婚約破棄する側の親族がまともだった
「もう限界です! シーヌさんに虐められる日々に耐えられません!」
「シーヌ、君とはもうやっていけない。絶対に婚約破棄させてもらう!」
穏やかで雰囲気の良かった夜会。
それをぶち壊すように、二人が騒ぎ出した。
公爵家の次男で、私の婚約者であるロング・アルド。
私と同じ『聖女』をしているフリン。
「落ち着いてくださいな。私は虐めなんて嫌いですし、なにかの間違いでは?」
レモンティーをいただきつつ、二人に優しく語りかける。
全然効果がないけれど。
二人は眉をつり上げながら、周囲にいる人たちに訴える。
「聞いてください皆さん。フリンは、ずっとシーヌの怠慢に悩んでいました。町の結界を張る作業も手抜きをし、仕事を彼女に押しつける。僕はいつも相談されていました」
「本来であれば、シーヌさんの婚約者の方に相談することではありません。でも、私も限界だったんです!」
目尻に珠の涙を浮かべ、フリンは庇護欲をそそる顔をする。
一部の男性には圧倒的に人気がある聖女だ。
特にスケベな男性を騙すのが上手いとの噂。
「僕は彼女の相談に乗っているうち、フリンの心の綺麗さに惹かれてしまいました。——わかっています! 僕が婚約者であることは! だから、今回の婚約破棄を認めてくださいっ。そして僕は君と——」
興奮極まりしといった様子で、ロングはフリンの目を見つめる。
熱い眼差しに当てられたように、フリンもまた女の目をし出す。
会場の誰もが、彼ら二人に注目している。
さながら主人公とヒロインの気分を味わっているのだろう。
私はティーをすすり、カップをソーサーに戻した。
「私の沽券に関わるので反論させてもらいます。私は結界の手抜きなどしていませんし、彼女を虐めてもいません」
「犯人はいつだって、そう言うだろうさ! じゃあなんで彼女は泣いてるんだ!」
知りませんよ、そんなの。
強いて言うなら完全に演技だろう。
畳みかけるように二人の責めは激しくなっていく。
「思えば君は、僕といる時もいつもつまらなそうだった。愛しているのか、この僕を!」
「まぁ……政略結婚ですから」
「そういうことを口にするな!」
「可哀想なロング様……。わたしは本気で貴方を慕い愛しております。この愛は本物と誓います」
「ありがとうフリン。僕の理解者は君だけだ。もう虐めの傷は癒えたかい?」
「まだ痛みます。でも二人ならきっと乗り越えられると思うんです」
二人は恋人つなぎで手を絡め出す。
ロングが意気揚々と父親であるアルド公爵に訴える。
「父上、皆さん。どうか婚約破棄を認め、僕らの仲を認めてください。そして彼女をこの町から追放してください! 出ていけよシーヌ!」
威厳あるアルド公爵は無表情でロングに近づいていく。
そしてスッと右腕をあげた。
「断罪されるのは貴様だ、この馬鹿息子めがっ!」
公爵の全力グーパンが、ロングの顔面にめり込む。
鼻骨が折れたのではないかという音が会場に響いた。
「なん、なで、なぜ……どうして……?」
床に倒れたロングは、鼻血をダラダラと流しながら、目を右往左往させる。
フリンも頭を抱え、激しく動揺している。
この行動には、正直私も驚いた。
アルド公爵は息を整え、口を開く。
「婚約者の身でありながら他の女にうつつを抜かし、しまいにはシーヌを陥れる計略をめぐらす。なんという、恥ずかしい息子なのだ……」
「ちっ、父上、おかしいです! 僕は、フリンは、被害者ですよ!」
「その女が被害者だと? 貴様はその女が、世間でなんと呼ばれているのか知っているか?」
ロングは首を左右に振る。
本気で知らないらしい。
わりと有名な話ではあるのだけど。
「アバズレ無能聖女と呼ばれているのだぞ!」
「ナッ!? う、嘘だ……。そんなこと、ないよな?」
ロングが顔をくしゃくしゃにしつつも、フリンに訴える。
彼女も必死なので、そこは全力で否定する。
「それもこれも……シーヌさんが言いふらしたことですわ!」
「貴様は許可が出るまで喋るなッ!」
「ぐげぇ!?」
なんとアルド公爵がフリンのみぞおちに華麗すぎる前蹴りを決めた。
モロに入った彼女はカエルが潰れたような声を出し、その場にうずくまる。
「シーヌが結界の手抜きをしている? 逆だ馬鹿者! この結界が成り立つのは、彼女の基礎魔術のおかげだ。朝から晩まで、神経を削って町を守ってくれているのだぞ。皆が知っていることだ!」
