22:航宙大型旅客船 マーリィ・セレストンへ
前の話
昔消息を絶った船が見つかる
しかも皇帝の勅命付きで探したてヤツ
ガートライトは嫌な予感しかしなかった
件の船マーリィ・セレストンまでは宙域外縁からその近辺まで行き、そこから宙域内へと入り通り抜けていく航路を取ることとなった。
その理由としては最短距離の航路となると、その途中にある障害物があまりにも多く航路変更が大変な事と外部エネルギー源として槍を伴っている為であった。
そもそもマーリィ・セレストンを発見した経緯も、第1号試作型戦艦に備え付けの浮遊砲台で宙域探索の時に偶然見つけたものであった。
宙行訓練を兼ねてエルクレイドとジョナサンズ2人が宙域内をスピードを上げてぶっ飛んでいたのだ。
当初搭載予定になかった宙航戦機をエルクレイドの要望で載せたもので、3日間の係留期間が出来たのを好機と見て宙域探索をガートライトに申し出たのである。
航海士長が率先して探索ってのはどうかとガートライトも思ったのだが、今のところエルクレイドに喫緊の任務もないことから許可したのだ。
その時の航行記録を見てみると、とても探索をしているとは思えぬほどの速度と挙動で、さすがのガートライトも呆れたものだった。
何故その船がマーリィ・セレストンと判明したかといえば、エルクレイドが駆っていた宙航戦機のデータメモリーに識別記録が登録されていたためだ。皇帝の勅命とともに。
見つけた方もそれを見て慌てて艦へと帰投し、その旨がガートライトへと報告された訳だ。
偶然に偶然が重なった結果ではあるが、そのせいで駆り出されるガートライトは未だぶちぶち文句を口にしながら後方下部ハッチへと向かう。
『決まった事をいつまでグチグチ言ってるんですかガーティ』
「艦の責任者が探索の先導者っておかしくないか?ふっつー」
『現状は普通でないことが多発してますから、多発してるこの状況こそがここでは普通と言えますよ』
「なんじゃそのトンチ問答は」
このトンチ問答とは“詐欺師1Q”というPictvに出てくるワードで、主人公の1Qが相手を言葉巧みに煙に巻く前に言うセリフで、他に「ひと休みひと休み」等というセリフもあったりする。
悪辣な貴族を懲らしめる痛快物としては、なかなかの珠玉の作品なのだ。
だが貴族相手に見せると、とんでもないことになるので注意が必要な作品でもある。
『仕方ありません。居合わせた者の宿命と思って受け入れてください』
「うぐぐぅ………」
そんな会話を交わしつつ、後方下部ハッチに到着する。
アレィナとレイリンはすでに来ていて、連絡艇へと乗り込んでいた。
モートロイドに搭載しているジョナサンズ達は、発進準備の作業のために周囲をちょこまか動いている。
『艦長。発進準備済んでマ〜ス』
『いつでも発進可能です〜』
ガートライトに気づいた2人がそう言って報告をして来る。
「えーと、おやっさんから連絡来てる?接続端子とケーブルはどうなってるのか」
『ウィイ~っス艦長、槍っス。すでに物はこっちに収容済みっス』
おお、とガートライトは感嘆し、間に合わなかった時の指示をせずに済んでほっと安堵する。
「それじゃ、出発しよう。みんなも配置について」
『了解~』
『了~解』
そう言ってジョナサンズ達が持ち場へ向かい、ガートライトは連絡艇へと足を進める。
現在艦内は0.5Gに重力が設定されており、ガートライトは自重をそれほど感じることもなく飛び上がりタラップを越えて、連絡艇の搭乗口から中へと入りドアを閉じる。
プシュっと圧縮空気が音を立て、閉じたドアを固定する。
操艇室へ入ると、アレィナとレイリンは席に着き発進作業を行っていた。
「遅いですよ!が、………艦長」
「すまん。忘れてた」
忘れていたのは30分前行動で、ガートライトも10分前行動は身に着けている。
ヴィニオが教えなかったのは、あるいはアレィナに対する当てつけかもしれない。
操艇室にいるのはガートライト達3人と操縦担当のジョナサンズのみで、他のジョナサンズは外でいまだ作業を続けていた。
「重力制御解除。空気循展開始します」
