30:ぐだぐだ戦闘と2隻のちから
前回のお話
ガートライトは模擬戦を隠れ蓑に輸送艦で物資の搬入へ
残ったクルー(アレィナ、レイリン、バイルソン)は
模擬戦宙域でまったりお話
やって来たボルウィンにドン引きした後
模擬戦が始まる
ちょっと長めです m(_ _)m
『剣発進するっス』
『槍発進します』
ホロウィンドウが2つ現れ、剣と槍の電子容姿が映し出され報告を行う。
これからは互いにこの状態で行動を行うことになる。
メインモニターにはゆるりと剣と槍の2隻と浮遊砲台10基が移動を始める様子が見て取れる。
「言っておくけど、電子雷撃戦は禁止ですから。解析は許可しますが、乗っ取るのはダメです」
アレィナは確認をするように剣と槍へと注意を促す。
『了解っス』
『了解。しかし、本当に電雷戦だけで決まるものなんですか?』
それぞれ了承の返事をするが、納得のいかない様子の槍がアレィナへと問いかける。
「ええ、間違いなく私達の勝ちが決まるでしょう」
これは試作第1号戦艦クルーの全員が認めていることだ。
現代ではAIによる艦の運用補佐が主流というか当たり前であり、AIが状況を確認しそれを人へと報告して人が判断を下す。
それが交戦範囲に入った時点でAIが乗っ取られたりすれば、そこでその戦艦は行動不能となってしまうのだ。
目と耳と手足を失ってしまえばどうしようもないのだから。
現代の対電子防御システムではいくら最新鋭戦艦でも、ジョナサンズ達にとっては紙装甲もしくは大きな網目のザル同然なのだから。
ガートライトとしては何事も揉めることなく物事が終わればそれがベターなのだ。もちろんアレィナ達も同様に理解を示している。面倒事は嫌というほど味わっているので文句を言うことなどない。
あからさまに負けてなどと言わないだけマシであろう。(言外で言う分には問題ないと思っている)
2隻と浮遊砲台がゆっくりと通常速度で向かって行く姿がメインモニターに映し出される。
位置的にはオーグュンデラルを挟むような形で間を空け左右に分かれて並走するものだ。
浮遊砲台は5基づつに別れて、それぞれの艦の上方で横一列になって進んでいる。
一方のオーグュンデラルは、艦を中心に浮遊砲台を2基づつ前方の左右へと展開させている。
速度は戦速中度と言ったところで、剣、槍と比べてかなりの速度で進んでいた。
「まぁ、戦術教本通りではあるけどねぇ」
「仕方ないのでは?戦力差は歴然としてますし………」
「きっ、と舐め、てます」
後はなるようにしかならないかと、どこぞの誰かさんと同じことをアレィナは思いながら、少しだけ喉の乾きを覚えたのでお茶でも飲むことにする。
「お茶にしますけど、レイリンはミルクコゥコア、機関士長はコゥブティーでよろしいですか?」
「はいっ!お、ねがいしますっ」
「すみませんなぁ、副長」
レイリンはすぐさま、バイルソンは申し訳なさげに返事をするのを聞きながら、簡易キッチンへと向かいアレィナは用意を始める。
あ、お茶菓子もあるとアレィナは呆れ気味に目を見開く。無駄にこんなところにそつがないガートライトなのであった。
その頃ガートライト達を乗せた輸送艦は、船団が係留している小惑星帯へと到着していた。
前方には幾つもの巨大な岩塊がこの宙域を漂っている。
輸送艦はその中を縫うように進み1つの岩塊へと進んで行く。
大きさは直系2km程はあろうその岩塊の横を通り過ぎてそのまま裏側へと回頭をする。
「うわぁ………、まじかよ……」
その光景にレイヴズは思わず声を漏らしてしまう。
そこには鈴生りにと言った表現が表現の輸送艦の群れが佇んでいた。
数は全部で30隻。それぞれ艦の形状というか年代は違っていたものの大きさは100m級のものに纏められている。
「つーか移動できるのか?これ………」
レイヴズの視線と声にガートライトはそれを逸らしつつ答える。
