12:現在に至る原因と要因
例の話し合いという名のダメ出しの数日後、とりあえず新・試作型戦艦の建造については、フラワーズヘブンにあるスクラップ艦を流用することで承認を得ることが出来た。
ガートライトは決済書類に次々にサインをしながら溜め息を吐く。
何故、階級が上がれば上がるほど、書類作業が増えるのだろうかとガートライトは独りごちる。
この手の許可申請の類は、さすがに電子化はしていなく相変わらず人の作業となっていた。
そもそもガートライトが以前にいた部署が担っていたのも偽造防止の為の筆記用具の仕入れと納入であったのだ。
今思い出しても理想の職場だったとつくづく思う。
決められた用具を揃える誂えるだけで、後は好きに過ごせていたのだ。
これもあんにゃろうが彼女を紹介してなかったら、まだ勤められていたかも知れないと思うと忸怩たる気持ちになる。
結局、自分が彼女の片棒を担いだ事は事実なので、懲戒免職にならなかっただけましなのだろうとガートライトはウググと唸る。
あれだけPictvを観て喜ばれると、調子に乗ってしまったのは致し方ないというものである。とガートライトは理論武装していく。あまり効果は無さそうであるが。
ぶちぶち言いながらガートライトが書類の処理をしていると、机の端末からヴィニオが超光速通信の着信を知らせてきた。
『ガーティ。超光速通信が入っています。出ますか?』
ヴィニオの問いにガートライトは否と言いたかったが、不承不承に諾と答える。
こんな辺境に超光速通信等という金の掛かる事をしてくる人間は1人しかいないからだ。
ホロウィンドウが起ち上がり画面に青年の姿が映し出される。
長めの銀髪を後ろに流し首の辺りでひとつに纏め、帝国軍々服をきっちり着こなしている。
紫紺の瞳とスッと通った鼻梁、ほりの深さが帝家の血筋を伺わせる王子様然とした姿。
『久し振りだなガー。元気にしてたか?』
映像から透き通ったバリトンボイスが届いてくる。
映像は動くことはない。さすがに超光速通信でも、動画に回す容量は未だ開発されていないのが現状だ。
ガートライトはスカした顔を見ないだけなんぼかマシかと、動かない映像を見て椅子により掛かり相手の言葉に応える。
「まぁ、とりあえず何とかやってるよ。前の職場の方がはるかに過ごしやすかったがなっ」
嫌味を混ぜて相手へと答える。若干のタイムラグの後に声が返ってくる。
『あの部署はすでに無い。他の部署へ統合された。係員はそれぞれ別の任地に行ったか退職した』
「なら、ここの事もお前の差し金だよな?ここも潰すつもりか、ケィフト」
ガートライトがいま話をしている人物は、帝国公爵家の筆頭といわれれるザーレンヴァイス家の嫡子ケィフト・ハーレンヴァイスだった。
「つーか、お前があの娘紹介してなけりゃ、こんなとこに来ることも無かったんだよな。あの娘。帝室関係者?」
分かっていながらそうケィフトに確認するガートライト。まぁ言える筈もない事を聞いてみても仕方な無いのだが。
ガートライトの住居に乗り込んできた男達の形相が凄くて酷かった。
何にも悪くないのに取り押さえられて、警察署《PS》へ連行されたことは今でも鮮明に覚えている。
どう見ても警官《PM》には見えない厳つい男共に囲まれ事情聴取を受けるが、ガートライトとしては2人とヴィニオとでPictvを見てたとしか言いようがない。
しつこくさらに詳しく聞いてくるので、こんな事もあろうかと思い室内カメラで録画していたものを彼等の前で流すと、その眼差しが少しだけ同情するように揺らいだのがサングラス越しから見て取れた。
その映像の中ではガートライトが少女に声を掛けられる度に、飲み物やお菓子を運んでいる姿があったからだ。
そこにケィフトがやって来て、ガートライトは罪に問われること無く警察署《PS》を出ることとなる。
ガートライトが彼女についていくら問い掛けても、ケィフトは終始無言で、端正で怜悧なその表情はひつつも揺らぐことは無かった。
「すまなかったな」
車がガートライトの住む建物の前で止まり、ガートライトを降ろすとそうケィフトは呟き去って行った。 ちっ、すんげー笑ってやがる。立ち去る車を見ながらガートライトは独りごちる。
次の日、職場に向かうと件の転属命令の辞令が来ていたわけだ。
