10.試験の検証報告とダメ出しタイム
「若様、お時間でございます」
壮年の男性が室内で寛ぐ青年へと声を掛ける。
不機嫌そうな表情を見せるも、しぶしぶだが彼の言葉通りに立ち上がり移動を始める、
部屋を出て、己の執務室へと向かう。
とても開発試験場には、不釣合いな豪奢で細やかな細工がなされた木製の両開きの扉の前に2人の衛士が立ち、青年が来るとすかさず扉を開けていく。
それを見て青年は満足そうに通り過ぎ部屋の中へと入って行く。
執務室の中には子爵嫡子の身分に相応しい調度品が調えられており、青年の部下たちが主の到着を頭を垂れて待っていた。
青年はそのまま応接セットにあるひと際贅を尽くした1人掛けのソファへと座り、その目の前に映し出された映像を見やる。
「この様なものを見ている程、私は暇では無いのだがな………」
その言葉には誰も応えず、すぐに侍女が芳しき香りの紅茶を彼の前にコトリと音もさせずに置いていく。
「ふむ」
青年はまずひと口それを飲み、次にともに添えられた砂糖とミルクを少量いれスプーンで掻き回し飲み始める。
帝国貴族の嗜みを体現するかのように。
ホロモニターには試作戦艦の起動試験の状況が映し出され、その脇にはデータ類のテレメトリーがリアルタイムで表示されている。
「ふん、鳴物入りで来た割にはさしたる物では無さそうだな」
「御意。皆も同意見にございます。我らの脅威とはならぬものと」
表示されているデータは、駆逐艦のスペックデータに毛が生えたほどであり、こちらが注意を払う程の物ではないと判断できた。
「そう言えば彼奴の身上は判明したのか?」
「はっ、軍に入隊してからの事は粗方………。しかしそれ以前の事はデータが見つからないというよりプロテクトが掛けられており、こちらでは調べる事がかないませんでした」
「ほう………。あるいはそれを逆手に取り彼奴を降らせることも可能か」
「いえ、どうもこの度の件、公家が関わっているようで、こちらではおいそれと手出しは出来ないかと………」
「公家?まさかザーレンヴァイス家か!毎度々々我が家に害を為す皇家にたかる蟲共が………。しかし、確かに下手に手を出してこちらに火が飛び移ることは下策というものか………」
腕を組みしばし黙考するが、首を振り諦める。
その所作全てに優雅さが溢れ出てくる。
「ふっ、しばらくは静観するに留め、まずは目の前の成果とやらを拝見するとしよう」
しかしその舌の根も乾かぬうちに、また言葉を紡ぎ出す。
「本来であれば私がこの試験場の長となって全てを掌握せねばならぬものを………ままならぬものだ」
モニターには不恰好な廃艦間際の艦がパーニアを噴射し、漆黒の空間を進んでいる。
青年の配下達が端末を使用し、この宙域を監視している観測衛星へ侵入し艦の外部からの状況を確認している。艦内部に仕掛けをする事はセキュリティーが厳しくて出来なかったのだ。今まではこんな事は無かったにも関わらず。一体何があったというのか。
それが彼等の共通の思いだった。
「数値は第3船速といったところか……。何とか機関とやらも大したものではないのやも知れぬな」
愉悦を含んだ眼差しでテレメーターを見て嘯く。
青年の部下達は何も応えずに首肯する。この主は不機嫌になると途端に周囲へと当たり散らすので、そうならぬように主に注意しなければならないのだ。
「何故こんな物が採用され、私の提言が採られぬなど、上層部の考えが私には理解出来ぬ」
ちなみに彼の提案とは、人工知能を搭載した兵器を操り人的被害を減らし、さらに戦果を上げることが出来るというものだった。
しかし、人工知能には安全機構がコア部分に設定されており、人間に攻撃するや危害を加える事が出来ない上に、ただそれだけのアイデアだけで碌な資料も提出せずに(もちろん配下には言わず)上層部へ考えだけを上申するので、煙たがられていたのである。
そして巡航運転を終えて戻ってきた試験艦は、次に廃棄艦船となっている艦へ向けて突っ込んで行き、追突寸前で急停止をする。
「くっくっくっ、あっははははあっ!何だあれはっ。座興にしてはあまりにも滑稽だ。ふはっ、ふはははははっ」
青年は何がツボに入ったのか、試験艦のその姿を見て周囲の視線にも憚らず大笑いを始める。
不恰好な変なものを着けた不恰好な艦。それはすぐにそれを開発した現在の開発試験場の首長への蔑みへと変わる。
「ふっ、くっくく、こんなものを作り上げる人間というものは大層な人物なのだろうな。私だったら恥ずかしくて表も歩けぬ」
しかし次の瞬間、その艦の力に大きく目を剥くことになる。
廃棄艦船に横付けしたかと思うと、先程まで小馬鹿にしたその腕がぐるりと艦を回転させたかと思うと、廃船を真っ二つにしてしまう。
「っ!な、何だこの威力はっ!!」
