。

 

 まぁそのような事はレイリンには与り知らぬことであり、そもそもレイリンにはそのような役目を担う立場では、本来はなかったのであった。

 

 事の起こりは大脱出時代から始まる。

 レイリンの先祖と言える者達は、1つのコミュニティとして独立していた。

 排他的とも言える。しかし国家というには少し足りなく、だがそれでも1つの集団としての体は為していた規模のものというなんとも中途半端な存在であった。

 

 そしてこの星系に辿り着いた時に、とある惑星を与えられてより彼等はその惑星に固執することになる。

 やがてそれは何故か功を奏することとなった。

 与えられた惑星全土を、彼等が持ち込んだ“種”を元に土壌を耕し農土を広げていく。

 熱光照射衛星ぎじたいようからの豊かな陽光と豊穣な量の水により、生産性を高めていき帝国に無くてはならない程の存在になって行くにはまだ少し足りなくもあったが、それなりに重要であるという認識を植え付けることができていた。

 

 だが、ただそれだけであった。

 数多ある惑星のただ1つであるという認識という、そのようにしか帝国中枢部には知らしめる事が出来なかったのだ。

 まぁ本人達は特に気にした風でもなかったのだが。

 閉鎖的ではあるが、どこか牧歌的なコミュニティであったからなのだろう。

 

 だがそれもある時を境に一変することとなる。

 原因不明にの病原体による小麦・大麦の多くが他の惑星で枯絶する中、その惑星の植物だけが影響を受けずに生長していた。

 そしてレイリンの祖父は、その事象に便乗するかのように自身の惑星で保管していた小麦・大麦を帝星や他の惑星へと供出していった。

 

 そもそもこの惑星の植物だけがその謎の現象に影響を受けずに済んだのも、このレイリンの祖父が品種改良に尽力していたおかげに他ならない。

 備蓄されていた食料の供出と技術の提供というその惑星ほしの行動によって、たしかにほんの僅かではあったが分裂をすることもなく、帝国という体を成すことに面目を保ったのである。

 

 そして帝国は救われた功績を以って平民であったレイリンの祖父を叙爵させ、貴族の一員としたのであった。

 そのことにより一番困惑したのは何よりレイリンの親族であった。

 祖父を含めて貴族の有り様など学びもしていなかったせいで、どのような態度を取ればいいのか全く知らなかった訳なのだ。

 

 だがその事については帝都からやって来た典礼官という役人や、レイリンの祖父のお陰で陞爵したこの惑星ほしの元領主の部下達の指導の元により問題なく教えを受けることとなった。(だが、それでも最低限であり、古くからの貴族達からは冷笑されてはいた)

 

 領地持ちとなり領主となったレイリンの祖父ではあったが、それに驕ることもなく一族で大きな問題もなく治めるようになっていた。(小さい問題は山程もあったが)

 だがその中で怠っていた義務というものが生じてしまっていた。

 貴族の務めである軍への出仕を、猶予を与えられていた分その期限が迫っていた。

 家族会議の中で喧々諤々と言い合う中、伯母の1人が帝国貴族要鑑を眺めて発言をする。

 

「んーだばぁ〜、士官学校〜ちゅうんがあんだけごどぉ、そっからぁ〜行く事がぁ出来んぢゃねえがな?」

「んだぁどぉっ!?」「そんただっどごあだんが?」「どんぢゃあ、みせでみぃ」

 

 ガヤガヤと言葉が飛び交い、やがてレイリンへと白羽の矢が立つこととなる。

 男爵となった祖父の直系の孫であり、士官学校へと入校できる年齢でもある。それがレイリンが選ばれた理由である。あと単に他に人がいなかったことも上げられる。

 さすがに祖父に頭を下げられては、レイリンとて反駁のしようがない。

 ただしレイリンにとってこの事は、波瀾の幕開けと言っても良かった。

 

 まずレイリンには一般教養が帝国の同年代の人間と比べて余りにも低かったこと。(これはこの惑星に幼年学校のような所がなく、家庭学習に近いものがあったからだ。読み書き計算ができればいいという程度のレベルである)

 なので典礼官であるヒークォモウルの元、学力の底上げとマナーの習得が為されることとなる。

 それはレイリンに泣きが入るほどの苛烈さであった。

 そして軍士官学校入校前までそれは続いた。

 