ガートライトは帝国法、帝国軍々規則令を隅から隅までチェックして、“人員確保のための転属命令取消願いの届出”なるものを見つけ出し、書類を作り上げ上司に提出したのだが、結果はご覧の通りであった。
碌に仕事をしない上司と、身分を嵩にきて馬鹿にする様な行為をする部下がいたりしたとしても、ガートライトにとっては理想の職場だったのである。
以前、ヴィニオがどこが理想郷なのか聞いたところ、ガートライトはニンマリ笑いながらこう言った。
「普通に仕事をしていれば定時に帰れて、休日はしっかり取れて有給も貰えるんだぞ。それで給料も頂けるなんて、そんな所そう無いんだ。最高だろ!!」
空いた時間はPictv鑑賞と収集に使える事を心底嬉しそうにしているガートライトにヴィニオも呆れたものだった。
少しばかりのタイムラグの後ケィフトの声で返事が返って来た。
『言わずもがなだなガー。そもそも5時間とはいえ、諜報部の追跡を躱す手段をご教授して貰いたいものだと伝えて欲しいと言われたぞ』
?はてとガートライトは首を傾げる。あの時は特に何かをしたというような覚えが無かったからだ。………なかったよな。記憶をしばし遡ってガートライトは考えてみる。
いわゆる高級ホテルといわれるラウンジでケィフト・ハーレンヴァイスに紹介された少女。
12、3才と見受けられる深く被ったフードの下の顔はまさに美少女と言った様相で、その橙の瞳はガートライトを射抜くように鋭く光らせている。強者の視線だ。
そのオートルデと名乗った少女は、ガートライトと妙に馬が合った。というかお互いPictv馬鹿だったのだ。
意気投合しながらガートライトは自身の所有するPictvを彼女に観せていたのだが、ホテルのラウンジという場所であり(それ程大きな画面で見るわけにもいかない)、小さな画面で見せられていたオートルデはそれに我慢出来なくなり、場所を移動することを提案してきた。
とは言われてもホテルの部屋を取るわけにもいかず、(どれだけ掛かるか)ガートライトはここで我慢してくれないかとお願いするが、却下されガートライトの家で見ようと言ってきた。
ケィフトからの紹介でもあり、彼女の口調からやんごとなき身分の方だと予測したので、ガートライトは諦めて彼女の言葉に従うことにした。
その後は、彼女の指示で近くの店から彼女より大きめの服を買いに行かされ、バラバラに移動し地下駐車場で合流し、ソーシャルカーでガートライトの住居に向かい、そこでPictv鑑賞会が始まったわけだ。
オートルデは大画面にしたホロウィンドウに今まで見たくて堪らなかったシーズ物のPictvを片時も目を逸らさず鑑賞していた。
その間ガートライトは、彼女のおさんどんに徹底していた。(飲み物を出し、お菓子を出しetcetc)
そんな中視線は画面に釘付けになりながら、手はポテチや炭酸飲料に伸ばしてオートルデはガートライトに質問する。
「なぜ、大抵のPictvは1話23分40秒から24分20秒なのだ?中途半端な気がするのだが」
そのオートルデの疑問に、ガートライトは推測ですがと前置きしてから答える。
「1つは昔からの名残りということですね。先史以前の発掘されたPictvの多くが1話分がその長さだったらしいです。そしてシリーズの長さが12話から13話、これを1期と言って、続くものがあると2期、3期と作られていたようです」
「?Pictvとは個人制作なのではないのか?」
「この帝国が成り立ってからはそのとおりです。しかし脱出行以前は商業媒体として世に出回っていたと推測してます。ですので本編にCMを加えて30分なのではないかとPictv愛好家の間では話されています」
ガートライトの説明を受けて理解半分と疑い半分で画面を見ながら顎をさすりひと言。
「ガーよ。それより何故そのような言葉遣いなのだ?もっと砕けた調子で話さぬか」
「………いえ、無理ですね」
「むぅ」
すでにガー呼びで、少女らしからぬ言葉遣い。ヴィニオが彼女―――オートルデの素性を調べようとして躊躇したのだ。(本人は出来るけど影響が大きいので辞めたのですと言い張っているが)
どう考えても帝室関係の人間でしかないと分かっている人物を、あまつさえこんな所に連れ込んでいるのだから、最低限の礼儀は保たなければならない。
