『予知』
翌日、高木はいつも通り朝早くに起床した。
「ん……」
高木はベットの上で欠伸をし、腕を天井に突き上げて間延びをした。
そして朝日の差し込む窓辺を見つめ、吐息を吐くような溜息をする。
いつもと同じ、習慣的な日常。
何一つ変わらぬ平和な情景。
「夢……だったのか……」
高木は余りの日常の不動さに思わずそう口にした。
先日の会社の解雇も、怪しげな契約も、何もかもが泡沫となり消えゆく夢の産物だったのでは無いのどうかと。
がしかし次の瞬間、先日の白昼夢の如き濃密な出来事の数々が、フラッシュバックが如く彼の脳裏に再生された。
「そうか……」
高木は額に手を当てて両目を塞ぎ、既に悪徳に汚れた笑みと共に頬を緩ませた。
「借りたんだったな……『チカラ』ってヤツを……」
あの後、ネイルは高木に一枚の契約書を取り出し、そこに署名するように求めた。
高木はこれに応じ、『契約』は成立。
晴れて高木は人ならざる『チカラ』を得るのであった。
「しかし……三か月か……」
今回、高木が貸与されたのは『時』を視る『チカラ』。
形式としては単純な予知能力であり、当日より丸一週間の期間における未来予知が可能である。
借用している期間は使用無制限であるが、『スカル・カンパニー』等が含む一部『チカラ』が及ばぬ組織や人物、土地などは存在する。
返却猶予は本日から丁度三か月間、九十日間の貸付とする。
返却を希望する場合『スカル・カンパニー』本社に直接連絡し、貸付相談をした社員の社員匿名を申告し解約を希望する。
又貸し等の不正行為、『チカラ』の所持に関する公言、数種の『チカラ』の同時貸与は原則禁止。
期間外の使用は利息が発生し、個人の責務となる。
と、ここまでが『スカル・カンパニー』社員のネイルが話した契約内容である。
ネイルはそこまで話すと分厚い『特殊財産契約規約』なる本を高木に手渡し、帰宅の途につく高木を丁寧な御辞儀で見送った。
高木はネイルに持たされた本を抱きかかえ、何処やも知らぬ路地裏から難なくアパートに戻ったのだった。
「しかし、本物なのだろうか……幻覚や催眠商法に引っかかったとしたら……」
当時、彼の精神状態は危険な状況下にあったのは確かであり、その点を揺らがされて悪徳な詐欺に騙されることも十分に考えられる。
そう頭の中で情報を巡らせていると、ふと一通のメールが枕元の携帯電話に送られていることに気が付いた。
メールの内容を見た高木は目を見開き驚愕した。
『おうオレオレ山口だよー最近どう飯食ってる?』
それは古くからの友人で、ここ最近は互いの事情でしばらく出会わない日が続いていた。
別に驚いたのは彼からの着信が珍しかったからでは無い。
「ははっ……まじかよ」
高木はもう『視た』のだった。
その情景を既に『時』の『チカラ』の予知によって。
そして目の当たりにした現実は貸与された『チカラ』が紛い物などでは無い事を易々と証明したのである。
高木は山口に返信することさえも忘れ、ニヤリと笑みを浮かべた。
彼はこの瞬間より始まる『チカラ』による恩恵に有頂天となり、ベットから飛び起き身支度を始めた。