「ま、それなりにな……うん」
「……………」
その態度にア、コレキイチャイケナイ案件だと察したレイヴズは、話を変えることにする。
「ガー、数はありそうだけど、物は大丈夫なのか?」
レイヴズとしては数よりも質の方が気になるようだ。
その辺りのことに関しては、ガートライトは太鼓判を押す。
「アレ以前のものはさすがにないよ。それにデータ上はそっちのソレと書き換えるから、多分漏洩の類はしないと思うけどね………うん」
多少不安な部分はあるものの、レイヴズとしては他に選択肢がないとなれば、後はこの波に乗るしかないのだ。
『か……、大佐。どこに着床しますか?』
操舵担当のモートロイドのジョナサンズがガートライトへと訊ねる。
「えーあー、B‐4へ着けてくれるか」
『了解』
ガートライトの指示を受けモートロイドが操縦を開始すると、スルスルと目標の位置へと移動を始める。その機動は長年輸送艦の指揮を担っていたレイヴズにとっては目を瞠るほどの動きだった。
そうは言ってもそれを声に出すことをレイヴズはしなかった。
この輸送船群の構造は、Yの字の構造体の先端にそれぞれ輸送船が連結されている。その交差部が1本の支柱によって前後にさらに繋がっている形だ。
本来このように連結されてものの移動というものは出力や性能の関係もあって、それぞれの船の同調が不可能に近いものである。のだがガートライトがある意味断言するのであれば、そうなのだろうとガートライトとの付き合いの経験からレイヴズはそう判断する。
現在のレイヴズにとっては、どの様な形であれ与えられた仕事をこなせればいい、それだけの話なのだ。
輸送艦は従来の挙動とはまるで打って変わった動きをして指定された位置へと停止する。
レイヴズから見れば完璧とも言える操艦だったのだが、この場で操舵を担っていたモートロイドは、言葉に悔しさを滲ませて溜め息を吐く(真似をする)。
『申し訳ありません。エル士長には程遠かったです』
「いんや問題ないよ。それじゃ作業に入ろうか」
『了解。搬入作業開始します』
搬入作業はいたって簡単なものだ。
輸送艦と輸送船を伸ばしたチューブレーンを連結し、その中をモートロイドが行き交いコンテナを運ぶだけである。
その様子を操艦室からモニターを通して見ていたレイヴズは、思わず言葉を漏らす。
「………こいつらがいればどれだけ効率が上がることか。………はぁ」
羨んではみても、無い物ねだりと理解しているレイヴズは、肩を落としながらも自身の欲求を抑えるように息を吐き出す。
程なくして搬入作業が完了し、第7艦隊の輸送艦が移動を再開する。
「さて、それじゃあ戻ろうか。レイヴズ」
「了解。正直助かったわ、本当」
「情報の方頼むよ」
「ああ、分かってる」
そういや、ガートライトと付き合ってると精神的に疲れるんだったと、レイヴズはちょっとだけ昔を思い出して再び息を吐いた。
管制室で自身の席に着いていたボルウィンはメインモニターに映る2隻を見てほくそ笑む。
「さぁて、どう料理してやろうか。くくっ」
オーグュンデラルを包囲するかのように2隻の軽巡艦がこちらに向かってくるのに、まずは浮遊砲台へと指示を出す。
「まずは小手調べと行こうか。A1、B2。右周りで奴―――敵1を追い立てろ。C3、D4は敵2を牽制。」
「了解。狩り開始します」
オーグュンデラルのクルーにとってこの手の模擬戦はいつもの話であり、もはや日常と化していた。
この中継基地のNo.3である艦長の義伯父の権力の威を借り、下級、中級貴族へのこのような策を用いて己が力を示していたのだ。
宣誓書を使い艦を傷つけその修繕による費用を借金とする。或いは借りを作ることで派閥への力とさせる。
受けた相手は貴族としての矜持もあり、余所に言い立てることも出来ない。もしくは言っても権力の前に無駄となる。