もちろん後で面倒なことが起きないように部屋の中はヴィニオによってモニタリングと記録が為されている。
ちなみに2人が見ているのは、ガートライトがあちこちのデータライブラリへ寄り巡り欠けていたデータを何とか修復して揃え上げたシリーズ物だった。(そのほとんどをヴィニオが作り上げたもの)
欠損といっても、1、2秒台詞が飛んだり映像が1コマ2コマ欠けた程度だったので、それ程苦も無く出来たせいでもあるが、シリーズ1期13話を修復したのである。
【悪役令嬢シェルロッテ物語】
内容はといえば、婚約者の王子と恋仲の少女に意地悪をした結果、王子から婚約破棄を言い渡され修道院へと送られてしまう。
その中で前世の記憶を取り戻し、記憶を利用して成り上がり隣国の王子と結ばれるという話である。
現在11話Aパート後半。
部屋の物を食べ尽くし小腹の空いたオートルデは、映像を一旦止めピザを注文する為、自分の端末の電源をつい入れてしまった。
この部屋に来た時にガートライトがやっていたようにメニュー表を見ながら注文し、再度Pictvを見始める。その間ガートライトはトイレに入っていて何も知り得なかった。
そして数分後、ピザ屋ではなく黒服の面々が現われガートライトは拘束される事になったのである。
あの日の事を思い出し、ついガックリとガートライトは肩を落とす。
結局のところ全部彼女に振り回された結果という事だ。
ガートライトははオートルデの指示に従っただけである。そして去り際に彼女はガートライトにむかって言って来た。
「残り3話で終いとは残念だ。ガーよ、また会おう」
正直、お腹一杯です。
オートルデと関わり合って、今の状況なのだからこれ以上振り回されるのはゴメンである。ガートライトはしみじみ思ってしまう。
「実行したのは俺でなく彼女だ。話を聞きたいなら彼女に聞けばいいんじゃないのか?監視から逃れる為に大きめの服を買いに行かされたぐらいだよ。後は先に地下駐車場へ行ってソーシャルカーを呼んで待ってただけだ」
ガートライトはあの日あった事を端的に説明する。仕事しろよ諜報部と言いたい。
「だいたいあの時、俺連絡したよな?俺よろしく頼むって言ったよな?」
ケィフトにはしっかり連絡していたのに、しかもこいつは了承したのにも関わらずあの仕打ちは酷いと責めるように言い募る。
『………さて、……覚えてないな』
返ってきたのはその言葉である。思わず舌打ちしてしまうガートライト。
これ以上何を言っても、のらりくらりと躱されるのが目に見えるのでガートライトは話題を変えることにする。
「それより予算の方は降りるのか?後呼んでおいてなんだけど准将のことは問題ないのか確認しときたいんだが」
ガートライトは自分が頼んだことについて確認を取る。いくらこの宙域に材料があると言っても限度はある。
それにやはり艦を造り上げるのにアレは必要不可欠なものだ。
『そちらの方は全く問題ない。お前とヴィーのお陰で予算が浮いた分、そちらに回すことは容易だ。それにあの方は予備役であるし、そちらに送るアレも元々そちらに送る予定のものだから何の問題もない』
スクラップ(予定)のものかと胸の内で呟きながら、そいう体を取ることかと思い改める。
「そうか、分かった。よろしく頼む」
ガートライトは手を尽くしてくれた親友に礼を言う。
してくれてた事には礼を言う。それがガートライトという人間だ。
『………ああ、気にするな。それよりアレィナ嬢とは会ったのだろう。彼女の事は思い出したのか?』
ケィフトが突然別の話題をこちらに振って来た。それもあまりしたくない方向へと。
苦虫を潰したような表情を見せた後、情けない顔をして溜め息を吐いて返答する。
『いんや、あの頃のことはさっぱりだ。彼女は有能な人間だと分かっているよ。実際助かっているしな………ふぅ」
最後の溜め息を聞きつけたケィフトは笑いながら忠告と警告を発してくる。
『まぁ、せいぜい励め、お互いにな。それとそこの副所長には気をつけろ。降家したとはいえ、元は伯家の人間だ。色々ちょっかいをかけて来るかも知れん。私との繋がりがあると分かれば尚更にな』
始めの言葉は意図的にスルーしておき、後半の言葉に疑問を持つ。
伯爵家?お前、一体何したの!?
