8.天使いの祭り
「ミリカ、準備はいいか?」
「うん~!」
父ちゃん手製のいかつい龍の被り物を装着して、鏡で恰好を確かめる。
よし、いい感じじゃん。オレとミリカ、両方おそろいの兄妹龍だ。
今日は年に一度行われる町の行事、天使いの祭りの日だ。
普通にてんしって呼べばいいのに、あまつかいと呼ぶらしい。
「お~い!人が多いから父ちゃんから離れるんじゃないぞ」
祭りは町の長い大通りを使って、大々的に開かれてる。
外からもたくさん人が訪れるから、この時期だけは町が人であふれかえるんだ。
今も通りはオレたちみたいに思い思いに仮装した参加者と、それを見物しに来た多くの観光客でにぎわっていた。出店もそこら中にあって、どこも人が並ぶぐらいの混みようだ。この人ごみじゃ、一度はぐれたらあっという間に迷子になりそうだ。
父ちゃんが心配するのもわかる。
「わかってるよ父ちゃん」
「わかってる~……あ、アメ玉おっこちゃった~」
元気よく返事をかえしたミリカが、さっそく落とし物して父ちゃんから離れていく。なんてお約束な妹なんだ。
「おいぃ!?」
ゴテゴテの装飾をした仮装者の多い中、人の流れを逆走をするにはちょっとつらいものがある。父ちゃんは被り物をあちこちにひっかけながら、アメ玉を無事回収してホクホク顔のミリカをなんとか確保したようだ。
「はあ、はあ……い、いいかいミリカ、父ちゃんの手をしっかり掴んでいるんだぞ?」
「わかってる~……あ」
「な、なんだ!?」
さっきと同じミリカの様子に、また何かトラブルかと身構える父ちゃん。
「か~ちゃだ~!」
だけどそれは出店でガーデンバードのから揚げを売る、母ちゃんを見つけた嬉しさからくる声だった。母ちゃんてば用事があるから一緒行けないって言ってたけど、こんなところにいたんだ。
「気が付いたらかあさんの居る場所まで来てしまってたか……随分歩いたな」
「なによあなた、子供たちに教えてなかったの?」
「ははっ、サプライズってやつさ」
どうやら父ちゃんは初めから知ってたようだな。
母ちゃんに小銭を払うと、オレとミリカにから揚げの串を手渡してくれた。
熱々のそれを一口かじってみると、濃厚な肉汁が口の中にあふれる。
「うまい!」
いつもの母ちゃんの味付けとはちがうけど、これもいいな。
「どうだい、おいしいだろ?」
「あ、ソノリおばちゃんこんにちは!」
「はい、こんにちは」
出店に立つ母ちゃんのうしろから、ちょっとふくよかなおばちゃんが顔出す。ソノリおばちゃんだ。ソノリおばちゃんは母ちゃんのママさん仲間らしく、お互いの家に遊びに行くぐらい仲がいい。
「はふ、はふはふっ!」
「あらミリカちゃんにはちょっと大きすぎたかね? ちょっと待ってな、おばちゃんが小さく切ってあげるからね」
まだ小さなミリカでは、大きい串物は上手に食べることが出来ないみたいだ。
べたべたに汁がとびちった顔を、ソノリおばさんに拭いてもらっている。
「そのガーデンバード、父ちゃんが狩ってきたんだぞ」
味わいながら肉をほお張っていると、胸を張るようなポーズをして父ちゃんが偉ぶる。すごいドヤ顔だ。でもそれは許せるくらい、このから揚げはおいしかった。
「シズク、ちょっとミリカを頼んだぞ」
「うん、わかった」
ひっきりなしに来るお客さんの相手をしながら、母ちゃんと父ちゃんはこれからの予定を話し合っていた。オレは邪魔にならないように出店の横にひなんして、ミリカとお客さんたちをぼーっと眺めている。
「うわ……意外と買いに来る人が多いな。母ちゃんとおばさんのふたりでようやくさばける感じだし」
「にいちゃおしっこ~」
