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3/矢島という女(2)

 お互いの名前を交換した後、ばさばさの黒髪をうっとおしそうに矢島は払う。

 お礼、ということでどうやら俺にこの世界のことを軽く教えてくれるそうだ。

 せっかくだし有難く拝聴させてもらうことにする。


「えーっとね、まずこの世界には三つくらいの勢力があるのよ。本当はもっと個別になるんだけど、それも挙げたらキリがないから大まかな三つだけ説明するわ。まず一つ目は“国家派”。己の国の理想を第一とする……まぁ普通に生きて人たち」

 

 いわゆる王と、それに従うもの達というところか。矢島が付け加えて、国はいくつかあるけど今いる国は平和主義だと言う。領地の拡大をそこまで意識している訳ではなくて、民に苦労を掛けないようにしているところだとか。なるほど、良い国だ。


「次に二つ目、“宗教派”。あたしはよく分からないけど、色々神様に祈って信託だー予言だーとかやってる人たち。統率された信者達が怖いところね、神が告げたと司祭が言えば何でも従いそうな人たちよ」


 神がいるのかは知らないが、まぁ現代でいう宗教そのものな気がしてきた。

 矢島の話し方を聞いていると、ここが一番怖い気がする。

 なんでもやらかしそうって、自爆テロでもするってことだからな。


「最後は“聖堂派”。魔術師を纏めてるようなところね、ここに所属すると成果に応じて高度な研究施設を与えられたりするわ。聖堂の事実を知らない魔術師は、ここの所属することを目標として日々訓練や研究に励んでいるみたい」


 聖堂。聞き覚えがある、先ほど矢島が追われていたところだと思うが。


「その通りよ。あたしは数年前に村ごと焼き払われて、皆も両親も殺されてるわ。その原因は"全能現象(オールマスタリー)"なんて言われてる何か、ね。細胞であったり、魔眼だったり、心臓であったり――話を聞くに存在の体系は色々あるけど、それを見たり聞いたりした人はいないの。御伽噺のような存在。全ての現象を再現できるっている、奇跡かしらね」


「……全ての現象を再現できるってなんなんだ?」


 両親を殺された、のくだりは深く聞かないことにする。

 きっと俺が立ち入ってはいけない領域だから。

 質問だけをすることにした。


「自分の目で見たものすべてを再現できるわ。神剣も何も無い空間から引き抜けるし、どんな大規模魔法も術式の用意すらせず行使可能、人のパーソナリティ……記憶、ひいては存在理由を世界に再現させる虚構投影(きょこうとうえい)ですら再現できるのよ。ま、本で読んだだけよ。鵜呑みにしちゃ駄目だからね」


「き、虚構投影?」


「物理法則すら捻じ曲げる想いの世界、って言えばロマンチック? 一握りの人だけが到達できる極みの世界よ。想いやら記憶やら、他人から見たら虚構でしかないものを現実に投影するから虚構投影。あたしが知ってるのだと、王宮勤めの神埼真冬(かんざきまふゆ)が使えたわね。認識した空間に在るもの全てを雪原へ放り込む、とかなんとか」


「なんだよそれ……それこそ神様みたいなもんじゃないか、人間も放り込めるんだろ? 魔術とかで語っていいものじゃないと思うんだけど」


「その通りよ。だから虚構投影だなんて別名が付けられてる。本から知ったことだけど、大昔のサムライとかいう人も使えただなんて話があるわね、そのサムライの名前は忘れちゃったけど。決して外さない必中の一閃を放てたらしいわ、あれも虚構投影によるだとか」


「……それさえも、自由自在に模倣できるのが“全能現象”?」


「その通り。それを聖堂が求めていて、研究を続けていたあたしのお父さんに目をつけたの。お父さんはそれを聖堂に渡さず拒み続けていたみたい、あたしが村へ帰ったときには全て焼かれて……ちょうど、化け物みたいになったお父さんが殺されるところだったわ」


 言葉が出ない。矢島の言葉が鋭いナイフのように突き刺さる。

 

「その姿は言いたくないけど、まだ戻る手立てはあったと思うんだ。最後に言ってくれた、ごめんね、って言葉が……忘れられなくて」


「……この話はいい。聖堂に関してだけで構わない」


「ごめんなさい、脱線しちゃったわね。……黒い革のコート、それと銀色の細身の剣。それが殺した奴の姿よ。お父さんが殺されて、納得いく資料と結果が見つからなかったのね。娘である私に“全能現象”を受け継いだと思われて、それからずっと追っているのが聖堂よ。魔術を極めたいなんてトップの独裁の結果、筋の通らないことを通し裏で人を殺し続けている。歪んで、腐った組織」


 眉を潜め吐き捨てるように言い切った。、

 重たい空気が流れる。

 それからずっとこの子は一人で逃げてきたのか?

 誰にも頼ることなく?

 それは……俺には想像できないほど、辛いことじゃないのか。

 生きているのが、辛いほどのことじゃないのか?


「……なぁ矢島、お前はどうして――強がって喋ってるんだ?」


「強がってないと死にたくなるから。なんであたしばっかり、なんて考えちゃうから。……絶対にお父さんを殺した黒いコートの男を殺して、聖堂を潰すまで、死ねないのよ」


 返事をしようとするが適切な言葉が見当たらない。

 どうしたものかと迷っていると、向こうが小さく首を下に向けながら言った。


「余計に喋りすぎたわね、ごめんなさい。人とまともに会話をするのって、久しぶりなのよ。最後に会話をしたのは……二年くらい前かしら、覚えても無い」


「……町にも聖堂の連中はいるのか?」


「正確には聖堂本体の人じゃなくて、取り込まれたとでも言えばいいわね。貴族やら商人やら、聖堂の手は大分回ってるわ。逃げ出した初めの頃にね、貴族の人に拾われたことがあったのよ。まぁ、そこも聖堂に金を握らされてて、引き渡す予定を組まれてた上に無理やり犯されそうにもなったわ」


「……」


「それからずっと野宿に近いわね。初めは地獄だったけど、慣れればどうってことも――」

 

 あまりにも酷いじゃないか、そんなの。どうにかしなくちゃいけない。

 でもどうすればいい? 簡単だ、聖堂を潰す。

 英雄らしいんだ、それくらい出来るだろ、俺。

 ここの世界にきて右も左も分かってないけど、やりたいことはできた。

 矢島を助けてあげたいという気持ちを無視できない、偽善になるのかもしれないけど、この気持ちは本当だと思う。見捨てたら絶対後悔する。

 

「あのさ、良ければ……お前の助けになれないか?」


「……は?」

 

 

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