第1章: プロローグ - 魔王の復活
闇深き静寂の中、巨大な黒曜石の棺が微かに揺れ始めた。封印されていた棺の表面に刻まれた古代文字が、不気味な青白い光を放つ。周囲の空気は次第に張り詰め、地の底から湧き上がるような低い轟音が響き渡る。そして――。
「……ふぁぁ……また、か。」
黒曜石の棺が音もなく開き、中から一人の人物が現れた。目を覚ましたのは、漆黒のマントを纏い、冷たい黄金の瞳を持つ魔王ラグナ・ニーヴァス。彼の復活は、この世界に混乱と恐怖をもたらすはずだった。しかし、その表情には緊張感も興奮もなく、ただ「面倒くさい」といった疲れが滲んでいた。
240年ぶりの復活だというのに、彼の第一声はあくびだった。
「どうしてこう、毎回同じことの繰り返しなんだろうな……。」
ラグナは黒曜石の棺に寄りかかりながら、これまでの戦いをぼんやりと思い返す。240年ごとに繰り返される「魔王復活」の儀式。それを聞きつけた人間たちが、勇者を召喚し、討伐の旅を始める。その間、魔王である自分は人間界征服の計画を立て、配下の魔物たちを訓練し、兵站を整え、城を改築し……結局、最後は勇者に敗れる。
「もう飽きたなぁ、こんなの。」
ラグナは額を押さえ、深いため息をつく。確かに、この流れは摂理のようなものだ。勇者と魔王の戦いは、この世界のバランスを保つために必要な存在だとされている。だが、それにしても、何度同じことを繰り返せば気が済むのか。
「人間界の征服? 興味ないな。計画も予算も、いちいち考えるのがだるい。……今回はちょっと違うことをやってみるか。」
そう呟いたラグナの目が、ふと机の上の古びた書物に留まった。それは、「異界の知識」を集めた禁断の書。これまでの勇者たちの中でも特に強かった者たちは、みな「日本」と呼ばれる異世界から召喚されたという記録があった。
「……なるほどな。勝つためには敵を知るべきか。」
ラグナは薄く笑みを浮かべると、立ち上がった。黒曜石の棺の傍らに眠る黒猫ノクティスが、のそのそと起き上がる。
「おや、また復活ですか、ご主人様。」
「そうだが、今回はちょっと趣向を変えるぞ。」
ラグナはノクティスを腕に抱えながら、天井を見上げる。手をかざすと、魔力の渦が巻き起こり、異世界への扉が開かれた。
「行くぞ、日本とやらに。奴らが何をしているのか、見に行く必要がある。」
その瞬間、魔力で作られた分体がラグナから分かれ、異世界「日本」へと飛び立った。
こうして、魔王ラグナ・ニーヴァスの「いつもと違う戦い」が幕を開けた。果たして、日本という異世界で彼が目にするものとは……?