43 【本番】
「はあ~緊張する……」
「そうか? 俺はそうでもないぞ?」
悠依はシレっと言ってのけた架威に軽い怒りを覚えつつ、どうにかして緊張を抑えようと必死だった。
しかし、そんな空気はかき消された。
「神月さん!」
誰かが走りながら悠依を呼ぶ。その慌てた声に悠依は振り向いた。
「篝さん?」
篝とは、悠依と同じクラスでこの星劉祭の実行委員。普段はとても冷静な篝がとても慌てた様子で悠依に駆け寄ってきたのだ。
「何があったの?」
篝は切れ切れの声で応えた。
「え、演奏するはずだった……が、楽器がなくなってるの……!」
「えっ!?」
(演奏するはずだった楽器、琴や三味線、鼓などがないと発表に支障がでる。どうしよう……)
「……残念だけど、発表は中止するしか」
「おい」
篝の言葉を遮ったのは架威だった。
「式神の出した楽器でもいいのか?」
「式神? 大丈夫だと思うけど……」
「そうか」
架威は衣装のままで控え室を出て行ってしまった。
「行っちゃった……。一体何をする気なの? 神月さんの彼氏さんは」
「ちょっ! 篝さん!?」
「あら、いいじゃない。付き合ってるんでしょう?」
(そうだったぁ……)
「それで、心当たりはないの? 東雲くんの」
「ああ、多分遥季に頼みに行ったんだと思う」
「遥季……?」
「あ、隣のクラスの蒼麻遥季って人」
「なんでその蒼麻くんに東雲くんが頼みに行ったの?」
篝は謎と混乱が入り混じったような表情で聞く。
「それは架威が遥季の……」
「悪いな」
悠依が話していると突然後ろから口元を押さえられた。
「ん? 遥季!」
振り向いた遥季の顔は悠依が見たことのないくらい無表情だった。
(やばい、遥季のこの顔、絶対怒ってる)
「――それで、篝さん、だっけ? 何出せばいいの?」
「え、あ、琴2つ、鼓2つ、三味線3つ……」
篝は突然現れた剣士の格好をした遥季に驚きを隠せないようだった。
「わかった、詳しいことは後で架威から聞いて。悠依はもう何も言うな」
遥季は後ろに立っていた少し小さめの紳士に向き直った。
「いきなり呼び出して悪かったな、閑弦」
閑弦、と呼ばれた紳士は響くような低音で聞く。
「今更何をおっしゃいます、坊ちゃまとはお父上の代からのお付き合いではありませんか。――して、今回は何を?」
「琴2つ、鼓2つ、三味線3つ。大丈夫か?」
「もちろんでございます、少々お待ちください」
閑弦は人差し指と中指を唇に当て、ボソボソと唱えその指を部屋の空いているスペースに向け指した。するとその指が指した場所には篝の要望通り、琴2つ、鼓2つ、三味線3つが並んでいた。
「ふう、こんなものでしょうか? 今回は何やらそちらのお嬢さんとあちらのお兄さんが舞われるそうなので“魅了の付加”を付けさせていただきました」
篝は感嘆の声を漏らす。
「うわぁぁ……。すみません、本当に助かりました! ありがとうございました!」
「いえ、私はたいしたことをしていません。お礼ならどうぞ、坊ちゃまに」
「はい! 本当にありがとう、蒼麻くん。助かったよ」
「いや、いいよ。でもなんで楽器がなくなったんだ?」
篝は頬に手を当てた。
「それがわからないの、10分くらい前には確かにあったのに今さっき見たときにはなくなってたのよ。誰も通ってないって言ってたし、誰かが持っていくとも思えないのよねぇ……」
「そうか……」
控え室全体が重苦しい空気に包まれる。
「あら! 神月さん、東雲くん! もう始まるわ!」
「本当だ! はぁ、緊張する……」
「大丈夫、悠依。俺がついてる。お前が失敗しても俺が繋ぐ」
悠依は普段とは違う、優しい架威の言葉で気持ちが軽くなった気がした。
「架威……。うん、大丈夫。行こう!」