 そしてその中で当たり前のことが1つスコンと抜け落ちてしまっていた。

 朱に交わればという文言もあるように、長らくその地にいすぎた典礼官もすっかり忘れていたことであった。

 すなわち言葉遣いというものを。

 

 その事でレイリンはかなりの労苦を強いられることとなってしまう。

 もちろんレイリンの故郷でも、標準語は使われているし話されてもいる。

 ニュースやドラマなどでも耳にする機会は幾らでもあったのだ。

 なのでもちろん理解も出来るのだが、喋ることはまた別の話であった。


 本来明るくハキハキとした性格のレイリンであったのだが、第一声からあまり良くない笑いを周囲から受けてしまい、縮こまるようになる。

 そしてもっぱら端末による会話へと終始することになってしまった。

 それでも、それなりに親しい友人と呼べるものも何人か出来つつ、士官学校を修了する。

 そしてその身体能力を見込まれたレイリンは、この後機動宙航連兵大隊へと配置されることとなる。

 

 着任してからしばらくはひたすら走り込みと鍛錬の日々であり、周囲の人間達の悲壮さとは無関係とばかりにレイリンは飄々とこなしていった。

 この機動宙航連兵大隊の役割としては、暴動、反乱などの鎮圧、要人警護などであり、男性所帯となっており女性士官は1割にも満たない。

 そして大隊の多くの人間は、己の肉体によってその力を誇示するという性質のものばかりであった。

 いわゆる脳筋である。まぁレイリンもその部類の人間ではあるが。

 

 そしてこの手合いの人間は得てして欲望を前面に押し出す傾向が強かった。特に女性に対して――――

 しばらく時が経ち、レイリンもそれなりに軍務をこなし格闘戦技においてはそれなりの実力者と見なされていた。

 ただし性格に少々難有りと上層部では評価されていた。

 

 士官学校時代にの経験上、言葉遣いだけは直すことも出来ずそのほとんどの会話が片言で行われていたのである。

 レイリンにとって、話す喋るという行為自体が恐怖となっていた。あの時に受けた視線と嘲笑を思い出すだけで身体に震えがくる程に。

 

 だがそれでも会話をしないではいられないのが社会であり、軍というものだ。まぁ慣れもあろうが、レイリンは言葉以外はそれなりに機動宙航連兵大隊に馴染んではいた。

 そんな時大隊内の特務部隊にレイリンが配置換えとなる。

 それにより再び苦難に見舞われることとなった。

 

 中隊長の推薦により向かうことになった特務部隊には、女性はレイリン1人だったのである。

 そして特務部隊とは名ばかりの家格だけが上位の子息達の吹き溜まりであった。

 ………ああ、なる程。自分はそれ程大隊に馴染んではいなかったのかと、自らを顧みつつレイリンは思う。

 あの゛っ!ぐっそメガネ゛っ!!

 

 レイリンは心の家で、神経質そうな中隊長の顔を思い浮かべ悪態を吐きながら特務部隊へと向かった。

 もちろんこの仕打ちが誰も仕業なのかを拙いながらも情報を集めることで、レイリンはどこの誰かなのかを知ることとなる。

 

 特務部隊の共用収納の場所では私服を荒らされ、口の臭い男共に迫られるものの冷めた視線と握った拳をを向けると、腰が砕けるように逃げていった。

 次第に普段と全く違う物事に神経を使わせられて、様々なことにすり減らされることとなって行く。

 いくら脳天気のレイリンでもこの仕打ちに苛立ちを覚えた。

 

 相手の目的が判明しないものの、レイリンは今まで培った技術をフルに使い証拠固めをして行く。

 そしてそれを祖父の下へと送って行った。

 そうレイリンは幼い頃から徹底して報・連・相というものを叩き教え込まれていたのだ。

 そして数カ月が過ぎ、業を煮やした張本人が直接手を出してくる。

 

 ヴォフォルド・ナイツィンフルウィス中尉。

 

 ナイツィンフルウィス伯爵家の五男。

 それなりに才覚と能力は血統の上からも有していたが、その性格は傲慢で我儘なものであった。

 度々問題を起こしては伯爵家に揉み消してもらっており、そしてその事を当然と本人は認識してやりたい放題であったのだ。

 そしてその矛先はレイリンへと向かったのである。

 

