『徴収』
久々のネイルと対面に、高木に否応ない緊張感が流れていた。
「覚えて……いますよねぇ……」
薄く眼を開け、ネイルはしたたかな表情で高木に問いかけた。
「はい、感謝しています……ネイルさ……」
高木がそこまで言いかけたその刹那、彼の喉元に圧力がかかり路地裏の壁に叩きつけられた。
「カッ……!?」
気付くと高木の身体は持ち上げられ、喉元に拳を押し当てられ呼吸が困難な状況に陥っていた。
先刻まで良心的だったネイルは胸ぐらを掴み、ヤクザ者が如く高木を壁に押し付け上げている。
「ふふふふふっ……なぁに言ってんだテメエェはよおぉ!!」
ネイルから発せられたのは穏やかさとは正反対の叱咤であった。
彼女の咆哮が如き音の振動は、その場の家屋等をビリビリと震わせた。
「ぐっ……かっ?」
胸ぐらを掴まれ息苦しくなる中、高木はネイルの声色と行為の豹変に困惑していた。
「こちとら良心的に貸し付けてやったてのにぃ……何だその言い草は!?」
ネイルはカッと両目を開き、憤怒の形相で高木を睨み付けていた。
現在の彼女はまるで徴収に現れた闇金融の取立ての様であった。
「借用証書規約第三百二十八項……無利息期間は三か月の期間とす!!」
高木の顔面に唾が飛ぶことも気にせずに、口を大きく開け歯を剥き出して叫んだ。
「テメエェ忘れたじゃ済まねぇぞゴラアァ!!」
言葉の一つさえも発することが出来ない中、高木の脳内には当時その様な契約内容があった事が思い出されていた。
ただ不思議なことに、今この瞬間まで彼は半年に至って期限に関する事実を思慮する機会が皆無と言えるほど無かったのだった。
この事は彼の性格から考えても不自然な様にも感ぜられた。
「仕方ないですねぇ……」
ネイルは一度怒りの表情を緩め、表情筋を元の微笑みの形へと戻した。
「高木俊介さん、アナタの利息は溜まりに溜まって三か月分……」
ネイルはゆっくりと語りかけるような口調で高木に話しかけた。
それはまるで高木に一言一句聞き逃させ無い為が如く……。
「よってアナタが返済する為の『代償』は……」
借用証書内には利息によるペナルティに関する記述は具体的に記されてはおらず、どの様な『代償』が自らに課せられるかは知る由も無かった。
「脳幹を含む『脳』全部……という事で宜しいでしょうかねぇ?」
よって思いもしなかったのである。
まさか『チカラ』の借用による『利息』が己が命だとは。
ネイルは薄眼を開け、ニタリと妖しげに微笑みかけた。
「グッカ……!?」
身体が浮いたまま高木は突然の命の危機に顔面蒼白させた。
「ふふふっ……ふふふふふふふふふ!!」
ネイルは口角をグイと上げ、歯を剥き出して笑い声をあげた。
その姿からは狡猾な悪魔が連想される様であった。
「十分に楽しめたんだから、思い残す事なんて無いわよねぇ!!」
そう言うと、ネイルは高木の胸ぐらを掴んでいるのとは逆の手をゴキゴキと指を動かし音を鳴らした。
「心配しないでぇ……脳味噌掻き出されても、きっと人は生きてゆけるだろうから!!」
ネイルは胸元から刃渡りの短いサバイバルナイフを取り出しその手に掴んだ。
そして彼女は胸ぐらを掴んだ左手を支点に、高木の頭部に向かって大きく振りかぶった。
「あぁ……死ぬのか……俺は……」
高木が『死』を覚悟し瞳を瞑ったその刹那、今まで持ち上げられていた自らの身体が地へと降り立ち、気管を圧迫していた閉塞感からも解放された。
「う……はぁー……はぁー……はぁー……」
高木は呼吸が自由となった後に地へと這いつくばり、荒げる呼吸を懸命に整えた。
「っく……痛ったいわねぇ……」
眼を開け前方を見るとネイルが座り込み、右の横腹を手の平で掴むように抑えていた。
「テメエェ……何モンだコラァ!!」
ネイルは右方向に向かってキッと睨み激昂した様子でそう叫んだ。
「私?」
ネイルの睨む先にいたのは成年に満たないであろう一人の髪の長い少女。
「通りすがりの弁護士」
彼女は座り込むネイルを見下ろし、後頭部を掻きつつ気怠そうにそう言った。