リセット2
ボクは大学生になった。
これもまあ、そこそこの大学。
一流と三流の間、となれば二流。
部活は大学祭実行委員会。
一人暮らしも始めて、新しいバイトも始めた。
それなりに充実した日々。
仲良くなった友人と、飲みやらコンパやらも忙しい。
「ダブルデートしないか?」
友人がそう言った。
大学に入ってからの忙しい時期が一通り終わった6月。
お日柄も日和もよろしく、何よりボクは、そろそろ彼女も欲しかった。
大学に入ると同じゼミやら部活やらで、あっと言う間にカップルが増える。
実はみんな、誰でもいいんじゃないかという勢いだ。
取り残されれば売れ残り。
どうせなら負け組よりは勝ち組になりたいもんだ。
1も2もなく、ボクは頷いた。
女には2種類の女がいる。
美人と、それ以外だ。
デート当日、ボクと友人の前に現れた二人は、まさに「美人とそれ以外」だった。
「美人」の名前はユミコ。
「それ以外」の名前はサオリ。
ボクは一目見て、ユミコに決めた。
だってそうだろ?
どうせ一緒に街を歩くなら、美人が良いに決まってる。
…どこぞの誰かの歌でもそんな事を言ってた気もする。
まあ、なにはともあれ、ボクの心は決まった。
幸いだったのは、友人の好みがボクとは全く違った事か。
人の好みは十人十色っていうしね。
デート中、ボクは始終ユミコと良い感じだった。
友人もサオリと仲良くやっているようだ。
時折ボクに向けられるサオリの視線が気にならない事もなかったけど、ボクはユミコで手一杯。
だいたい、ボクに二股をかける甲斐性はない。
ばれた時に面倒だし。
何より修羅場ってのは遠慮願いたい。
ボクはユミコと付き合い始めた。
3週間もたてば、だいたい相手のことも分かってくる。
ユミコは美人だ。
だけど、問題は中身だった。
高飛車で自分勝手。
そんなものが可愛いと思ったのは最初の頃だけ。
約束はドタキャン、帰りが遅くなったと言っては夜中だろうが明け方だろうがボクの携帯を鳴らす。
欲しいものをねだる時だけは、妙なぶりっ子で甘えてくる。
おまけに夜はマグロと来た。
こうともなれば、愛想ってもんは勝手に尽きていく。
いい加減、縁を切ろうかと考えていた時。
「サオリってさ、すっげー可愛いんだ」
ダブルデートの友人がニヤけた顔でそう言った。
そういやこいつ、あの時の「それ以外」と付き合ってたんだっけ。
ふうん、とボクは相づちを打つ。
「料理はすっげー美味いし、すっげー気が利くし。俺、すっげー愛されてるって感じ?」
そんなにすっげーんだろうか、「それ以外」。
ふうん、とボクはまた相づちを打つ。
友人の顔は緩みっぱなしだ。
ココが大学の食堂だっていう事を、コイツの頭は忘れ去っているに違いない。
「デートなんか、毎回弁当作ってくるんだぜ?手ぇ繋いだだけで、顔真っ赤にしちゃってさ」
友人ののろけはまだまだ続く。
ボクは半ば冷めかけたカレーをスプーンでつつきながら、ふうん、と相づちを打つ。
知ってるか?
男の惚気ほど、格好ワルイものはないんだぜ?
「俺、すっげー幸せ」
ニヤケた顔でボクを見る。
なんだか無性に腹が立ってきた。
自分が幸せを感じていない時に、人の幸せ話を聞かされるってのはなんとも苦痛なもんだ。
ボクの手が、だいぶ膨れてきた腹を撫でる。
指先に触れるものがあった。
「リセットボタン」だ。
友人は、まだボクの目の前でニヤけている。
ボクは鼻で笑った。
ボクが幸せになっちゃいけない、なんて理由はないはずだ。
ボクが友人の立場になって、何が悪い?
ボクはやり直せる。
「そういや、お前はどうしてる?ユミコさんだっけ?」
まだまだニヤけた顔でそう聞いてきた友人に、ボクは満面の笑顔を向けた。
「どうしてるか、お前も体験してみたら?」
ボクの指が腹のボタンを強く押した。
え?と見返した友人の顔が一瞬歪んで、そのまま暗転する。
いつもの事だ。
どこからやり直すかはもう決まっている。
さて、それではいざ。
女には2種類の女がいる。
美人と、それ以外だ。
デート当日、ボクと友人の前に現れた二人は、まさに「美人とそれ以外」だった。
「美人」の名前はユミコ。
「それ以外」の名前はサオリ。
ボクはサオリに決めていた。
なに、顔はまあ「それ以外」の中でも悪くはない。
だいたい、美人は3日で飽きるって言うし。
そうじゃなければ、きっと見れば見るほどに愛嬌ってもんが湧いてくるに違いない。
料理が美味くて気が利くそうだし。
デートの間中、ボクはずっとサオリと並んでいた。
時には「それ以外」も悪くない。
サオリは話上手で一緒にいると楽しい女だった。
時折ボクに向けられる友人の視線が気にならない事もなかったけど、ボクはサオリで手一杯。
ユミコと友人もそれなりに楽しそうだった。
付き合い始めると、確かにサオリはイイ女だった。
顔を除けば、ボクに文句はない。
よく気が利いて、優しく賢く、かつ謙虚さも持ち合わせている。
料理は何を作っても美味い。
そして何より床上手。
もちろん、ボクは惚気たりなんてしないけど。
ボク達は上手くやっている。
「聞いてくれよー、ユミコがさあ」
相変わらず、友人の顔はニヤけている。
「こないだ買ってやった服着てデートに来たんだけど、これがすっげー似合うのなんの」
ふうん、とボクは相づちを打つ。
「男が皆振り返ってくんだぜ?俺、鼻高々になっちゃうよ」
言葉通り、鼻の下を伸ばしながら友人。
…鼻の下を伸ばしてるのと、鼻高々は違うって?
ま、長くなってるのは一緒だろ。
「…それで、その幸せなお前の目の下にあるクマは何?」
ボクは半ば冷えたカレーをスプーンで突つきながら、友人を見遣った。
「あ、これ?…愛の勲章ってやつ?ほら、ユミコの奴可愛いから。夜遅くに一人で帰らせるわけにはいかねーじゃん?」
予想通りの答えが返ってくる。
友人の顔は、まだニヤけたままだ。
彼の頭の中というのは、随分と幸せな構造になっているらしい。
ボクは肩を竦めた。
「お前、やめた方がいいぞ。ユミコはそんなイイ女じゃない」
友人の顔色が変わる。
「なんだよ、お前。ユミコのこと知りもしないで、適当なこと言うな」
駄目だ。
これはハマッてしまっている。
怒り出した友人を前に、ボクはスプーンのカレーを頬張る。
すっかり冷めてしまっていた。
ボクがせっかく忠告をしてやったのに。
友人はふと、思い出したようにボクを見る。
「そういや、お前はどうしてる?サオリちゃんだっけ?」
ボクは満面の笑みで見返した。
「上手くいってるよ。おかげさまでね」