65 【限界】
「当時、実栗は妖怪や化け物などの非科学的な存在を、この世界から消し去ろうとしていました。しかし、いつから実栗はおかしな方向へといってしまいました」
「まさか……。奥様が犬榧に持ちかけたんですか?」
「そのまさかです。もともと犬榧は自分から進んで神使になった訳ではありませんでした。そこに、実栗は目をつけたのです。――今思うと神たちには悪いことをしてしまった。あのときの実栗には、事の重大さがわかっていなかったのです……」
そこまでいうと不知火は唇を噛み締め黙ってしまった。
「辛いのでしたら無理はなさらず……」
学園長が諭すが不知火は手で制し、再び語りだした。
「――実栗の頭にあるのはただ、この世の非科学的な存在を消し去るという大きな決意でした。それはあの青年でさえ例外ではなかった! 一度あちらの世界に堕とすともう二度と戻って来れないということ、そして、彼には家族がいたということ。その全ての要素など実栗の頭には一ミリもなかったのです……!」
「――青年というのは?」
突然口を出した悠依に不知火は驚いた顔をした。
「幽羽という青年です、彼は白狐の神でした。今、この世界には黎羽という神しかいません。3千年前、この世界には明羽、黎羽、そして幽羽という3人の神がいました。みな同じ白狐の神です。しかし、明羽は犬榧に襲われ、神の力を失いました。黎羽と幽羽は必死に犬榧と戦い、幽羽が犬榧を封印することに成功したのです」
「明羽、という神は力を失っただけなのですか?」
「はい、彼は今も生きています」
新たな情報に悠依は震えた。
「その後の犬榧の動向は、ご存知ですか?」
「いえ、体の弱いお子さんの体に憑依させた、というところまでしか」
「そうですか、その子供の名前は?」
「確か、封印した幽羽と親しい純血人の少年だったはずですが、名前は……蒼麻」
不知火は何の悪気もなくザクザクと悠依の痛い所をついてくる。
「遥季です」
「そう、蒼麻遥季です! お知り合いですか?」
「はい、元気ですよ。怖いくらいに明るくて、私も仲良くさせてもらっています」
嫌味なほどの笑顔で返した悠依に不知火は少し驚いた顔をした。
「そうですか、よかった。そういえば、ここまで私が一方的に話してしまいましたが、十六夜さんは一体何をお知りになりたかったのですか?」
「私が知りたいのは……」
学園長の言葉を遮り、悠依が言った。
「私たちが知りたいのは、あちらの世界に堕とされた父。幽羽のことです」
「悠依ちゃん……」
学園長は心配そうな、悲しそうな顔で悠依を見た。しかし、悠依の決意は変わらなかった。
「もう無理です! もう、我慢できません」
「父……? まさか、お嬢さんがあのときの……!?」
「そうです。幽羽、神月幽羽は私、神月悠依の父です」
「そんな……」
悠依の言葉に不知火は固まってしまった。




