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1/英雄、立つ?

 ふと目が覚めた。記憶はまだ鮮明に残っている、俺はあのステータス設定をした暗闇の中で意識を失ったのだ。そして最後に聞こえてきた男の声――お前が新しい英雄か、という言葉について考える。

 例えば俺がこの世界の英雄だとしよう。新しい、とはその前の「よく分からない一つ前の世界」にも英雄がいたことになる。あるいは、「俺の妄想を元に作り出したこの世界」に存在する俺の前の英雄か。

 妄想のタネにするため様々なゲームやラノベも読んできたけど、こういう流れでは前の英雄は既に死去していて、絶望の淵に立たされている世界をかっこよく救うのが新しい英雄だ――つまり、俺。こんな流れが数多くあったような気がする。

 俺の妄想を元に作られているなら誰かも分かるはず、とはならない。あのオペレーターのセリフ、俺の記憶を元に世界を作っている、それは確かにあっていた。僅かながら記憶は残るというが、妄想していた世界の設定を不思議なほどに思い出すことができなかったのだ。

「……やるべき事は身の回りを整えることか。貰ったスキルの発動やらなんやら調べなくてはいけないことは山ほどある」

 そう、やらなくちゃいけないことは山ほどあるのだ。

「ここは、どこだよちくしょう……」

 みすぼらしいぼろ雑巾のようなねずみ色の服に、あたりに人里すら見当たらない森の中。日はまだ昇っているからいいが、ここに夜の幕が降りたらどうなることか。誰もいない真っ暗な森の中で一人ぼっち? 冗談じゃないぞ。

 ボロ布を着てどこかも分からないまま森で人知れず死ぬ英雄なんてたまったもんじゃない。

 こんなこと言いたくも無いが、俺は人生二週目を始めてすぐに詰みかけていた。


 ・・・


 色々と試していて分かったことがある。俺が初期ボーナスとして貰ったスキルはやはりチートに近いものだった。それが実際に感じられたのが先ほどの出来事。

 森の中をうろうろと徘徊してみたら狼のようなものに襲われ、思わず腰が抜け倒れこんだところに飛び込まれてしまい、死を覚悟して目を瞑ってしまったのだ。そして鋭い牙が俺の柔らかい肉に突き刺さり裂き、抉り、骨を折り――ということはなかった。バチン、という耳に残る高い音が響き、思わず目を開けて目の前を見ると黒こげになった狼のようなものが倒れていた。理解が追いつかなかったが、命が助かったという事実がすっと胸に染みていく。

 何かのスキルか、と推察したので、貰ったはずの「ステータス視認」のスキルを発動させるため色々と試すことにした。

「ステータス! ウィンドウ! ……えーと、キャラクター!」

 言葉に反応はしない。うーんと唸りながら念じてみると、左手の方向にウィンドウがポップする。びくびくしながらそれに触れると、タブレット端末のような操作感で動かすことができた。そこに出ている名前は「遠永京介(とおながきょうすけ)」となっていた。死ぬ前の俺の名前がそのままでてきた。そういえば、妄想してたときの主人公は俺だった気がする。名前がそのまま出てくるのも当然か。だけどオペレーターは名前も見た目も変わる、といっていた。しかしいざ新しい世界に来てみたら、特段といえる変化は殆ど無い。視界が低くなった、それくらいだった。どういうことだ? 今は疑問を抱いても仕方が無いので、スキルやらの確認に移る。

 様々なタブがあるが、その中のうちスキルを選んで開いた。魔術タブを選び目を通す。そこには「自動迎撃・雷」の文字が存在した。ああ、先ほど俺の身を守ったあれはこのスキルだったのか。ご丁寧に説明らしきテキストも存在した。生命力が削られる危機の際、自動で発動される――。ああ、魔術才能万歳!


