リセット4
大学も3回生ともなると、みんなそろそろ殺気だってくる。
どうしてだって?
そりゃ決まってる、就職活動だ。
これからの自分の将来がかかってるんだ。
互いに頑張ろうなんて言いながら、内心どうやって相手を蹴落としてやろうかと頭を巡らす。
同じ大学にいりゃ、受ける会社も似たりよったり。
表面上は辛い苦境を共に歩む仲間ヅラ、内心はどうやったら相手より優位に立てるかと必死だ。
今日も就職支援室にはスーツ軍団がたむろし、颯爽と黒い鞄を持って戦闘へと旅立って行く。
ボクも、不本意ながらこの一員と化していた。
こればっかりはリセットボタンではどうにもならない。
別に、金には困らない。
いくらでも株やら競馬、果ては競輪、ロトくじなんかでも稼ぎ放題な生活だ。
だが、一応社会で生きて行く身としては、世間体ってもんがある。
大学は出たは、ふらふらと賭け事にいそしんで放蕩生活はしているは、ではお話にならない。
そんな訳でボクは今、就職活動に本腰を入れている。
「それで、君はどうして我が社を希望しているのだね?」
ボクの前には3人の面接官。
若いのが一人、いかついのが一人、オッサンが一人。
ちなみに、僅かばかりに生やした髭をたいそうな仕草で撫でながら質問をしたのは真ん中に座るオッサンだ。
髭はあるのに頭の毛は早くも絶滅の危機を迎えている。
室内の白熱灯に照らされて光るオッサンのハゲ頭から視線を下ろして、僕はワンテンポ置いて喋り出す。
「はい。貴社のHPを見せていただきましたが、利益を追い求めるだけの他企業と比べて、貴社の手がけるリサイクルの活動や、地球支援の活動に心惹かれたからです。私は…」
自分の事はもちろん「私」。
相手の名前は「御社」か「貴社」。
質問にははっきりと、即答ではなくワンテンポおいて考えた様子をしてから切り出す。
質問者の口許、もしくは喉のあたりに視線を向けながら、簡潔に話す。
もちろん、企業リサーチは完璧。
『我が社のCMに使われている歌を歌いたまえ』なんていう要求にも応える用意もできている。
いうまでもなく、筆記試験は完璧だ。
事前に出る問題が分かっているのだから、これは楽勝。
…まあ、面接の方もいざとなれば「リセットボタン」を活用すればいい。
とはいえ、ボクとしては世間体を保つためだけの就職活動。
とくにココに行きたいという希望もないし、ココに落ちればやり直すより次がある。
ボクは適当に、就職試験をこなしていた。
世間様では就職難。
100社受けたが内定はゼロ。
一流大学ならともあれ、二流大学ではこれも冗談では済まされない。
募集人数は若干数。
実際何人採る気があるのかもさっぱり不透明だ。
不本意なことに、この就職難の波はボクにも平等に振りかかっていた。
受験社数32社、敗北数32回。
完璧だと思われた試験までもが総落ち。
2月に入った今でもボクは内定の一つも手に入れてはいなかった。
周囲の就活生が徐々に内定を決めていく中、これはかなり屈辱的だ。
だいたい、こないだの試験なんてまさに完璧、パーフェクトだったんだ。
それがどうして、内定の連絡がない。
「…何が悪いっていうんだ」
ボクはカレーにぱくついた。
スーツで食堂のカレーを食うというのも妙な気分だが、昼からは面接が控えているのだからしょうがない。
「どうしたんだよ、そんな渋い顔しちゃってさあ」
唐突に、何の脈絡もなく、上から声が降ってきた。
その能天気な声音にカレーを食べるボクの手が止まる。
仰ぎ見ると、やはり能天気な顔をした友人が、天そば片手に立っていた。
「なになに、就活が上手くいってねーのか?」
断りもなく、ボクの前の席へと腰を下ろしながら友人。
ボクは再びカレーを食べる手を動かしながら息を吐いた。
なんだって、こんな時にこんな何も考えてなさそうな奴と遭遇してしまうんだ。
「そういうお前はどうなんだよ」
鬱陶しさ丸出しのボクの台詞に、友人は箸に掬ったソバを冷ましながら実に楽しげに笑った。
「え、俺?」
嫌な予感がしつつも、ボクは友人を見遣る。
ボクの予感は的中した。
「いやー、俺さ、実はもう決まってんだよな」
ソバを啜りながら、その口調は能天気そのものだ。
そういえば、こいつが就職活動たるものをしているのを見た覚えがない。
ボクの視線に気付いたのか、友人はソバを食うのをやめてヘラヘラと笑って見せた。
「ほら、俺の親、○×会社の専務じゃん?ま、一応試験は受けたんだけどさあ」
ぺらぺらと喋ってくれる。
ボクは冷めてきたカレーを口に運びながら、そのニヤけた顔を眺めた。
「とりあえず、俺の場合、最初から決まってたっつーか。他の奴らには悪ぃんだけどさ」
これも運のうちだよなあ?