 その日指定された訓練場に、宙間下衣スペシアインナーのみを身に着けるよう指示を受けて向かうと、そこにはむくつけきと表現が出来る男達が十数人待ち構えていた。

 そう特務部隊の面々であった。

 

「遅かったなアーエンデルト少尉。ではさっそく訓練を始めるとしよう。今回は多人数に襲われた状況に対する訓練だ」

 

 中央にいるヴォフォルドが下卑た笑みを顔に浮かべて言い放ってきた。

 後ろの方では他の男達が下卑た笑いを浮かべ好色な目でレイリンを見ている。

  

隊長だいちょうは?」

 

 この場にいるべき人間がいないことに疑問に思ったレイリンが端的に訊ねるが、何がツボに入ったのか全員がゲラゲラ笑いながら口を開く。

 

「隊長は〜」

「今日は〜疲れたから〜」

「おやちゅみです〜」

『ぎゃははははは〜〜〜〜〜〜〜っっ!!』

 

 とても貴族の子弟などと思えぬ言葉と態度に、レイリンは思わず顔を顰める。

 その顔に気分を害したヴォフォルドは、目で周りの者へと指示を下す。そして厭らしい視線をレイリンへと向ける。

 

「訓練開始だ!やれっ!」

 

 ヴォフォルドを除く他の人間がレイリンをじわじわと取り囲み包囲していく。

 その姿は全員がアーツスーツを装着していた。

 レイリンは指示された通りの宙間下衣のみだ。

 その容姿は本人の顔立ちと共に、男共を惑わせずに入られぬほどの出るところは出引っ込むところはというものであった。すれ違う男が10人中8人がすれ違い2度見するほど。

 宙間下衣の下くっきりとラインが分かるその肢体は、男共に獣欲と嗜虐心を沸き上がらせるのも無理はない。

 本人にその自覚は無かったが。

 

 その訓練と称した集団暴行の始まりは、一方的なものから始まった。

 まず3人の男達が股間を押さえ倒れ蹲る。中には泡を吹き気絶している者もいた。

 それを見たヴォフォルドは、顔をしかめつつ手元の装置を起動させる。

 その瞬間、訓練場内の重力が消失しレイリンの行動が制限されることになってしまう。

 

 レイリンはなる程と納得する。

 レイリンの実力(それ)を見越してのこの無重力訓練場だったという訳だ。

 だが相手が悪かった。その無知は彼等の肉体で支払われることとなる。

 スラスターで勢いをつけながら襲ってきた男に対し、伸ばしてきた腕を絡めて指をへし折りそのまま顔面へ膝打ちを浴びせる。

 あまり耳障りのよくない悲鳴とゴキリと尾骨が砕ける音を耳にしながら、慣性を利用して次にやって来た男の腕を取り身体を捻りつつ、膝を折り横向きの状態から足を伸ばして爪先をその男の首横へと突き入れる。

 

「ぐぉギャッ!」

 

 男の叫びを気にせず掴んだ腕を支点に回転をして、それを2、3度繰り返した後腕を話して突き飛ばす。遠心力のついたその身体はその慣性のまま飛んでいく。

 こうして襲い掛かる男達を躱し掴み殴りながら翻弄していく。

 

 何故レイリンがここまで苛烈に暴力に徹するのかは、レイリンの祖母の薫陶によるものだ。

 襲い掛かる男共には容赦するな、自分がやった行為を後悔させる程に徹底的にその身体に教え込め。

 何とも強烈な物言いではあった。そしてレイリンは祖母のその言葉に実感を感じていた。

 おどごおっかねぇ。


 そして1人の男を残して全員に何らかのダメージを与えた後、そのヴォフォルド(ひとり)とレイリンは対峙する。

 

「な、何なのだ!貴様はっ!化け物めっ!!」

 

 唾をまき散らし狼狽えながら、ヴォフォルドが叫ぶ。

 そもそもレイリンを見た目だけで判断した事が間違いなのだ。

 嫌がらせを受ければ泣きが入り靡いてくると、浅はかな考えこそが愚かなのである。(だが実際にそれは何度か行われ成功し、女性士官を毒牙にかけてはいた)