その室内にいた全ての人間の思いを代弁するように、青年は声を荒げる。
「フィーリプ!至急この艦について調べ上げろ!!スペック、クルー、全てだ!!」
青年――――第35開発試験場副所長カレングル子爵嫡子、ウィーフルト・カレングルはそう命じる。
しかし電子情報関連の防壁は、ザーレンヴァッハとヴィニオによってすでに構築された後であり、例え内部の人間といえどそれを突き破ることは出来無くなっていたのであった。
◆□◆
起動試験から翌々日、ザーレンヴァッハとガートライト、そしてクルーとその部下達がブリーフィングルームに集合していた。
ブリーフィングルームは正面に大きなモニターがあり、その右側に指示壇と小型テーブルのついた椅子が5脚置かれている。
指示壇の対面には、学校の教室のように小型テーブル付きの椅子が左右に5脚づつ、後ろへ向かって10列並んでいる。
右側には試作型戦艦クルーが座り、左側にはザーレンヴァッハの部下達が座り、ガートライトは指示壇側にザーレンヴァッハと座っている。
その横でアレィナとザーレンヴァッハの副官が何やら機械を操作している。
「では、ユールヴェルン機関搭載試作艦の起動と航行試験の結果と報告、あと検証をしたいと思う」
すでに前日に粗方の検証は済んでいるにも関わらず何故こんな事になってるかといえば、ガートライト(いや、ヴィニオ)の進言からだ。
個々での検証の確認だけでなく、全員の共通の認識を持った方が良いのではないかという事だった。
だがそれは建前で、ガートライトは別の事を考えていた。このままの形態で運用を進めていても、あまりにも無意味だと思っていたのだ。
意識改革がザーレンバッハにもクルーにも必要ではないかと悩んでいると、ヴィニオがならば彼らも含め話し合いをしませんかと言ってきたのだ。
ガートライトとヴィニオが考えている事はただひとつ。
全面改装。
しょせんザーレンヴァッハや研究者達は、ユーヴェルン機関の有効利用のひとつとして戦艦に積み込むという数多あるアイデアを提示しただけに過ぎない。
この計画が潰れたとしても別のアプローチがあるので、特にこだわる必要性もない訳だ。
だがガートライト達は違う。
試作型戦艦のクルーとして着任した限りそれが頓挫すればまた別の赴任地へと出向することになる。
ガートライトはそれが残念に思ったのだ。建前上は――――
本音はもっと面白いものが作れんるんじゃね?だった。
あとはせっかく“目覚めた”彼らをそのままにしておくのもあまりにも勿体ないと思ったのである。
こうしてガートライトとヴィニオはダメ出しと新たな計画を胸に秘め、話し合いをしないかと持ちかける。
始めたはいいが方向性を見出だせなかったザーレンヴァッハは、別の視点からの意見も聞けるかと考えそれを了承する。
そして検証報告会という名のダメ出し会が始まった。
「………以上が今回の起動、航行試験の検証結果だ。何か質問等はありますか」
正面のモニターに表示されたデータを指し示しながら、ザーレンヴァッハは説明をしていく。
しばらく沈黙の後、航海士長のエルクレイドが手を上げ質問する。
「ユールヴェルン機関とターレナスバーニアのバランスが悪いという事ですが、それは改善されるものなんでしょうか?」
彼はきっと全力航行がしたくて堪らないんだろうなぁと胡乱な目でガートライトは話を聞いている。
「現在どのようなものにすれば良いか検討中だ。今のところ現状維持の予定ではある」
ザーレンヴァッハの言葉に落胆しつつ頷く航海士長。
「他に何か質問はあるだろうか。なければ―――ー」
『スイマセ―――ーン。あのerfアームは正式に採用されるんでしょうか?』
検証報告の質疑応答を終えようとしたザーレンヴァッハに聞き慣れない声が質問をしてきた。
ザーレンヴァッハは不思議そうに前を見回すが声の人物は見当たらない。そしてガートライトへと振り向き見ると彼はニマニマ笑っていた。
ザーレンヴァッハは苦虫を噛みしめるように顔を顰め、ガートライトを問い詰めようと口を開いたその時、先程の声が再び聞こえてくる。
『あ、スイマセーン。顕在化してませんでした』『バカねぇ〜。発言する前に顔出さなきゃダメでしょうが』『マナー違反ですね。お里が知れますよ』『意見具申は大切です』
クルー達の後ろの椅子の上にホロウィンドウが次々と浮かび上がる。
そこにはワイヤーフレームで簡単に描かれた上半身とIDナンバーが表示されていた。その数10余。
呆然とそれらを見やるクルー達とザーレンヴァッハの部下達。
「何なんだ?あれは……」
再度ガートライトへ向き直り問い質すザーレンヴァッハ。こめかみに青筋が立っている。
「もちろん我等が試作型零号戦艦のクルーだよ。艦内サーバーCPに搭載されているモートロイド用AI。ジョナサンズだ」