「ええっ?」
オレの服がくいくい引っ張られるから何かと思えば、ミリカが大変な事を言い出した。でも困ったな、まだあっちの話は終わってないみたいし……。
勝手に公衆トイレに行って迷子にでもなたっら大変だし……。
「おぉ~いふたりとも! 話がまとまったから移動するぞ~!」
「父ちゃん! ミリカがトイレだって」
「な、なにぃ!? よし、わかった。移動するルートに丁度トイレがあるから、そこでだな」
急いでギリギリだったけど、なんとか無事にミリカのトイレをすませて一安心。
そして父ちゃんが言ってたルートとやらを、今度はゆったりてくてくと移動する。
「父ちゃんまだ?」
「いや、もう着くぞ。ほらそこだ」
「あれ? ここって……」
「仮装二人三脚のエントリー会場だ」
父ちゃんの言う通り、着いた先は仮装二人三脚のエントリー会場だった。
見ればもう結構な人数が集まっている。当たり前だけどみんな仮装してるなあ。
父ちゃんは、予想してなかっただろ? とでも言うように、オレとミリカの方を見て親指を立ててニヤリと笑った。ホントにサプライズ好きだなあ父ちゃんは。
この仮装二人三脚は、文字通り仮装した参加者が二人三脚で大通りを端までかけ抜けるもよおしだ。ルールは、一番初めにゴールのテープを切ったペアが優勝、というありきたりなもの。だけど特別賞の枠がやたらと多いことだけは特徴的だ。
目を引く仮装だったり珍事を起こしたり……そういったペアが賞をもらえるんだ。
「むふふ……父ちゃんは、シズクとミリカの兄妹龍の微笑ましい二人三脚で、特別賞を狙ってるんだ!」
「え? 去年から組む相手は自由に選べないようにクジになったよ?」
「は、はあああああー!?」
組み合わせるペアはクジで決める。
意図的なペアもいいが、偶然に出来たペアがとんでもない組み合わせになるのも面白い!こんな感じのノリでルールが変わったらしい……まあお祭りだしノリは大事だよね。
「む、無念……。父ちゃん入魂の計画が、始まる前から終わってしまった」
ガックリと崩れ落ちる父ちゃん。
ミリカがなぐさめるように、そのうなだれた頭をなでなでしていた。
オレはというと、ゼッケンが配られてるので早速列に並んでいる。
「……お、シズク」
「あ、ダッジ兄ちゃんも来てたんだ?」
列に並んでるオレにダッジ兄ちゃんが声をかけてきた。
ダッジ兄ちゃんは大剣組の級長で、学校ではみんなから頼りにされてるんだけど……ちょっと抜けてるとこがある、あいきょうのある兄ちゃんだ。
「ああ、大剣組のダチ何人かと一緒にエントリーしてる。ホラあそこ……」
「いないよ?」
「えっマジで!?」
兄ちゃんのゆび指した方向には樽のイスが何個か置いてあって、見知らぬ子どもがひとりぽつんと座ってるだけ。大剣組の友だちとやらはだれもいなかった。
「おっと、こっちだこっち!」
慌てて反対の方向を指した兄ちゃんだけど、でもオレの目は別のものに釘付けになっていた。さっきの樽のイスにひとり座っている、飛龍の被り物をしたオレたちぐらいの子だ。遠目からでもわかる。あの飛龍の被り物、すっげークオリティだ……作り込みがはんぱない!
「じゃあ俺もう行くから!またな!」
「うん……」
兄ちゃんに生返事をしつつ、しばらく飛龍の被り物観察していたら、ふいにその子と目が合った。多分だけど、あっちもこっちを観察している気がする……ちょっと遠いから自信はないけど。それでもかまわずにそのままじ~っと見ていたら、その子は椅子から立ち上がってどこかに行ってしまった。
まだゼッケンをつけてなかったので、もらいに行ったのかもしれない。