23.ディアボリックボア
まだ起きている人も少なく、人も殆ど見かけない山への道中を父ちゃんと歩く。
今から向かう一の山は、エウロペアを囲んでいる三つの山の内の一つだ。
ちゃんとした名前があるけど、地元の住人は誰もその名前で呼んでない
どの山も、危険なモンスターや魔獣が出没するのは一緒だ。
でも一の山は、他の山よりも比較的数が少ないらしい。
「ふもとについたね」
「よし、ここからは父ちゃんの言う事を聞き逃すんじゃないぞ」
山のふもとはまだ木もまばらで、見通しもそんなに悪くない。
でも山は危険だと言う父ちゃんの言葉に従って、今から気を引きしめとかないと。
「基本的には父ちゃんの後ろをなるべく離れないようについて来い」
「うん」
「それと……こいつを渡しておく」
父ちゃんが取り出したのは、鞘に収まった大振りのナイフだ。
オレはそれを受け取ると、初めて握る本物の武器にゴクリと喉を鳴らした。
「重いね」
「父ちゃんの予備のナイフだからな」
ナイフを鞘から抜き放つと、光を反射して刀身が煌めく。
大人用というだけでなく、容易く命も奪える本物の刃物だ。
ナイフを持ったオレの手は、ずっしりと重量以上の重さを感じていた。
「足元に毒蛇いないかどうか、たまに確認しながら歩けよ」
山の勝手を知る父ちゃんは、むき出しになった山道をすいすいと進んでいく。
オレは父ちゃんの言う通り、その後ろをてくてくと付いていった。
「まだここいらは道があるんだね」
「この辺りはまだ、人が多く足を踏み入れるからな。だけどもう少ししたら、道らしい道も無くなるぞ」
なるほど。地面を辿ってみると、確かに道が草におおわれ始めた。
この先に凶暴なモンスターや魔獣がうろいついているのか。
「モンスターとかはどうするの?」
「危険なヤツはなるべく避けて通るけど、どうしてもと言う場合は木に登れ。得意だろ?」
「木登りなら任せて!」
自慢じゃないけど木登りならオレは大得意だ。
でもなるべくなら危険は少ない方がいいし、そんな事態にならないことを祈る。
そうして話しているうちに、地面は全て草に覆われてしまっていた。
「父ちゃん道が……」
「静かに」
何かに気づいたらしく、父ちゃんは真剣な顔で脇にある茂みを見つめている。
顔を上げた父ちゃんは、手招きして踏みつけれてた跡のいる草の上を指さした。
「ディアボリックボアのフンだ」
そこにはまだそれほど時間の経っていない感じのフンが、いくつか落ちていた。
どうしてフンを見ただけで、魔獣の種類までわかったんだろ。
「フンに混じっているこれが分かるか? ディアボリックボアしか食べない毒キノコだ」
「毒キノコを食べるの?」
「ディアボリックと呼ばれる所以だな。悪魔的な悪食なんだ。なんでも喰うぞあいつらは」
オレに説明しながらも、父ちゃんは手を動かすのを止めない。
何をしているのかと思ったら、どうやらトラバサミの罠を設置しているようだ。
「父ちゃん。なんで罠を?」
「まだこの辺りにいるからだ。幸い一匹のようだし、ヤツが罠にかかったらなるべく太い木に登れよ」
父ちゃんはリュックから毒々しい色のチーズを取り出し、罠の上にそっと置く。
そして腰から大振りのナイフを抜くと、隠れるように茂みに伏せた。
チーズの意味はわかるけど、ナイフ? 弓はどうしたんだろ。
「来たぞ。シズクはそのまま伏せてろよ」
父ちゃんにならって、オレも近くの茂みに身を伏せる。
耳をすませば、獣の荒々しい息遣いがどんどん近づいて来ているのが分かった。
「あれが……」
罠のほど近く、人間大で赤黒い体を持ったイノシシがそこにいた。
上に反り返る大きな牙と、体の両側面に黒い刃のような毛が生えている……。
それはまるで、創作で見る悪魔の翼のようにも見えた。
「ぶっ、ブギイイイイ!」
餌の匂いに釣られたディアボリックボアが、狙い通り罠にかかり悲鳴をあげる。
それを皮切りに、オレはすぐさま後ろにある太い木に登り始める。
「や、やった! 流石父ちゃん!」
「バカ! 声を出すな!」
上る途中思わず声を出してしまったオレに、父ちゃんの叱咤の声が飛ぶ。
「ブギッ!ブギーッ!」
後ろを見れば、脚をトラバサミで挟まれたたディアボリックボアが、その罠ごとオレの方に突進してきていた。
「しがみつけっ!!」
「がっ!?」
父ちゃんの声に一瞬遅れて、思い切り木にしがみついたオレの体に衝撃が走る。
ヤツの体当たりを受け止めた太い木が、木の葉を散らしながら大きく揺れた。
後ろ脚を蹴り上げて、もう一度突進しようとしているディアボリックボア。
オレは木から揺り落とされないように、目を閉じて必死でしがみついた!
「ブギギイッ!ブッ……」
だけどいくら待っても衝撃はやってこなかった。
恐る恐る目を開けて後ろを見てみる。
「もう降りてきてもいいぞ」
そこには、ディアボリックボアの後頭部にナイフを埋め込んだ父ちゃんが、片手をあげてオレを呼んでいる姿があった。
「危なかったなシズク」
「ごめん父ちゃん」
ディアボリックボアの牙を根元から切り離し、オレの方に放り投げる父ちゃん。
オレはそれをリュックにしまいながら、罠を回収している父ちゃんと話していた。
「ヤツは突進も脅威だが、角の突き上げと側面の刃も恐ろしいんだ」
確かにあの突進もは恐ろしかった。
あの突進を何度か受けていたら、太い木でも多分耐え切れなかったに違いない。
そうなる前に父ちゃんが倒してくれて本当によかった。
「でもどうして弓矢を使わなかったの?」
「ヤツの硬い毛は弓矢と相性が悪いんだ」
なるほど。だから初めからナイフを抜いていたのか。
オレが邪魔しなきゃ、もっとすんなり倒せてたんだろうな。
次は気を付けないと。
「さあ、進もうか。父ちゃん達の目的はこいつじゃないからな」
父ちゃんはナイフの血糊をぬぐうと、また腰の鞘に戻し歩き始める。
「ディアボリックボアはそのままにしておくの? 毛皮とか肉は?」
「そっちは売れないからな。なにより肉はクソマズい」
「それは重要だね……」
山の中腹をどんどん進んでいく父ちゃんに、置いてかれないように付いていく。
父ちゃんは時折方位磁石を確認しては、方向を修正してまた進む。
途中ヴォーパリオスなんかも見かけたけど、父ちゃんが上手く回避してくれた。
気付かれないよう気を付けていたおかげで、オレ達が襲われることは無かった。
「はあっ!」
「ギャンッ!」 「ギャウッ!?」 「ギャオンッ!」
「コボルト程度だったら、シズクの剣も十分通用するな」
だから時々遭遇するのは、犬頭のコボルトぐらいだ。
父ちゃんが見守っている中、オレは借りているナイフで切りつける。
コボルト相手はオレでもさほど苦労せず、割とあっさりと倒すことが出来た。
それでも初め感じる肉を切り裂く感触は、しばらく頭から離れなかった。