『上層部でも一部の人間は期待している。頑張って成果を出してくれると私も鼻が高い。ではなガー』
通信を終えガートライトは弛緩した身体をギシリと背もたれに預けて息を吐く。
「………何が期待してるだか………」
誰かさんの企みとは言え、乗りかかった上に自分の手で漕ぎだしてしまった事案だ。
じー様が来るまでにある程度の事を片付けて置かなければならない。
しっかり腰を据えてとりかかろうとガートライトは再び書類と格闘を始めた。
□
超光速通信を終えたケィフトは、執務室の中で安堵の息をほうと吐く。そこへすかさず副官が熱く芳しい香りの紅茶をコトリと音もさせずケィフトの前へと置く。
「良いタイミングだ。ありがとう」
側に立つ副官に礼を伝える。毎度々々何故かメイド服を着ているのには違和感を覚えるが、元々ザーレンヴァイス家のメイドという側付きだったので文句を言う気にもならない。
ここ帝国軍本部なんだがな………。思わず心の中で独りごちるが、彼女の仕様と思って諦めるしか無い。
ようやくケィフト自身が考えうる軌道へと載せることが出来た。
ガートライトが無能のふりをして有能な人間であるとは分かっていたが、廃署、統合が目前の部署をよもや建て直すなどとは思いも寄らなかったのだ。
一時的に異動させる腹積もりだったのだが、ガートライトを見縊っていたということだ。
よもや3年半も存続させることになろうとは、全く呆れるばかりだ。
「ガーよ。お前はもっと表舞台へ出なくてはならない」
ケィフトはそうつい口に出して呟く。
それがガートライトの両親と奴の記憶を失わせた自分達の贖罪であるとともに、ケィフトに取って必要不可欠な事だった。
メイド服の副官は何も語らずケィフトの側に侍るのみである。
□
そこは一般人が入れば、何処の美術館か博物館かと見まごう程の豪奢な室内であった。
掛けられた絵画や、調度品は皆1級品であることは疑いようもなく、とても個人の部屋であるなどとは想像にもつかないであろう。
その部屋の中で1人の少女がソファに踏ん反り返りながらティータイムを嗜んでいた。
周囲にはメイドが数人並び、微に入り細を穿つように丁寧に世話をしている。
この数カ月少女はいつも不機嫌であった。
確かに警護の目を潜り抜け、しばらくの間出帆した事実があるが、全ての罪をガーに押し付け辺境に異動させるなど彼女にとっては理不尽極まりないものだった。
たしかに己の身分を考えれば暴挙に出たと言われればそうなのであるが、それぐらいの自由があっても良いではないかと思ってしまう。
それも同士と呼べる人間と出会ってしまい話に花が咲けばなおのこと。
あの日以来彼女の警護体制は強化され、満足に外出も覚束なくなった。
唯一の慰めはガートライトから譲られたPictv鑑賞のみ。
それも小さな画面でこっそり見るのみとフラストレーションは溜まるばかりだ。
それよりも、自分の我儘で迷惑を掛けたガートライトに謝罪したい気持ちが大半を占めている。
結局己は爵位を持ちこそすれ、何の力もない非力な小娘だと実感させられる。
ならば今の己に何が出来るのか、何を為せるのか紅茶を啜りながら黙考する。
ああ、あの時頼んだピザを食べたかったなぁ〜、などと思考を脱線させつつ結論に至る。
「よし!決めたぞ。爺はいるか」
そう言って家宰である老人を少女が呼ぶ。
すぐにノックがして、銀髪を後ろに撫で付け、整えられた口髭を蓄えた長身痩躯の老人が少女の前へとやって来た。
「お呼びで、姫様」
また、トンデモない事を言い出すのだろうなぁと思いながら老人は頭を垂れる。
その姿を見ながら少女は老人の思惑通りにトンデモない事を告げた。
「軍士官学校へ入学したい。手続きを頼む」
しばらく動きをフリーズした後、再起動し了承する。
「畏まりました」
恭しく彼女に礼を取り手続きを取る為その場を立ち去る。微かに溜め息をのせて。
彼にも思うところがあったのだ。継承者争いの拡大を防ぐ為、臣籍へと降したにも拘らず少しばかりの自由を得ただけでこの扱いに。
帝宮の彼女への振る舞いに不満を抱いていた彼等は、嬉々として行動へと移して行った。
この程度の我儘を聞き入れずに何が従者かと。
次の音楽の教養の時間まで、まだ少しばかり間がある。小さくホロウィンドウを起ち上げ、あの日見たPictvを改めて見直す。
主人公である悪役令嬢がわが事の様に思えておもいの他楽しく見れた。
「ガーよ、待っておれ。いずれそなたの元に参ろう」
元マイヨサンマール皇帝第15子。現フィーフトュエス准公爵オートルディアナ・フレス・フィーフトュエスはそう不敵に笑う。
その選択が至尊の冠を戴く事に繋がることになろうなど、いまだ誰も知らず予見する事も無かった。
現在はただ時が穏やかに流れ行くのみである――――――
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます




