38 【海】
「悠依ちゃん、用意は大丈夫? そろそろ出発するよ」
「はい! 大丈夫です」
「それじゃあ出るよ。遥季、悠依ちゃんの荷物持ってあげて」
「ああ」
遥季は、“貸せ”というように手を差し出す。
「え、大丈夫だよ。軽いし、あんまり入ってないから」
「いいから貸せよ」
「あっ、ありがと」
この日、悠依たちが向かったのは天織国内にある観光名所、天楡海岸。天曳は星劉よりも温暖な気候のため、5月でも泳ぐことが出来るのだ。
「でも悠依ちゃん、大丈夫?」
陽翔がバックミラー越しに悠依を見た。
「何がですか?」
「海っていったら水着でしょ? 男嫌いにはつらい場所じゃない?」
悠依はハッとした顔をした。
「……もしかして気付いてなかった?」
「――大丈夫です! きっと」
「無理だったら僕か遥季か架威を盾にしていいからね」
「はい、わかりました!」
そしてその会話は現実のものとなる。
「うわぁ……」
海に着いた悠依の第一声はそれだった。
今はちょうど夏休み、そのうえ今日は快晴で絶好の海水浴日和。海岸は人で溢れかえっていた。
「大丈夫?」
陽翔が心配そうに悠依の顔を覗き込む。
「はい! 大丈夫です! 海に入っちゃえば」
「じゃあ早速着替えてこようか、悠依!」
「うん」
悠依は薙癒とともに更衣室へと消えていった。その様子を見て遥季たちも更衣室へと向かった。
―10分後―
「お待たせしましたぁ」
「あれ? 悠依ちゃんは?」
更衣室から出てきたのは髪を上げ黒いビキニを着た薙癒だけだった。
「あれ? ちょっと連れてきます!」
更衣室へ戻った薙癒、更衣室のほうでは「無理だよ……」「いいから!」と何やら口論している。
「ほら、みんな待ってるんだから!」
「ちょっ、ちょっと薙癒ー!」
薙癒に押され姿を現した悠依はさっき着ていた紺のパーカーを思いきり上まであげていた。
「悠依ちゃん、それで海に入るの?」
陽翔は困ったふうに笑った。
「は、入るときは脱ぎますよ!」
「じゃあもう脱げよ。入るぞ」
「わ、わかってるよ!」
悠依はパーカーのファスナーに手を掛け、一瞬考えると目を瞑り唇を噛み締めながら一気に脱いだ。
「「「えっ」」」
遥季たちは声をそろえて驚いた。
悠依の反応から“スクール水着でも着てきたのか”と思っていたのだ、しかし、パーカーを脱ぎ水着が露になった悠依は青いビキニを身に着けていたのだ。
「変、ですか?」
悠依は真っ赤になっていた。
「似合ってるよ、悠依ちゃん」
サラッと恥ずかしいことを言った陽翔とは対照的に架威は目を丸くした。
「驚いたな、お前そんなの持ってたのか?」
「昨日買ったの、薙癒が水着欲しいって言い出したから、架威が買い物してる隙に」
「あぁ」
架威はあのときか、とでも言うように頷いた。
一言も話さない遥季に違和感を覚えた悠依は不安そうに見た。
「……あの、遥季?」
遥季は放心状態だった。口を開け、目をパチパチさせながら悠依を見ている。
「あ、ああ」
何も言ってくれない遥季に悠依は何かを確認するように尋ねる。
「似合ってない、かな?」
「そんなことないけど、ちょっと露出しすぎ」
遥季は悠依の手をとり続けた。
「だから、悠依は俺から離れないで」
「――うん!」
この日は海で泳いだり、カキ氷を食べたりと旅行中、最高に夏らしい1日となった。




