『少女』
「まぁ……俺だってつい最近知ったんだがな」
高木は再び視線を地に落とし、己が足元を見た。
その表情は暗く、どこか絶望が垣間見えるようであった。
山口もそれを感じ、己の中の暴力的な心情を撤回した。
「そうだ、コイツが他人にたよるなんて事……俺の知る中で只の一度もなかった……」と。
そして彼は口元に手を当て、高木との様々な過去を思い返す事とした。
二人の長きに渡る友人関係の中で、互いに互いの事は十分に分かりきっていた。
もちろん精神的な部分においても例外では無く、謂わば『兄弟』の様な関係性にあった。
「俺にモノ頼むなんて事は……即ち、それだけ高木が追い詰められているという証拠……」
現に高木から相談された事は無く、逆に山口が彼に助言を貰う方が遥かに多くあった。
「悩んでんだったら、勿体ぶらずにハッキリ言ってくれねえか?」
山口はベンチから立ち上がり、座り込む高木の眼前に立った。
そしてニッコリと微笑み、腕を組んで自慢げな態度と共に踏ん反り返った。
「俺ら長年の親友じゃねえか……」
山口の挙動を目の当たりにし、高木は暫しの間呆然とした。
そしてその後、彼も同じく笑顔になり「そうだな」と一言呟いた。
「実は……」
その刹那、山口の背後に悍ましき気配が出現した。
「借りちゃったんだよねぇ」
発せられたのは若い女性の声、その声に山口は飛び上がって驚き、そのままバランスを崩して転んだ。
対し、高木は笑顔を失い、山口の背後に現れた存在を睨み付けた。
視線の先に居りしは一人の十代の少女。
男性モノのスーツの上下姿で、長い黒髪。
そして彼女の瞳には、少女らしからぬ眠気と嫌悪感が溢れていた。
「『チカラ』を……」
少女はニッコリと微笑み、高木の目を嘲笑するような視線で見下した。
彼女の表情は微笑んではいるものの、その心中には殺人鬼を思わせる殺気が迸っている様に感じられた。
「おい……」
山口は少女の足を掴み、歯をギリギリと軋ませた。
その行いは、彼女の異質な雰囲気を感じ取った故の結論であった。
「……何?」
少女は不機嫌そうに足元の山口を睨み付けた。
「お前だな……高木を苦しめてるのは!!」
山口は彼女こそが諸悪の権化であると思い込み、自らの直感を信じ切っていた。
「はぁ?」
少女はそんな山口の態度に苛つきを露にし、威嚇する様に目を見開いた。
「俺は高木の……!!」
山口は堪忍袋の緒が切れ、怒りと共に声を荒げた。
「友人だよ……古くからのな」
しかし山口が叫ぶその瞬間、高木はそう言葉を発しそれを遮った。
その時高木は両手で膝を握りしめ、己が感情を抑えていた。
「高木……」
山口は悟った。
今、最も叫びたいのは高木自身なのだと。
「ねぇ……離してくれない」
そう言い少女は高木の事など意にも介さずに足を振り上げ、山口の手を無理やり振りほどいた。
「あと……『お前』じゃなくて」
そして少女は山口の頭を容赦なく踏み付けた。
「痛っ!!」
山口は少女の踏み付けの衝撃によって意識を失った。
彼女はおどおどしい雰囲気を放ち、足元に横たわる男をから視線を外し高木へと移した。