公爵の言葉に呼応するように、会場の人たちが一斉に深くうなずく。
私の仕事がここまで評価されていたのは意外だったし、これは嬉しかった。
アルド公爵は私の前にくると、頭を床につける。
「我が愚息の件、どうか許してほしい……!」
「許せと言われても、婚約破棄されたのは事実ですし、一度口から出たものは戻せません」
「申し訳ない……本当に申し訳ない」
「でもアルド公爵が悪いわけではありません。お気になさらず。私はこれで失礼いたします」
私が立ち上がると、アルド公爵が必死に止めてくる。
「待ってくれ、どこへいくのだ!?」
「この町を出ようかと。公爵家の方に、ああまで言われては、この町では生きていけません」
「君に出て行かれたら、この町はどうなってしまうのだ!? この馬鹿の方を追い出す。だから、どうか残ってくれ!」
「でも息子さんじゃないですか」
「この馬鹿とは離縁する。前々から考えていたことだ。だからどうか、町に残って欲しい……」
こうまで懇願されると私の決意も揺らぐ。
公爵の立場にある方が、人前で土下座までしたのだ。
無下にするわけにもいかない。
私はフリンに目を向ける。
「彼女はどうなさるのですか?」
「無論、聖女はやめてもらう。元々、男に取り入ってその座についたと聞く。調査して、採用した男も一緒に処罰する」
「お待ちくださいっ、わたしはなにも」
「まだ許可は出していないぞ!」
一喝されると、フリンは体を震わせて黙り込む。
「ロングにフリン。貴様らは、シーヌを陥れようとした罪もある。ただではおけんぞ」
「うぅっ……」
「そんなぁ……」
今更罪の重さに気づいたのか、二人とも泣き出す。
アルド公爵は一切の同情を見せない。
「私は子供を育てたことはありませんが、きっと子育ては難しいのでしょうね。ご両親や環境が揃っていても、そうなってしまうのですから」
「本当に、恥ずかしい限りだ。末代までの恥とはこのこと……」
「お顔をあげてください。もう私は怒っておりません。これから結界の補修にいって参ります」
「ありがとう、ありがとうシーヌ……!」
公爵は私の手を両手で握り、何度も感謝の気持ちを口にした。
落ちぶれた二人を横目に会場を抜けようとしたときだ。
一人の男性が声をあげた。
「お待ちください、聖女シーヌ様」
「なんでしょう」
彼は緊張した面持ちで私の前にくると、片膝をついてこちらを見上げてくる。
「婚約が破棄されたということは、現在お相手はいらっしゃらないのですよね。私は王宮騎士団の副団長をしているコルトです。一度、デ……デートしていただけないでしょうかッ!」
めちゃくちゃ気合いの入ったデートの誘いだった。
さすがに戸惑っていると、わらわらと人が寄ってくる。
全部、男性だ。
「シーヌ様、私は以前から貴方様のファンでした——」
「一度お話する機会をいただけませんか!」
「ハイル家の嫡男です。どうか、お見知りおきのチャンスを!」
次から次に申し込みがあり、さすがに反応しきれない。
「また、後日でもよろしいでしょうか。結界は待ってくれませんので」
実は男性が結構苦手なので、そそくさとその場から立ち去らせてもらった。
☆
結界の修復をしていると、昼を知らせる鐘が鳴った。
同時に、息を切らせて走ってくる男性がいる。
副団長のコルトさんだった。
「シーヌ様! お昼ご飯、一緒にいかかでしょうか。美味しいお店を見つけたのです」
そう言って、彼は私の荷物を持ってくれる。
献身的で、ロングとはまったく別の態度だった。
二人で会話をしながらお店に向かう。
ふと、思い出す。
「そういえば、あの二人ってどうなりました?」
仕事が忙しすぎて、二人の動向をまったく把握していなかった。
「二人とも北の鉱山に送られたようです。魔物が多く出ますし、環境も劣悪で。数年保ったら良いほうでしょうね……」
曲がりきった根性が真っ直ぐになればいいけど、その前に消えてしまう可能性もあるのか。
「あっ、あいつらも来ている……。シーヌ様、こちらへ」
どうやら、私のことを探している男性の集団がいるらしい。
彼らに見つからないように、彼が手を引いて誘導してくれる。
騒がしい日々。
でも、悪くない気もしている。
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