そうして彼等クルーもその恩恵に与っていた訳である。
2隻の軽巡艦の位置を捉えたオーグュンデラルは浮遊砲台操縦者に指示し、前方左側への艦へと牽制を兼ねて右回りに進撃させる。
遠隔操作で移動をする浮遊砲台は、その指示通りに軽巡艦―――敵1へと突き進んでいく。
そして操縦者の技量ではなくAIによって動かされている浮遊砲台は、整然と並走して剣への攻撃を開始する。
もちろん実砲ではなく、模擬戦用の砲撃である。初手から本気を出すなど、貴族としての矜持を損なう行為でしかないとボルウィンは考え、じわじわと追い詰める事としたのだ。
「さぁ、狩りの時間の始まりだ〜」
ボルウィンはニンヤリとイヤらしい笑みを浮かべてボソリと呟く。
元々の浮遊砲台の役割とは、戦艦の攻撃補助と防御の2つである。
その後様々な課程を経て、他の使い方も生まれていった。
すなわち猟犬として獲物を追い回しおびき出す役目だ。ある種捨て駒とも言える扱い方である。
ただしこの使い方は多数の浮遊砲台があってこその戦法なのだが。
『副長〜〜………。ベタなんスけどぉ………』
『これはどのように対処すれば………』
剣と槍は言葉ならずも、そうアレィナへと問いかける。
この2人はガートライトの指示?により徹底的に相手をヘコませようと思っていたのだが、どうにも古臭い戦術を前に少しだけ躊躇してしまったのだ。
「………とりあえず流れに任せて貰える?もともと勝ち負けはどうでもいい話だから。あっ、でも実際にダメージは受けちゃダメよ!」
『『えっ!?』』
剣と槍がつい驚きの声を上げてしまう。
その事にアレィナははて?と首を傾げてしまう。
「ガ、艦長が言ってたじゃない、気負うことなく適当にやって、もちろん機体に損傷のない形でって」
『『???』』
ホロウィンドウの2人が揃って首を傾げる。あれ?ちゃんと伝わってなかったんだろうかと、アレィナも再び首を傾げてしまった。
「どうやら行き違いというか、言葉が足りなかったようですな」
アレィナ達の会話を聞いていたバイルソンがその様に評して言葉を挟んできた。
それを聞きアレィナは理解におよぶのだが、相変わらず剣と槍は首を捻るばかりだ。
「………えー、あなた達は艦長の指示をどのように理解したのか教えてくれる?」
その間にも浮遊砲台からの攻撃を受けているのだが、交戦範囲に入った時点で相手の艦の電子機器の情報は掌握済みで、模擬戦用の攻撃をあえて受けていた。
審判船からダメージアナウンスが次々に入ってくる。
遠隔操作をしている以上、時間差を鑑みれば、本来ダメージを受けることもないように対策を取れるにもかかわらずだ。
アレィナの話の方が重要だと認識したからだ。
自分達とガートライトの発言をログから呼び出しながら、槍が答える。
『えー、気負うことなく“粉砕”して、対戦相手以外損傷のない形で“完勝”してやりたいと………』
それを聞いてアレィナは、んん〜……と悩まし気に声を漏らしてしまう。(もし親衛隊の女子がこれを聞いてたらひぃあ〜〜黄色い声を上げたであろう)
よもやAIとの間に意思疎通の齟齬が発生しようとは思いもよらなかったアレィナである。
「で、あなた達は“何”を見てそう言う結論になった訳?」
AI自体は本来その言葉のままの指示に従うように設定されているが、ジョナサンズ達に至ってはガートライトが見せたであろうPictvがその存在意義の根底になっていたりする。(一部ではあるが)
その事を鑑みれば、自ずと考えに至るものではあった。
『“星色ククックゥドゥー”っス』
『“星涯のプァラノイン”です』
『『ああっっ!?』』
剣と槍が互いに言った題名に2人は訝しげな声を上げる。
『なぁに言ってんっスか!宇宙騎士ククックゥドゥーが第6話に言った台詞じゃないっスか!』
