18:渇【かつ】える百龍
縦横に均等に区画された大通りの1つ英光通りを1台の駆動馬車が、その中心部にある巨大な高層建造物〝天龍天楼”の地下にある駐車エリアへと入っていく。
政府要人用のスペースに馬車を停めると、1人の美丈夫が従者を伴い降りてくる。
年の頃は30を行くか行かないか、灰色の豪奢な刺繍の施された脛の中ほどまである長衣の様な服―――龍袍(これは共和国において政治を担う99人の人間だけに与えられるもので色によって階位が変わる)を身に纏い金属で装飾された太いベルトで胴を締めている。歩く度に腰の下辺りから両脇に切れ目の入った裾が翻る。
面長でスラと鼻筋が通った顔は彫りが深く、この国の民族特有である平たい顔とはやや趣が異なる容貌をしている。あるいは隔世遺伝というものか。
腰近くまである長い黒髪を後ろに流しうなじの下辺りで緩く三つ編みにしている。肉体は鍛えられているのが服の上からでも分かるほど盛り上がっている。
すれ違う女性が10人が10人とも振り向くであろう美形の男は従者を引き連れ、そのまま要人用――――先導政人専用のエレベーターへと乗り込み最上階へと向かう。
最上階に到着しエレベーターが開くと、目の前には広々とした回廊に金と銀で刺繡された緋の絨毯が鮮やかに目に映ってくる。
美丈夫はそのまま足を進め気を落ち着かせる様に息を吐き、手順を確認しながら目的の扉へと辿り着く。
扉の前に立つ衛士に用件を告げつつその扉を眺め見る。
重厚さも然る事ながらその表面に施された彫刻は、その手の芸術に疎い美丈夫にもその素晴らしさは伝わってくる。
この扉こそ、この国の技術の粋と長き時間をかけ作り上げられ、その歴史を浮き彫りにして物語っているものだ。
それはこの国の栄光と勝利の軌跡。だがそれも昔の話だ。
扉の前で先人達の芸術を眺めていると、しばらくして入室が許可される。
美丈夫は従者を残し1人で中へと入る。
その中は最上階のフロアの半分程の広さに、たった1つの執務机が窓際に置かれていた。
そしてその執務机に鎮座している人物こそが、この国の最高権力者である第1位先導政人たるロン・ファングェンデその人であった。
「よく参られた。第99位先導政人カイオ・ウェンピント」
「お時間をいただき有り難うございます大龍人。では、現在の状況を説明させていただきます」
その美丈夫――――ウェンピントは、そう言って端末を腰の小物入れから取り出しホロウィンドウを出して説明を始める。
それはウェンピントが立案した計画についての草案―――ただし綿密であらゆる事柄が記載されたものであり、それを理解できる者がその場に入ればほぅと感心せざるをえない内容のものであった。
しかし目の前の人物は、重そうに瞼を上げながらホロウィンドウを眺めつつウェンピントに問い掛ける。
「ふむ、で貴君は何が言いたいのであるか?」
心中ではこの愚物がっ!と叫びたくなる衝動を抑えつつ、子供でも分かる様に改めて説明をする。
この国は末期状態だ。
そうウェンピントは説明をしながら独りごちる。何故この様な人物がこの国の最高権力者なのであるかと。
どの様な手段でこの地位に彼が就いたのかをウェンピントは詳しく知悉しているが、理性よりも感情が何故だと叫びだしたくなるのも致し方ない。
故郷と呼んだ星が己等の行為により没して数百年。
大脱出の末に辿り着いたこの星系に住み始め300年ほどの時が過ぎ、国家の意義も意志も変貌していくのは、様々なあらゆる歴史を顧みれば然も有りなんと頷かざるをえない。
同様に脱出した他民族の国家の人間共を追い出し、己が民族の繁栄を営んだ結果が現在の状態である。
民族の血とは言え、定めに抗う事もせず生き進む今をウェンピントは忸怩たる思いでいる。
故郷帰還願望者共が唱える説にしても、今さら失くなっている惑星に戻っても何を為せるでもないのだ。
先人共が汚し犯し侵した惑星に明日を生き延びる術など100%ないとウェンピントは認識している。
今の現状を打破する術は1つしか無いのだ。
すなわち帝国を僭称する者達の地への侵攻。
過去幾度か、この侵攻は行われていた。
ただその時は、単にその時の第1位先導政人等血族の権勢欲と支配欲に促されての出兵であった。
かの帝国を僭称する国より、資源も技術も20年程抜きん出ていた共和国は成功を収めるかに見えたが、かの国と共和国軍との戦場を分断し巨大な蛇が遮ってしまったのであった。
その蛇は重力異常と流星群の塊であり、人の認知し得ぬ壮大かつ大規模なスケールで双方へと襲い掛かって来た。
かくしてかの国と共和国は、その時はやむなく戦略的後退をしたのだった。
超重宙域大蛇と名付けられた重力異常領域は、現在に至るまでその猛威を奮い共和国軍の進軍を阻んでいる。