えっへんという様に胸を張り言い切るガートライト。
変わってないと額に手を当て首を振るアレィナ。その顔は処置無しと言っている。
「はぁっ????」
そもそも帝国におけるAIは、人間の命令を忠実に実行するだけのツールの1つの筈なのだ。
それは生活支援だったり、モートロイドに搭載して生身で行動不能な場所で作業に従事されるものの筈なのだ。
ザーレンヴァッハの部下達やクルー達にとっては、それが当たり前の事だからだ。
だが目の前に並んでいる?AI達は自らの意志を持っているかのように発言をしている。
驚きに目を丸くして口をあんぐり開けても仕方がない話ではある。
「ガートライト………、お前何やっちゃったのっ!?」
困惑と動揺の為かザーレンヴァッハの口調が砕け気味になっている。
「んあ?着任した翌日から、全員にPictv見せて感想書かせた。最初は皆おんなじ事しか書かなかったのに、今では立派に成長したもんだ」
「いえいえっ、ありえませんよ!そんな話っ!!大佐の元部下とかじゃないんですか?」
困惑のせいで支離滅裂なことを言った女性研究員の言葉に、みな然もあらんと頷く。
それほど今の技術では、人工知能が意志の様なものを持つことが本来ある訳がないのだ。
「あ、ヴィニオ嬢のプログラムをインストールしたのか?ガートライト」
実例を知っているザーレンヴァッハがガートライトに問いかけるが、すぐにヴィニオに否定される。
『そんな訳ないじゃないですか!恥ずかしい………』
ガートライトの側に[NO IMAGE]と表示されたホロウィンドウが現れ反論する。
恥ずかしがるAIもどうなんだろうかと思うが、新たに現れたホロウィンドウに更に目を丸くする他の人間達。
「あ、彼女は俺の家のサーヴァントAIのヴィニオだ。いろいろ相談やら話すことになると思うのでよろしく頼む」
『グギリア家の管理運営を担っておりますヴィニオと申します。ガーティに対する苦情、相談がございましたらこちらまでご連絡願います。どうぞよろしくお願いします』
意外な伏兵に皆再度口をあんぐり。そういや言ってなかったんだよなぁとガートライトは思い返す。
アレィナが知っていたので、てっきりクルー達は知ってると勘違いしていたようだ。
更にザーレンヴァッハがAIについて問い詰めると、様々なPictvを見せるを何度も何度も繰り返しているうちにこんな風になったとガートライトは説明する。よもや出来ると思わなかったけど、試しにやってみたら出来たと言ってきた。
ザーレンヴァッハが唸りながら頭を抱えていると、先程発言してきたAIが再度質問を繰り返す。
「ああ、erfアームは、簡単に装着出来、成果が出る形だと皆で検討した結果あの形になったのだが………」
ザーレンヴァッハの言葉にジョナサンズのブーイングが巻き起こる。
『だってあれ、棒に鉄球付けただけだよ』『肘関節も無いのに格闘って、ププ』『接合部の強度も信頼性に欠けるわ』『デモ、キライジャナイ………』
その酷い言い様に、ザーレンヴァッハは呆けた様に口を空けたままにしてしまう。それを見て憤った女性が立ち上がり声を荒げる。
「あなた達!AIの分際で何を言ってるの!!私達は効率と成果の分析をした上であれを作ったのです。あれ以上のものを作れるわけが無いでしょうっ!!」
ザーレンヴァッハの部下である女性研究員が眦を上げて反論する。確かに予算と検証を行なう上では最適な形であると言えなくも無いが、偏った知識で作られた彼等には意味をなさなかった。
そしてその言葉に倍以上のダメ出しが彼女へと返ってきた。
『はぁ?せんちょーが停止してなかったら艦自体が損傷してたのに、何処をどう考えたらそんな事が言えるんですか!?』『いや、あれ以上のものって沢山ありますよ。具体例出す?』『ププ、あれ以下ってあるんですか?』『センチョーノセンジュツ、メガマワルゥ』『ああ、あなたの過去に出した論文………』『あの女性はあんまりおススメ………』
艦についての罵倒が、ついに個人にまで及んできたので、ガートライトがパンパンと手を叩きいったんそれを止める。
「はいはい、やめやめ」
女性研究員は涙目で席にパタンと着き項垂れ、ザーレンヴァッハがそれを宥める。
そして最後のダメ出しが彼等から出される。
『『『『『『あの艦は格好悪いっっ!!!』』』』』『………ダサイ』
ザーレンヴァッハは眉尻を下げ、クルーたちは目を見開き、ガートライトはうんうん頷いている。
これ誰が収拾するのかしらとアレィナは胸の内で溜め息を吐く。
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
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