7.祭壇
「ねえ、結構奥に来ちゃったのかしら?」
「そうか?」
「そうよ、あれからかなり歩いたわよ?」
植生が変わって来た森を二人で進んでいると、足を止めたニノの口からそんな言葉が出てくる。まだ目ぼしいモノは何も見つかってないから、オレとしてはもう少し先を探索してみたい。しかしやっぱり、こういう場所のエキスパートである狩人って凄いんだな。父ちゃんは割と簡単にいろいろ見つけてたもんな。
「でも魔獣にもモンスターにも全然会わなかったしなあ」
「たまたまなんじゃないの?」
「んー……」
浅いところは安全って言ってたから、ここはまだそんなに深くないのかもしれない。そう思ってたけど、ニノの言う通りたまたまなのかな。
目印がわりのビー玉も、気付けばあと一つになっていた。
「あと少しだけ進んだら戻ろうか」
ビー玉一つ分だけ、ニノにそう返しつつ一歩踏み込む。
すると、何か急に空気が変わった気がした。
「なあ……何か雰囲気変というか、何か変わった気がしないか?」
「そういえば何だかおかしい感じがするかも」
でも周りを見るかぎりさっきと同じだし、何も変わってるようには見えない。
「ま、危険がないならいいか」
空気にどこか纏わりつくものを感じながら、オレとニノはあたりの探索を続ける。
「見てシズク」
「木が……キレイに並んで来てるな」
偶然なのか何なのか、進むにつれまるで道のようになってきた木々の間を歩く。
すると、程なくして完全に開けた空間に出た。
「な、なんだここ……」
「森の中にこんな人の手が入った場所があるなんて……」
手入れされたような予想外の空間に、オレたちはあっけに取られて立ち尽くす。誰かこの先に住んでいたりするのだろうか?
「ま、まさかモンスターの住処じゃないよな?」
「そ、それこそまさかよ。こんなキレイに草を刈ってるモンスターなんているわけないわ」
「ってことは、や、やっぱり誰か住んでるのかな」
「そ、そうかも、もうちょっと奥に家があるのかしら?」
ニノはこの場所に人が住んでいると結論付けたらしい。
もう危険生物を警戒するのを止めて、奥へ行くつもりだ。
「なんだよ、安全と分かったら急に生き生きしてら」
「ちょっと置いてくわよー!」
「さっきと逆じゃん……」
キョロキョロと物珍しそうにあたりを眺めてるオレを置いて、ニノはスタスタと奥に歩いて行った。
「ホントになんだろここ……」
手入れされたような短い草をつまみながら、この場所について考える。
しばらくそうしてると、ニノが奥からものすごい速さで戻って来た。
肩で息しながらも、奥を指さして口をパクパクさせている。
凄く興奮した様子でオレの服を引っ張ってるし、どうも奥に来て欲しいみたいだ。
「何かあったのか?」
「こ、こここここっち!」
オレはニノに手を引かれながら、どんどん奥へ進んでいく。
すると徐々に、何か人工の建造物物らしきものが見えてきた。
「これ、祭壇と……扉?」
「そ、そう、扉なのよ!」
そこには真っ白な祭壇が、年月を重ねたような風格を備えてそこに佇んでた。
そしてその祭壇の中央には、扉が立っていた。そう、扉だけが。
厚みが扉を構成する枠の分しかない、不思議な扉だ。
裏側も見ても、一枚の板のように何も無い。
どう考えても使えないし、意味があるのだろうかこの扉。
「それでね、ほ、ほらこれ! これってシズクのいつも持ってるメダリオン、あれと同じ文様じゃないかしら!」
ニノの指さす扉の中央には、オレの持ってるメダリオンと同じ文様が彫られてあった。ニノがあんなに慌てるのもわかる、これはとんでもない発見だ。
「ほ、ホントだ! やっぱりこれは天の軍の証で、立派な家宝だったんだ!」
オレははやる気持ちを押さえつつ、懐からメダルを取り出す。
メダルに彫られた文様は、確かに扉と同じ文様だ!
