33.推薦状
カルセオラの森へ行ってから一週間後。
騎士との戦いで傷ついたオレの体も、完治してすっかり元通りになった。
学校にもまた通い始めて、相変わらず訓練の日々を送っている。
そんなある日の放課後。
授業も終わって、教室は帰り支度をする級友達の喧噪に包まれている。
オレもさささと教本を鞄にしまって、帰り支度は完了だ。
この後はニノと一緒に帰るだけだな。
「シズク君はちょっと残ってくださいねぇ」
「え~……」
しかしオレの計画は、一瞬の内に頓挫した。
ラブ先生のその一言で、なぜかオレは居残りする事になってしまったからだ。
「今日は父ちゃんに、簡単な狩りの罠の作り方を教わる予定だったんだけど」
「それは本当にすみませぇん」
大振りのナイフも貸してもらって、小動物相手に狩りを行う約束をしてたんだ。
だから今日はさっさと帰りたかったんだけど……。
「シズクったら、何かやっちゃったんじゃないの?」
「ポールがまたラブ先生の手紙を勝手に読んでたけど、オレには全く覚えが無い」
「ポール君には後でたっぷりと指導してあげることにしますぅ」
スマンなポールよ。
オレが余計な事を言ったばかりに、お前の足腰がヘロヘロになる事が決定したぞ。
でもオレは悪くねぇっ! ニノがいらん事聞いた来たからなんだ。
「それでちょっと時間はかかるんですけどぉ……」
「長くなるみたいだし、ニノは先に帰ってていいぞ。はあ……」
「でもぉわたしのお話を聞いたら、多分シズク君はニッコニコですよぉ」
ラブ先生の甘い言葉に誘導され、ホイホイ練武場までついて来てしまったのだ。
ふと見ると、模擬戦場の中心に見知った姿が立っていた。
「うわ、お爺ちゃん先生!」
何でここに居るんだろう。
そう思ってると突然お爺ちゃん先生は、オレの方に木剣を突きつけて来たのだ。
「構えなさい」
オレは言われるままに模擬戦場に足を踏み入れる。
するとあらかじめ準備していたのか、ラブ先生は木剣を手渡してきた。
爺ちゃん先生に相対して、オレは両手で握った木剣を斜め上げ構える。
オレのいつものスタイルだ。
「構えました」
場の真剣な雰囲気に、自然とオレの口調も丁寧なものになる。
準備が整うと、爺ちゃん先生は頷いて剣を振れと催促してきた。
相手は勲章持ちの爺ちゃん先生だけど、気負う必要なんかない。
剣を合わせる事が出来るこの機会は、むしろ望むところだ。
オレの今やれる全部をぶつけてやる!
「いきます!」
裂帛の気合を上げる目の前の少年剣士が、ワシ、ガイゼリック・フォルエーに向かって剣を振るってくる。黒髪を片目が隠れる程伸ばしたこの少年、名をシズク・セイファートと言ったか。
「はあっ!」
ファリボテ家の騎士の件では、随分迷惑をかけてしまったが……なるほど。
ワシに似て、ラヴィにも似て、だがいずれとも違う。
真っすぐな気持ちの乗ったいい剣じゃ。
「おおっ!」
しなやかさもいい。
しかもこれは、子供特有の柔らかな体に任せたしなやかさではない。
動きを連動させる事に長けていると言うか、自然なのに理にかなった動き。
この少年、その歳で一体何を見据えて修練して来たのか。
「シズク、お主は何を思って剣を振るってきた?」
「天のおとぎ話」
ほう……それは確かに高い目標じゃ。
「目下の目標は爺ちゃん先生だけどね」
「ほほ、嬉しい事を言う。だが簡単には超えさせてはやれんぞ?」
伝承の天の軍。
この大地を脅かす悪魔の軍勢、それに立ち向かったとされる勇壮な戦士達。
なるほど納得も行く。ワシらなどよりも、遥か彼方を見据えておる。
どこまで高みに登れるかは分からぬが……この子はきっといい剣士になる。
それだけは確信を持って言える。
「だからこそ……」
「ぐうっ!?」
だからこそ高みにある剣をその目で、その体で感じる必要がある。
肌だけではなく魂で感じる必要が。
ワシは精神を研ぎ澄ませ、烈火の、烈風の、激震の、激流のごとき剣を振るう。
「げほっ……ごほっ……」
「羅象刃の型! お爺ちゃん、いくらなんでもやり過ぎですよぉ!」
羅象の刃の衝撃は、少年のその身を練武場端の壁へと強く弾き飛ばした。
木剣だからこの程度で済むが、これが真剣ならばとうに命を落とす程の斬撃だ。
「し、シズク君、大丈夫ですかぁ?」
孫娘であるラヴィが過保護にも、倒れ込んだ少年に一目散に駆け寄る。
「あ……ありがとうございます!!」
しかしどうだ!