『戦いに赴くノインの意志の強さが表されている第19話にあっただろう!!』
思わず「え゛ぁ!?」と変な声を出しそうになるのを、何とか抑えてアレィナはホロウィンドウ越しに睨み合う2人注意をしつつ確認をする。
「ちょっとあなた達やめなさい!それでそんな事を言ったりする場面があるってことでいいのね?あ、詳しく説明しなくていいから」
詳細を口にしようとした2人を開く前に制する。当時付き合っていた時はガートライトに何かにつけてPictvを見せられていたアレィナではあったが、それほどのめり込むという訳ではなかった。
ふ〜ん面白いねぇというと、ガートライトがぐぬぬと悔しげに言っていたのを思い出す。あーなつかし。
『とある作戦で、その台詞の行間を読めという回があったのです。それは敵対者への完膚なき攻撃の指示でした』
『同じっス。もっと格好良い言い回しっすけどぉ』
『『ぐぬぬぬぅっっ!!』』
「はいはい、揉めないもめない」
何とも大人気ない態度の2人を止めて、アレィナは説明をする。
よく考えてみると、自分達だけで対策を練っていても当事者の2人はろくな説明をしていなかったと思い至り、はぁあと肩を落としながら息を吐いて話し始める。
「ようは変に目をつけられても面倒なんで、貴族相手にね。なので適当に負けてやり過ごそうって話な訳。いい?」
『………了解っス』
『………了解』
2人は不承不承ではあるものの、そう返事をする。(ただしボソリと「ちえ〜」と小さくボヤいていたが)
追い立ててられ方向を変える軽巡艦をメインモニター越しに見ながら、ボルウィンはそろそろ頃合いかと指示を出す。
「審判船に対し“いないいない因子”を覚醒。各種武装開放。分かってると思うが、低出力でな。殺すと後が面倒だ。くくく」
ボルウィンがいい笑顔でそう告げると、テキパキとクルーがその指示に従い行動を開始する。
「了解。ウェイカブ開始」
「了解。アラ〜イェ〜ンサァァ、オォ〜ルリィズ!」
「了解。低出力照準固定」
慣れた動作でオーグュンデラルは艦を90度回頭させ、軽巡艦へと主砲を向けて狙いを定める。
「よしっ!撃てっ!!」
封印されている筈の主砲からエネルギービームが発射された。
「へあ?なっ、何あれっ………!?_」
アレィナはその光景に目を剥き、声を漏らす。
現在盾のメインモニターには状況の確認の為、現実と模擬戦用の2つ映像が映し出されている。
エネルギービームやパルスカノンの砲撃は、模擬戦用の画像では映し出されるものの、現実では見事に何も起きることはない。
はずであったが、その両方の映像からエネルギービームが発射されるのが目に入って来たからだ。
「………ここまでやりますか……」
「む、ひ、きょうもの………」
そう、本来模擬戦に於いてありえない―――いや、やってはいけない行為を相手方がやっているのだ。
すなわち実砲による攻撃をだ。
アレィナはすぐさま通信回線を開き審判船へと抗議をする。
「ちょっと!実砲攻撃してるわよっ!武装封印はどうなってんの!大体これ違反じゃないっのっ!!」
アレィナが一気に捲し立てるように抗議すると、審判船からの返事はにべもないものだった。
『武装封印は継続中。実砲攻撃の事実は現在ありまセン。不用意な発言は減点の対象となりマス。注意して下サイ』
何じゃそりゃあっっ!!と怒鳴りつけたくなる感情を抑えつけて冷静に訴えようとして、剣と槍にそれを遮られる。
『ふくちょ〜、問題ないっス』
『この程度の攻撃なら問題ありません。副長』
剣と槍の言葉に審判船との通信を切り、メインモニターを見やるアレィナ。そして額に手を当てて、投げやり気味に息を吐き出す。
「あんた達なんて避け方してんのよ………」
すでにホロウィンドウの1つには相手方のCPシステムからの情報が流れるように表示されている。
