21:皇帝の勅命
隅々まで綺麗に清められた通路を1人の男性がひとつひとつ周囲を確認しながら歩き進む。
だがここは電脳空間であるが故に、実際の場所はカメラも機能しなくなった現在は、その様子をうかがい知ることは適わない。
黒の燕尾服を隙なく着こなし白髪を後ろに撫で付けた老齢の域に達しているその姿は、老いを感じさせること無く、その瞳にはその力強さを見て取ることが出来る。
手には白手袋をはめ目には片眼鏡。その仕種や佇まいから執事と言われる類の人間と見て取れる。それもかなり優秀な。
「執事長、カールセンが………」
突如後方に現れたメイド姿の女性が、執事長と呼んだ男性に仲間の1人がまた去って行ったことを告げて来た。
その途端周囲の景色のあちこちにノイズが走る。
そしてそれは男性と女性にも。
「もはやこれまでと言う事ですかな………」
「いえ。現在残りのリソースを利用して使えるものがないか走査しています。或いは………」
女性の抑揚のない顔にはあまり期待などはしていなくとも、口に出さざるを得ないであろう心情が垣間見える。
「そうですね………。溺れるものは藁をも掴むとも言います」
「それはどういう意味なのでしょう?」
「どのような状況でも決して諦めないという事ですな」
そう言って男性は再び通路を確認しながら歩き始める。
女性は首を傾げつつ、男性の後に続く。
□
「で、誰が捜索をするって話なの?」
「ガ…、もちろん艦長に決まっています。それにこれは決定事項になっています。そもそも私と艦長以外に人員がいません」
艦長室――第1号試作型戦艦に設けられたプライベートルームの中で、ガートライトとアレィナがある種無意味な問答を繰り広げていた。
先ほどのブリーフィングルームで3日間、周辺宙域の探索と希少鉱物類の精製・精錬作業を命じてから1時間程して新たな問題が生じていた。
航宙大型旅客船マーリィ・セレストン号。
今から150年程前、エクセラルタイド周遊船として出発したこの旅客船は、航海中に音信不通となった。
当時の帝国の技術の粋を詰め込んだと言われるその船の行方が分からなくなったのだ。
帝星のあるセントレイエリアから出発し、そのままサウザンスエリアを通過し、エクセラルタイドがある宙域まで向かい滞在後そのまま往復するという予定であったのだが、エクセラルタイド宙域滞在の後復路を向かってから全く連絡が途絶えてしまったという。
時の皇帝はその宙域の捜索を大々的に命じたが、結果は芳しくなくというか全然全く何の成果も無かったのである。
船が大破もしくは破損したにしても、何の残骸も見つけることが出来なかったのである。
3年が経ち皇帝が代替わりした時その大捜索は一時打ち切られることとなったが、その時の皇帝が勅命を出していたのだ。
航宙大型旅客船マーリィ・セレストンを発見せし者は、船内を検め皇帝印章紋の入った厳封保管庫を持ち帰れと。
これは公事録軌範にも記載され、事実上の皇帝からの直下の命となる。
しかし150年余が過ぎ、その勅命の存在も意義も忘却の彼方へと流れ去り無意味となったはずだった。
が、はずだった船が発見された訳である。
そして軍および軍事活動中の将官達には、その時の活動内容の記録と報告が義務付けられている。
これはすべての通信内容も同様で、そのデータは報告と共に帝国軍本部へと送られるとことなる。
なので件の船マーリィ・セレストンが発見されたことは黙っている事も無かった事にすることも不可能なのである。
そして帝国軍所属の個々の艦船のデータベースには、マーリィ・セレストンの名称が登録されていて、皇帝の勅命が記録及び発布される。
もはやガートライトには逃げる術などないのであった。
「んー、それってアレィナが検めるんじゃダメなのか?」
諦めの悪いガートライトは、アレィナへとしつこく食い下がる。
「無~理~で~すぅ。そもそも私では官位も、ましてや爵位なんてありませんか~ら~」
そう、この勅命には、遂行する人間にも資格が必要であり、資格のない人間が下手に扱いをすると、軍法裁判ものの上に終身刑などという恐れも出てくる始末。
正直面倒くせーとガートライトは毒づくが佐官以上で子爵位以上の人間とくれば、この艦にはガートライトしか存在しないのだ。
「ちぇー………、んで俺とアレィナとあと誰が行くんだ?」
『もちろん私も行きます』
アレィナに対抗するかの様にヴィニオが口を出してくる。
「あとはジョナサンズから予備員として10名、あとレイリン少尉ですね」
「少なっ!」
全長1500m全幅300mの船の捜索に、その人数ではあまりにも少なすぎた。