「そ、そうなのかも……」
これでこのメダルは、本物の家宝だと証明されたわけだ。
……まあ、天の軍の証なのかは分からないけど。
そうだと信じよう、うん。
「でも変な扉よね。扉だけ作って、あとは放置した作りかけで放置した……みたいな」
「それにしては祭壇中央に設置されてるしなあ」
そうなのだ。
祭壇にはこの扉だけが、まるで元からこう設計したような感じでぽつんと立っているんだ。
「そもそも何で倒れないで立っているんだろ、これ」
「押してみれば? 倒れるかもしれないわよ」
「もうやった」
「やったのね……」
ちなみに倒そうとしても、扉はビクともしなかった。
オレがまだ子供だからとかそんなんじゃなく、ここに固定されているかのように動かないんだ。
「でも扉があるだけだし、いったい何の祭壇なんだこれ?」
よく分からない文様を見ても、やっぱり全然分からなかった。
そのよく分からない祭壇の脇には、うすい四角の物体も見て取れる。
「石碑? かしら……たくさん名前が彫られてるわね」
「ひーふーみー……」
気になって名前がいくつあるか数えてみる。
「……九十九!滅茶苦茶多いな」
「色んな名前が彫ってあるわね。最後は……ストラ」
うーん。
九十九という切りの悪い数字を見ると、なんだか無性にモヤモヤするな。
「オレも記念に名前を刻んでみるか」
「やめなさいよ、怒られるかもしれないわよ?」
「だれに?」
「えっと、それは……だれかしら?」
まあ怒る人もいないだろうし、そのへんの石を拾って刻む付けることにする。
シズク……っと
「あれ、おかしいぞ? 全然彫れない……というか傷ひとつつかないんだけど」
「えー? じゃああたしも、ニノ・イレンディスっと」
「な?」
「どんな硬くても傷ぐらいつくはずなんだけど……なんの材質なのかしら」
ニノもそのへんの石を拾って試したようだけど、石碑は全くの無傷だった。
祭壇も同じもので作られてるみたいだし、ますます分からなくなったぞ。
こんな謎な場所を見つけたからには興味は尽きない。
オレとニノは時間を忘れてあちこち調べまくる。
「あ、日が……」
祭壇の扉を開けられないか石で叩いてると、ニノがポツリとつぶやいた。
空を見てみると、太陽がもうすぐ落ち始めそうになっていた。
「もう少し調べたかったけど、さすがに戻らないとみんな心配するだろうからな」
「う~……凄い発見だったのに」
オレもニノと一緒で、正直言うとまだ戻りたくない。
けど森の中で日が落ちたら、目印がわからなくなるからなあ。
さすがに夜の森で迷子になるなんてごめんだぞ。
「仕方ない、また来ればいいさ」
「そっか、目印!」
すごく残念そうだったニノの顔が、ぱあっと明るくなる。
あ、こいつオレが目印を付けてたことをすっかり忘れてたな?
しかし確かにすごい発見だぞ。
何で出来ているかも何のためかも全く分からない祭壇なんて。
「父ちゃんたちにこの祭壇の事教えたら絶対驚くぞ!」
「まって! それだと森の深くまで来ちゃったのがバレて叱られちゃう」
「ならどうするんだ?」
確かに父ちゃんにバレたらこっぴどく怒られそうだ。
でもみんなを驚かせたい気持ちもあるんだよなあ。
「だからこれは二人の秘密よ!」
「秘密か……ワクワクする響きだな!」
「でしょ!」
秘密と言われたら、もう黙っているしかないじゃないか。
くくく……実にロマンを感じる言葉だぜ。
「これはあたしとシズクの秘密。二人だけの……んふ」
ニノがぼそぼそ言い始めたけど、手を握るとニマニマしながら大人しく付いてきた。時々おかしくなるよなニノって。
そのあとは、なんとかビー玉の矢印を逆にたどって、日が落ちる前に無事にみんなの所へ戻ることが出来た。……のはよかったんだけど、父ちゃんから特大のゲンコツを落とされた。何で森の奥に行ったのを気付かれたんだろと思ったら、オレのズボンに奥でしか生えてない葉っぱがくっついていたみたいだ。
くっ、流石は父ちゃん、森を熟知する狩人なだけあるな……。