24.魔獣の巣
「この山の傾斜って、思ったよりきついな」
もう結構な時間歩き続けているので、流石に軽く疲労を感じてくる。
そろそろ休憩したいとオレが口を開きかけた時、前を歩く父ちゃんの足がピタリと止まった。ここは木々の間に岩肌がチラホラと見えている場所だ。もしかして目的地に着いたのだろうか。
「この辺りに洞窟があるから、それを見つけるぞ」
「洞窟って何で?」
確かにここいらは岩肌がむき出しになっているところが多いし、洞窟が出来るのにうってつけの地形だ。だけど、何のために父ちゃんは洞窟を探してるんだろう。
「ルナグリズリーとは戦わないけど、ルナグリズリーの巣には用があるんだ」
父ちゃんの次の言葉を待ちつつ洞窟を探す。
知らなかった。ルナグリズリーって洞窟に巣を作るんだな。
「ルナグリズリーは月の鉱石を、巣である洞窟に吐き出す習性がある。父ちゃん達はその吐き出されて溜まった鉱石を、まとめて拝借するのさ」
「そうだったんだ。なるほどなあ……ん? あれって洞窟かな父ちゃん。ほら、あの右の方の」
「おっ! あれだ。でかしたぞシズク」
苔むした岩肌をよく見ると、くり抜いたような大きい穴がぽっかりと開いてた。
意外に大きい穴だな。ちょっと距離があるから分かりにくいけど、多分大人よりもずっと大きいんじゃないか?
「穴の大きさからすると、間違いなくルナグリズリーの巣穴だろう」
「オレはどうしたらいい? このまま待機してればいいのかな」
「ちょっと待ってろよシズク」
父ちゃんは巣を確認すると、背中のリュックをゴソゴソと漁り始めた。
オレは言われた通り、大人しく父ちゃんを待っている。
「うん。風向きよし」
リュックから取り出した球状の塊を片手に持ち、風向きを確かめる父ちゃん。
ハンドサインでオレに伏せているよう指示を出すと、父ちゃんは音を立てないように慎重に洞窟の方へ少しだけ近づいた。
「あ、火をつけた」
父ちゃんは球状の塊に火をつけると、それを素早く洞窟に向けて投げつける。
投げ込まれた球状の塊が洞窟の中に消えると、しばらくして煙がモクモクと洞窟の入り口に漂い始めた。なるほど、中にいるルナグリズリーを燻し出すつもりかな。
「それにしても出てこないね?」
オレの隣まで戻って来て伏せている父ちゃんに、疑問を投げかける。
煙が完全に見えなくなったのを確認すると、父ちゃんは立ち上がって口を開いた。
「大丈夫そうだな。今の内に巣に入って鉱石を集めるぞ!」
「オッケー父ちゃん」
どうやら幸いな事に、ルナグリズリーは留守らしかった。
空き巣に入る感じで悪い気もするけど、吐き出した物なのでむしろ掃除に近いか。
「まだ使われてる巣か……ゆっくりはしてられないな」
「うえっ、虫の死骸が……」
オレと父ちゃんは、ランタンの明かりを頼りに洞窟の内部を探索する。
煙にやられた虫が散発的に落ちていて、ちょっとと言うかかなり持ち悪い。
それでも構わず進んでいくと、一本道だった内部は三つの道に分かれていた。
「分かれ道か。どの道にするの? こっち?」
「そっちはおそらく寝床だから、一番左だな」
オレが指刺した真ん中の道は、どうやら外れだったらしい。
父ちゃんは壁面に付着しいている毛を調べた後、枝分かれしている道を見極めて進んでいった。
「着いたぞ。ここが月の鉱石の集積所だ」
突き当りまで進むと、そこには目的の月の鉱石がたんまりと打ち捨てられている。オレは拳大のその白い鉱石を一つ手に取ってみた。
「思ったよりも綺麗だねこの石」
「体液は揮発するから、割と綺麗だぞ」
匂うけどな、最後に父ちゃんは笑って言い足した。
持っていた鉱石を慌てて元の場所に置いたけど、時すでに遅く、手にはキツイ獣臭がこれでもかと言うほど移っていた。
「はははは、手袋渡したろ? あれ使え」