アレィナの言葉と同時に周囲がピリリと微動し、ヒュウンと空気を吸い込む音が響いてくる。
これは無駄に宇宙空間に空気を放出するのではなく、別の場所に圧縮させて外の空間と同位させるシステムをとっているためだ。
酸素等の生成は容易なことだが有限ではあるので、多少の節約は不可欠となる。
ならば最初から減圧室を介して宇宙服を着て乗り込めばいいのではと思われるが、そこは人間という生き物の性というか面倒を厭う性質というのが、前面に出て来ている訳だ。
ある意味人の営みと言えるのかもしれない。
『ジョナサンズ9体所定位置に着きましたぁ』
そこへ外のジョナサンズから連絡艇の艇外甲板に移動および固定の連絡が入って来る。
ガートライトも慌ててシートに座り、シートロックを脇からスライドさせて身体を固定する。
以前は胴体を固定するのにシートベルトタイプが採用されていたが、無重力空間において様々な問題が多くあったことから現在はこのような形態になっていた。
「空気循展完了。ハッチ開放します」
サブコンソ-ルシートからアレィナが操作をすると、前方の床が斜め下へと動いて外との空間を繋ぐ。
目の前には漆黒の闇が広がっていた。
『射出器起動。発進します』
操縦担当のジョナサンズが声を上げると、ガコンという音とともに連絡艇が動き出す。正確には押し出されたと言った方がいいだろう。
押し出されハッチから第1号試作型戦艦を出た連絡艇はその慣性を保ったままスラスターで方向を変えつつ、少し離れた位置にある槍へと向かう。
連絡艇は槍に着艦し、そのまま槍でマーリィ・セレストンまで移動する予定となっている。
ジョナサンズが巧みに連絡艇を操縦して槍の後方甲板へと接舷させる。
『着艦。アンカー射出します」
カカカンと金属音が重なりその後ガチリと音がすると、キュルルルと何かを巻き取る音と同時に連絡艇が微かに揺れる。
このアンカーはワイヤーの先に磁力と吸引式のハイブリッド仕様で、1度設置されると変に外れたりすることはまずほとんど無い。
「固定完了確認。槍発進願います」
『了解っス。槍発進しまっス』
アレィナが告げると、槍ジョナサンズが返答し滑るように槍が移動を始める。
外縁部から進入し、マーリィ・セレストンに到着するのは予定では1時間程である。
ガートライトはその時間を利用してPictvを見ようとホロウィンドウ起ちあげると、アレィナから声が掛かる。
「マーリィ・セレストンのデータは頭に入ってると思いますが、再度スペックと侵入経路の確認をお願いします。艦長」
「うぐぐぅ………」
そんなものヴィニオでもジョナサンズにでも頼めばいいのにと胸の内でぶちぶち言いつつ、やむなくアレィナから送られたデータの確認を始めることにする。
「やれやれ」と口にしながら端末を操作し、いくつものホロウィンドウを表示し、表示されたデータや画像を目で追う。
全長およそ1500m全幅300m余。
船体は航宙艦船としては不可思議というか、現在ではあまり見られない形をしている。
例えるならば、海洋惑星で稼働している水の上を移動する船舶だろうか。
船首は細長い尖った形を取り、上部甲板上には平坦で後ろ2/3の部分に5層建ての構造物が載せられている。
下部分はと見れば前方が逆三角の形から後方に向かうにつれ逆台形の形へと収まっている。
宇宙船と見るにはあまりにも変な形のものであった。
つらつらと内部構造を眺め、当時の乗員名簿をスクロールさせて眺め見る。
そしてある1点に目を留めてスクロールを止めると、ガートライトはその名を目を焼き付けるようにじっと見つめる。
グランメル・ルュゼ・ニッスィンショー公爵。
そこに爵位は載っていないが、確か公爵だったと思う。
乗組み定員数10,423名。うち乗務員2,000名余。
わずか1万余名の中に公爵位の人間がいることにガートライトはさらに嫌な予感を募らせていった。
いや、いたっておかしくはないのだが………。
「これが勅命の理由なのか?」
そんな言葉を呟きながら、別のホロウィンドウを出してニッスィンショー公爵についての検索をかけていく。
