1:帝国の成り立ち
よろしくお願いします。
《帝国国立幼年学校4学年時25クラス》
「はい皆さん。今日は我らがエルファーガ帝国の成り立ちを学びたいと思います。予習はしてきましたか?」
女教師の問いにクラス内の児童は声を揃えて「ハイ!」と答える。それを聞いて満足そうに笑みを浮かべて一人の児童を指名する。
「では、ニトロス君。帝国はどのようにして成り立ったか説明してください」
指名された少年は、「ハイ」と大きな声を上げ立ち上がり女教師に説明を始める。
「今から353年前、初代皇帝陛下であらせられるエルファーガ様がリーダーを務める移民船団がここイオノ星系に辿り着き帝国を築きました」
「よろしい。では初代皇帝陛下の治世における障害は何だったでしょうか?は、ヒュロミさん」
「ハイ!同時期に私たち帝国移民団と共にこのイオノ星系に侵入してきた共和国を僭称する者達との戦いです」
「そうです。我々帝国が先に入植したにも拘らず、奴等は無法にも自らが先に入植したなどと詐称して戦端を開きました。皇帝陛下は先陣をきってこれに挑み奴等を撃破されました。しかし、数多の敵に陛下は、道半ばで命をおとされましたが、陛下の御業により奴等は退却していきました………。ゴーロ君それは何ですか?」
「え、え…宇宙潮流……です」
後方でうつらうつらしていた児童に女教師は質問をする。少年は慌てながらも何とか答えを返す。
冷たい視線を少年に向けながら女教師はエクセラルタイドについて説明する。
「宇宙潮流は我が帝国と敵国との間に発生した重力歪曲空間のことです。規模はイオノ星系を分断する程長く、幅は何十万kmにも及ぶ範囲を埋め尽くし、敵国は帝国域に来れなくなりました」
女教師は己が事の如く胸を張り、褒め立てるように言葉を続ける。
「以後300年、現皇帝陛下マイヨサンマ-ル様の御世まで、我が帝国は磐石の治世を治めているのです」
女教師はさらに言葉を繋ぎ授業を続ける。
こうして貴族階級の者達は、己の国の歴史を少しばかり偏った形で教え込まれていく。
《帝国辺境惑星のとある村》
「エラセンセ~~~~~ぇ。おしえてくれろ~~~~」
教室に入ってきた若者が妙齢の女性に質問をしに来ていた。次の授業の準備をしていた彼女は、面倒臭そうに溜め息を吐きながら若者に聞き返す。
「何が知りたいんだ?コーゥジーロ」
「これだよ~~。てーこくのなりたちって何だや?」
「あー?帝国の成り立ち?珍しいわね。そんな難しい事。で?成り立ちの何が知りたいの?」
「てーこくって何だや?」
あまりにあまりな質問に唖然とする彼女。別に必要がないと入っても、自分の国のことは知っといてもいいと思うのだが。いや、今まで彼らにモノを教える事をしていなかった事を考えれば、かなりの進歩ではあるのだろうと考え直す。
「そうだな。時間はいいのか?今は繁忙期だろ?」
「だいじょぶだ。センセの御蔭で色々助かってっから」
彼女がこの地に流れて早数ヶ月。この星に様々な技術を伝えていた。特に農地の改良や、生産のシステム構築。
元々は帝国国立大学院で院生として研究に没頭したいたが、専任の教授が亡くなったことにより全てご破算となってしまった。
何の伝手も力もない平民上がりの人間では、魑魅魍魎の蔓延る学内に対抗することも出来ずどうしようも無かった。研究の場も無くし、ついでに男に去られ自棄になってやって来たのがこの星だった。しかし、そんな彼女を住人たちは温かく迎えてくれた。
今ではこの星に来て本当に良かったと彼女は思っている。
若者に教壇の手前の机の椅子に座るように言って話し始める。
「帝国って言うのは、イオノ星系を治めている国家の事だ。私達はその帝国の庇護下……いや、帝国に支配……ん…お世話になっている」
「んー?オレは別にてーこくに世話になってねーぞ?」
「あんたが今ここにいることこそが、帝国の世話になってるって事なのよ」
「いまいちよくわかんねーンだけど」
彼女の要領を得ない答えに、首を傾げ疑問を掲げる若者。それに彼女は、この星に来てから習い性にもなった説明を一つ一つ噛み砕いて判り易く話し始める。
「そもそも私達の御先祖様は、星の海を宇宙船に乗ってこのイオノ星系へとやってきた訳」
「えっ!!ここは俺だちの故郷でねぇのか?」
「もちろん。ここはあんた達の故郷よ。でも、御先祖様はここより遠い遠い星からやってきた訳よ。何億人って言う規模のお引っ越しね」
「ひっこしかー。なるほどー」
