17.涙の後に
「この人って……エイファ選手?」
突然のエイファねーちゃんの登場に驚いて、オレだけじゃなくニノも涙が止まっていた。
「……ねーちゃん」
「ほラ、涙を拭くヨ。エイファに奥の手まで切らせたんだから、胸を張ル!」
医務室に入って来たねーちゃんは、そのままベッドまで歩いて来ると、オレの涙そっとぬぐってくれた。そして続けざまにオレのほっぺたをペチと軽く叩く。
「元気でたカ?」
「……うん!」
「それでこそ男の子だヨ」
さっきの真面目な顔とは打って変わって、にっこりと笑うねーちゃん。
でもそのねーちゃんをよく見ると、片腕が包帯で吊り下げられてた。
どうしたんだろ、あんなに硬く出来る技を持ってるのに……。
「この腕、気になるカ?」
「あ……うん。どうしたのかなって」
オレの視線に気づいたのか、ねーちゃんは手をヒラヒラさせる。
「いやア、この国にもとんでもない達人がいるもんだネ。エイファの発頚でもフラつくだけだったし、硬気功で防御してもこのザマだヨ」
あれを受けてフラつく程度で、あの硬さもものともしなかっただって?
そんなとんでもない事を出来そうな出場者に、一人だけ心当たりがあった。
ニノも思い当たったらしく、あー……と小さな声を上げていた。
「もしかして……」
「ダイ……ハッスルマッスル選手?」
「そウ、そのふざけた名前の筋肉男ヨ」
やっぱりそうだった。
「決勝で当たったけど、あんなの反則だヨ。全部筋肉でしてやられたネ」
そうかあ……筋肉でかあ……。
ムッキムキだもんなあ……。
「優勝したら、肉体をこれでもかと言うほどアピールして去っていったヨ。ちなみに傭兵剣士なんて、一撃であばらと剣を折られて場外まで吹き飛ばされてタ」
「マジかよ……あのグランツって剣士もなかなか強かったのに、とんでもないなおっちゃん」
「……頭が痛くなってきたわ」
ねーちゃんの話を聞いて、なぜかニノは頭痛が始まったらしい。
うんうんと、頭を抱えてしきりにうなっている。
「それデ」
まだ続きがあるのか……。
「試合の後……エイファに、マッスルになる素質があル……って言ってたヨ」
「ぶははは! 素質が認められてよかったじゃん」
まあ言い方はアレだけど、たぶんおっちゃんなりの褒め言葉なんだと思う。
見た目がマッスルのねーちゃんなんてイヤだし、そう思いたい。
「小さな戦士の少年にも筋肉に光るものがあル、って言ってたけどネ」
「えぇ……」
筋肉に光るものってなんだ……。
喜んでいいのか悲しんでいいのかわかんねえ。
「あのね、言おうか言わないか迷ったんだけど」
「ん?なんだニノ。そんなもったいぶって」
「あれ……いえ、あの方実は王様の弟ダイン様なのよね……」
ニノは深いため息をつきながら、明後日の方を向いてボソリとつぶやいた。
「大丈夫なノこの国……」
オレもねーちゃんと同じ感想だった。
この国ニルンベルンはもうダメかもしれない。
「あいたたた……っ」
「シズク!?」
ねーちゃんの発頚にやられた腹の痛みが、またぶり返してきた。
長い時間しゃっべていたからな……しかし、さすがは奥の手の威力だ。
これは治るまで結構時間がかかりそうかもしれない。
「痛むノ?」
「少し……」
本当は少しじゃない。
けど、オレを認めてくれたねーちゃんに、ちょっとだけ見栄を張ってしまった。
「見栄っぱりネ」
ねーちゃんはそう言うと、オレを片手で抱きしめてくる。
そしてゆっくりと、優しく背中をさすってくれた。
「んなっ!?」
ニノがオレたちのその様子を見て、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。
ねーちゃんはそれを気にした様子も無く、しばらくたってからオレを解放する。
「あれ……痛みが」
オレがさっきまで感じてた鈍い痛みは、いつの間にか軽いものとなっていた。
「気を巡らせたからネ」
ねーちゃんはそう言って、パチリとオレに向かってウインクする。
「フーッ!」
そして猫のように毛を逆立てたニノに向かってペロと舌を出すと、後ろに宙返りしてオレから離れた。スタスタと足早に医務室を出ていくねーちゃんは、途中で足を止めるとオレの方を振り返る。
「シズク、その名前覚えておくネ。ヒノタイの国に来た時は、エイファが案内するヨ」
そう言って今度こそ医務室を出ていった。
ねーちゃんが出ていたドアに向かって、べぇーっと舌を出していたニノがクルリとこちらに向きなおる。
「色々あったけど……シズク、お疲れ様!」
「……おう!」
戦績は振るわなかったけど、その内容は決して悪くなかったオレの天降ろしの儀は、こうして幕を閉じたのだった。




