第八話 波乱
明日、貴大は生きているのでしょうか。
それはさておき、今回はちょい長めです。待たせてすみませんでした。
「大変だ、貴大!! 」
次の日、教室に入ったとたんに、健二が大声で話しかけてきた。放課後のことを考えていた僕は、思わずびくっと体が反応してしまった。
「あ、朝っぱらから何? 」
「俺の情報網から、驚愕の情報が入った。心してよく聞け」
そう言うと健二は、一拍間をおいた。そんなにためて言うことではないと思うんだけど。
「あの女番長が、ついに負けてしまったんだ! 」
……どう反応すればいいのだろうか。
「えっと……、それ誰? 」
僕が言った瞬間、健二は恐ろしいものを見たように目を見開いたが、すぐに納得したようにうなずいた。
「そうか。貴大はこっちに来たばかりだもんな、知らないか。じゃ、俺が教えてやろう」
興味は特になかったが、まだホームルームまで時間もあるし、暇つぶしになると思ったので、そのまま聞いてあげることにした。
「女番長は、今は有名私立高、伊野川女子高校の生徒なんだが……、この高校は知ってるか? 」
「そこそこは」
昨日実際にその生徒の一人に殺されそうになったし。今日も会うし。
「じゃ、話を進めるぞ。この女番長はとにかく噂が多くてな、中学の頃に剣道部を全国優勝に導いたとか、暴力団を星の数ほどつぶしたとか」
人間か、その人は。
「ま、あくまで噂だから真偽はわからんがな。で、その噂もすごいが、容姿がこれまた美人でな。顔もスタイルも抜群。さらには、困った人は見逃せないという正義感も持ち合わせている」
あれ、その話、どこかで聞いたことがあるような、ないような。
「だから、男子からも女子からも告白が殺到しているらしい。が、本人は自分より強い奴としか付き合わないと言っていてな、星の数ほどの男女が挑んでいったが……」
「誰一人として勝てなかった、と」
「そうだ。この常勝不敗伝説が、噂に拍車をかけてるんだがな。またこれが、女番長というあだ名のルーツでもある。で、話は元に戻るが、ついにこの女番長の常勝不敗伝説が崩れたらしいんだ」
「へ、へぇ」
なんか、いやな予感がしてならない。
「本人が話したところによると、昨日連続殺人犯を追っていた最中に、犯人と間違えて無実の男子に攻撃してしまったらしいんだが……」
「…………」
「返り討ちにあったらしい。本人いわく、その男子はまさに鬼神、すさまじく強かったらしい」
「…………」
「で、そのあと女番長はその男子に攻撃してしまったことを謝って、ファミレスでお茶をしたらしい。その言葉を裏付けるように、女番長が男子とファミレスにいたという目撃情報がある」
「…………」
「まさか、女番長が負けるなんてな。俺も聞いた時は驚いたぜ。それで、この噂はすでに結構広まってるみたいでな。女子の中から仇を討たんとするものが現れたり、前に告白して負けた男子どもがこの男を倒せば、女番長と付き合えるんじゃないかという浅はかな考えで、しらみつぶしに噂の男子を探しているらしいぜ。まったく、バカとしか言いようがないよな……って、大丈夫か? 顔が青いぞ」
「……一つ、聞いていいかな? 」
「な、なんだ?」
「その女番長の名前は……? 」
「おおっ、よく聞いてくれたな。なんと、皆川小鳥っていうんだぜ! 容姿とあってなくて笑っちまうよな。って、お前は見た事ねえか。……ほら、これが女番長、皆川小鳥だ」
健二はニヤニヤと笑いながら、ポケットから写真を取り出して僕に見せてくれた。その写真の中では昨日殺されかけ、そして今日も会う約束をしている皆川小鳥が制服姿でほほ笑んでいた。
その後、午前中の記憶が僕にはない。健二に聞いたところによると、死体のように机に突っ伏していたらしい。
そして、今健二は驚愕の表情のまま固まっている。なぜかというと、帰りのホームルームの後、校門に向かうと、今朝話に出てきた女番長が、自転車を持って立っていたからだ。皆川の近くにははまるで立ち入り禁止になっているかのごとく、人が全くいない。だが、多くの生徒たちが少し離れて皆川を見つめていた。ちょっと皆川が動くだけで、どよめきや、キャーという歓声が響く。
「な、なんで女番長がここに……? 」
なんとか固まった状態からの復活を果たした健二がつぶやいた。と、僕がいることに皆川が気付いたようでこちらへ自転車を押しながら歩いてきた。皆川が歩く先にいる生徒たちは、まるでモーゼが海を割ったときように道を譲った。
「やあ、貴大。……なぜ泣いている? 」
目の前まで歩いてきた皆川が僕にあいさつした。その瞬間、周囲にかつてないほどのどよめきがはしった。僕は思わず涙が出ていた。横を見ると、健二は僕たちのほうを向いたまま再び固まっていた。
「ちょっとゴミが入っただけ。それより、どうしてここに? 」
「学校が意外と早く終わったのでな、来てしまった」
こういうのを、有難迷惑というんだな。
「それより、ここは人目につきすぎる。早く出発しよう」
皆川が、自転車にまたがった。
「……どうした乗らないのか? それとも、走っていくつもりなのか? ……私としては、一緒に乗っていきたいのだが」
皆川が後の荷台を指さして言った。なんか、頬を赤らめて言っているが、ちょっと間違えている。
「えっと、僕がこぐから皆川は後ろに乗ってよ」
「なぜだ? 」
「なぜって……、そういうもんなんだよ。力仕事は男がするって決まりなんだ」
「ふむ、そうか。すまんな。男と付き合ったことがないものでな」
付き合うというセリフに、周囲から嘆きや罵倒がとんだ。いや、そういう意味じゃありません。
「ここはなんだか危険な感じがする。さっさと出よう」
皆川が今度はちゃんと後ろにまたがりながら言った。正論だけど、危険な状態にしたのは君だからね。そんなことを考えつつ、僕は自転車に乗った。そうこうしているうちに、周囲から殺気が漏れ出してきた。その矛先はもちろん僕。本格的に命がやばい。
「そういえば、この固まってるのはいいのか? 」
皆川はあわてる様子もなく聞いてきた。今、命の危機なんですけど!
「大丈夫! しばらくしたら再起動するから!! ときどきその人フリーズするんだよ! 」
「パソコンみたいなやつなんだなって、きゃっ」
皆川が話終わるのを待たずにこぎだしたので、皆川がかわいらしく悲鳴を上げながらしがみついてきた。ポヨンと、やわらかいものが背中にあたる。なるほど、意識してなかったからわからなかったけど、健二の言ったとおり、スタイル抜群……って、そんなことを考えている暇はない!
僕は、アクセル全開で校門を後にした。二人乗りはしたことがなかったので不安だったが、なんとかはしることができそうだ。校門から離れても、まだ後ろからはまだ罵倒と思われる叫び声が聞こえてくる。
「……さようなら、僕の高校生活」
「? 」
ペダルをこぎながら涙を流す僕を、皆川は不思議そうに眺めていた。
がんばれ、貴大。
今日を精一杯生きるんだ!!