5.カルセオラの森
「よぉーし! 明日は休みだし、皆で父ちゃんの狩猟場がある森にピクニックでも行くか!」
季節も変わって日差しも暖かく感じられ来た、そんなある日のこと。
オレが素振りを終えて裏庭から戻っ来くると、父ちゃんが思い立ったように急にそんなことを言い出した。みんなでピクニックなんて、確か去年に行ったきりだったっけ。
あと父ちゃん、立ち上がった拍子にコーヒーこぼれてる。母ちゃんがものすごい顔してるから早く気付いて。
「森~! ピクニック~!」
「やった! だけど父ちゃん狩猟場って事は、物騒な魔獣とかモンスターが出るんじゃないの?」
もちろんオレもピクニックは賛成だけど、狩猟場と言う言葉に引っかかりを感じて聞いてみる。
オレの疑問に父ちゃんは、分からないのか? とでも言うように、ニヤリと笑った。
「ふっふっふ、カルセオラの森は、今が丁度小さな動物ぐらいしか出ない時期なんだ。だから心配しなくても大丈夫だぞ!」
「そうよシズク。私も何度かあんた達が生まれる前に行ってたけど、今だとかわいいラビキューンの赤ちゃんとか見れるはずよ」
魔獣やモンスターを見かけない時期か。
母ちゃんも行ったことあるようだし、なるほどそれなら心配はいらないかな。
それにフワフワもこもこの毛に長い耳が立ったラビキューンは知ってるけど、赤ちゃんは見たことなかったな。かわいいって言ってるけど、一体どんな感じなんだろうか。
「あかちゃかわい~! みたい~!」
「ラビキューンの赤ちゃんか……ニノも喜びそうだなあ」
「いいわね、ニノちゃん達も一緒にピクニックに誘いましょうか」
オレがつぶやいた一言で、ニノたちも誘うことが決定した。
だけど貴族で領主でもあるニノの父ちゃんは忙しそうだし、いっしょに来れるのかな。
「流石にイレンディスの伯爵様は来れないだろうけど、コリエルちゃんもお付きで来るだろうし寂しくはないだろう」
「わーいニノちゃとコリーちゃ、みんなでピクニック~」
「いやねあなた、ニノちゃん達は私達の家族みたいなものなんだから、寂しいも何もないわよ」
ちなみにイレンディスはニノの家名だ。
ウチはセイファートだけど、あんまり家名って使う機会ないんだよね。
しかし母ちゃんはいいこと言うな! 付き合いも長いし、ニノもコリエルさんももう家族のようなもんだ。
「あー、そうだったな。その内本当に家族になるかもしれないしなあ」
「本当の家族って? ニノとコリエルさんが?」
「コリエルちゃんは……相手としては全然アリだけど、そういえば今いくつなのかしら」
本当の家族は分からないけど、確かにコリエルさんって何歳なんだろ。
あの度が入ってないメガネでちょっと年上に見えるけど、外せばかなり変わりそうだし。
「若いのは分かるんだが、10代から20代または30代から40代かもしれん」
「40代って父ちゃんより年上じゃん……」
ダメだ、父ちゃんはこういう事には全く役に立たないんだった。
「おじさまおばさま! 今日はお誘いありがとう!」
「本日は私どもまでお招きいただき、誠にありがとうございます」
「かあちゃ~! ニノちゃたちきた~!」
ピクニック当日、ニノとコリエルさんが、時間通りにカルセオラの森の入り口にやって来た。
「あらそんなに畏まらなくてもいいのよ」
「いえいえそういう訳には……」
今日は実にピクニック日和だ。
天気にも恵まれたし、暖かな日差しの中森の景観が楽しめるだろう。
「ん!」
催促してくるニノにいつもあいさつを済ませて、軽く話を始める。
「えへへ。ここがカルセオラの森なのね、初めて来たわ」
「オレもだよ。しかも父ちゃんの言った通り、危険なのはホントに居なかったぞ」
「それにしても随分穏やかな森なのね。時期じゃないみたいだけど、聞こえるのは鳥の声くらいで心地いいところだわ」
奥の方はちょっと暗いけど、浅いところは明るくて景色も良いんだよな。
こうして見ると確かにピクニックに丁度いい場所だ。
「この辺りでいいか」
「それじゃおつまみでも広げようかしら」
「私もお手伝いいたします」
森の浅いところの適当な場所で敷物を広げると、父ちゃん達たちはそこで料理を楽しみながら談笑し始める。オレはいうと、ちょっと離れた所でニノとミリカと地面に寝転んで顔を突き合わせていた。
何故かと言うと……。
「見てみニノ、ほらラビキューン!」
オレはまじまじと見つめるニノの目の前に両手を突き出し、解き放つようにパッと開く。
「キューン!」
「わあああああ!」
「かわい~!」
オレの手のひらの中でプルプルと震えながら立つのは、ニノが来る前に捕まえておいたラビキューンの赤ちゃんだ。長い耳をへたらせちいさな鳴き声を上げたラビキューンに、ニノは狙い通り可愛くてしょうがないといった声を上げた。ミリカもひっくり返したラビキューンの柔らかいお腹をつんつんして、そのかわいらしい反応を楽しんでいる。
「これはつまらないものですが、伯爵様よりお招きのお礼でございます」
「あらこれ王様リンゴのタルトじゃない。ありがとうね、子供たちが喜ぶわ」
ニノとミリカ、ふたりの喜ぶ声を聴きつつ、ちらと母ちゃん達を確認する。
お、あれはなんかのお菓子かな?
「流石ゴーバーグさん、伯爵なだけあるなあ! こんなにどデカい王様リンゴ初めて見たぞ」
「ギルファーさんとアレインさんには、こちらも用意してございますよ」
あっちはあっちで盛り上がってるなあ。
見ればコリエルさんが、脇に置いてあるバスケットから黒っぽい瓶を取り出して父ちゃんに渡していた。
「おっほ! 貴腐ワインじゃないか、わかってるなあ」
「あなたってば、伯爵様にちょっと馴れ馴れしいんじゃないの?」
「旦那様は常日頃、ギルファーさんを竹馬の友とおっしゃっていますので」
照れた様子で頭をかいた父ちゃんは、瓶を開けて母ちゃん達に中身を注ぎ始めた。
母ちゃんとコリエルさんも、さっきのお菓子をつまんで楽しそうに話をしている。
「みんなご機嫌だなあ。特に父ちゃん」
「何かいい事でもあったのかもしれないわね……あら?」
ニノがオレの首元をじーっと見つめている。
「これか?」
オレは懐からチェーンが繋げられたメダルを取り出すと、ニノに見えやすいように手のひらに載せた。
鮮紅色のメダルは太陽の光を照り返し、キラッと光る。
「シズクってば、まだそのメダリオン首から下げてるのね」
「おう! いつも肌身離さず持ってるぞ」
なんてったってウチの家宝だからな!
チャラチャラしたアクセサリーははあんまり好きじゃないけど、これは別だ。
「まあオシャレな感じでいいわよね、それ」
「オシャレとかは分からないけど、カッコいいからな!」
「か、恰好いいわよ!」
真っ赤になりながらオレのメダルを褒めるニノ。
ははーん、さてはあまりのカッコよさに興奮してるな?
「ああ、カッコいいよなこのメダル!」
「くっ……わかってたけど……!」
流石ニノだぜ。このメダルをカッコよさを、十分すぎるほど分かってる。
でも、なんでそんなガックリとうなだれてるんだろうか。