 そしてヴォフォルドは背中から無反動ガンを取り出して、レイリンへと銃口を向ける。

 

 レイリンはこの機動宙航連兵大隊に着任して以来、様々な訓練と共に実戦も果たしている。

 それは暴徒鎮圧であったり、犯罪者の捕縛であったりと様々だ。

 その中でレイリンの実力ちからは抜きん出ていた。

 特に無重力下では、その実力が遺憾なく発揮された。

 

 本人も知らずにレイリン・アーエンデルトという人間の無重力格技(0Gアーツ)における天賦の才というものは知れ渡っていたのだ。

 あくまで一部の人間ではあったのだが。

 ヴォフォルド達は見た目だけで、レイリンを取り込み籠絡しようと目論んだのである。

 

 レイリンはその銃口を見やると、とっさに手近に漂っていた特殊棍棒(長さ60cm太さ3cmの取手がついたもの)を2つ、コマのように回転させて身体に捻りを加えグルリと回転しながら右手でヴォフォルドへと打ち出した。

 1つを打ち出すと、反作用を利用し腰を回転させてもう1つを左手の裏拳で打ち出す。

 

 この手の対処法などレイリンは幾らでも学んでいた。

 向かってくる特殊棍棒にヴォフォルドは銃を撃つも当たることはなかった。回避もしない。

 銃の射線から移動して呻く男の影に入りレイリンは呆れる。

 本当に機動宙航連兵大隊の人間なのかと。

 それも致しかたな無いところであろう。何より彼は家の力でここにいるだけなのだから。

 

 そして特殊棍棒の1つがヴォフォルドの胸に当たり、もう1つは口元に当たりヴォフォルドの歯を砕く事となリ意識を失う。

 脅威を排除したことを確認したレイリンは、身体を弛緩させて独り言ちる。

 

「やっちまただ………はぁ〜」

 

 そして今までの映像ことを記録したデータを実家に送り訓練場を後にする。

 しばらくして駆けつけた職員により事が発覚し、一時騒然となる。

 この話には続きがある。

 彼等の次に被害にあったのは、大隊内の庶務人事課の中隊長である。

 

 顔や身体に打撲痕が幾つもあり、傷がない箇所を見つけるのが困難である程に。

 そして彼等からの聴取によりレイリンは拘束されることとなる。

 捕まった本人は以外にあっけらかんとしていたが。

 

 事の次第を聞いたヴォフォルドの父親であるナイツィンフルウィス伯爵は怒りのままに軍事裁判をかけ極刑にせよと圧力を掛けて来た。(誰も死んでないにもかかわらずだ)

 そこに待ったをかけたのが、帝宮省と宰相であるザーレンヴァイス公爵であった。

 

 レイリンの祖父が本人から受け取った様々なデータ類を帝宮省に送り、義務とされる軍務に於いてこのような扱いを受ける謂れはないと抗議の文書を送る。

 それに同調したザーレンヴァイス公爵が軽く(、、)調査を行うと、それだけでヴォフォルドの罪状が数多く出て来たのであった。

 レイリンの配置換えについても、庶務人事課の中隊長に多額の賄賂を渡し行っていたのだ。(これはレイリンが直接本人から自白させたことだ)

 

 その事により進退窮まったナイツィンフルウィス伯爵は2つの選択を迫られる。すなわち切るか、共に滅びるか。

 どの道選択は1つしか無い。たかが五男一人の為に家を潰すなどあってはならないからだ。

 ナイツィンフルウィス伯爵は息子であるヴォフォルドを、他家へ養子という名目で外に出す。もちろん軍を退役させた上でだ。

 それは他の取り巻きであった者達も同様だった。

 

 かくして機動宙航連兵大隊の特務部隊は消失することとなる。(というより元から無かったことにされた)

 そこでレイリンの去就が問題になっていた。

 さすがに自己防衛の為とはいえあれだけの暴力を振るった人間が、何の処罰も受けない訳にはいかない。

 レイリンが祖父と共にザーレンヴァイス公爵のところへお礼がてらに挨拶に出向いた時に、そのような話が出たのだ。

 

 立派な口ひげを蓄えた60代ほどの男性が、顎をさすり考え黙する。

 すなわちザーレンヴァイス公爵だ。

 元の場所で構わないのになーと心の中で思いつつ、レイリンはその様子をボヘ―と見ている。

 問題はあろうが、レイリンは気にしない性質なのだった。

 