「その辺りはヴィニオさんがフォローしてくれると思います。電脳空間で」
「電脳空間?そんなのあんの?その船」
アレィナがヴィニオを揶揄する言葉にガートライトが不思議に思い尋ねるが、答えてきたのはヴィニオの方だった。
『当時としては画期的なシステムだったそうです。現実の船と同様に空間を構築してAIによる接客を行っていたようです』
「へぇ~………」
ヴィニオやジョナサンズのような規格外の存在でなくAIが接客を行うというのは、今の時代ならともかく、150年前であればほとんど夢物語の部類なのではなかろうかと、ガートライトは感心と呆れの入り混じった声を漏らす。
「『はぁああ~~………』」
諸悪の根源が何を言うと風な視線をアレィナがガートライトへ向け、ヴィニオが声で表し溜め息を互いに吐く。
「それで、伝書筒は送ったんだよな」
その場の空気(アレィナの視線やヴィニオの呆れ声)をスルーして、現在の報告状況の確認を取る。
伝書筒とは、こういった宇宙空間における連絡方法の1つで、報告データ(文書及び映像とサンプル物)を全長1m程の筒に入れて指定の座標へ射ち出すものだ。
未到達宙域に向かう探査船などで過去利用されていたが、現在は使用されたことはほとんどない。
今回の航行試験に際し、最低限必要と思われるものを過去のデータベースから攫い出し、第35開発試験場で作り上げたのだ。
『現在第3陣まで射ち出しが終わっています。おそらく2日後ぐらいには連絡が上がってくると思います』
本来ならば超光速通信を使って連絡すべきなのだろうが、そもそも試作の戦艦にその様な設備が設置される訳もなく(その為の通信専用艦というものもある)、その上手続きが煩雑かつ面倒なので、この様な自体でも使用は控えることが多い。(権力を持つものはまた別の話である)
「でもあれ、ちゃんと届くの?ある程度姿勢制御装置は利くと思うが、想定外は必ずあるだろ?」
『大丈夫だと思いますよ。その為の複数射出ですし、それにジョナサンズを組み込んでますから』
どうやらジョナサンズに1人のデータをコピーして伝書筒に組み込んで射ち出したらしい。
そういうのって自我崩壊につながるという話があるけど、(ヴィニオと同様に)彼に限っては杞憂の話のようだ。
『本人、分身の術でござるぅとか言って嬉々としていたので問題ないですよ、きっと』
安心させるようで半分無責任な口調でヴィニオがそうのたまう。それにガートライトも同意する。
「ああ、あいつかぁ〜………。好きだもんなぁSHINOBIもの」
ジョナサンズ達にも個性というか、Pictvの好みも発現してから分かれるようになった。
その伝書筒に入っているジョナサンズは、NINPHOという術を使って戦うSHINOBI のPictvを好んで視ていたようだ。
あまつさえ電脳空間内でプログラムを組み上げて、様々な状況を再現して楽しんでいたりする。
露天風呂作ったりダンジョン作って攻略したりと、ちょっとばかり頭のイタイ話になっていたりする。
ただこの辺りはヴィニオが完全管理しているので、容量が足りてる分には問題はない(事になっている)。
なんだかんだ言っても仕事はちゃんと遂行するので、まぁいいかとガートライトはその事に関しては、ヴィニオに丸投げしている。
投げられた方は堪ったものではないが、ヴィニオにとってはいつもの事なので仕方ないですねのひと言で終わってしまうのだ。
色々話が脱線してしまったので、ガートライトは話を戻す為にこれからの予定を尋ねる。
「で、予定はどうなってるん?」
「例の船―――マーリィ・セレストン号は、ここから1時間の場所にあるので、出来ればすぐに準備して頂いて30分後の900にはここを出発したいと思っています」
うわぁ………とガートライトが思わず声を出してしまうが、急かすようにアレィナが立て続けに告げる。
「という訳なので、準備をして後方下部搬入口に来て下さい。私もすぐに向かいますので」
そう言って艦長室から立ち去ろうとするアレィナにストップをガートライトが掛ける。
「ちょい待ち、俺等の他に行く奴はいないのか?」
「?」
アレィナが少しばかり首を傾げ、逆のその事に対して尋ね返す。
「何か足りないものがありますか?ガ……艦長?」
「つーか、リアクターに何使ってるか知んないけど、エネあるのか?その船」
『「あ……」』
仲いーなぁお前達とガートライトは思いつつも口に出さずに別の事を指示する。
「なら、盾はまずいか、槍を同行させてエネ接続用のモートロイドもつけとこう。時間は今から1時間後で」
「了解!」
ガートライトの指示にアレィナは了承し、準備と連絡の為艦長室を退室して行った。
「はぁぁあああ〜〜〜〜」
その後ろ姿を見送って、ガートライトは思いっきり溜め息を吐きつける。
『そんなあからさまな溜め息をはいて、一体どうしたんですか?ガーティ』
ガートライトの盛大な溜め息を聞き、さすがのヴィニオも問わずにはおれなかった。
こういう時のガートライトの勘というか、第6感はプログラムであるヴィニオには理解しがたくも、実際のデータとして現れているので、認めざるを得ないのだ。
「いやさー、どう考えてみても厄介事にしかならないのが目に見えてんじゃないか。しかも数代前の皇帝勅命ってアホだぞ?もう貴族間のどろどろは御免なんだがなぁー……はぁ」
そう言ってガートライトは机にバタリと突っ伏す。
ヴィニオとて以前の事件があるので、そのへんのことは随時監視も警戒もそれこそ網の目の如く行っている。
ただ絶対というものが無いというのも、ヴィニオの経験則で分かっている。
それでも自身がバラバラになるよりも、ガートライト自身の血塗れの姿が、今でも色褪せることなくデータとして残されている。
その悔しさと口惜しさと共に。
現在であれば術がない訳ではないのだ。ガートライトもヴィニオも1人きりではない。
もはや幼くも拙くもない。
『その辺りはケィフト様に丸投げされては如何では?あの方も頼られれば否とは言いませんよ』
むしろ逆に嬉々として事に当たることだろう。
そもそもガートライト・グギリアという人間は、1度あの時死んだことになっているのだ。
実行犯もましてや主犯格の人間に至っては、その事に気付くことはない。
そもそも標的の子供の事など気にも留めないであろう。
だが、当時のヴィニオはそれでもと公爵と話し合い慎重に慎重を重ねて行ったのである。
「とは言え、当時のエネルギー効果比率も接続端子の規格も様変わりしてるから、そこらへんはおやっさんの方に頼むしか無いか」
『設計図は出来ていますけど、…… よろしいのですか?ガーティ』
「よろしくもよろしくないも、出来る人間がいないんだからやって貰うしかないだろ?それにあっちに連絡する術もない上に重要視もしてない」
内通者に対しての方策としてはどうなの?とはなかなか判断し難いが、ガートライトがそう言う考えであるのなら、ヴィニオが口を挟むことでもない。
「それにそっちはケィフトが何とかするだろ、きっと」
伏せていた身体を起こし、ガートライトが端末を操作して呼び出しをする。
ホロウィンドウが起ち上がり相手が出ると、ガートライトは話を始める。
「おやっさん、ガートライトです。実は150年前の旅客船のリアクター接続端子と変換器の作製を頼みたいんですが、槍のリアクターと繋ぎたいんで。設計図はこれから送ります」
ホロウィンドウに映し出されたバイルソンは、戸惑いと畏れの混じった表情を見せながら「了解」とだけ答える。
どれぐらいで出来きるか確認すると、早くて1時間と答えが返って来た。
盾に設置してある工作室を使えば問題ないようだ。
出発に間に合うかギリギリのところだが、間に合わなければ送って貰えばいいかとガートライトは頷き了承する。
そして蛇足であるし、不安を煽り助長するかも知れないと思ったが、ガートライトはバイルソンにひと言告げることにした。
「おやっさん。どんな状況であっても仕事は仕事だから遂行してくれて構わない。それがどんな種類であってもだ。そして俺は艦長で、おやっさんはオレの部下だ。もちろんアレィナもエルクレイドもアレクスもレイリンも。そして俺は、俺の力が及ぶ範囲で守りたいと思っている」
ここで絶対とか必ずとか言う言葉が出てこないのが、ガートライトらしいというか、この男故というか。
その言葉をバイルソンは眉をへにょんと下げ、苦笑と僅かばかりの諦念のない混じった表情を見せてから、普段の表情へと顔を戻し「了解」と敬礼を返して通信を終える。
「余計なこと言っちまったな。やれやれ」
己の言を少しばかり省みて悔やみつつ、ガートライトは立ち上がり用意を始める。
『ほ〜んとガーティはお優しいですね、ちょっとばかり前に知り合ったばかりなのですのに………』
ヴィニオの言葉に悪戯っ子が見せるような顔をして、ガートライトは答える。
「あんな見てて飽きない連中、放っぽいといたら勿体無いだろ?」
それはガートライトの本意であり、真意であった。
どこまでお人好しなのかと思いつつ、ヴィニオはそれに従う。
だからこそのガートライトなのだと、ヴィニオは思うのだからだ。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
Ptありがとうございます!ウレシーです(T△T)ゞ




