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アリスト王城中央塔にある賓客応接間。女官の熱視線に耐え抜いた青年は、賓客用の豪華な室内へと入っていく。
「アリスト連合国認定竜装騎士、バスク。及び契約竜、ブラッド。参りました」
―入りなさい。と微かに聞こえる程度の声が、国紋を施した仕切板の向こうから聞こえてくる。また、青年も小さな声で―失礼します。と返して仕切板の右側へ歩を進める。
「―随分と久しい気がするな」
「ご無沙汰しております。陛下」
ほんの少しの嫌味を含んだ再会の言葉を形式通りの返答で返す青年は、どこか高貴な雰囲気を纏っているようだった。陛下と呼ばれた老人が右手を軽く縦に振ると、青年は迷う事無く老人が座る向かいの椅子へと腰を下ろした。
「元気そうで何よりだが、風の噂では、またやんちゃをしたそうではないか」
久しぶりに会う孫と話すかのように、頬が緩む老人。彼こそ、アリスト連合国の頂点、国王アリストリス十五世である。齢六〇を超える人とは思えない体格に、優しさと覇気を合わせ持つ名君である。
「また文官たちに嘘を吹き込まれたのですか?―私は品行方正、至って真面目に任務をこなしておりますよ」
やれやれと云わんばかりに首を振るバスクに、立ち会いの文官たちが鋭い睨みを利かせる。
「―落ち付け。お前たちの敵対など、わしは望んでおらん。少し茶化しただけだ」
王の一言で文官たちの眼光は散り散りになり、場の緊張は解ける。だがこの場で嘘を吐いたのは文官ではなく、バスクの方だった。王都に入る少し前、近郊に出没する盗賊団討伐の任を受けたバスクが暴れすぎて、公道を通行不可にした件を文官たちは言っていたのである。
「とはいえ、品行方正とは過言ではないか?―バスクよ」
放たれた覇気はバスクに冷や汗をかかせるには十分なものだった。それだけの物をこの老人は持っている。
「―言葉が過ぎました。謝辞を」
立ち上がろうとするバスクを片手で制する。
「これで相子だ。双方良いな?」
王の言葉でその場の全員が、了解の意を表す。
毎度の事ながらこの茶番はどうにかならないのか、とブラッドはペンダントの中で呆れ返る。ブラッドが覚えている限り、この数年で三桁は見ている。呆れるのと同時に羨ましくもあるのを、ブラッド本人は認めないだろう。本来、竜にそのような感情は備わってはいないのだ。―他を蹂躙し、弱者を支配する。それが、かつて世界の頂点に君臨した竜族の全てなのだから。