いくらガートライトといえど150年前の人間の事など覚えていない。なのに覚えがあるというのが気に掛かるのだ。
ピコンという音がして、検索が終わり結果が表示される。
「さてさて………。なる、どうりで覚えている訳だ」
どうやらこの当時の皇帝とはアニメイア・ファル・エルファーガという御仁だったと理解し納得した。
Pictvの創始者というか、システムを作り上げた人達はPictvをアニメと言っていたのだが、当時即位した皇帝陛下の名前が使われているのを知ると、不敬に当たると弾圧を始めたのだ。
その時先陣を切っていたのが、件の公爵だった。
そこで名より実を取るという苦渋の選択をすることとになり、ピクチャリノティーヴィー――――Pictvと名を変えて、今日までシステムは生き永らえ多くの製作者を誕生させ現在に数多くの作品を生み出してきたのだ。
「それはともかく、何やってた人なんだこの人は………」
第三者が見れば閲覧禁止と言わんばかりのデータを、ガートライトは事も無げに見ていく。
貴族に関しての様々な事柄は帝国貴族法院というところが管理、運用しているが、それらは厳重に管理保管されてあるものであり、決して外に出るものではない。
それがここにあるという事は、つまりそういう事である。
おそらく貴族に関する様々なデータを1番把握し網羅しているのは、ガートライトとヴィニオであろう。
「貴族間の渉外調整役か………。ようは皇帝陛下の右腕ってとこか。当時は職を辞して隠居生活してるっぽいが………」
役職・経歴などを流し読みしながら、マーリィ・セレストンに何故乗っていたかを推測してみるが、同考えてもろくな想像にはならないとガートライトは思考を一旦停止する。
色々見たり知ったるするのは好きだが、考えるのはそれ程好きな方じゃない。
ガートライトはホロウィンドウを閉じて今度は船の見取り図を拡大して、侵入経路を確認していく。
「えーと、まずはシステムコントロールを掌握して船内の状況の把握と、エネルギーの稼動状態の確認か………。150年経って動いてんのかなぁ、これ……」
「多分少しぐらいは残ってると推測はしてますね。敵味方識別信号を発信したんですから。ただ枯渇寸前か。停止直後というところだと思います」
「長持ちだなー。まぁこれだけでかいんだからそれもそうだな」
船体が大きければジェネレーターの容量規模も大きくなってくるのは自明の理だ。
それでも150年ももつのかな等とガートライトは訝しむ、がこれは行ってみれば分かることだ。
「システムコントロールには上層部から入った方が近いかな」
「ですね。サブシステムが途中にあるようなので、そこから手を付けていければと思っています(ヴィニオが)」
ガートライトとアレィナはそんな事を言い合いながら、侵入経路の確定と作業工程を話し合っていく。
『間もなく外縁部近辺に到着っス。そこから中に入るっス』
「了解。別に急がなくていいからな。ゆっくりで」
『了解っス。自分、剣と違ってせっかちじゃないっス』
槍ジョナサンズからの報告を受けて、ガートライトは注意をしつつそう注げる。槍ジョナサンズからのそんな答えを聞いて、剣と揉めんといいがなとガートライトは独りごちる。
しばらくして外縁部近辺に到着しスラスターを吹かせ進路変更をした後、宙域内へと入っていく。
『前方に障害物等ありません。異常なし』
レイリンが小声で、それをジョナサンズが翻訳して伝えてくる。
なるべく何もない空間を選んで航路は選定してあるが、万が一ということもある。
「e.r.fを低出力で展開してくれ、備えあればなんとやらだ」
『了解っス。出力3%でe.r.f展開するっス』
ガートライトが槍ジョナサンズへe.r.f展開を指示し、それに直ぐ様槍が応える。
そして槍の艦首前にe.r.fが展開される。この出力調整により、接触物を自壊させることなく弾くことが可能となった。
これも先日の航行試験の結果判明したのだが、ガートライトはもう少し早く分かっていたならばと思わずにはおれない。
