最初の一口 【月夜譚No.334】
ビールの最初の一口が最高に美味い。
コトリと音を立ててテーブルにジョッキを置いた青年は、ふうっと息を吐いた。疲れが消えてしまうわけではないが、少しだけ和らぐような感覚に肩の力が抜ける。
ここのところは繁忙期ということもあって、出勤中は碌に休む間もなく仕事に追われる毎日だった。帰宅しても休日中でも、ついつい仕事のことが頭を過って休んだ心地はなかった。
それが今日、ようやく一区切りである。来週からは通常通りに戻るだろう。
正直なところ、ビールは然程好きではない。だが、疲れた身体に最初の一口はこの世のものとは思えないほどの美味さを感じる。
青年は通りがかった店員を呼び止めて、メニューを幾つか注文した。
今日は好きなものをとことん食べよう。明日は休日。満足感を抱えて帰宅した後は、のんびり風呂に浸かって昼過ぎまで惰眠を貪るのだ。
久し振りの解放感に、この後進んだ酒に酔い潰れて理想の休日が消えることを、彼はまだ知らない。