20.漂流物の落ち着くところ
宇宙空間には様々な領域が存在する。
宇宙潮流のような巨大な重力異常領域や、小惑星が密集するアステロイド領域。
ジャンプゲートもある種、人が造り出した領域になるだろう。
この場所もその領域と似たようなものになるのかも知れない。
宇宙空間でももちろん物は流れ漂う。何かによって作用されれば位置エネルギーは運動エネルギーとなりひたすらその方向へと動き続ける。止まることもなく。
そしてやがて辿り着く領域がある。
それはまるで川の流れに取り残された川溜まりのような、そんな場所であった。
過去にあった戦争紛争で大破した艦船群、不幸にも何らかの事故により捨て置かれた輸送船。
あるいは宇宙潮流の影響で流されるままここに辿り着いた岩塊達など。
現在ガートライトが率いる第1号試作型戦艦が繋留しているのはそういう領域であった。
『結論から言いますと、想定外の現象による超加速上昇効果が起きた結果によるものです』
「「「「「??」」」」」
ブリーフィングルームに集合したメインクルー5人が首を傾げる。
もちろん顔には出さないが、ガートライトもその1人だ。
「で、分かりやすく説明して貰えます?ヴィ二オさん」
この宙域に到着して3時間程でヴィニオがメインクルーを招集してこの状況の説明を始めたのだが、あまりにも簡潔し過ぎて誰も理解できなかったのだ。
ちょっと不機嫌そうなので、刺激しないように言葉を選びながらガートライトが尋ねる。
その言葉にホロウィンドウが表示され、今回の航行試験のシミュレーションの結果が示される。
カウント-30からタイムカウンターがカウントを始め、接続された剣、槍、盾がe.r.fを展開するグラフィックが表示される。
形としては、卵を横に切り取った曲線のようなものだ。
そしてカウントが0になりそのままカウントを続ける中、試作型戦艦が移動を始める。
タイムカウンターの下には速度が表示されていて、もの凄い勢いで数値が上がっていく。
その下には艦内時刻と帝国標準時刻が並んで表示され、帝国標準時刻が艦内時刻を置き去りにするように流れて行った。
そして第1時空限界線を突破した時点で、映像が一時停止をする。
『ここから分り易くグラフィックを表示します』
ヴィニオがそう言うと、第1号試作型戦艦の船体が拡大表示され、映像が再び流れ始める。
ただし通常の速度ではなく、スローモーションでだ。
1/5程の速さの映像が流れ、すぐに画面に変化が訪れる。
3隻の特化型試験艦の先端にe.r.fとはまた違う膜の様なものが発生して、先が尖り螺旋のように回転し始め艦を覆い包んでいく。
「これは?」
まるでドリルの様だなと思いながらガートライトはヴィニオに尋ねる。
もちろんガートライトが愛するPictvとドリルは切っても切れないものがある。
何故と言われれば、ドリルはロマンだからと答えるだろう。
それは理屈ではなく感覚的なものなので、どうしてと聞かれてもそう言わざるを得ない。
『これが今回起きた現象です。3基のe.r.fによる相互干渉により、歪曲力場―――空間偏移現象のひとつですが、これが発生した事により前方の空間指数が変動を起こし、更に試作型の推進噴射装置の出力により速度が上昇加速したと考えられます』
「ありゃま」
危険を回避するためにした事が逆に危険を伴う事になるなど、神ならぬガートライトには想像することも出来なかったので、思わず呆れを含んだ声を漏らす。
『この件も研究資料として一応報告しておきます。現状これ以上の事はどうしようも出来ませんので。それよりもこちらの方が重要です』
だよなぁーとガートライトは独り言ちる。
この宙域に到着してから調査探索隊を編成して周辺の調査をさせたのだが、とんでもないことが判明したのだ。
「希少鉱物の宝庫とか、冗談だろ………」
そう、この滞留域とも言えるこの場所は、なぜか大量のレアメタル鉱石が宇宙空間を漂っていたのである。
それと、大破したらしき戦艦や、輸送船などもあちらこちらに点在していた。
まるで第35開発試験場にある廃艦の墓場の様に。