「どうやら審判船に対してはデータ隠蔽か映像欺瞞がされとるみたいですな」
バイルソンの言葉に流れるデータを見ながらアレィナは考察していく。
おそらく審判船そのものも彼等によって掌握済みなのだろう。(それは分かっていたがここまでとは皆思ってもみなかったのだ)
いや、それよりも剣と槍の攻撃の避け方があまりにも変テコで、思わず突っ込みがアレィナの口から漏れ出でてしまった。
剣は迫り来るエネルギービームを、スラスターを駆使してゴロゴロ回転しながら躱してしまったのだ。
『ははは――――っス!回転回避っス!そして撃てっス!』
『貴様達にこの幻影捉えられるか?幻影瞬動!』
剣の動きは見た目の奇天烈さとは裏腹に、回転のためのスラスターの噴出時間やその出力などが巧みに計算されたものであった。
熟練の航海士などが見たら感嘆の声を上げることだろう。
だが実際そのような動きをすれば搭乗している人間は堪ったものじゃないのだが。
一方の槍はといえば、e.r.fを利用した槍自身の映像のようなものを映しだして自身は明暗を駆使して密かに横や上下に移動をしていた。
何じゃそりゃあっ!!アレィナは心の中で声を上げる。
そしてチョコチョコこちらも実砲で攻撃してきた浮遊砲台に対しては、こちらの浮遊砲台が同士討ちで行動不能へと陥らせていた。
何気にこっそりやっているのは、ガートライトの薫陶によるものか。
もちろんこの浮遊砲台にもそれぞれ1人づつジョナサンズが乗り込んでいるのは言うまでもない。
浮遊砲台は全長10mにも満たない大きさであり、その機動には前後左右に備え付けられているスラスターとバーニアによって行われている。
その出力の長さ、強さによって動きは格段に変化していくのだが、遠隔操作と実際に乗り込み動かすのでは雲泥の差があった。性能差故にほんの少しの差ではあったが。
それでもその差によってその結果がもたらされていた。
「A1、B2行動不能!C3、D4原因不明の沈黙!」
「何っ!?一体何があったっ!!」
いつもと勝手が違う状況にボルウィンは焦燥を隠せない。
普段であれば、最初の一撃で艦は行動不能もしくは指揮不能により、降参してくるのが常であったのだ、がまるで前もってこちらの行動を予期していたかのような動きをして躱してしまった。
しかも認識されていない船の動きにより、自動照準がすぐに解除されてしまい狙いが定められなくなっていたのだ。
現在も敵1へ向けて砲撃をしているのにも拘らず、その全てをありえない動きで回避されていた。
「くそっ!どうなってるんだこれはっ!?何故あんな動きが出来る!何なんだあれはっ!!」
憤りに拳を肘掛けに叩きつけるものの、何の解決にもなっていないことはボルウィンにも分かっている。分かっているがその怒りはますます吹き上がるばかりであった。
「ガートライト・グギリアッッ!!」
罵られた本人のいない盾の中でアレィナは困惑の表情でこの模擬戦を見ていた。
戦闘開始から一時間余が過ぎたものの、あちらが攻撃をこちらが回避というばかりで戦闘などとは言えないものであった。しかも――――
「当たり判定がないって、もうどうしろって話よねぇ………」
「ですなぁ………」
「ひきょ、うです」
あちらの攻撃は有効でこっちの攻撃は判定もされないという何とも酷いものである。
剣がゴロゴロ転がりながら仮想主砲(あくまでデータ上のもの)からビシビシ砲撃して直撃している映像が映し出されているのだが、審判船のAIは沈黙をしているのだ。
本当にワンサイドゲーム?という他言いようがないとアレィナは呻いてしまう。
そんなぐだぐだな戦闘が続く中、ガートライトが乗った輸送艦が静かにやって来るのがレーダーに映る。
「艦影、1.輸そ、う艦来ました」
レイリンのその報告にアレィナとバイルソンはそこはかとなく安堵の息を吐き出した。