「ガーに任せましょう」

 

 そこに脇にあるデスクで執務に取り組んでいた青年が公爵へと告げる。

 

「ガー坊か。………それもいいかもな」

「あれにはもっと確り働いて貰わねばなりません」

「もう充分だと思うがな、………ケィフト、ちっと手加減してやれ」

「無論、承知しております」

 

 自分の知覚外で何かが決定されていくのを、レイリンは黙って見ているしか無かった。

 果たしてどこに左遷とばされるんだろうか………。

 ちょっとだけ不安になるレイリンであった。(自業自得とも言う)

 

 そして一ヶ月後に第35開発試験場へと赴任することになる。

 試作用に開発された戦艦の乗組員クルーとして。

 着任したての頃は乗組員としての任はなく、研修という名目の飼い殺し状態であった。

 もちろん与えられた業務というものは果たしている。

 

 クルーとして索敵通信士長としての職務内容の習得もそれなりにマスターしていった。

 ただ問題があるとすれば―――ー

 標準語がきちんと話せないことであった。

 

 あまりにも致命的なこの困難にも努力はした。自分がやれることを。

 だが、生まれてから今まで培われたものは、そうそう修正が出来るものではなかった。

 まともに報告も出来ない通信士などいはすまい。

 それでもレイリンはやれる範囲でその務めを果たそうと努力した。まぁ無駄ではあったが。

 それでもありがたかったのは、誰もが笑いも蔑みの視線でレイリンを見る者がいなかったことだ。

 

 その後艦長であるガートライトが第35開発試験場に着任すると、加速度的に事態が動くこととなる。

 いつの間にか設置された操艦室を模した訓練室でシミュレーションをそれこそ呆れる程やらされる。

 そこで指導役となったのが、ガートライト艦長のサーヴァントAIのヴィニオであった。

 

 2.5Dグラス越しから指導する彼女は、頭ごなしに言うのではなく何が悪く何が拙かったのかを理路整然と説明してくるので、レイリンとしては分り易かったがそれでも厳しくはあった。

 その中で言葉の治らないレイリンにジョナサンズの1人、ベティを補佐役としてつけてくれる。

 彼女はなかなかの言葉達者で、レイリンの喋る言葉もいとも容易く標準語にしてくれる女神のような存在であった。

 

 一方この措置はあくまでも一時的なものであり、しっかり標準語を話せるようになって貰いますとヴィニオに言われてしまう。

 

「ヴィニオさん、こわい……」

 

 ロッカー室でその事を思い出し、ついレイリンの身体が震える。

 やった事は至極簡単なものだ。

 ホロウィンドウに表示された文章を声を出して読む。これだけだ。

 先にサンプル用に音声が流れるので、その後に続けて読み上げるという至って簡単なもの。

 だがレイリンにはそれがなかなかに厳しいものであった。

 よってその度にミスをする、そしてミスをした箇所に応じてお仕置きがあるのだ。

 

 身体の敏感な部分に電極を貼って、ミスをすると針のようなチクっとした刺激が与えられる。

 その度に思わずレイリンはビクンとなって変な声を上げてしまう。

 ヴィニオは容赦なく攻め立ててくる。

 

「危うくイケない世界に言っちゃうとこだった………」

 

 ロッカーのドアを閉めヘッドガードを被りアーツスーツを装着し終える。

 深呼吸をして気分を落ち着かせて、レイリンは格闘ルームへと入る。

 格闘ルームは15m×15m×15mという立方体になっていて、天井と前後左右の壁には2mから4m程の円柱のポールが何本も伸びている。

 

 格闘ルームのフィールドエリアに入ると無重力状態になり、身体が浮き上がる感覚をレイリンは覚える。

 視線の先にはモートロイドが1体浮かんでいて、今か今かと待ち構えているように見える。

 

「遅く、なりました」

『待ってたわっ!さぁ!やるわよっ!!』

 

 レイリンが頭を下げ詫びると、憂国勇姿団ミスティアミーストのリーダーであったアイナクラィナ・ムハマンディの従動体トレーサーが指差してレイリンへと言って来る。

 レイリンも驚いたのだが、何と彼女は数年前の無重力格闘技(0Gアーツ)における大会の頂点者クラウトロフィアだったのだ。

 