特に何事もなく(時たま障害物を弾く以外は)マーリィ・セレストンへと到着する。
「でかいな。……さすがに」
槍から送られてきたマーリィ・セレストンの映像を見てガートライトは思わず呟く。
「探査ポットを射出して下さい。周囲の状況はどうですか?」
まず槍ジョナサンズに指示を、そしてレイリンにアレィナが尋ねる。
『了解っス。探査ポッド射出っス』
『半径500m。特に異常ありません』
槍ジョナサンズがすぐに探査ポッドをポポポンと射出し、10機の探査ポッドが所定の位置へと移動していく。そしてレイリンの代わりにジョナサンズが異常なしを伝える。
やがて配置に着いたプローブから次々と映像が送られて来て、ホロウィンドウが幾つも起ち上がる。
映されているマーリィ・セレストンの映像には特に何がある訳ではない。
その船体の外見上は破損も損傷の箇所も全く見当たらない。
いったい何故消息不明になってこんな場所にあるのだろうか。
ガートライトはそんな事を思い不思議に感じつつ顔面を見やる。
「取り敢えず船の周りをぐるりと回ってもらえる?」
『了解っス。観測開始するっス』
プローブばかりでなく、実際自分たちで確認した方がいいとガートライトは考え、槍ジョナサンズへと指示する。
槍は現在マーリィ・セレストンの右舷後部に位置し、このまま船首に向かって移動し時計の反対周りで進み始める。
「………………」
槍から拡大された映像をガートライト達は、言葉を出すこともなく圧倒されるように見ていた。
何より驚いたのは“窓”があることだった。
現在の宇宙航行艦船には安全性を高める為、実質窓というものは設置されていない。
なのに目の前にある船には、幾つもの窓が連なっていたのである。
見取り図や画像で確かに“窓のようなもの”があるとは分かっていたが、実際それを目の当たりにするとただ驚くほかないのであった。
やがて船首部分に来ると、またしても驚く羽目になる。
前部甲板の中央部分には、いくつかの骨組みで作られた半球型の透明なドームがあったからだ。
大きさは直径100m程で、中にはいくつものテーブルが設置されてるのが見えている。
おそらくは宇宙空間を眺めながらパーティー等をしていたと推測できた。
「いやースケール違うわ、これ………」
ガートライトは呆れ混じりの感嘆を口にしてその光景に見入っている。
どれだけの資金と技術を費やしたのかなど、ちょっとだけ思いを馳せてガートライトはふぅと息を吐く。
ぐるりと船首を回り込み左舷側にも損傷がないことを確認した後、ガートライトは次々と指示を出していく。
「俺達はアンカー解除後、上層部のハッチから侵入しメインシステムコントロールルームで調査をする。ジョナサンズのうち4名は槍に乗り換え、槍と艦底部に移動してともにケーブルとソケットを設置してくれ」
『了解《I.K》』『了解《I.K》っス』『『『『了解《I.K》』』』』
2人と4人が了承して移動を開始する。
まずは外で待機していたジョナサンズのうち4名が固定具を外して槍へと乗り移り、それを確認して連絡艇のアンカーを解除する。
『アンカー解除、回収します』
プシュッという音と何かを巻きつけるようなウィーンという音が微かに響く。
プローブからの映像で槍が連絡艇から離れ下降して行く様子が見える。
4人のモートロイドが手を振る姿が映っている。何とも人間臭い仕種である。
「さて、俺達も準備しよう。各員船外活動服を着装してマーリィ・セレストンに着艦まで待機。その後上層ハッチから侵入を開始する」
「了解《I.K》」「了解《ア゛イ.ゲー》」
敬礼する2人を先に行かせ、再度侵入経路を確認してからガートライトも着装室へと向かう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
『古臭い言い方ですね、ガーティ』
「ほっとけ」
ヴィニオの物言いにガートライトは軽く返す。たしかに古臭かったなとガートライト自身でも思ったからだ。
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