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リセット1

 ボクは高校生だった。

学校は、まあそこそこの進学校で。

そこで、そこそこの人間付き合いをして。

ボクはそこそこ平和に暮らしていた。

そこそこ言い過ぎてわけが分からなくなってしまったけど。

つまるところ、ボクはごく普通の一般的な高校生だったのだ。

 友人がいた。

家族がいた。

ペットもいた。

たまには可愛い恋人もいた。

まあ、特に不満も焦燥も感じない毎日に、ボクは満足していた。


 人間、魔が差すって事もあるだろう?

その時のボクが、まさにそれだった。

学校帰りに寄ったコンビニは、ボク以外にもたくさんの学生がいて、混んでいた。

家に帰って勉強ってのもダルいし。

今日は特に予定も入ってない。

適当に立ち読みでもして時間を潰して帰ろうと思っただけだった。

たいして面白くもないマンガ雑誌をぱらぱら捲る。

立ったままってのも、結構しんどいんだよな。

何より手が疲れるだろ?

片手で支えるんだから、当然だけど。

こういうのは、家の布団に転がりながら適当に読みたいよな。

…買って帰ってまで読みたい雑誌じゃないけど。

 ふと、隣でボクと同じように立ち読みをしていた学生が気になった。

ガクランの襟なんか、上までしっかりとめて。

眼鏡までかけててちょっと偉そうだ。

典型的な優等生って感じ?

優等生が学校帰りに寄り道してちゃいけないだろ。

勝手に優等生と決め付けたそいつが気になったのは、妙にそわそわしてたからだ。

なんだよ、トイレか?

思った途端、思いもかけずそいつは手にしていた薄っぺらい雑誌を、開けたままの自分の鞄の中に詰めこんだ。

なんだ、万引きか。

思ったより優等生でもなかったらしい。

そいつは眼鏡の縁を押し上げたりして。

ボクの視線に気がつくと、わざとらしい咳払いなんかしやがった。

そのまま慌ててボクに背を向けると出口に向う。

ちらりとレジにいる店員を見ると、忙しそうに客の対応をしていて気付きそうもない。

眼鏡のそいつは、まんまと店を出て夕方の道路に消えて行った。

 結構簡単にいくもんなんだな。

ボクは、自慢じゃないがこの歳まで万引きってものを体験した事がない。

別にボクが善人だってわけじゃない。

特にそういった衝動が湧かなかっただけで、特に金に困ったこともなかっただけだ。

 だけど、魔が差した。

ボクは自分の片手にある重い雑誌を見た。

鞄は肩からかけてある。

入れるのなんか、ほんの一瞬だ。

誰にも見られなければいい。

ボクは不自然にならないように、回りに注意をめぐらす。

人はいるけど、ボクに注目しているようなやつはいない。

みんな自分のことで手一杯だ。

カメラだって、こっちに向いてるやつはなさそうだ。

いける。

一瞬の判断、ボクは自然に手にしていた本を鞄の中に忍ばせた。

……。

………。

緊張の数秒。

特に誰もボクを見てはいない。

踵を返してドアに向う。

胸がドキドキする。

僅かな背徳感と、それを大きく上回るスリル。

ドアが一歩一歩近付いてくる。

マットに足が乗り、自動ドアが重い音をさせながらスライドする。

一歩。

二歩。

ボクの足が境界線を越えて、道路に着地。

「ちょっと君」

 途端、背後から低い声がかかった。

やばい、と思った時にはボクの腕と鞄は後ろから伸びてきた手にしっかりと押さえられている。

「…なんですか」

 跳ねる心臓を落ち着かせながら、平常心を装って振り向く。

背後にはコンビニの制服を着た若い男が立っていた。

身長なんかボクの1.5倍はあるんじゃないかってくらい高い。

レジにいた奴じゃないから、店内のどこかにいたんだろう。

男はボクを見下ろしながら、腕を掴む手の力を強めた。

「ちょっと来てくれるかな」

「…どうしてですか」

 すでに注目の的だ。

店中の視線がボクと男のやりとりを見つめている。

男は、ちらっと一瞬レジの店員と視線を交わすと再びボクを見下ろした。

「その鞄の中、見せてもらえる?」

 確信を持った言い方だった。

ボクはごくりと喉を鳴らす。

逃げられない。

興味と同情と軽蔑の視線を集める最中で、ボクはこの男に連行されて従業員の控え室にでもつれて行かれるのだろう。

そうして言われるのだ。

『どうして万引きなんかしたの』

 店員から、親から、先生から。

クラスメートからも馬鹿にされるに違いない。

『あいつ失敗してやんの。ばっかじゃねぇの』

いろんな事が頭の中を回って、ほとんど無意識にボクの手は制服ごしに腹を探っていた。

臍の部分に出っ張りを見つける。

「リセットボタン」だ。

こういう時こそ、これが役に立つ。

 ボクの腕を掴む男の手が、ボクを再び店内へと引き戻そうとする。

ボクは、躊躇わなかった。

すかさず、ボタンをプッシュ。

一瞬、視界が暗転する。

いつもこうだ。

どこからやり直そうか。

もう一度学校で授業を受けるのは面倒だ。

となると、やっぱり。


 学校帰りに寄ったコンビニは、ボク以外にもたくさんの学生がいて、混んでいた。

家に帰って勉強ってのもダルいし。

今日は特に予定も入ってない。

適当に立ち読みでもして時間を潰して帰ろうと思っただけだった。

たいして面白くもないマンガ雑誌をぱらぱら捲る。

 隣では、やっぱり例の「優等生」が雑誌片手にソワソワしている。

そう。

こいつはこれから万引きをする。

そうしてまんまと誰にも咎められずに店を出て行くのだ。

ボクの視線の先で、優等生の手が動いた。

雑誌を鞄に滑りこませる。

さっきとまったく同じ光景だ。

やっぱり店員は気付かない。

優等生の背中がドアへと向い、自動ドアがスライドして。

「あ、そいつ万引き」

 途端、大きな声が店に響いた。

目に見えてぎくりと、優等生の背中が固まる。

逃げればいいのに、そのまま優等生は固まってしまった。

「ちょっと君、待ちなさい」

 慌ててレジを打っていた店員が駆けて来る。

遅れてもう一人、さっきボクを捕まえた長身の男も駆けつけた。

興味と同情と軽蔑の視線のど真ん中で、優等生は二人の店員に捕まっている。

これから彼は聞かれるのだろう。

『どうして万引きなんかしたの』

 ボクは読んでいた雑誌をもとに戻して、誰の注目を集めることなく店を後にする。

連行される優等生とすれ違った。

物言いたげな視線で睨まれたような気もする。

確かに告発したのはボクだけど、決してボクが悪いわけじゃない。

だいたい、「さっき」のボクの失態だって、こいつが万引きなんかしなければ誘発されずにすんだんだ。

まあ、自業自得ってやつだろう。

ボクの目の前で自動ドアが開く。

悠々と、ボクは夕暮れの道路へと踏み出した。

ボクを止める声はない。

ボクは小さく鼻で笑った。


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