19.仲間意識
「さっきは助かったぜ」
危うく大事になりかけた座学の時間が終わって、その休憩時間。
机で教本のおさらいをしているニノの所に、ディアスが馴れ馴れしい態度で話しかけていた。当のニノは一瞬ディアスへ目を向けただけで、また教本に視線を戻す。
「庶民はやっぱり駄目だな、貴族同士仲よくしようぜ?」
ニヤニヤしてニノをイヤらしい目つきで見てきたディアスが、その肩を引き寄せようと手を伸ばした。
「何か勘違いしてるようね」
けれどニノはそれをするりと躱すと、教本を閉じて席を立つ。
「別にあなたを助けたわけじゃないんだけど?」
そしてうんざりしたようにディアスへと振り返り、その勘違いを一刀のもとに斬り切り捨てた。
「それに庶民庶民って言うけど、剣を学ぶのに庶民も貴族もあるのかしら? あなたに比べたら、シズクの方が何倍も紳士だわ」
「なっ……!?」
「それじゃ用事があるから失礼するわ」
水を飲みに行ったシズクを追いかけに、ニノは教室から出て出ていった。
ニノに追いすがろうとしていたディアスは、その言葉を聞いて一瞬唖然とする。
そして自分が他人より劣ると言われたのを理解すると、カーっと頭に血を登らせその場で立ち尽くしていた。
「あのビッチが!」
休み時間も残り少なくなってきた頃。
怒りに染まった顔のディアスが、振り上げた拳を叩きつけている。
「何がっ!」
「ぐえっ」
その叩きつけた先、ヤイアンと……。
「シズクの方が何倍も紳士、だっ!」
「ぐわあっ」
ネオスから苦悶の声が上がった。
ニノに言い返そうにも、彼女は既に廊下に去って行った後だからだ。
「オラ! 立てよ庶民共!」
それならばとディアスは怒りの矛先を、先ほど自分をバカにしてきたヤイアンとネオスへ向けた。実力的にはディアスに到底敵わないふたりである。組の皆の目もある中、反撃も出来ずにいいようにされている。
「やっ、やめろぉ!」
関わり合いたく無いという思いからか、誰もがディアスに何も言えないでいた。
しかしそんな中、ポールがディアスに向かって待ったをかけた。
同じ三馬鹿の、仲のいい友人が殴られているのに耐えらなかったからだろう。
「あ? 誰かと思えば、僕にやられっぱなしのポール君じゃあないか」
「ヤイアンとネオスから、汚いその手をどけろと言ってるんだ!」
握った手を怒りで震えさせ、今にもディアスへ殴りかかそうなポール。
次はお前だと言うように、ディアスはくるりとポールに向き直った。
その隙に級長であるパメリアが、ヤイアンとネオスを庇うように間に入る。
「もうやめて! ディアスも何も殴ることは無いでしょ!」
「クソ庶民共が僕を馬鹿にしたからだ! テメーも殴られたいのか!」
「ひっ! な、殴りたいなら殴りなさいよ……」
激昂したディアスは、級長を威嚇するように軽く拳を振るうう。
それは身をすくめた級長のおさげに当たり、衝撃でリボンが千切れ飛んだ。
「パメリア! っディアスお前ぇぇぇ!」
ひらと舞うリボンの切れ端を見たポールが、堪らずディアスへ飛び掛かる!
「うっ!? き、級長……?」
しかしその行動は、他ならぬパメリアに止められた。
ポールの腕に縋り付いて、やめるよう首を振るパメリア。
彼女の目に光る物を見てしまったポールは、拳を下ろす他なかった。
「はっ、腰抜けが」
「いいや、よく踏み留まったなポール」
今しがた廊下から戻ったオレとニノは、教室の惨状を目の当たりして驚いた。
ディアスのやらかしに、ポールが我慢できなくなったって感じか。
級長が縋り付いて止めるなんてよっぽどの事だぞ。
「好きな女の子のために憤るのはいいけど、それ以上泣かせたらあたしが許さなかったところよポール」
「す、好きなんかじゃ!」
ディアスは笑うけど、オレは踏みとどまったポールを称賛したい。
これ以上はただのケンカじゃなくなりそうだしな。
しかしポールは級長の事を好きだったのか?
でも本人は否定してるからニノの勘違いだな。うん。
「なんだビッチ。代わりにやるってのか?」
ニノとディアスはお互いに貴族同士だ。
だからなのか、ディアスはニノへ仲間意識を持っていたんだろう。
だけどそれは自分を否定された事で一転、逆にニノを敵視し始めたようだ。
今もディアスは、ものすごい目でニノを睨んでいる。
「やるわよ、あたしじゃないけどね……シズク」
「あいよ」
ニノが言いたい事がなんとなく分かった。
そういう事とあっちゃあ、オレが出るしかないな。
「おい、どうしてそいつが……」
オレがしゃしゃり出てきた事を、ディアスは訝しく思ったようだ。
「エウロペア剣士学校の生徒で一番強いのはシズクだからね。ディアス、あなた西のイグラント剣術校で一番だったんでしょ?」
「そうだ! 他の奴は年上だろうと、僕の足元にも及ばなかったぞ」
「なら、一番同士が戦うのがふさわしいんじゃないの?」
ま、最近のディアスの行動は行き過ぎだったし、そろそろその鼻っ柱をへし折っておかなければとは思っていたからな。ヤイアン達には悪いけど、いい機会だ。
「はっ、口が達者だな。上手いのは、そいつ相手に鍛えてるからか? ビッチが」
「ニノは別に上手くは言わないぞ? こいつ冗談の才能無いし」
冗談だったら、ポールの方がずっと才能はあるだろう。
あいつ何気に、この組のムードメーカーだからな。馬鹿だけど。
「そそそそそそそうよ!」
「ニノちゃんさあ……」
なぜか級長がニノを見て深い溜息を吐く。
さっきまで泣いてたと思ってたのに、案外タフだな級長。
「先生いいんですか? こういうのは授業からはかけ離れていると思いますけど」
理屈屋のモーバインが、教壇にて事を見守っていたラブ先生に問う。
あ、いつの間にか次の授業の時間になってたのか。
「ふぁああ? し、シズク君相手に……はっ!? んんっ!」
ラブ先生はなぜか真っ赤になって自らの両頬を押さえていたが、ひとつ咳払いをして居住まいを正した。
「こ、ここは剣士学校ですぅ。放課後なら訓練の一環として、ふたりの模擬戦を許可しましょお」
よし、ラブ先生の許可は取ったし、あとは放課後を待つだけだな。