この少年は傷つきながらも、ワシの目を真っすぐに見据え……礼の言葉を口にするではないか!
「どうだったかね」
「正直、何をされたのか分からない」
無理もなかろう。
先程打ち込んだ羅象刃の型は、エウロペア流剣術の奥義とも言えるものだ。
今の少年に見切れるほど、単純な剣ではない。
壁際に座り込む少年の表情も、どことなく落ち込んだものとなっている。
「だけど……」
「うん?」
弱音が垣間見えるその目を瞑った少年の体が、一瞬震え……。
「今のオレなんか絶対に敵わないけど……でも、いつか必ず超えてせる!」
カッと刮目した少年から、ワシの心を揺さぶる鮮烈な叫びがぶつかって来る。
その意思を確かなものへと変えた少年の目は、眩しいばかりの輝きを放っていた。
「ラヴィ、お主の育てたあげた子は、大したものじゃぞ」
「あたり前ですぅ。わたしの自慢の教え子ですからぁ」
ワシも負けてはいられんな。
追いつかれんためにも、ラヴィと共にもっともっと腕を上げんと。
爺ちゃん先生と剣を合わせ終わって、オレは今応接室に通されていた。
フカフカなソファに座って、目の前の爺ちゃん先生と話している。
隣ではラブ先生が、優しい手つきでオレの背中を撫でさすってくれていた。
「ラヴィから聞いていた通りじゃな。確かにその年齢であの躰の使い方は、なかなか出来るものではない」
さっきとは違い、雰囲気をゆったりとしたものに変えたいつもの爺ちゃん先生。
「そ、そうかな」
「特に右手、いや右腕がいい」
「へへ……なんか照れちゃうからもうやめてよ
その爺ちゃん先生から、オレを褒める言葉がかけられた。
目標としている人から褒められた事もあって、オレはてれってれだった。
しかし右腕、右腕か。
「でもどうしてお爺ちゃん先生は、オレの剣が見たいなんて言ったの?」
「それは、わたしがお爺ちゃんに言ったからなんですぅ」
「ラブ先生が?」
突然の手合わせは、どうやらラブ先生が仕組んだ事らしい。
その理由はわからないけど、凄い剣もこの身で受ける事が出来たし感謝しかない。
ラブ先生は一旦言葉切ると、なぜか居住いを正してオレの正面に座り直す。
なんだろう、もしかしてラブ先生からも褒められるのかな。
そう考えたら少し頬が緩んでしまうな。
「シズク君、あなたにはに剣の才能がありますぅ」
しかしそんな浮ついた気持ちは、ラブ先生の予想外の一言で彼方へ吹き飛んだ。
「オレに……剣の才能が」
考えたことも無かった。
オレは天の軍を剣士を目指して、今まで好きで剣を振るって来ただけだから。
急に才能とか言われても、嬉しさと困惑もないまぜになっている感じだ。
「これは、ワシの古馴染みがやっている道場への推薦状じゃ」
爺ちゃん先生はテーブルに、一枚の封筒を静かに置いた。
封筒には宛名が書かれていたけど、達筆な字でオレには読む事が出来なかった。
「ここを卒業したら訪ねるとええ。教導してくれるのは、ライゼナウという偏屈な爺じゃが……。教えの能力は、感覚派寄りのワシらよりも確かじゃからの」
「推薦状……」
爺ちゃんやラブ先生が、オレを認めてくれたその証……。
オレは壊れ物を触るように、震える手で封筒を手に取った。
「その右腕……大切に育てていきなさい」
「は、はいっ!」
心臓がいつもより早い鼓動を刻むのを感じながら、オレは大きな声で返事した。
「どうですぅ? 先生の話を聞いたら、ニッコニコになったでしょお?」
ニコニコ顔を五割増しにしたラブ先生が、オレの頭を撫でる。
オレも笑顔になっているだろうけど、どう見てもラブ先生の方がニッコニコだ。
「うん! スッゴく嬉しい! ありがとラブ先生!」
「きゃっ!」
オレは嬉しさのあまり、ラブ先生に抱きつく。
ラブ先生は急に抱き付かれたことに、驚いてるようだった。
「も、もおぉぉ……今日だけ特別ですよぉ」
けれどオレの様子を見て、それも仕方が無いと思ったようだ。
結婚前の乙女なんですからねぇ、などと言いながらぎゅうぅと抱き返してくる。
そうしてオレは先生が放してくれるまで、しばらく抱擁し合っていたのだった。