友人の話は、こちらが頼んでもいないのにまだまだ続く。
「けどほら、俺だけじゃないぜ?ゼミの内藤。あいつも何かオジサンがどっかの偉いサンらしくてなー。いいよな、親の七光りっての?」
カレーが不味くなってきた。
自分の事を棚にあげて、出てくる出てくる、知人の名前。
もしやボクの周りの全員が、コネによる就職なのではなかろうかと疑いたくなる位に。
…何の自慢をボクにしたいんだ、コイツは。
いい加減、イライラしてきたボクは、カレーを食べるのを半ばでやめた。
水で口を濯いで立ち去ろうとグラスに手を伸ばした途端、
「そうそう、こないだの○○社の試験だってそうらしいぜ?なんか最初から採る奴決まってたとかなんとか。…受けた奴、可哀想だよなあ」
友人のその言葉に、ボクは動きを止めた。
○○会社。
大手の通信会社の名前だ。
そしてボクが、パーフェクトに試験をこなした会社でもある。
「こんなんだから、日本社会駄目になるんだよ。なあ、そう思わねぇ?…て、俺が言えたことじゃねーか」
お気楽お気軽な笑いを交えて、何のつもりか友人は俺に同意を求めてくる。
…何か馬鹿らしくなってきた。
結局なにか?
ボクが試験に精を出そうが何をしようが、最初から内定は誰かサンのモンだってのか?
つまりは親の七光り、となればボクの力ではどうしようもない。
ボクの両親は健在だが、特にこれといった出世はしていない。
地方公務員の父、しがないパートの母。
親類縁者にいたっては、ほとんど交流がないためにコネにもなりようがない。
不公平なもんだ。
まだ目の前でなにやら能天気に喋りまくっている友人が、急に憎らしく思えてきた。
ボクのどこが、コイツに劣っているっていうんだ。
片や32連敗中のボク、片や親のコネがあるってだけで呑気に一発合格の友人。
実にアホらしい。
そうだ、実に馬鹿らしい。
ボクの手は腹の中心、「リセットボタン」へと伸びる。
どうしようもないなら、やり直せば良いだけの事。
そうだろ?
ボクには「リセットボタン」がある。
最初から、やり直せば良いじゃないか。
その特権が、ボクにはあるんだ。
活用せずしてどうする。
何度でも生まれ変わって、最初から、ボクの気に入る人生を歩めばいい。
大金持ちの親、美人で気の利く彼女、何不自由ない環境。
この「リセットボタン」を押すだけで、ボクにはそれができるんだから。
「おい、どうした?大丈夫か?」
黙りこんでいたらしく、目の前の友人がこちらを覗きこむ。
ボクは、その顔を見返すと思いっきり鼻で笑ってやった。
「お前、うざいんだよ」
一瞬、驚いたように友人の表情が強張る。
ボクはさらに笑みを深めて肩を竦めてみせた。
「まあ、これでそれともオサラバだけどな」
ボクは、腹のボタンを押した。
瞬間、視界が歪んで暗転する。
やり直すんだ、最初から。
ボクが、ボクの気に入る人生を歩んで何が悪い?
リセットして、再スタート。
ボクには、それが可能なんだから。
ボクは、ボクの人生をリセットした。