大脱出の間に通過した宙域には、すでに探索調査終えており芳しい報告は受けていない。
一応と言うか別部署では、通過宙域以外の領域に探査プロ―ヴを送り出してはいるが、今のところ期待する様な返答は来ていない。
物言わぬ機械はひたすら何も無いを繰り返すばかりであった。
興国期には300あった統治惑星も、鉱石や希少金属の枯渇及び地殻変動による惑星崩壊により現在は1/3まで減少しているのが現実である。
今迄のままでは為す術もなく国家が衰退していく未来しか無いのである。
ウェンピントはそんな現状の中、一族の期待を受けながらこの位階まで登り詰めた。
しかし現実は共和制などと言いながら、1部の人間及び血族のみが富を独占している。正直笑えない話だ。
だが貧富が激しいのではない。ただ差があるだけだ。
かく言う自分のその一翼を担っているのだが、それも致し方ない。
この計画がこの共和国の栄光と存続への道標となるのをウェンピント理解しているし、それしか無いと確信していた。
それこそがウェンピントの信念であると言っても良かった。
人を使役せず、機械を駆使して軍事行動を行う事。
それがウェンピントの目的だった。
知性隷奴を搭載した兵器群による忌まわしきなる場所、超重宙域大蛇の攻略。
そしてその先にある帝国を僭称する富を有する奪うべき人間のいるかの国を――――
その為には、目の前の人物を説き伏せ、資金を得なければならない。
現実とは本当にままならないと、第1位先導政人に説明を繰り返しながら、並行思考を活用しながらウェンピントは心中で呟く。
「ふむ、その知性隷奴はどの程度まで完成しているのかね?」
「はっ、ほぼ100%と言って良いかと―――」
「ほぅ………、それで軍事行動による星民への被害と労力不足を補えるということでよろしいのか?」
「左様であります。しかして、もし必要な予算をいただけるのであれば、さらなる完成度を上げることが可能になりましょう」
本来であれば、第1位から第99位までの99人の先導政人の合議制となっているが、位の高い人間ほど権力を有しているこの共和国では、彼の発言1つで否が是にも是が否にもなる。
傍らに侍る女性秘書官の尻を弄り太った男が目を瞑り沈黙する。
ウェンピントはその間礼儀正しく片膝をつき、内心の思いとは真逆に跪拝をして言葉を待つ。
この国での跪拝とは、片膝をつき腕を胸に交差させ首を垂れる姿勢を言う。上位の者に対する最大級の礼儀とされている。
「了解した。もう1度知性隷奴とその機能、そして効率的な運用法を説明しなさい。それを聞いて後日判断しよう」
弛んだ頬肉と肉付きの良い顎を揺らせて、見開いたその瞳に理知的な光を見せて第1位先導政人はウェンピントへ言葉を掛ける。
ウェンピントは跪拝の姿勢から立ち上がり、ホロウィンドウを出して再度説明を始める。理解―――納得がいくまで何度でも説明をしてやろうではないかと。ウェンピントは目をぎらつかせる。
知性隷奴―――人工知能を基礎にウェンピント達が開発をしている絶対服従のAIのことである。
指示者の命令をどのような状況であってもその命令を達成させる為、臨機応変に行動を遂行する存在。
従来のAIとは違いただ漠然と命令に従うのではなく、その命令を達成させる為あらゆる状況変化に対応できるようにプログラムとシステムの強化に努めた。
電脳内のシミュレーションでは96.85%の確率で命令を遂行する事が可能となっている。
現在の課題は実際に機体へ搭載し、どこまで命令を遂行出来るのかの実証実験だけだ。これも粗方成果は出ている。
説明を終えウェンピントは跪拝の姿勢になり、最後に言葉を付け足すように告げる。
「遠からず超重宙域大蛇は消えて無くなると予測しております」
知性隷奴を使って得た情報をこの時点で披露する。
第1位先導政人たるロン・ファングェンデはその言葉に目を瞠り、その後ニヤリと笑い相好を崩す。
「後日と言ったが、すぐに予算の執行を決定しよう。大いにやり給え」
「謝謝、畏まりました。感謝いたします」
ウェンピントは跪拝の姿勢から数歩下がると、起ち上がり礼をして部屋を立ち去る。
全てはこの百龍あざなえる星民すべる共和なす国家の栄光と繁栄のため。
共和国軍総司令部参謀局参謀長官カイオ・ウェンピントは遠からず訪れる戦いに備える為、天龍天楼を後にし己の持ち場へと向かった。
(-「-)ゝ お読みいただきうれしゅうございます
Ptありがとうございます!(T△T)ゞ
ブクマありがとうございます!(◎△◎)ゞ
ランクイン嬉しくてありがとうございます更新です (T△T)rz
渇えるって言葉は無いですが、しっくりするのであえてこれにしました
とりあえず顔見せ程度で
共和国はフラ〇スかぶれの中〇民族をイメージしてます




