50 【天狐の覚醒】
薙癒は悠依の発した言葉に驚いたように目を見開いた。
(嘘……。幽羽様と同じ……)
そして、陽翔の下へと急ぐ悠依の背中を眺め「やっぱり親子ね……。あなたには幽羽様がいるわ」と呟いた。
そんなことなど知る由もない悠依は陽翔の後ろを駆けていた。
「大丈夫? 悠依ちゃん。もう覚悟は出来た?」
「正直不安は不安ですけど……。前よりは大丈夫です!」
「そう? 無理そうなら教えてね」
(大丈夫。薙癒もああ言ってたし、相手が誰だろうと行ける!)
しかし、このときはまだ知らなかった。悠依の覚悟はすぐに破られるということを。
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車を走らせること数時間、悠依と陽翔は学園長の命により、とある場所に来ていた。
「ここは……?」
「――君のお父さん、幽羽さんが最期に戦った場所だよ。幽羽さんはここで戦ったあと、力尽きあちらの世界へ神として送られたんだ」
「……ここが、最期の場所」
そう呟くと、悠依の姿は徐々に変化していった。
凍てつく風が吹く山や谷に囲まれた乾燥した地。星劉の中心からさほど離れていないはずなのに、ここに星劉の雰囲気はまるでなかった。
「どう? 怖い?」
心配そうに聞く陽翔に悠依は静かに首を振った。
「いえ、逆に引き締まりました。もう大丈夫です」
そう言った悠依に陽翔は安心した。
その悠依の姿は、父、幽羽のほんわりとした優しい面影を残しつつ、母、瑠李の凛とした雰囲気を纏っていた。
それはまさにこの世界を背負う役目を負った、2代目天狐と呼ぶに相応しいものだった。
「――そろそろかな」
時計を見て陽翔が呟く。
時刻は午前11時50分。学園長たちが言うには“三千年前、戦いが始まった12時ちょうどに犬榧は現れる”らしい。現れるとはいっても確証はない。
ただ、今日が三千年前にここで戦った日、というだけであって何も犬榧が“今日、ここで三千年前の雪辱をはらす”とか言ったわけではないのだ。
やがて時刻は12時を少し回り、山の草木が揺れ始める。
“何かがくる”
本能的に悟ることができるほどの気味の悪さと、どこからか感じる殺気、少しでも気を抜くとその場にへたり込んでしまいそうなほどの緊張感。
陽翔と悠依は身構えた。
「……いよいよだよ、悠依ちゃん」
「はい」
陽翔に返事をしてすぐ、さらに草木が揺れ、ヒュゥッという風の音とともに悠依の耳元で何かが囁く。
「お前が悠依か……。あの男によく似た姿をしている。……少しは楽しませてくれよ?」
「っ!!」
反射的に飛びのいた悠依だったが、囁かれた声に聞き覚えがあった。数メートル先に静止したその男は、身につけた黒い布を靡かせ、そこに実在しているのかも怪しい雰囲気を出していた。
「え……?」
悠依は思わず呟いた。いや、反射的に発してしまった、というべきだろうか。
今なお、怪訝な表情を浮かべている悠依に、陽翔はさらりと言い放った。
「悠依ちゃん。あいつが犬榧だよ」




