到達
「あっ」
完全に失念していた。
人と会うことだけを考えていたが、その後のことを全く考えていなかったのである。
今、私は竜と一緒に行動している。
世界中、どんな物語や絵本でも竜は基本的に人類と敵対しているものとして描かれている。
大勢の人を殺め、たくさんの国を滅ぼしてきた竜を見て、人々はどう思うだろうか。
そこに芽生える感情は恐怖以外の何物でもない。
ここ数百年、竜が向こうから人里に現れた記録がないこともあり、周辺地域は完全に混乱状態に陥るだろう。
単体で国を滅す力を持つとされる竜を討伐するために、周辺諸国が大規模な討伐隊を編成することは想像に容易い。
そうなったら最後、私も竜も、かすり傷じゃすまないだろう。
それだけは避けなければならない。
どうしたものか、そう言って頭を悩ませていると…
「魔法で人に化けようか?」
「えっ!、そんなことできるの?」
「できるよ。人の体に慣れるまでちょっとだけ時間がかかるけど」
ちょっと待ってね、と断りを入れると、呪文のようなものを言い始めた。
「【翼を捨てる覚悟があるのなら】《人化の秘術》」
そう言って呪文を唱えると、竜の体は淡く発光しながら縮んでいった。
縮小が止まってしばらくたつと、ガラスが割れるような音と共に14歳ほどの大きさの少女が現れた。
もとは竜であった少女は、腰ほどまでに伸ばされた竜の体毛と同じ色の髪を持ち、スラリとした体つきをしている。
思わず見惚れてしまいそうになるほどかわいいが、そこに埋め込まれている半透明の爬虫類のようなガラス玉が、目の前の少女を人ならざるものだと主張する。
そんなことを考えて見ていたところで、おそらく竜であろう少女が口を開く。
「あ゛あ゛、……あー、あー、よし…」
少女がこちらを見上げてくる。
上目遣いにやられそうになるが必死の思いでこらえる。
「どう?」
くるりとその場で一回転し、上目遣いで私の顔を下からのぞき込んでくる。
「すっごく、かわいいっっ!」
「ふふーん!」
こんな壊滅的な語彙でもご満足いただけたようで何よりだ。
頭が冷えて少しだけ冷静になる。
改めてその姿を見ると、魔法のなんと不思議なことか。
どこからともなく現れた、軽くレースのあしらわれた白いワンピースは竜によく似合っている。
おそらくは竜の真っ白な体毛が等価交換された結果だろうが、そうと分かっていてもびっくりしてしまう。
この姿ならどんな町でも大手を振って歩けるだろう。
「そろそろ村に行こうか」
「分かった」
ほんの少し、無駄な時間を過ごした気がした。
村への道のりは少し…いや結構荒れているが、これも旅の醍醐味というものだ。
そうして2人は村へと歩き出すのだった。
少し歩いて二人は今、村の門の前に立っている。
「……これは」
「なんというか…荒れてるね」
見る限り、特に建物が傷ついているというわけではないのだが、その雰囲気がそう感じさせている。
2人とも、そういった雰囲気を敏感に感じ取っている。
それに、空から見たときは気づかなかったが、人の気配が一切しない。
「…とりあえず、奥まで行ってみようか」
「わかった」
2人は早足で村の奥へと向かうのだった… 。
そろそろ村の中央に差し掛かろうとしたそのとき、強烈な血の匂いが鼻を鋭く突き刺した。
その強烈な匂いに2人とも当てられている。
くらっとくるのを堪えて、その原因を視認する。
そこには、大量の重症者が、素朴な布の上で唸りを上げていた。
「っ、これは…!」
「…ひどいね」
その地獄絵図に狼狽えて動けないでいると、その中から1人の老人が近づいてきた。
「お主ら、森から来たようじゃが襲われなかったのか?今、森は魔物どもが蔓延っているだろう?」
声をかけられてやっと動けるようになる。
少しずつ頭が冷えていくのを感じる。
「私たちは魔物には遭遇しなかった。あの怪我をしているものたちはそちらの言っている魔物にやられたのか?」
「そうじゃ。その認識で間違いないの。本当に忌々しい…。歓迎はしてやれないが泊まる分には問題ない。空き家に案内しよう」
そう言って、杖をカツカツつきながらゆっくりと歩いていく。
村のことを何も知らない私たちは、ただついていくことしかできなかった。