 命の危機を乗り越え、ステータスの視認もできるようになった。ざっと目を通したが特に目立つものはなく、貰ったスキル以外についてめぼしいものはなかった。禁忌、というスキルについては「各種の禁忌について適正を持つ」とだけテキストにあった。適性、だけだ、この時点で禁忌に触れることはできないのだろう。


 これからどうやって人のいるところへ行くか、と考えていたところで、常人の何倍はあろうかという俺の聴力が複数の足音を捉えた。重い金属音もしている。なんんだ、これは。隠れるところは茂みしかないが、虫が多そうなので入りたくは無い。転生しても根は現代っ子であるのだ、比較的虫がいなさそうな木の上に隠れることにする。ボーナスによって強化されている俺の体は、するすると木に登ることができた。緑葉の隙間から、音がした先に向けて目を凝らす。

 見えたのは銀に輝く鎧に身を包んだ三人の兵士であった。


「……結界に反応があったのはここらへんだ、くまなく探せ」


「でもそれって二日前ですよね。あれは既にこのエリアから逃亡しているのでは」


「その可能性はある。が、ここにいる可能性がゼロになることはない。現在は治療中だが、隊長が直々にこられたときがあっただろう、その時に深い傷を負わせたのは間違いないのだ」


「……でもあの襲撃者は一体何者だったんでしょうか。隊長が傷を追うだなんて、信じられません」


「今は自分の身の心配をしましょう。手負いの身といえどもあれは獣みたいなやつですからね。気を抜かず探しましょう」

 

 ずいぶん体格のいい三人組だ。話の内容からして、誰かを追っているのか。その誰かは手負いで、獣のようなやつだと。頭の中で念じて、奴らのステータスを覗き見することにする。

 ……あれ、予想外に低いぞ。俺と比較してしまうのがいけなかったのか?

 剣術才能が三人とも二だけあるだけで、魔法などの技能はからっきしであった。どうするのが正しいのか、いまいち良く分からない。闘うとしてもこっちは丸腰で、向こうは鉄の鎧と剣を持っている。不覚を取れば致命傷に近い傷をもらうことだろう。……でもエリアとかいってたし、この辺りには詳しそうだ。隠れるのを止めて道を聞いても良いかもしれない。

 

 緩い思考を巡らせていた俺の耳に異音が混じる、ざっという地を蹴る音が入り込んできた。どこからだ、耳を凝らし目を見開く。――先ほどの鎧の兵士たちの真横だ。今の俺の目だから捕らえられたのだろう。その手にナイフを持ち、兵士に飛び掛る、長い黒髪の女が視えた。

 反射的に木から飛び降りる、あんな布の服とナイフ一本じゃ男たちには勝てないだろう。あの女が兵士を襲う理由は分からないが、目の前で女が叩きのめされるのを見るのは性分じゃない! 受動的に動いてきた前世だったんだ、今生くらい直感で動いてもいいだろう!

 

「っな、いたぞ! あれがで……っ!」


「煩い! しつこいのよ、あんた達は!」


 女の持つナイフが鎧の隙間から男を捕らえた。右の心臓辺りに刺さる刃。ドッ、という嫌な音が響き男が崩れ落ちる。どうなったのかは考えたくない、赤い液体を可能な限り意識しないようにしながら、俺もそちらへ介入できるように駆ける。


「リーダー……! この化け物が、大人しく聖堂に下れ!」


「人体実験されると分かって捕まるバカはいないわ――“焔”」


「それは短縮詠しょ――」


 小さい爆発が起きた。女の、残る二人の男たちに向けられた右手、左手から火柱が迸り、鎧を溶かし肉を焦がして貫通する。まるで火の槍を手のひらから射出したような魔術であった。

 男たちは急所は外されたようで、吹き飛ばされた右肩を抑えて呻いていたり、必死に落とした剣を拾おうとしていたり地面で足掻いていた。圧倒的な力量の差。これ、俺出てくる必要なかったんじゃない?


「……あと一人ね、あんたは魔術の心得がありそうね、雰囲気で分かるわ。見逃してくれない?」


 気づかれていた。咄嗟に木の影に隠れたが丸見えだったようだ。

 あるいは察知能力にでも長けているのか?

 ここは素直に出て行くことにする。


「待て、見逃す以前に俺はそいつらと同じ所属でもないぞ」


「また騙し討ち? 芸がないじゃない。まぁ、こんなに非力な近接の組まされた魔術師なんて可哀想だけど、大人しくあいつらと同じように倒れててね……!」


 強く大地を蹴る音が聞こえた。高速で迫る黒い影。ああ、これ逃げられないイベントか。自分の不幸を嘆く。俺がこの世界にきて始めて闘う相手は、集団で追われているようなぼろぼろの女の子であったのだ――。


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