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3/雨と雪


 辺境の村にはしっとりとした雨が降り注いでいた。太陽も沈みかけて夜が少しずつ歩み寄ってくる。

 静まり返った森の中、控えめな灰色の衣装に身を包んだ少女がいた。その髪と瞳は夜で染められたかのような深い黒。歳はまだ両手で数えられるくらいであろう。華奢な腕に、手作りであると伺えるバスケットを抱えとことこと歩いていた。頭から雨よけの布を被っているが、すでに濡れてしまいびしゃびしゃだ。


「暗くなっちゃったな、早く帰らないと」


 その少女の頭の中は、明日母親が作ってくれるであろう、自分が大好きな甘くて美味しいパイのことでいっぱいであった。バスケットの中にはわざわざ街まで下りて買ってきた赤く瑞々しい林檎や、日常品が詰まっている。少女にとって軽く持てるものではなかったが、明日のパイのために精一杯頑張っておつかいをしてきたのだ。

 きっと帰れば両親が褒めてくれるだろう。そう考えると、自然と頬がにやけてくる。


「……でも、今日は森が静か。ちょっと怖いな、いつもはもっと鳥が鳴いてたりするのに」

 

 鳴き声も聞こえない。雨音しか聞こえない森。野生動物が多く住むこの森では異常なことであるが、少女はそれを理解してはいなかった。たまたま。偶然。今日だけ静かだったんだろう。普段と違う、その違和感を怖いとしか捕らえられなかったのだ。


 この世界には少女のような無垢な人間もいれば、魔術師と呼ばれるファンタジーを操る力をもつ人間もいる。その魔術師がこの森を見れば瞬時に悟るだろう、何かがあったのだと。大規模な結界が張られたか。魔術で毒ガスでも散布されたか、あるいは、動物たちが逃げ出すような何かが現れたのか。


 ――少女は気づかない。その足が止まることは無い。森の奥にある、大好きな両親が待つ家がある集落へと歩を進めていく。



 ・・・



 ここは人が多く集まる街だった。沿岸部には港もあり他国からの船も受け入れているし、内陸側目指してあるけば緑に包まれた山もある。領地が多いのだ、領地が多ければそれはその領地としての力にも結びつく。近代工学も発展し、街中には電柱や、燃料で動く――所謂、車も数多く走っている。

 そんな街中には雪が降り注いでいた。山に阻まれ滅多に雪は振らないが、その日はここ最近の平均よりも多くの雪がふわふわと舞い降りている。

 子供が多く集まる公園、その中心の砂場に子供達が集まっていた。


「お前、いい加減髪切れよ。坊主とか似合うんじゃないの?」

「……」

「返事しろよ、おい!」

 いじめというやつなのだろう。男女混じった三人が一人の女の子を苛めている光景だった。原因はその女の子の白い髪。肩ほどまでに伸びた、雪のような白色をしたそれは人の目を奪うものであったが、子供からしたらまた別だ。自分たちから浮いたもの、それを弾き出し敵として叩き、自分たちの結束を固める。いじめのテンプレートの様なものだ。


 その女の子はその白髪を掴まれ、無理やりに砂場へと引きずり倒される。苦悶の声が出るが、それを三人が気に留める様子はない。

「化けものババアがおれたちの公園にくんなよ!」

「そうだよ、ここは僕たちの基地なんだから」

「……」

 少女は何も言い返さない。ただ、ぐっと唇を噛むだけだった。決して今日だけの話、というわけではない。何度も繰り返された事だが、少女は耐えていた。証拠にその服の下にはいくつか痣もある。

 心の中は、ただ皆と遊びたいだけなのにどうしてこんなことをされるのだろう、今自分が手をだしたらずっと遊べなくなる、きっといつかは――。健気なものであるが、その心の声が三人たち、ひいてはクラスメイトに届くことはないというのにだ。

 その健気さはいつか、一方的ないじめが繰り返されるにつれて、降り積もる雪の冷たさのように、ゆっくりと温度を失い冷たくなっていった。




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