そうして5メートル四方ほどの家に案内された私たちは、聞けば村長だというその老人に、詳しい話を聞いていた。
「それで、どうしてあんな惨状になったのか、説明していただいてもいいだろうか」
「そうじゃな……一ヶ月ほど前に、ナイトメアが発生したのは知っておるな。」
(…ナイトメア?なんのことだろう…)
とりあえず頷いておくことにした。
「ああ」
「そのナイトメアのせいで大量発生した魔物が、この近辺まで出張ってきたのじゃ。この村も守りは硬いが、流石に魔物の集団に対抗できるほどのものではない。村にいる冒険者や探索者をできるだけ集めて掃討に向かわせたのじゃが…あの有様じゃ。彼らには悪いことをした。
今は再生魔法が使えるものたちに回復させているが、損傷の大きなものを直せるものはここにはいない。どうしたものか……」
「とりあえず、私の持っているポーションを譲ろう。重症者でも数滴垂らせばおそらくは治るだろう」
「本当か!ところで、わしはパリスという。そちらの名前を伺ってもよろしいだろうか」
「私の名前はアリシア。こっちは……」
「リアスです。よろしくお願いします」
「おお、伝承の女神様と同じ名前とは。なんという幸運、ありがたや…。さて、わしはそろそろ皆の元に戻らなければ。すまない、こんな対応になってしまって」
「いや、構わないさ。私たちのことは気にせず行ってきてくれ」
「感謝する」
そう言って村長パリスは外の治療現場に向かっていった。
「….大変そうだな、あれは。一体何が現れたのか」
「ナイトメアの生き残りだから、小型の魔物が大量、中型もちらほらいたんだと思う」
「中型は強いのか?」
「うん。一番弱い中型でも、そこら辺の冒険者じゃ太刀打ちできないくらいに」
「それは……」
(ナイトメアに小型、中型といった魔物の区分化…どれも聞いたことがない。それに、パリス村長の言っていた伝承のことも引っかかる)
「…リアスは中型に勝てる?」
「流石にね。こんななりでも竜ですから」
そういって胸を張っている。かわいい。
竜という種族はいつの時代でも全種族の頂点のようだ。
「そろそろ一旦私たちも出ようか」
「わかった」
治療現場まで再び足を運んだ私たちは、改めてその惨状に戦慄する。
これだけの人数がいたのにこのありさまならば、中型とやらがいたというのも納得だ。
太刀打ちできないほどの魔物の大群にやられた冒険者たちを見ていると、実際に目の当たりにしていない私ですら恐怖がこみあげてくる。
そんな傍らでたたずんでいたパリス村長に私は声をかける。
「パリス村長、ポーションは足りているだろうか?」
「おお、アリシア殿にリアス殿。先ほどもらったポーションだが、大変助かっているよ。損傷が激しいものは回復魔法では再生しきらないからの」
「そうか、それならよかった。追加でほしくなったら私に行ってくれ」
「うむ。恩に着る」
パリス村長は深々と頭を下げた。
「ところで、この村はどのぐらいの広さがあるんだ?見たところ結構大きいようだが」
「中央の広場を中心に、大体2500メートルほどじゃ」
「ありがとう。どこに何があるのかなども、教えてもらってもいいだろうか」
「そうじゃな。まず中央広場から前後左右に四か所ずつ、村を囲う柵のところに物見櫓がある。ここからでも見れるぞ。そして、村を囲っている柵の内側に、ぐるっと囲むように畑がある。おもに麦や野菜を育てるためのものじゃ」
「ふむふむ」
「そして中央広場の付近にそれぞれ鍛冶屋が三軒、食事処が五軒、一番大きな建物は冒険者組合と探索者集会が入っておる。それ以外は基本的に民家じゃ」
「丁寧な説明、感謝する」
すると、村長への自己紹介の時に初めて名前を知ったリアスが、私の右袖をつまむ。
「結構大きいみたいだね、シア」
「そうだな」
大きい村には情報がたくさん集まる。リアスはともかく、世間を知らない私にはちょうどいい。
そうして村長と話し終わった私たちが一息ついていると、
先ほど説明があった物見櫓から、重い鐘の音と張りつめた声が村全体を包み込んだ。
「敵襲ぅーー!敵襲ぅーー!」
三月の半ばまで投稿できなくなります。
受験なんて消えてしまえばいいのに………