「初めに教えておいてよ父ちゃん……」
「そんな事よりも時間との勝負だ。さっさと回収するぞ」
オレたちふたりは早速月の鉱石の回収作業に入る。
割と軽めなそれを、オレのリュックにポイポイと放り込んでいく。
父ちゃんは鉱石を詰め込みながらも、時折警戒するように辺りを見回していた。
「煙は使わないの? ほらさっきの丸いやつ」
「ここでそんな事したら、父ちゃん達が煙にやられて死んじまうぞ」
いいアイディアかと思ったけど、どうやらここじゃ使うのは難しいみたいだ。
そうこうしている内に、あれだけあった鉱石はすべて回収し終わる。
オレの大き目のリュックはパンパンになっていた。
「しかしこんなに溜め込まれているとは、かなり当たりの巣だったな」
「おおおお、重いっ!」
「まあ、あれだけ詰め込んだらな。そろそろ出るぞ」
父ちゃんはオレに先駆けて出口へと引き返していく。
そしてこちらを向いて、オーケーのハンドサインを出した。
幸いにも、ルナグリズリーはまだ巣には戻って来ないようだ。
こんな狭い場所で遭遇したら、逃げ場なんてないもんな。
オレは心臓をバクバクさせつつも、父ちゃんの後ろから着いていった。
「父ちゃん?」
ハンドサインのやり取りを繰り返し、オレ達はある程度まで引き返してきた。
でも父ちゃんが足を止めたとこで、オレは父ちゃんの背に追いついてしまう。
一体どうしたんだろうか。まさか……。
「と、父ちゃんもしかしてルナグリズリーが……」
「違う違う。それよりもシズク、そのリュックを背負って走れるか?」
父ちゃんは自分のリュックを漁ると、例の煙玉を取り出す。
「なんとか走れるけどさ。それよりそれ使わないんじゃ」
「ここからは出口まであと少しだ。だがルナグリズリーが戻ってくる途中に、バッタリ出くわすかもしれない。」
重いリュックを肩に食い込ませながらも、なんとか走れそうな事を確認する。
でも煙玉は危ないから使えない、って言ってなかったっけ。
「そこでこいつの出番だ。この煙玉を焚きながら洞窟の外まで一気に駆け抜ける」
「ああなるほど! でも息持つかな」
「たまに川で潜ったりしてるだろ? あれよりは短いさ」
言うが早いか父ちゃんは煙玉に火をつけ、出口のある方へ思い切り投げつけた。
ランタンの明かりも届かないほど遠く、暗がりへと消えていった煙玉。
それはしばらくすると洞窟内に充満、オレ達の方まで押し寄せて来た。
「走れっ」
父ちゃんの掛け声と共に、全力で出口へと走る。
足を踏み出す度に重いリュックが食い込んでくるけど、オレは前を走る父ちゃんを無我夢中で追いかけた。煙で目が痛むのも無視して、涙を滲ませながらも前を見て走り続ける。
「出口が見えたぞ! そのまま走るんだ」
確かに前方からは、ランタンじゃない正真正銘の外の明るさが見て取れた。
「もう少しだ! 洞窟から出ても足は止めるなよ!」
父ちゃんの言葉にコクコクと頷きつつ、重さで遅くなった足を必死で動かす。
今すぐ呼吸をしたいのを我慢しながら、父ちゃん遅れて出口へと駆け抜けた。
「ぷはあっ!」
出た!
ようやくあの狭苦しい所から出ることが出来たぞ。
オレは解放感と共に、我慢していた息をめいっぱい吸い込んだ。
「やっぱり外の空気はうま……?」
新鮮な空気に混じって、強い獣臭が鼻を通して感じられる。
ん?……獣臭?
「シ~ズ~クぅぅぅぅぅぅっ!!」
滅茶苦茶焦った感じでオレの名を叫ぶ父ちゃん。
先に行っていたはずの父ちゃんは、なぜか血相変えてこっちに爆走してくる。
「父ちゃん何だかこの空気……」
「ゴアアアアアアアアアッ!!」
変な匂いがと続ける前に、真横からとんでもなく獰猛そうな吠え声が、オレの耳をつんざいた。次の瞬間、気付けばオレは木に激しく叩きつけられていた。