そこへ調査探索隊の1人から通信が入ってきた。年は20代前半で白い肌に銅褐色の髪を7:3に分けた男性だ。
『艦長!凄いです、ここっ!お宝の山です!250年前のヴェルグエンシリーズの輸送艦が積み荷ごと現存しています!ヒューベリオンシリーズの戦艦とか、巡宙艦とか好事家が涎だらだらもんですっ!!』
船務士長アレクスの直属の部下であるバロットゥ・ミリファンダが興奮した面持ちで声を上げ報告してくる。
もともと彼は造船会社の創設者の孫(末子)で船好きが高じて軍に入隊したという変わり種だ。
その志望理由も普段見ることの出来ない戦艦を直に眺め触れる事が出来るからだと、個人面談の時に彼が語ったものだ。
以前は艦船整備部にいたのだが、自ら志願して第35開発試験場へと転属し休日にはフラワーズヘヴンに赴き嬉々として廃艦船巡りをするという趣味に生きる人間である。
なので100年以上前の艦船が何隻もある状況というのは、彼にとって何物にも代えられないものなのだろう。
『ちょっとどいて。艦長、やっぱり例の鉱物もかなりの量存在することが確認できました。もう少し調査の必要があると思われます』
バロットゥを押し退けて、黒髪の女性が調査結果を伝えてきた。
彼女はアリアレア・ウィックノベク。今回の航行試験にザーレンヴァッハの部下の彼女がオブザーバーとして乗り込んできたのだ。
ジョナサンズに泣かされた研究員の1人で、主に鉱物内の粒子・素粒子を専門に研究している人物だ。
あまり表情の変わらない彼女だが、口調はいつも通りであるにも関わらずその目はキラギラと異彩を放っていた。
いわゆる研究バカというヤツだ。
ガートライトも人のことは言えないのだが、えてして研究職の人間はこの手のものが多くいる。
第35開発試験場にいる所員の多くが、そんな人間で占められていた。
朱に交われが紅くなる。或いは類は友を呼ぶ。
そして研究職であれば当たり前のように特化型が多くいるかといえばそんな事もなく、万能型の上に更に一芸に秀でた人間が多くいるのが第35開発試験場の特徴だった。
何者かの意図なのか、もしくは自然とそういう土壌が生まれたのか。ヴィニオに全所員について調べさせた結果を聞いてガートライトも呆れたものだった。
よくこれだけの人材を第35開発試験場に集めたものだと。
彼女は嬉々として採取された鉱物のことについて報告を終えると、締めくくりに現状を伝えてくる。
『――――ですが、あまりにも不純物が混ざりすぎて、ある程度の精錬をしないと役に立たないのが現在の状況です』
方策としては、輸送船で鉱物を第35開発試験場へと運び、そちらの設備で精錬、精製するのが通常というか本来ならそれしか無いのだが、それでは効率がよろしくない。
「よもや、本当に使うことになろうとは………」
「艦長!重力制御型簡易精錬炉の使用許可を」
船務士長であるアレクスが挙手をして発言をしてくる。
「どれくらい掛かる?艦で賄う分だと」
ガートライトは肩を竦めながら、作業時間をアレクスに尋ねる。
「んー、3………2日下さい。研究と実作業合わせて」
「分かった。じゃあ3日間、この宙域に駐留して周辺領域の調査及び希少鉱物類の精錬作業を行う。以上」
「「「「「了解!」」」」」
ガートライトの言葉を受け返事をしクルーがそれぞれ行動を開始する。
剣、槍、盾の特化型戦闘艇は実験船であるが故に、艇を操作し管理をするのはジョナサンズの1体だけで行っている。
なので機関部と操艇管理部を除いた他のスペースはガラ空きという事になる。(人間が活動するのに必要な居住部など)
そこでそのデッドスペースを利用して、第35開発試験場で造られた設備、装備がこれも実験用及び試験用として様々なものが設置された訳である。
その1つがアレクスが言った重力制御型精錬炉であった。
精錬炉を使用するという連絡を受けた剣のジョナサンズは、ノーツスーツ(長さの違う円錐台を2つ重ねたものに手と足、腰部分にスラスターを付けた2m程の搭乗型の外骨格機動服)に身を納めランチプレートに乗ったアレクス達が、剣の艦底に到着したのを見て声を掛ける。
『アレクス士長、ハッチ開くっス』