 小柄な体格にもかかわらず、柔らかに動く体躯を駆り無差別級エクストリディで屈強な男共を打ち倒して行った。

 それを見たレイリンも血が滾ってくる感じがしたことを覚えている。

 それがよもや海賊のリーダーをやっていようなどとは思いもよらないことだった。

 

始め(バウトッ)!』

 

 すぐに互いに向かい合うと、ホロウィンドウに表示されたジョナサンズが試合開始を告げる。

 するとアイナクラィナのモートロイド(トレーサー)が、スラスターを吹かして突進して来る。

 それを膝とかかとのスラスターを吹かしひらりと躱す。その際に腕を捕ろうと手を伸ばすも、するりと逃げられてしまう。

 

 すでに幾度となく戦っているので、相手の手の内などある程度分かったしまっていた。

 互いに相手を警戒しながらそのままスラスターを吹かしポールを蹴りながら移動をする。

 0G格闘アーツの基本はまずフィールドの把握から始まるのだ。

 全体像を素早く認識し、それらを利用する。

 

 それが出来ないと自身が怪我を負うことになるのだ。

 そして攻撃に関して言えば、相手を捕らえ密着した上での徒手空拳での攻撃となる。(まれに武器を使うこともあるが)

 それが無重力格闘技《0Gアーツ》の戦い方だ。

 

 そして判定方法には、KD(ノックダウ)方式とDptダメージポインタ方式の2つがある。

 KD方式は読んで字の如く相手がノックダウす(たおれ)るまで戦うもので、Dpt方式は各部位ごとに決められたptのダメージを蓄積させることで勝敗を決するものである。

 現在行われる大会のそのほとんどはDpt方式である。(KD方式は非合法の闇試合でやるぐらいだ)

 

 もちろんこの戦いもDpt方式である。

 一進一退の攻防を互いに繰り広げていたが、一瞬の隙をつかれレイリンが延髄に一撃を受け負けてしまう。

 

「………ありがとう、ございました」

『ふっふふーっ!あたしの勝っちーっ!!』


 クロヴに設置されてる格闘ルームで、アイナクラィナが喜びを表す。

 いちかばちかの攻撃が勝敗を決したが、内心アイナクラィナは正直ビビっていた。

 あの一撃が決まらなければ、おそらく自分が負けていたと理解していたからだ。

 その後ヴィニオに注意されるまで数試合をすることになる。互いに脳筋と言えよう。


 その翌日は、早朝から通常勤務とは別の任務へとレイリンは就く。

 レイリンが専用スーツを身につけその室内へと入る。

 中は底が少し平らなのを除くと球体となっている。

 そしてその底から人型のオブジェが生えていた。

 

 1本の支柱が地面から2mほど伸び、そこから前へと1m程伸びた棒に台座のようなものがあり、そこを起点に下に2本、上に少し伸ばされた支柱の先の左右に2本、腕のように伸ばされている。

 レイリンは慣れた動作で後ろから下部分に足を載せ、その足を固定ロックする。

 次に台座部分に臀部を載せて肩部分にある固定具で身体を固定し、そして上部分の2本を肘と手首へと装着してこれも固定していく。

 最後にヘッドセットを装着すると、レイリンの目の前にホロウィンドウが現れ人形ひとがたのようなものが映像として表示されて準備完了となる。

 

 これは動作追随機構マヌゥヴスレイヴァルシステマというものらしく、昨日の0Gアーツで使用したものとは別物のようで、説明は受けたもののレイリンはよく分からなかったので、特に気にすることもなく使用法だけを覚えていった。

 

『では基本動作からお願いします』

 

 室内にヴィニオの声が響き、レイリンは首肯して作業を開始する。

 ホロウィンドウの人形の動きをなぞるように、同じ動きをレイリンがして行く。

 これが何の為の任務なのかはさっぱり分からなかったりするレイリンであったが、身体を動かすことは楽しいので気にもしなかった。

 

 よもや自分が試作戦艦の中枢を担う者になるなどとは露とも思わずに、指示通りに体を動かすレイリンなのであった。

 

 


(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます

 

ブクマありがとうございます!嬉しいです! (T△T)ゞ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