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「え、あぁ―私もこの国に居る訳にはいかなくなったしな…。恩を売って置いて、損は無いだろうと思ったのだ!それだけだ!!」
―あらあら、随分と捻くれた言い回しになったものねぇ。そんなだから可愛くないのよ
「うるさい!」
後ろでまとめた黒髪が、さらりと肩へ流れる。束ねた髪が、少しほどけたようだ。長い黒髪をなびかせるその姿に、少しの間バスクは見蕩れた。
―ブルーノにチクるぞ、浮気者
「ちょっと、ちが、違うってば!そう言うことじゃ…」
顔を赤くしたバスクを弄りながら、ブラッドはもう一方へと言葉を投げかける。
―それで、これからどうするんだ?当然、国を出るんだろう?
「―そうですね。個人的に繋がりのある、亡命先の宛ては無いですが。帝国であればガルヴァと戦争中です。捕虜として受け入れて貰えるかも知れません」
少しの沈黙、重たい空気。
「―え?アリストに来るんじゃないの?さっき恩を売ったとか言ってたし。てっきりそのつもりかと思ってたよ…」
―この男は、とブラッドが呟いた。ユラントフも満更でもない様子である。
―良いんじゃないかしら。お世話になりましょう、ユラントフ。貴女も恩を売ったつもりなんでしょ?
「…うるさい、うるさい!アルターノは少し黙っていろ!!」
クスクスと小さく笑うアルターノからは、安堵した様子が窺える。それを感じ取り、ユラントフもまた、小さく微笑んだ。
「それじゃあ、帰りますか。アリストに」
うれしそうなその笑顔に、ユラントフも精一杯で答える。
「―はい。宜しくお願いします、バスク」
感覚の戻りきっていない半身を支えるように、バスクは肩を貸す。支え合うように、二人は帰路へ就いた。
バスクの胸元で揺れるペンダントの中で、ブラッドはアリストに帰ってからのことを考える。――退屈しそうに無い。戦いの中で感じるのとはまた別の高揚感、それが最近になってどういうものなのか、分かって来たように思う。バスクを中心とした一騒動に心躍らせながら、ブラッドは疲れを癒す為、眠りへと落ちていった。