この状況で一方的な判断を下す事は、アレィナ達にはあまりにも重すぎるものだった。下手に責任など取りようもなかったからだ。
そこにホロウィンドウが現れガートライトの姿が映し出される。アレィナは心持ち不安だった思いが霧散していくのを感じた。
『何かまだやってるみたいだけど、どういう状況?』
「えっ、と………」
『0800標準時に模擬戦が開始されました――――』
アレィナが口を開こうとした直前、ヴィニオが説明を始めてしまう。
胸の内で舌打ちをしつつ説明を聞いていると、ホロウィンドウのガートライトは面倒くさげに頭を掻いてから言い放つ。
『よし!やっちまおう』
ガートライトの発言に瞬間思考が停止した後、全員が突っ込みを入れる。
「いやいやいやいやいや!何言っちゃってんのよっ!ガートっ!!」
「そ、そ、そうですぜっ!何いってんですかっあんたっ!!」
「ま、、ま、まずいです?よ」
クルー全員に突っ込まれたガートライトは、やれやれと言った感じで手を振りながら現状の説明を始める。
『いいか?どの道審判がまともな判定しない時点で、こっちの勝ちは全くない。だが負けるには船体に損傷を負わなきゃならない訳だ。どう見ても八方塞がりの状況を打開するには徹底的にやった方がいいんじゃね?と思う訳だ』
貴族の横暴というものに晒されている人間にとっては首肯できない話である。しかし今の自分達はある種余所者な訳で、どのようにもやりようがあるのではないかと皆は気付いたのだ。
「でもオルウルグ閣下からなるべく穏便にと言われてたじゃない。それに開発試験場からもなるだけ情報は漏らさないようにって言われてたでしょうが」
アレィナの言う通りにそのような通達がガートライト達へ伝えられていた。
しかし物事には限度というものがある。
あんまりにも不公平なこの状況において不利な案件。
あまつさえやってはならない行動に至っては、貴族の面子という意味でも引いてはダメなラインがあるというものだ。(ガートライト自身に貴族の挟持なんてものはないが)
『大体だな、こんな小っせい輪の中でぐだぐだやってる意味もないだろ?せっかくだからこの機会に見せてやってもいいだろうさ。こういった些細な膿もケィフトの辺りは見込んでると思うぞ。もちろんオルウルグ閣下にはフォローしとくからさ』
ガートライトがそこまで覚悟というか少しばかり怒っていると感じたアレィナは、はぁ〜と息を吐きつつ頷きを返す。
もちろん他のクルー(と言っても2人だけだが)も同様に首肯する。
「艦長の意志に従います。ご存分に」
「、たしも、んなじです。やっ、ちゃってください」
「はいはい。好きにやっちゃっていいですよ。はぁ」
どの道自分とヴィニオで後始末に追われるのだ。それに事務方のオルウルグ大将を巻き込めばどうとでもなるだろうと、アレィナは皮算用をしてガートライトを視線をやる。
『てな訳だ。聞いてたな剣、槍。やられた分やってやれ。剣は主砲2門を、槍はその飾りの艦橋をやっちゃって』
『了解っス!』
『了解!』
剣はオーグュンデラルの砲撃を躱してグルリと回頭する。そして行動を開始する。
『モード転換剣っス!』
『モード転換槍!』
剣はe.r.fのエネルギー転換を行い不可視の剣を艦首に展開させると、艦尾の1部がガコンとせり上がり柄のようなものが出てくる。そしてオーグュンデラルへと突進を始めた。
槍は剣と同様に艦首に不可視の槍をだし、艦底後部に縦に並んだアームホルダーを出してそのまま突進を始める。
そしてその力は開放された。
その光景はボルウィンにとって悪夢としか言えなかった。
1隻の軽巡艦―――敵1と呼称していた艦が、急激な機動をしたかと思うとオーグュンデラル右前方に接近しあり得ない動きをした。
艦尾を支点にして艦首を右から左へと回転させたのだ。
まるで何かを切り払うかのように。
「っ………!1番主砲、2番主砲沈黙。反応ありませんっ!!」
砲撃担当のクルーから報告がなされるが、誰も言葉を返す者はいなかった。その理由が目の前で起こっていたからだ。
メインモニターには敵1の動きで2門の砲台が切り撥ね飛ばされる様子が映し出されたいたのだ。
「な、なんだっ、あれはっっ!?」
ボルウィンは意味もなく声を荒げる。突然の事に思考が追い付かない。
『オーグュンデラルダメージ。損傷大』
さしもの審判船もこれは無視をしようもなく、判定の声を上げる。実際にダメージを受けているがゆえに。
「敵2!本艦に突っ込んできますっ!艦正面っっ!!」
「回避しろっ!上部スラスター全力噴射っ!!」
「間に合いませんっ!うわぁああっっ!!」
眼前に迫りくる敵2の姿をモニターで見るボルウィンは、顔を手で庇い目を閉じる。
モニターに映る敵2は一瞬その姿をぶれされたかと思うと通り過ぎて行った。
そしてビリビリと衝撃波がオーグュンデラルを襲う。
「「「「うわぁああっっ!!」」」」
震動が収まると何事もなかったかのように辺りは静けさを取り戻し、コンソールからの機械音のみが管制室に響く。
「……はぁ、はぁっ………」
放心した状態のボルウィンはクルーの言葉に更に我を失う。
「……艦橋上部消失………」
「な、なっ、何だとっ!?」
青褪めながら端末を操作するも反応がまるでない。
気が急く思いを胸に、支配している審判船からの映像を呼び出す。
「う、あぁあっ…………っっ!!」
この世の終わりと言わんばかりに声にならない呻き声をボルウィンが発する。
あの艦橋部分はボルウィンが私室として使用していたもので、過去にボルウィンが入手した相手方の弱味や脅迫に使える資料が保管されていたのだ。
終わりだ。とボルウィンはシートに凭れる。
『艦橋破壊により、オーグュンデラル戦闘不能と見做しマス。これにて模擬戦を終了しマス』
データ上の映像は欺瞞できても、実際の映像まではどうすることも出来ない。(この時点でヴィニオが一部ロックを解除してはいるが)
審判船からの平坦なジャッジを耳にしてボルウィンは力なく天を仰ぎ見る。
「ジェネレーター出力20.32%。e.r.f展開率14.26%。剣、槍共に船体に異常及び損傷ありません」
「………なんとまぁ」
バイルソンの報告にアレィナが呆れた表情で声を漏らす。
正直やり過ぎとも思わないでもなかったが、スッキリしている自分もいることをアレィナは認識している。
『まぁ何とかなるさ。一応オルウルグ大将には報告しとこう』
ガートライトの通信を聞きアレィナは、すぐさま報告書の作成に取り掛かる。
おそらくヴィニオも作るであろうが、それはそれだ。
作業中にボルウィンからの通信が入り、ガートライトが平然と次のようなことをのたまっている。
『何とも不測の事態が起きたようですね。隕石か何かでしょうか?いえ、こちらはつい接近してしまい申し訳ありません。まさか!あの軽巡艦にそのような力がある訳無いじゃないですか。軽巡艦が戦艦に敵う筈ありませんよ。しかもこちらには武器を搭載されてません。―――おそらく不幸な出来事が重なってしまったのではないのかと、もちろんこれは私の私見でしかありません。―――何かお手伝いする事は―――。………必要ないですか。分かりました。では、先に失礼させていただきます』
ボルウィンの喚き立てる声を飄々と受けつつ、しれっと嘘を吐いていくガートライトにあ〜あと盾の中のクルーは溜め息を漏らす。
『じゃあ、中継基地に戻るとしよう。後はあっちに丸投げするさ』
『スッキリしたっス!了解っス』
『了解。いいデータが取れました』
「了解とりあえず一段落ね……」
色々面倒事が湧いてきそうな確信を持ちながらも、今はあんまり考えないようにしようと頷きながらアレィナは作業へと戻る。
オルウルグやケィフトが頭を抱えるす方が目に浮かんでくるようだ。
