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あめつちのシズク  作者: 相田リキ
少年期
2/33

2.いつものあいさつ

「……998……999……1000っ!」


 朝の日課である木剣による素振り千回がようやく終わる。


「ふ────……」


 何度か深呼吸をすると外のひんやりした空気が体に入ってきて、息の乱れはすぐに落ち着いた。

初めは重すぎて満足に振れもしなかった鉄芯入りの木剣も、毎日振っていればいつの間にか千を数えるようになっていた。木剣の汗をふき取り、すっかり汗でビショビショになった体をタオルでぬぐう。

家の中に戻って着替えを手早くすませると、居間から楽し気な笑い声が聞こえてきた。


「はよーっす」


 既に中ではメイドであるコリエルさんと今日もふわっふわなニノが、ふーふーと熱そうにお茶を飲んで待っていた。絞ったタオルで顔を拭きながら、みんなにかるく朝のあいさつをする。


「……おはよ」


「おはようございますシズクさん。毎日頑張りますね」


「シズク、ミルクは自分で入れろよ?」


「オッケー父ちゃん」


 家裏の小屋につないでいるヤギからミルクをもらいに歩き出そうとすると、ムッとしたニノがオレの前に立ちはだかった。


「ちょっと。昨日の帰り、いつものあいさつ忘れたでしょ!」


 ニノの言う「いつものあいさつと」はこの町では普通のあいさつで、ほっぺにキスをするというやつである。でも隣のおじさんも近所のお姉さんも、そんな事をしている事は見たことがない。

母ちゃんに聞いたら「いいからしたげなさい。んふふ」とのこと。

うーん、よくわからん。


「し、しかたが無いから今、朝の分とまとめてしてくれたら許してあげる!」


 オレが返事を返す間もなく、ニノはそう言って顔を横にかたむけた。


「い、いつでもいいわよ!」


「お嬢様、そわそわし過ぎでございます」


ちゅ


 いつものようにあいさつをすると、ニノのほっぺがぱっと色付いた。

これをすると、ニノはいつも真っ赤になる。

うん、病弱なニノだから、真っ赤なぐらいがちょうどいい。

なまっ白いのは体が弱いって父ちゃんも言っていたし。


「さて、今のでお腹いっぱいになったし、父ちゃんは仕事に行くか!」


 オレとニノの様子を見ていた父ちゃんが、ホクホク顔で腰を上げる。


「昨日のレイジーボアは旨かっただろ? 今日も旨いやつを狩ってきてやる! 楽しみにしてろよ~」


「あっ、昨日のカレーに入ってたのレイジーボアだったんだ! あの肉美味しかったもんなー」


 ウチの父ちゃんは狩人をしている。

結構腕はいいらしくて、食卓には父ちゃんの狩ってきたエモノの肉が出ることも多い。

普通の動物だけじゃなくて魔獣も狩ったりしてるらしく、町のみんなから頼りにされてるんだ。


「あなた、矢じりが出来たから受け取りに来てくれって、鍛冶屋の旦那さんが言ってたわよ」


「トマスさんの所でしょうか?」


「うん、父ちゃんはいつも、トマスさんのとこは仕事がしっかりしてるって言ってるから」


 トマスさんは町の鍛冶屋で、父ちゃんのお得意様だ。……あれ? 父ちゃんがトマスさんのお得意様なのか? まあそういう訳で、矢じりの砥ぎや新調する時はいつも利用してるんだ。

オレもいつか剣の手入れを鍛冶屋に頼んでみたい。今持ってるのは木剣だけだしなあ。


「にいちゃも時間だいじょぶ?」


 父ちゃんが狩りの支度をしに扉を開けると、ふわ~と間の抜けたあくびをしたミリカが入ってきた。

今起きたばかりなのか、目をこしこしこすっている。九歳のオレたちと違って四歳は気楽なことよ。


「おっと今日は学校だったな」


 そういえば今日は学校だ。忘れてたオレの方がお気楽だった、ありがとう妹よ。


「あたしは一応そのために待ってたんだけどね……早くっ、遅れるわよ! こほこほ」


「ほれ水」


「あ、ありがと」


 体が弱いニノはちょとしたことでも咳き込んでしまうんだ。

こっちに越してきたのだって、空気がキレイだかららしいし……。

オレはもう慣れたもので、ささっと飲むものを用意すると、いつものようにニノの背中をさすってやる。


「何というか、心が暖かくなります」


「こういう所だけは自慢の息子なのよねえ」


「にいちゃやさし~」


「なんだよ母ちゃん、こういう所だけって」


「…………ふふ」


 母ちゃんたちとオレのやり取りを見たいたニノも笑ってるし。

なんだよもう。


「って、和んでる場合じゃないんだった!急がないと!」


 急に何かを思い出したように、はっとした顔をするニノ。

コロコロといそがしいヤツだなあ。

いや学校なんだったか、また忘れてたぞ。


「でも、そんな急がなくてもたぶん間に合うって。コリエルさん時間大丈夫?」


 テーブルで船をこぎ出したミリカのあほ毛をつついていたオレは、真後ろにある時計を見れない。

なのでコリエルさんに聞くことにした。


「あと二分もお喋りしたら遅刻になりますね」


 コリエルさんの体内時計は正確だからな。

それにしても2分か。


「まあギリギリでも間に合うならいいや、ゆっくり行こうぜ」


「バカね。先生たちの評価が悪くなったら、証の剣が貰えないわよ?」


「そうだった!卒業の証に貰える記念の剣! 将来天の軍の剣士になるなら、剣の一つぐらい持ってなきゃだからな」


 一度卒業生に渡されるのを見たことがあるけど、あの剣は意匠もセンス良い。

何よりオレたち子供が使うには、ピッタリの長さなんだ。


「そーそー、だから早く行きましょ。あたしをエスコートしながらね」


遅刻しないか内心あせりつつ、オレはニノと学校に向かうのだった。

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