9.飛龍の子
「うーん。あの飛龍の仮装、もうちょっと見ていたかったな」
もらった36番のゼッケンを付けてしばらく時間をつぶしていると、父ちゃんとミリカが戻ってきた。
「ミリカ44ば~」
「よし、これで後は組み合わせのクジ待つだけだな」
「母ちゃんは?」
そういえば母ちゃんもこっちに来るのかな?
出店がいそがしそうで、大変みたいだったけど。
「おかしいな、そろそろ合流する予定なんだが……」
「あ、来るんだ」
「あ! かあちゃたちだ~!」
丁度母ちゃんの話をしていたところにタイミングよく、ミリカがその母ちゃんを見つけたらしい。よかった。オレも走るところは見てもらいたかったし。
こっちに手を振りながら歩いてくる母ちゃんを見る。母ちゃんはひとりでこっちに来たんじゃなくて、何人かの知り合いといっしょみたいだ。
「シズク~!」
その何人かの中には、いつものメイド服のコリエルさんと天使の仮装をしたニノもいる。ニノは母ちゃんたちに断りを入れると、手を振りながらオレのほうへかけてきた。
「シズクのお母様と、途中で会って、いっしょに、こほこほっ」
「まずは息をととのえろって、ほらぶどうのジュース」
ニノの背中をさすりながら、水筒から注いだジュースを渡してやる。
今日は祭りだし、特別にぶどうジュースが入ってるんだ。
「ふう、ふう……ありがと」
「おう」
「……んっ」
せきがおさまったニノが顔を横に向けて、いつものあいさつをしろと無言でさいそくしてくる。
ちゅ
「ほら、ニノもゼッケンもらいに並んでこいよ。仮装ってことは出るんだろ?」
「う、うううううん」
「そんなに真っ赤になるなら、衆人環視の中でせずとも良かったのではないかと愚考しますが」
もう列も短くなってるし、早く並ばないと参加が締め切らそうだ。
オレは固まってその場から動かないニノを、コリエルさんのところに押していく。
「あらあら青春ねえ」
「真っすぐな若さが羨ましいわ」
「セイファートの家もこれで安泰ねアレインさん」
母ちゃんとママ友の人たちが何かを言っているけど、ニノはコリエルさんを連れて小走りで列のほうにかけていった。あんなすぐ走ったら、またせき出るだろうに元気いっぱいだなあ……。
「かあさん店のほうは……」
「他のとこ奥さん達もヘルプに来てくれたから大丈夫よ」
「シズク君は二人三脚の他に何か催しには出るのかい?」
「うん! 午後の天降ろしの儀に出る予定なんだ!」
天降ろしの儀は、参加者を天の軍の見立てて行う武の大会だ。
むしろ、この祭りでのオレの目的はそっちだったりする。
仮装したりこうして二人三脚に出るのも、もちろんとっても楽しいけど。
「ええ!? 子供なのに参加するのかい? アレインさん」
「毎朝素振りやったり、剣術学校での訓練の成果を試したいらしくて」
「たぶんニノも出ると思う」
「記念参加じゃないんだろ? だ、大丈夫なのかねえ……」
おばちゃんたちが心配してるけど、今はそれよりも目の前の二人三脚だ。
「シズクとペア、シズクとペア……!」
ゼッケンをもらってきたニノも、オレの横でふんすふんすと息荒く、クジが始まるのを待っていた。
「どうやらクジが始まるみたいですね」
「1番のゼッケンの方から順に並んで下さーい!」
進行役である町役員の号令に、ゼッケンをつけた仮装者がぞろぞろと列を作っていく。オレはクジ待ちの列に並んだけど、意気ごんで列に並ぼうとするニノはコリエルさんに止められていた。
「あら、あたしは並ばなくていいの?」
「お嬢様は少々エントリーが遅くなりましたので」
不思議そうにしていたニノだけど、コリエルさんの言葉を聞いてなるほどと手を打つ。ああ、半分がクジを引いたら全部ペアは決まるもんな。
「はい、ここまでね」
「後の方は列に並ばず、自分の番号が呼ばれるまで待機していて下さーい!」
案の定ミリカの少し後ろで半数にたっしたらしく、余分な列を作ってた人たちは解散していく。
「ではクジを引いて下さい……87番! ……57番! …………98番!」
1番から順に次々とクジが引かれ読み上げられていく。
どんどん組み合わせが発表されて、ペアが決まった人たちは、おたがいに自己紹介し合ってるようだ。そしていくつか番号が読み上げられた後、ついにオレの番が回ってきた。
「この中から1枚だけ紙を取ってね」
目の前の机の上には、上に穴が開いた箱がおいてある。
おもしろい仮装した人が当たりますよう……にっ!
そう思いながらいきよいよく腕をつっこんで、紙を引き抜いた。
「63番!」
「むむむ、シズクとペアになりたかったのについてない~!」
63……だれだろう。
残念がってるニノは置いといて、オレはキョロキョロとあたりを見回す。
選手のゼッケンを確認していくと……。
「63番、63番…………いた!」
63番のゼッケンをつけた仮装者を探し当てておどろいた。
オレとペアになったのは、飛龍の被り物をしたさっきのあの子だ!
龍と龍で結構見栄えはよさそうだし、何より近くでじっくりと見れるぞ。
「おーい! よろしく!」
「よろしく……」
「さっきも遠目で見てたけど、その飛龍の被り物かっこいいなあ!」
「!……いい…そっちも……い」
ハデな被り物してるのに、この子は気が小さい子なのかもしれない。
ビクッと反応したあと、小さい声でぼそぼそ話すからよく聞き取れなかった。
「まあ同じ龍同士、よろしくな!」
「! 龍同士!龍すき!」
「うわっ!?」
なんだ!?龍という言葉に反応したのか、急に大声になったぞ。
龍が好きなのはわかったけど、顔、というか被り物をつき合わせそうになるくらい身を乗り出してる。危な、レース前に仮装がこわれる所だった。
「……なんでもない」
身を乗り出すくらい龍好きをぶっちゃけてしまった自分に気づいたのか、飛龍の子はオレからそそくさと離れる。そして何もなかったかのように、またおとなしくなった。
「いや、それは無理があるから。隠しきれてないから」
「!」
それにしてもこいつ、めちゃくちゃ龍が大好きなんだな。
オレも龍にはロマンを感じる派なので、親近感を感じて心な中の呼びはこの子からこいつになった。でもオレはドラゴンステーキを食べてみたい派でもあるので、こいつとは相容れないかもしれない……。
「まあ……いいよな。オレも好きだぞ、龍」
「!」
そんなゆっくりもしてられないし、オレはガッとこいつと肩を組んで、さっさとスタート地点まで向かうことにした。お、身長はオレよりもちょっと低いくらいだし、これなら二人三脚はやりやすそうだな。
「……っ! ……っ!?」
飛龍の子はなぜかビクッとしたあと、ギクシャクとした動きで歩き出した。
なんだか変なヤツだなあ……。