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4/矢島という女(3)


 間の抜けた矢島の声が薄暗い洞窟内に響いた。

 外はもう日が沈みかけてオレンジ色の光が入り口の方から差し込んできている。橙色の光が当たる矢島の表情は、驚愕といった感じで目が見開かれていた。


「あんた、あたしの話聞いてた? 聖堂なんてバカでかい組織全体に追われてるのよ、今回みたいな弱い追っ手なら問題ないけど、ちょっと前にきた隊長格のが首揃えて追ってきたらそれこそ終わりなの」


「ああ、知ってる。あの兵士が言ってたよ、隊長が深手を負わせたって。左足にあった大きな傷がそのときのだろう、それくらいは察してる」


「……助けはいらないわ、ずっとそうしてきたから。気持ちだけ貰っとくわね、ありがとう、遠永」


「そういう訳にもいかないんだ、頼む。俺にも聖堂潰しを手伝わせてくれ――そんな胸糞悪い話を聞いて、そのまま放置するだなんて俺にはできない」


 本心だ。ここで矢島と離れればきっといつか、この子は死ぬ。

 隊長格との戦闘であれほどまでの手傷を負っているのだ、聖堂の連中の層がどれほど厚いかは分からないが、傷を負わせたという隊長格より強いやつは山ほどいるのだろう。見捨てるならいっそ地獄まで付き合った方がいい――どうして俺はこの矢島という女をそこまで気にしているのだろうね、自分でも分からないけど、この子は死なせちゃいけない気がするのだ。


「はぁ……それで、助けてもらったとして私はあんたに何を払えばいいわけ? 見てくれ通りお金なんてほんの少ししか持ってないわ、身体で払えばいい? こんな貧相なのを抱いてもつまらないと思うけど」


「軽々しくそんなこと言わないでくれ、報酬なんていらない。……いや、そうだな。この世界がどんなところか教えてくれればそれでいい、さっき言った通り俺はこの世界について何も知らないんだ、それでいいか?」


「死ぬかもしれないのに対価がそんなもんでいいの?」


「もちろん、十分だ。それに――俺は無詠唱で魔術が使えるし、剣の腕もそこそこあると……思う」


 不敵ににやり、と笑ってみせる。剣の腕はどれくらいがしらないが、あのボーナスを考える限りそこそこはあるだろう。そう信じておこう――後で自分のスペックの詳細を調べておかないといけないな、さっきみたいな戦闘になった場合、自分のできることを把握しておかないと行動が制限されたり、無意味に危険に突っ込んだりしてしまう。


「……あんた、笑うと一気になんか気持ち悪い笑い方になるわね」


 ……生前からだ、ほっとけ。


 ・・・


 結論から言えば矢島……じゃない、瑞葉は同行することを許可してくれた。いくつか条件も付け加えられたが、それは生命の危機に陥った場合見捨てられても恨まない、またお互いを無理に助けたりしない、といったものだった。俺を考慮しての条件だろう。

 また名前で呼ぶことも条件付けられた。矢島と呼ばれると妙にくすぐったいらしい、不都合は無いのでこれも了承した。なぜこんなにあっさりと同行を許可してくれたかというと、「あんたが聖堂やあたしの敵になるなら、もうあたしは死んでるからね」らしい。気を失っている間に殺している、と言いたいのだろう。

 日は落ち、夜の幕が下りた森は危険だと言うことで、今夜はご飯抜きらしい。お互いが空腹を紛らわすかのように、言葉を交わす。月明かりが僅かに差す洞窟、そこに浮かぶ瑞葉の表情は、ほんの僅かだが、緩んでいたような気もする。

 寡黙な人物かと思いきや、想像以上に喋るのがこの子の特徴でもあった。


「明日は町に案内するわ。町にも結界が張られていてあたしが探知される……んだけど、結界を張ってるからそこは気にしなくていい。ローブで顔さえ隠せば見つかることはないわ」


「ローブ、か。どこにも持ってるように見えないけど、どこにあるんだ?」

 

 小さく笑って瑞葉が右手を振る。僅かな光の粒子が拡散し、何も無い空間かねずみ色の、身体を覆えるようなサイズの布切れが出てきた。これも魔術の一つか。


「ここにあるわよ、簡単な収納魔術、とでもいえばいいかしら。どうせあんたも使い方を忘れているだけで、やり方さえ思い出せば扱えるでしょ。無詠唱の何百倍も簡単よ。……仕舞える総量は魔力量に依存するけどね」


「……なぁ、意外と瑞葉って喋るよな。もっとこう、寡黙なもんかと思ってたよ」


「そりゃあ人と話すのは楽しいから。特にあんたには助けられたし、不思議と話しやすいものがあるのよね、なんでか知らないけど。……もうずっと、こんなとりとめのない話さえしてないのよ、喋らせてよ」


「そうか……俺でよければいくらでも」


「そ、ありがとね。まさかあたしもパーティで動けるだなんて思ってなかったから指針を変える必要があるわね、それについても相談したいんだけど――」

 

 どうやら、今日は夜通しで話すことになりそうだ――月明かりが差し込んでおぼろげに浮かぶその表情を見たら、笑いながら話すその姿をみたら、寝るだなんて言い出せそうになかった。



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