『了解。ゆっくり頼みます。ビシュル、鉱石の方はどうなってます?』
外骨格機動服の中でホロウィンドウを開きながら、アレクスは部下であるビシュル・ウィントに確認を取る。
『現在ランプレで10t×4がこちらに向かって来てるのです』
『了解。到着次第作業を開始します。各自持ち場のランチプレートの動作確認を頼みます』
『『『了解』』』
ランチプレートとはこれも第35開発試験場で開発されたもので、重力制御装置が取り付けられた長方形の床板といった見た目で、短辺の先にあるスティックを使って上下左右に移動が出来るという運搬用の移動フロートである。
ピンポイントで重力を制御することが出来、かつ遠隔操作も可能で機体が薄い分多くの数量が収納できるというコンパクトさも兼ね備えた優れものである。
しかし、欠点としてかなりのエネルギーを食らう分、使用時間に難があるのが今後の課題だ。
現在はヴィニオが組み上げたプログラムを経由して、エネルギー量を制御して運用しているという訳である。
いまのところ3〜4台を連結して交互に重力制御機動を行いエネルギー節約の試験運用をしている状態といったところか。
剣の艦底部のハッチが左右に開き中から円盤が2枚重なった状態で降りてくる。
重なり合った円盤が前後に移動をして間に空間が出来上がる。
円盤は直径3m程で厚さは50cmくらい、開いた空間は5m程。
そして円盤には相対する面に年輪のように赤のラインが等間隔に刻まれている。
『精錬炉、空間固定完了っス。重力制御装置起動しまっス。3・2・1起動っス』
剣ジョナサンズの合図と共に円盤の赤ラインが明るく輝き空間が微かに振動を始める。
特に何かが変化したようには見受けられない。だが実際に変化は起きていた。
アレクスが手近にあった50cm程の岩塊をマニュピュレーターでつかみ、円盤の間の空間へと放り投げる。
まっすぐ岩塊が突き進み中央まで辿ると、そこで岩塊はピタリと停止しそのままその空間に留まる。
『ドラム内圧縮回転開始してください』
『了解。圧縮回転スタート』
剣ジョナサンズの言葉と同時に円盤の赤ラインが輝き、真ん中に留まっていた岩塊が上下に押し込まれるような状態になりながら回転を始める。
その様子をテレメトリーで確認して、作動状況が問題ないのを見てアレクスは頷く。
『動作確認終了。圧縮回転停止してください』
『了解。圧縮回転停止しまっス』
アレクスの指示にジョナサンズが従うと、赤の光が収まり岩塊はクルクル回転しながら弾かれ外へと流れていった。
そのタイミングで4台が連結されたランチプレートが大量の鉱物を積んでアレクスたちの下に到着する。
ランチプレートの上には鉱物と共にジョナサンズの搭載されていないモートロイドが十数台作業の為に乗っていた。
それらを見てアレクスは思わず言葉を漏らす。
「これは………また、やりがいがありそうですね……」
『でも、ここにあるものだけでも一部ですから、氷山の一角って感じですね』
アレクスの呟きを耳にしたビシュルが現状を軽く説明する。
『まぁ、時間は貰ったことだし、じっくり取り組むとしましょうか』
『了解。作業指示出していいですか?士長』
『お願いします』
アレクスは実作業をビシュルへ頼んで、自分は全作業の工程の確認を始める。
現在調査の結果判明している鉱物類は、ユールヴェルン機関で利用できる鉱石から、鉄、スズ、銅など一般的なものや、エルガダイト、ハーメルーイウム、イクヴァスキャスタなどの希少金属の類も確認されていた。
それらが表示されているホロウィンドウを見ながら比重の重い順にソートをかけて、さらに希少性の高い順へと分類していく。
その間にもビシュルの指示を受けたモートロイドがランチプレートの上から岩塊を円盤の間の空間へ投げ入れていく。
すでに重力制御が機能しているようで円盤の赤ラインが光を放っていた。岩塊はその中へとどんどん溜まり留まっていく。
『士長、これくらいでいいでしょうか?もう少し投入しますか?』
ビシュルの声に視線を向けると、その空間―――精錬炉の中にはドラム内の6割ほどの岩塊が詰められていた。
『いえ、始めは少なめでやってみます。起動始めて下さい』
『了解。圧縮回転開始しまっス』
アレクスの指示に剣ジョナサンズが精錬炉の起動を始める。
中に留まっていた岩塊が中心に押し込められるように集まり、グルグルと回転を始め出す。
そしてその様子を確認してから、アレクスは新たな指示を出す。
『レーザー照射開始して下さい。照射位置は精錬炉中心部で』
円盤の側面から突起物が伸び、そこからレーザー照射口が現れて一筋の光が中央に集められた岩塊へと照射を始める。
調整された出力は突き抜けること無く光線が岩塊へと浴びせられる。
しばらくすると岩塊の表面がが朱からオレンジへと変化していく。
『岩塊温度1560℃。まもなく溶解を始めますのです』
テレメーターをチェックしながらビシュルともう1人の部下が報告をして来る。
その声を耳にしながら、精錬炉の様子をアレクスは凝視する。
レーザーにより熱せられた岩塊がオレンジ色にその色を変え、重力で圧縮され溶解されたその身は炉の中で回転しながら中心へと集まり、さながら厚めの凸レンズの形へと変化していく。
普段見ることの出来ないこの光景に、さすがのアレクスも興奮を隠せないでいた。いわんやその部下3人も興奮の坩堝の状態であった。
『ふほ〜〜〜〜っ!スゴイスゴイッのですよっ!これっっ!!』
『触媒使わなくてこんな状態に出来るとは………。か〜〜〜〜〜っ、アッゲアゲっすねっ!!』
『おっおっおっお゛〜〜〜〜〜〜〜っっ!!』
ホロウィンドウに映る3人の姿とその叫びは、アレクスの心情を間違いなく表していた。
『アレクス士長。そろそろ分離作業に取り掛かるっスか?』
剣ジョナサンズが、炉の状態を見て声を掛けてくる。
いかんいかん、見蕩れてたと己を振り返りつつ、アレクスは意識を切り替え次の指示を伝える。
『第2シークエンスに入ります。精錬炉外縁部に圧縮回転制御を開始して下さい。そのまま遠心分離作業へ移行して下さい』
『I.K』『I.K』『I.K』『I.Kッス』
剣ジョナサンズと部下3人に指示を出し、それを受けてすぐに4人は作業に取り掛かる。
すると炉の中で溶解した鉱物は更に高速に回転を始め、厚みが無くなり広がっていき1部が弾かれるように外へと飛び散る。
しかしその1部は完全に飛び出ることなく、炉の外縁部で逆回転しながらオレンジのラインを描き出す。
そして円盤部分からまたレーザー照射口が現れて、オレンジのリングに変化した鉱物へと照射を始める。
こうしてこの作業を何度か繰り返し比重の重い物質を外に飛ばしながら、不純物や、その他の金属を分離して分けていった。
外に弾かれた物は重力制御を切ったあと、固まる前にモートロイドによって炉から出され切り分けられていく。
ただあくまで無重力下における重力制御のたまものであり、触媒を使う地上とはまた別のものに至る場合もある。
その辺りは重力制御をコンマ001の単位で調整しながらコントロールして行ったのだった。
まさに研究バカだからこその技の冴えと言えよう。あるいは業の冴えか。
このようにしてアレクス達精練炉従事組は、寝る間も惜しむかのごとく鉱物分離作業を3日間行っていたのであった。
その間ガートライトは何をしていたかといえば、これ幸いとPictvと料理に専念しようと目論見はするも、アレィナとヴィニオの2人に捕まり、中央とザーレンヴァッハへの報告書作成と調査結果の集約作業に翻弄されるはめなる。
他のクルーもそれぞれ与えられた?作業に従事し3日間を過ごして行く。
そしてその期間中にガートライト達は、周辺宙域を探索していたエルクレイドから通信を受け、何故か航宙大型客船の探索に駆り出される事となる。
そして探索班の1員に選ばれてしまうガートライト。なんとも弱い立場のガートライトであった。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
毎度のにわか知ったか浅知恵ですので、理論工程部分はそういうもんかと言った風で流してもらえるとありがたく思います m(_ _)m