「それも引っ越し先の決まっていないお引っ越し」
それを聞いて少し青褪めながらも若者は反論をする。
「ひっこし先も決めねぇでひっこしなの出来っこねぇべよ。せんせー」
「そんな事は無い。今まで住んでいた家が火事で燃えたらどうする?川の氾濫で家が流されたらどうする?」
「はー…。んだな~」
ご先祖様にどんなことがあったか分からないが、大変なことがあったんだなぁと若者は納得する。
「でまぁ、手元にあるものを色々節約しながら旅をして居住可能な惑星を発見したという訳だ。となると人はどうすると思う?」
「みんなでながよく住むんでねぇがな」
「ふむ、お前ならそうだろうな。だがこの時は2つの勢力が争い始めた。自分達こそが住むのに相応しいと」
皮肉めいた表情で彼女は語り出す。
「争いそのものは片方の勢力の指導者が突然死んでしまって纏まりをなくして、その惑星系から出て行ったんで起こらなかった」
「出て行った人だちはどうなっただか?」
若者が気になったことを質問する。
「代わりの指導者に率いられて、数光年先に見つけた惑星系に辿り着いた。その指導者が初代皇帝陛下」
「こーてーへーかって、おん出された人たちがてーこくなのけ?」
「そう。皮肉なことに先に発見した星系よりも遥かに豊富な資源を持っていた星系がこのイオノ星系、そして築かれたのが帝国なの。今から大体300年位の前の話」
「さんびゃくねんだか……」
「あんたの爺ちゃんの爺ちゃんの爺ちゃん位かな。イオノ星系のあちこちの惑星に入植して、ここまでの豊かな星にしたの。だからあんたは帝国のお世話になってるって訳。勿論あたしも含めてね」
若者は話に納得した様に鼻息も荒く首をブンブン縦に振り頷く。
「ふんだばおん出したひどだちはへーわに暮らしとんのけ?」
少年の言葉に馬鹿にするかのように鼻でフッと笑う。
「ンな訳ないでしょう。奴等……共和国って今は言うんだけど……。奴等の国ぜ…、国の方針…目標みたいなものに“彼等のモノは我々のモノ。我々のモノは我らのモノ”なんていう阿呆丸出しのものがあるのよ。星系に入植して50年経った頃、戦艦を率いてイオノ星系に攻め込んで来たの。皇帝陛下もこれを予期してたみたいで応戦した訳。その時、陛下は死んでしまったんだけど、共和国と帝国の間を遮るように“カベ”が出来たの」
「かべってへいのことけ?」
「カベってのは言葉の意味だけ。正しくはエクセラルタイド―――宇宙潮流って言う。重力と超磁とブラックホリビティの何十万キロメートルの巨大な宇宙の大河。その御蔭で2つの国は戦争という規模の争いは出来なくなったの」
「そっただでっけぇ川があったんだかぁー」
若者は驚き感心したように声を上げる。
「せんせーはよぐそんなごと知ってんだな~。まるで見てきたみでーだ」
彼女はニッコリと笑ってあえてお茶を濁す。なぜ彼女がこんな事を知っているかというと、彼女がこの星に来る前、家の荷物を整理していた時に古い日記を発見したからだ。それは、彼女のご先祖様というべき人物が、当時の事をそれこそ赤裸々に記されていたのである。
帝国の発表する歴史とまるでまるで食い違う話に、最初は嘘ではないかと思ったが、結局は真実であると認めざるを得なかった。この事は自分の胸に留めとこうと思っていたのに、つい話してしまった。
まぁこんな事、誰もが知っていて知らんぷりしているもんだ。若者も多分すぐ忘れることだろう。彼女はそうかぶりを振る。
「センセー。おれも壁をのりこえでみる」
若者の突然の言葉に彼女は聞き返す。
「は?なんだって?」
「おれ、ヴェリルンちゃんのごどすぎで、うぢさいぐげど村長に追いかえされっちまうがら、こんど壁をのりこえっから」
村長の娘が好きな若者は、毎日毎日彼女の家を訪ねるが、けんもほろろと追い返されてると聞いた。
いや、だからって壁を越えたらダメでしょうが。
「駄目だぞ!そんなことしちゃ。そんなことばっかやってると本当に嫌われるぞ!!」
若者の頭にチョップを食らわせる。おでこをさすり頬を膨らませる若者。
「も、ちょっとアプローチ……やり方を変えてみな。今のままじゃ駐在さんのお世話になっちゃうぞ」
その言葉と同時に予鈴がキンコンカンと鳴り響く.
若者が慌てて教室から去っていく。その後姿に彼女はボソっと呟く。
「身分違いの恋ってのは大変なんだぞ。実際」
(ー「ー)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます