15:大准将との打ち合わせと身近すぎる内通者【リーク・スカァルテ】
オープンチャンネルで宙域内に流された通信は、1部衝撃、1部半信半疑で試験場内に瞬く間に広がっていった。
年を経た老人たる大准将がこともあろうに妙齢である女性と婚約を交わしたという事実に。
「はぁ、そういう事ですか。分かりました………というか、あんま分かりたくないですけどねぇ」
ガートライトの執務室でソファーに着きながら、大准将とその婚約者であるハイネッゼ・ペルトラウム侯爵を前に盛大に溜め息を吐きながらガートライトは了承の言をする。
アレィナもガートライトの背後に立ちながら内心溜め息を吐いてしまう。
要はパワーゲームという事だ。
下級貴族であるガートライトやアレィナは言うに及ばず、特に上級貴族となると互いの結び付きが重要になってくる。
そう言った経緯から未婚の貴族女性には、そういう面倒事がいつの世にも付き纏うのだ。
かく言うハイネッゼにもそう言ったアプローチが多々ある訳である。そこで以前から知己であった大准将であるゴードウェイイルに仮初めの婚約者になって貰うことを頼んだとハイネッゼが語る。
有象無象の輩が粉を掛けてくるのにウンザリした故に、ハイネッゼが選んだ結果であった。
もちろんその裏に彼女の思惑が隠れてはいるのだが、それはハイネッゼ自身のゴードウェイイルへの思慕の情であって、ガートライトなどが関与することではないので、特に何をするでもない。
アレィナが淹れた紅茶を飲みながら、ガートライト達が作り上げた資料を大准将が真剣な面持ちで見ている。
「相変わらず馬鹿なことやってんな、ガー坊は」
あらかた資料を見終わった大准将――――ゴードウェイイル・ヒルハートはそう感想を述べる。
「いや、そもそもの発端はザーレンヴァッハの開発したジェネレーターを搭載した試作型戦艦が始まりなんだから、俺が何かしたって訳じゃないし――ー」
ガートライトは右手をフリフリ自分がやった事ではないと弁明する。
どう見ても、ケィフトの何らかの企みにガートライトが巻き込まれたというのが実情なのだと確信している。
「はん!公爵の御曹司がが何を企むだかはともかく、おめぇは結局ここでもある意味傍迷惑なことを始めちまってるじゃねぇか。普通の人間は戦艦に手とか足とか頭とか付けねぇんだよ」
ゴードウェイイルがホロウィンドウから、設計図を取り出し広げて見せる。
「それにジョナサンズだぁ?どう見ても肉体のない人間だ。ヴィー嬢ちゃんの事もあるから俺は驚かねぇが、ハイネなんぞ一瞬意識が飛んでたぞ?」
ジョナサンズ方面はまさしくガートライトの仕業であり、これに関しては言い訳も弁明もしようがない。
「いやぁ、やっぱ働き手入ればいる程いいと思ったから。それにほら、艦のセントラルコンピューターだけだし問題ないよ、うん」
ガートライトは関知してないことだったが、試験場のシステムを完全掌握したヴィニオとザーレンヴァッハの手によりベースプログラムと性格アプリケーションはすでに試験場内のセントラルコンピュータ―へコピーされ、日々新たなジョナサンズが生み出されていた。
そしてそれは1部派閥の研究員以外に利用活用されていた。
知らぬはガートライトばかりなり。(アレィナももちろん知悉している)
ゴードウェイイルはその姿を見てニヤニヤガートライトを見て笑っている。もちろんヴィニオから知らされているので、そんな態度をとっている訳だ。
これからガートライトという男が、何をやらかしてくれるかを楽しみにしているそんな視線をガートライトへと向けている。
ハイネッゼはそんなゴードウェイイルの様子を横目で伺いながら、自分にもそんな目を向けてくれればいいのにと内心思いつつ溜め息を吐いている。
そんな2人の姿に内心溜め息を吐きつつ、ガートライトは作業工程表を表示して日程について話を詰めることにする。
「それで部品の規格統一と量産にどれ程かかると見込んでます?通常この手のものは時間がかかると相場が決まってますが」
表示されたホロウィンドウを伺い見ながら顎を擦りつつゴードウェイイルは己の見込みを答えてくる。
「そうさな。艦ごとに規格が変わってることを考慮すれば、1ヶ月から2ヶ月は貰いたいな。作業自体はジョナサンズを使わせてもらえればそれ程苦労もあるまい」
そもそも戦艦に大小の艦や艇を装着することがある意味馬鹿げた話なのだ。
「しっかし、ここまで規模を大きくする必要があったんですかね、実際」
確かに移動工廠艦を呼び込んだのはガートライト自身だが、それもこれも試作型戦艦1隻だけの一時的なものと捉えていたのだ。
それがその移動工廠艦を廃艦扱いに宙域にあるは艦船を一定の場所に集めろという話になったしまっていた。
おそらくケィフトの差し金だとガートライトは推測はするが(自分が頼んだので当たり前なのだが)何の為にこれだけの事を為す必要があるのか。
遠くない未来に貴族同士の争いが起こるのか、或いは………。
帝国が興されて2世紀以上が経っているのだ、何も起こりようはないわな。
ガートライトはあまりにも有り得ない話を否定して、ゴードウェイイルとの打ち合わせへと戻る。
とは言っても全ての作業についてはヴィニオとアレィナ(ついでにガートライト)が調えており、後は実際の作業へと移るばかりであった。
なので、残る話題はただひとつのみであった。
「で、どんだけ“スカァルテ”にリークされてんだ?これ」
「え〜、ユールヴェルン機関の詳細と前にザーレンヴァッハが作った試作艦の内容くらいですね」
ガートライトはさも大した事じゃありませんという態度で説明をする。
ハイネッゼだけがぎょっと目をむいてゴードウェイイルを見やる。
「ベルトラウム侯爵閣下、大丈夫でございます。こちらのエリアはどのような盗聴盗撮も出来ないようシステムが組まれておりますので。何か情報が漏れる心配はございませんので」
ガートライトの後ろに控えるアレィナが安心させるようにハイネッゼへと声を掛ける。
現在の身分がゴードウェイイル部下でなく婚約者である侯爵位で扱われる為、この様な受け答えになるわけだ。
「あの、出来ればハイネッゼと………」
「……畏まりましたハイネッゼ様」
軽く頭を下げるアレィナを見て少しだけ頬をハイネッゼは膨らませる。このように貴族社会とは何かと面倒なのだ。
ガートライトは話を戻す為にこほんと1つ咳払いをして話を再開する。
「そもそも試験場にいた人材から適切であろう人物を選んだ結果ですし、それなりに有能なんでおいそれと排除するのもなんですしねぇ〜」
なまじ能力があるだけに正直切り捨てるには惜しい人物なので、適度に差し障りのないものを適当に漏らしているのが現状である。
スカァルテ―――ー内通者を表すこの言葉はある1つの逸話からなっている。
とある貴族に家で何故か重要な秘匿情報が漏れていると判明し、当主がその調査を命じ内部の人間を調べ始めると1人の男性が浮かび上がってくる。
庭師の平民男性がそれだった。
そしてそれをあぶり出す為囮の情報を小さく流す。
思惑通りに引っかかった庭師を捕らえようとした時その姿が掻き消え、そしてカラコロンと人間の骨が転がっていたという。
事実か創作かはともかくその逸話が出典なのかは分からないが、内通者のことを貴族及び軍部の中では肉のない人間と呼び習わされていた。
「まぁ、ある意味身内を人質みたいに捉えらてるのであれば否とは言えないし、こんな辺境でそんな事をやる羽目になった方にこそ俺なんかは同情を禁じ得ませんがね」
そんなガートライトの言葉に再度ハイネッゼは目を丸くする。ある意味貴族の常識らしからぬ物言いにゴードウェイイルからある程度聞かされてはいたが、驚くばかりである。自分達が調査してきた事を知っていたことにも。
そしてその情報収集能力に驚きを隠せずガートライトを見てると、ゴードウェイイルが肩を竦めつつハイネッゼへと説明する。
「ガー坊はある程度の情報から物事の筋を推測してるだけだ。事実と違ってる事もあるから気にしないほうがいいぞ」
だがその思考のほとんどが正鵠を射ているのも事実だがなとゴードウェイイルは心の内で独りごちる。
「いやいや、病気の家族。収入を超える手厚い看護とくればどう考えてもパトロンがいるか影でなんかやってるしか無いでしょ。そっち調べりゃ自ずと見えてきますしね」
ガートライトが訳知り顔でそんな風にのたまう。
「はん、どうせ全部ヴィー嬢ちゃんが調べ上げたんだろ。おめぇが威張るこっちゃあねぇよ」
別に威張ってねぇ―しーと口を尖らせてガートライトが反論するがにべもない。
『ゴート様。そのヴィー嬢ちゃんというのはおやめ下さい。ダメな子みたいで聞こえが良くありません』
ガートライトの端末からヴィニオが抗議の声を上げてくる。
「は、俺にとっちゃお前等はどっちも子供見てぇなもんだ。坊と嬢ちゃんで充分だろ」
ガートライトとヴィニオは何とも言えない感情を表すかわりに溜め息を吐く。
さすがの万能AIも年の功には敵わないようだった。
ハイネッゼもその様子を見て、つい口元に笑みを浮かべてしまう。そしてあれ?と思いガートライトに確認する。内通者が一体誰なのか聞いていなかったのに気付いたからだ。
「ところでどなたなのですの?件の内通者は」
ハイネッゼの方を改めて見て、ガートライトが口を開く。
「機関士長のバイルソン・ヘリウオーズ技術准尉ですよ」
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