1.おとぎ話
遙か昔
この地に住まう天の軍が
地の底からあふれ出た悪魔の群れを追い返し
この地に平和をもたらした
「シズク。この地に人間は、皆その天の子孫なんだよ」
父親が寝物語に語る
そんなおとぎ話を聞いてオレは育った。
「シズクにいちゃ~、もうごはんだよー!」
オレと幼なじみのニノがいつも遊んでいる草原に、妹のミリカが早足で駆けてくる。どうやらもうすぐ晩ごはんのようだ。
「なんだって!? 今から天の軍であるオレが、地獄の悪魔を討伐するいいところだってのに」
「誰が地獄の悪魔よ! あたしだって、たまには天の軍の天使の役をやってみたい!」
ニノがフワッフワの長い金髪を振り乱してわがままを言うけど、天の軍の役は譲
れない。そもそもオレの天の軍のイメージは天使じゃないからな。
ミリカの背にする夕日を見ると、もう半分くらい沈みはじめていた。
オレと妹の黒い髪も、ずいぶん辺りに溶けこんで来ている。
「それで、今日の晩ごはんは何だった?」
「ん~と……カレー!」
晩ごはんと聞いて、オレのおなかがぐ~と鳴る。
剣がわりの小枝をその辺の草むらに投げ込んで、帰り支度はかんりょうだ。
「カレーか。よーしすぐ家に帰るぞ!」
「あっ! ちょっと待ちなさいよー!」
「ニノお嬢様、私どももそろそろ夕餉の時間でございます」
別れのあいさつも早々に、ギャーギャー言っているフワッフワと、あくまでも冷静なメガネのメイドさんと別れる。
「にいちゃ、きょ~も天の軍ごっこ?」
「ああ、さっきも兄ちゃんかっこよかっただろ?」
「そうかな……そうかも」
日が落ちかけて赤く照らされた道を、テクテクと妹の手を引きながら歩く。
兄ちゃんだからとーぜんだ。
手をつないだことが嬉しいのか、妹であるミリカのアホ毛がご機嫌そうに左右に揺れていた。
ここは三方を山に囲まれた、のどかな町エウロペア。
ニルンベルンの国の中ではあまり大きいとはいえないけど、オレは生まれ育ったこの町が大好きだ。天の軍の言い伝えもあるしな。
町を横切る川べりにたっているのが、オレたちの住んでいる家。
ごはんを作っているの最中なのか、いい匂いをした煙が煙突からホコホコと立ち上っていた。
「ただいま!」
「ま~!」
「おかえりシズク。服や靴の泥はちゃんと落としてね? ミリカもお兄ちゃんのお迎えありがと」
台所に立つ母ちゃんが、振り向きもせずそう言った。
さすが母親、見事なまでにオレの行動が読まれてる。
パパパっとあちこちについた泥を落とし、ミリカが石鹸の泡で遊び始めないうちにふたりして手を洗う。
「なんだ、また天の軍のごっこ遊びをしてたのか? 伯爵様のとこのお嬢ちゃんもよく付き合うよなあ」
居間でくつろいでいた父ちゃんが、男にしては長い髪をかき上げながらオレに話しかけてくる。
「うん! ニノが天の軍の役をやりたがってけど、あれはオレの役目だからなあ。
だいたい軍って言うぐらいだから、天使ってか筋肉モリモリの男だよね?」
「うーん……そこは解釈の違いだなあ。まあたまにはお嬢さんの遊びに付き合ってあげろよ?」
少し考えるそぶりをした父ちゃんは、にが笑いというかちょっと困った顔をした。
「えー……。でもニノの父ちゃんも、オレと遊ぶようになってからあの子は元気になったって言ってたしなー」
「だからって無理はさせちゃダメだぞ?」
「はいはい、お話はそれぐらいでご飯の時間よー」
だらだらとそんな話をしていると、母ちゃんが晩ごはんであるカレーをテーブルに置きながら、オレと父ちゃんをたしなめた。
「みんなテーブルに着いたわね?」
「はぁ~い」
いつの間にか席に座っていたミリカが、いつもの間延びをした声で返事する。
自分のスプーンだけは用意してるし、ちゃっかりしてるなあ。
「「「いただきます!」」」
「シズクもそろそろ髪を切らないとねえ」
夢中になってカレーをかき込んでると、ゆっくりと薬草茶を飲んでいた母ちゃん
が、オレのほうを見ながら思い出したように言いだした。
「このままでいいよ。父ちゃんといっしよだし!」
「ミリカもこのままでいい~。かあちゃといっしょ!」
「……聞いたかかあさん。うちの子達は最っ高にかわいいなぁー!」
オレたち兄妹の言葉を聞いて、感動にうちふるえる父ちゃん。
我慢できなくなったのか、オレたちの間にはさまってスリスリと頬ずりしてくる。
「でも父ちゃんのヒゲはジョリジョリしてキライ」
「ミリカも……」
「ガ──────ン! いいんだいいんだ……このヒゲの良さは、かあさんだけが知っていれば……」
「私もちょっと……」
こうしてわが家の何気ない一日が過ぎていく。
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