責任の撮り方
ハチワレちゃん??
ハチワレの意味が分からなかった。でも俺と錦戸の視線の先にいる猫が、ハチワレだとは分かる。錦戸が「は、ハチワレ、ハチワレちゃん………!」と小声でせわしなく呟いているからだ。怖過ぎる。
にゃーん。
白と黒色の毛並みがキレイなハチワレ猫が可愛く鳴いた。そしたら、
「わあっー!! カワイイにゃん!!」
錦戸のテンションが急上昇。やべぇ! 猫の可愛さに我を失っている! 言うべきか、語尾に『にゃん』ついてますよ、落ち着きなさいって。ははっ、恐ろしくて絶対に言えねぇ………。てか俺の存在を忘れてません?
猫以下の存在感の俺がたそがれていたら、
「あっ! 待って! ハチワレちゃん!!」
ハチワレ猫が動き始めた。と思えば、ヒョイっと塀の上へ。さすが猫、身軽だな。
「触りたかったのにっ!! ま、待って!」
錦戸は慌てながら、スマホを塀の上にいる猫に向けた。
「もう………! 上手くとれにゃい!!」
錦戸の手が小刻みに震えているのが分かる。手ブレで写メのピントが合わないのだろう。落ち着け、って言うべきか。いや、ここで俺が錦戸に話しかけたらさらに慌てると思う、にゃん。おい、恥ずいなこの語尾。
ピコン!
「いっ………!?」
俺のスマホが突如鳴る。『マッチングゥ!』からだった。
『ハチワレ猫の写メを撮りましょ』
はあ!? なんで俺が!?
「ああっ! ハチワレちゃん!!」
錦戸の声にハッとし、目線をスマホ画面から声の方へ向けた。ハチワレ猫が、トコトコ歩き離れていく。げっ!? ま、まずい!!
俺は、とっさにスマホを構えていた。『マッチングゥ!』のメッセージなんて無視すりゃ良いのにさ。でも………、このままだと錦戸がすごくへこむと思ったから。
ピタッ。クルリ。
俺のスマホに、ハチワレ猫が振り向いた。おっ! そのまま止まっててくれよ。
まん丸いキレイな黒い瞳に、小さな口、ちょんと出たおヒゲ、そして白毛の鼻筋にかけて両端に分かれている、両目周りの黒の毛。その特徴的な模様が………、中々可愛いじゃねえか。
カシャッ。
俺のスマホのシャッター音を合図にするかのように、立ち止まっていたハチワレ猫がピョンッと塀から飛び、別の場所に移動して見えなくなってしまった。
「あ〜ぁ………、撮りたかったにゃぁ………」
スマホを構えたまま、錦戸は寂しそうにつぶやいていた。その画面には手ブレでブレブレのよく分からん物体が写っていた。猫とは思えん。てか、
「下手くそ過ぎだろ………」
「うっ、うっさいにゃ!! 分かってるし
!!」
俺の素直な感想に錦戸が怒った。こっちに振り向くと、表情を強張らせた。な、なんだよ。
「てかなんでまだいんの!?」
「おい! それゃ仕方ないだろ!?」
俺らがいるところは細い一本道だぞ! 錦戸がハチワレ猫を撮りたくて前をふさいでたのがいけない。
だが、錦戸はそんなのに気づきもしない。目を釣り上げ怒っている。威嚇している猫か! てか、こっちにさらに近寄ってきてる!?
身構える俺に、錦戸は怖い顔つきでゆっくりと息を吸い込む。そして、凄みのある声でいった。
「な・に・が………、仕方にゃいよッ!!」
………、な、なん、だと?
俺の脳内はプチパニックだった。怒られているのに、なぜか癒されていた。そうか、俺はドMだったのか、ってあほか! そうじゃない!! 原因はもっと違うところだ。
「あっ、わ、わた、わたし、ま、また、にゃ、にゃ、はううっ………!!」
錦戸が壊れたロボットみたいなしゃべりになっていた。お、落ち着け錦戸!! 顔真っ赤でオーバーヒートしてるぞっ!!
「お、おい、大丈夫か?」
「にゃっ!? う、うるさいッ!!」
ひっ!? うるさいのはそっちだろ………! だがそんなこと言えない。てか、にゃん語出てるから!!
「もう、もう最悪ッ!! 全部青木のせいだからッ!!」
「なぜ俺のせい!?」
「今日この道を通ったからよッ!! いつもなら可愛い猫ちゃん達と、お、おしゃべりしながら癒されてるのに! それをあんたは………、盗み見て………!」
「言い方が悪くないか!?」
俺を変態扱いするなっての!
錦戸は荒々しく髪をかく。少し逆立って、ほんと怒ってる猫みたい。
「あんたに、わ、私の、は、恥ずかしい言葉聞かれるしっ!!」
あっ、自覚はあるんですね。良かったにゃん。
「それに、ハチワレちゃんの写メも撮り損なったじゃない!!、どう責任取るつもり!!」
「いやいや!? 責任も何も!? てか写メは錦戸が悪いんじゃ」
「はあっ!? 全部私のせいッ!?」
「い、いや!? そうじゃないような、そうかもな………!?!?」
「ぐぐぐっ、ハッキリしなさいよッ!!」
「ひっ!?」
もはや錦戸の怒りをおさめるのは無理と、諦めかけたときだった。
ピコン!
俺のスマホが鳴ったんだ。思わず目を向ける。えっ!?
「何スマホなんか見てんのよッ!!」
「あっ、いや!? その!?」
言葉はそれ以上出てこなかった。でも、その代わりに、手ブレで震える俺のスマホ画面を、錦戸に向けた。
「何画面なんか向けてッ!! あっ………」
錦戸が急に静かになる。赤みをおびた怒りの顔つきが、きめの細かい透明感のある肌色に変わっていく。そして、
「か、かわいい………」
そう呟いていた、心の底からって感じで。
俺らは数分の間黙ったままで。その間、錦戸はスマホ画面を嬉しそうに、楽しそうに見つめていた。俺はそんな錦戸の様子を見つめていて。こいつ、こんな可愛いとこあんだな。はっ!? 何考えてんだ俺!?
突然、錦戸が視線を俺に向けた。ひっ!? な、なんですかね!?
「………、ふん。そういうこと」
ど、どういうことでしょ!?
錦戸は、淡い栗色の髪を少しかきあげながら、自分のスマホを操作する。そして、
「はい」
俺に差し出してきた。そこには、QRコードが表示されている。えっ!? こ、これって。
「は、早く読み取りして!!」
「おわっ!? お、おう!!」
ピロン。
読み取りの完了音が鳴った。錦戸は素早く自分の制服のポケットにしまう。そして、俺を軽く睨みつけた。怖いからやめろよ………。さっきまで可愛いかったのに。
「後で送ってよ」
「えっ?」
「つっ! えっ? じゃない!! 送る!! 画像! 分かった!?」
「ひっ!? は、はい!!」
俺が大きな声で返事をすると、錦戸は腕を組みながら小さく頷いた。そしてくるりと背を向け、前へかけて行く。
くるりと回る一瞬、口元が少し嬉しそうに笑っていたのは、気のせいか。
肩くらいまでのびた栗色の艶髪を揺らしながら走り去っていく錦戸を眺めながら、俺はチラッと自分のスマホに目をむける。
小さな口元が笑っているみたいですごく可愛い白黒のハチワレ猫がキレイに写っていた。
そして、
『錦戸舞花さんを友達登録しました』