「……艦長。浮遊砲台と主砲の回収作業完了しました」
心ここに非ずと言った風のボルウィンだったが、クルーの声に我へと返る。
「ああ、ご苦労。これより基地に帰投する」
「了解」
かつて無い出来事にボルウィンもクルーたちも言葉少なく行動を開始する。
ガートライト達の船が去っていく映像(いつの間にか増えた1隻にも気づかず)を見て悔しげに歯噛みをボルウィンはする。
しかしこれからの未来のことについて思いを馳せる
オーグュンデラルのこの惨状を見れば、分かる人間は何があったのかすぐに理解できるだろう。
そして喫緊の問題は宣誓書のことだ。
「私にそのような金はない………」
今まで自分がやって来た行為が自分に降りかかってきたのだ。
まずは義伯父に頭を下げて頼まねばと、ボルウィンは損傷状況の報告データを見ながら焦燥感と喪失感に苛まれつつ懊悩する。
この後ガートライト達は副司令のオルウルグに頭を抱えさせつつ事なきを得て(代わりに幾つかのPictvと同好の士の情報を渡し)いざ中継基地を出発しようとした時、パディウィック中将からの通信が入って来た。
「破棄ではなく、無かったことにでありますか?」
艦長席からそれを聞き、思わずぽかんとガートライトは聞き返してしまう。
『う、うむ。何分模擬戦という軍機活動内のことであるので、貴族の話としては少しばかりよろしくないものでな。私も先程言われて気付いたものでな。よろしいかな?』
訊ねてはいるが完全に同意を促そうとする態度であるのだが、ガートライトとしては実害がなかったのでもちろん否やはないのだが。
「この件について、軍参謀長官殿に具申する予定でと準備も終えているのですが………、いえ、まだ送ってはおりません」
パディウィックが顔を青褪め口を開こうとするのを押し留め、ガートライトは発言を続ける。
「このような願いを閣下に上申するのも恐れ多いのですが………」
『かまわん。なんだ?』
暗に条件呑むなら無かったことにしますよとガートライトが言外に言い置くと、パディウィックは少しだけ顔を顰めながら先を促してくる。
「現在駐留している第7艦隊の所属をオルウルグ大将の後方部隊に変更していただけくことは可能でしょうか?」
『何か問題があるのかね?』
その意外な申し出に眉を器用に動かしパディウィックが首を傾げ尋ねる。
「いえ、実行部隊である閣下の所属よりもオルウルグ大将の後方部隊に所属する方が、兵站や補給部隊としてより活発に機能すると愚考したのであります」
どんな条件を突きつけられるのかと内心ひやひやしていたパディウィックは、その話に安堵して鷹揚な態度で首肯する。
『部隊の所属替えなどよくある話だ。よかろう、すぐに手配しよう。でだ』
「はい、もちろんこちらの宣誓書は消去いたします。このように」
ガートライトは目の前でホロウィンドウを表示させて、宣誓書を消去していく。(もちろんコピーをとってあるなどとはおくびにも出さない)
それを見たパディウィックは、安堵した表情と共に笑顔を見せて通信を切る。
『うぬ。すぐに所属替えの通達をしよう。貴官等の技術が我等の剛力に成ることを切に願おう。では』
「狸か………」
古今東西化かし合いに必ず出てくる動物の類をガートライトは口にし息を吐く。
そしてシートに凭れてうんざりといった風に呟きを漏らす。
「貴族相手って疲れるからやだわ~…………」
操艦室のクルー達はそれぞれ表情は違うものの皆同じ事を思っていた。
すなわち「あんたも貴族じゃん!」と。
こうして試作第1号戦艦達は、中継基地を後にして一路エイディアル航路へと向かって行った。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
ブクマありがとうござます!感謝です!(T△T)ゞ




